魔想体の尖兵
一度バスへ戻ってきたスレイ達は、多目的室の客の入らない領域にて、先ほど倒した魔物の生け捕りを見る。両手両足が縛られているため暴れ回られることはないが、魔物はスレイ達に確かに敵意を示していた。
「フィーネ、これって……」
「ええ、先ほど説明した、なり損ないです」
「これが…都市を脅かしているっていう…なり損ない?」
「ええ、幸いかなり下級の者になりますが、これらのものが、都市ミズガルズを脅かしてます」
暴れ回るなり損ないをフィアネリスが首筋に一撃を入れるだけで黙らせると、説明を続ける。
「このなり損ないは自然発生したものではありません、確実に魔想体の影響を受けてます」
「何故わかる」
「魔想体と同じ魔素が身体から検出されたからです。魔想体の魔素は特別なもので、流入するとそれを侵食する素質を持ってます。このなり損ないは、生命樹の内部より流出した魔想体の魔素を吸って汚染し、変化したものでしょう」
「けどよ、生命樹から流出したっつったって、あそこから生命樹までかなりの距離があるぞ、そんな距離でも影響を受けるのかよ?」
ルーデンスがそう言うと、フィアネリスはパチっと指を慣らし、ラップローズ全体の都市の図を見せる。すると、ラップローズ全体の図が真っ赤に染まっているのが見えた。
「これが魔想体の魔素の流出度です。はっきり言って今のラップローズは爆発寸前の爆弾です。この二泊三日の旅の以内に魔想体を手に入れなければ、ラップローズはすぐにでも死の都市になるでしょう」
「…マジかよ」
あまりの光景にルーデンスもこれには黙り込む。フィアネリスは話を続けた。
「2日目と3日目は私がガイドで旅行客を連れて回ります、6人方はそのうちに魔想体の回収を」
「わかった、ところで、現地の人と協力すると聞いたけど、その人はいつ会うんだ?」
「それは、2日目にわかります。今日は疲れたでしょう、バス内部にある寝台を使ってゆっくりお休みください」
「このバス、寝台まであるんだ……一体どうなってるんだ、このバスは、見た目の割に妙に広いし、明らかにサイズ感が違うぞ」
「このバス"ジャーニー"は都市のありとあらゆる最新鋭の技術が使われた装甲バスだよ、多少の銃弾や砲撃程度なら傷一つ負わない装甲、無機物有機物関係なく取り込む炉心、空間の拡張を限界まで行なって生まれた快適なバスの内部、そして、高出力でどんな世界にでも行ける異世界転移可能エンジン、ウチの自慢の愛車だよ」
するとリコッタがバスについて説明してくれた。あ、寝台はあっちね、と言ってはリコッタが他の仲間を連れていく中、スレイはその場に残ってフィアネリスに聞く。
「なぁ、一つ聞きたい、万が一俺たちが魔想体の回収に失敗した場合、お前らはどうなるんだ?」
「次の駒を探しに行くところ…ではありますが、あいにくと予算が足りなくてですね、貴方達との仕事が最初の仕事が最初であり最後のチャンスになりますね、貴方達には給料も払ってます、まぁ魔想体を一度でも回収できれば莫大な報酬で人員の補填も可能にはなりますが、今は貴方がたしか頼れる者がいません」
「あんなに威圧的に接しておいて、本当は俺達頼りなんだな」
「ええ、あれはそうでもしないと貴方がたが働いてくれそうにもなかったので」
あははとフィアネリスは力無く笑う。でも裏切るなら話は別ですよ?と彼女は言うが、本当は彼女もスレイ達を信頼したいのだろう、まっすぐ見る彼女の目には以前見せたような威圧の目つきではなく想いがこもっていた。
「今日は疲れたでしょう、寝台で休んできたらいかがです?」
「…そうだな、そうさせてもらうよ」
そうしてスレイも寝台のある部屋へ向かった。それを見届けたフィアネリスは静かに言う。
「期待してますよ、未来の英雄達」
琥珀色に輝く瞳には、これから起きることへの興味と、彼らへの期待がこもっていた。
ーーー
翌日、寝台でゆっくり休んだ6人はあらかじめフィアネリスから物語の転写を受けて今回協力してくれる人を待つ。転写された物語は前回と同じ焔の騎士の物語だった。
暫く待っていると、遠くから足音を立てて誰かが走ってきた。
「お待たせしました。イストリア第42支部、ラップローズ本部のメイと言います」
「よろしく、メイ、俺達は…」
「あぁ、裏路地のゴロツキですよね、自己紹介は間に合ってます」
「なんだと…このアマ」
そう言った途端、ダリルが剣を構えようとした。それをスレイがいさめると、メイと挨拶を交わす。
「よろしくお願いします、メイさん。それで、今回ある魔想体までどうやっていきますか?」
「貴方達にはあらかじめ生命樹の中へ通るパスをイストリアで作っておきました。それを使って内部へ侵入します」
「準備がいいこった」
ルーデンスが皮肉げに笑うと、メイは不満そうな顔で言った。
「正規の兵士ならともかく、ゴロツキにこのような許可を取らせるのは少々不愉快でした。ですが、これも仕事、案内も私が行いますので、どうか勝手な行動は慎むよう」
「言うねぇ、ウチの天使並みに口は悪いみたいだ」
ルーデンスが煽るが、ふんっとメイが顔を振り向くと歩き出す。
「兎に角行きますよ、貴方達の仕事の場所へ」
「はいはい、お堅い役人様」
一同はメイについていく。街の中を生命樹目指して歩き、景色を楽しむ間も無く生命樹の根元に着く。
「何者だ!」
「イストリアの者です、今回は生命樹の調査に参りました」
「イストリアの……確かに、今日はそのような者が来ると言われてたな、人相も……間違いない、通ってよし」
そうして顔パスで通され、一同は生命樹の内部へと入る。その中は輝く生命樹の根が張り巡らせられていた。だが、一部空洞になってるところがあり、通れる道があった。
「なんでこんな巨大な木の下にこんな穴が…」
「定期的に樹木の状態を確認するために穴が用意されました。本来、この穴を通り、樹の状態を確認することはないのですが、魔想体の出現により樹の状態は悪化、調査チームを作ろうにも魔想体と言う未知の物質により調査は困難とされ、そして貴方達が用意されました。この都市から魔想体を排除してくれるなら、ゴロツキでもなんでもいいと」
「成る程、それで、魔想体のある所は目星はついてるのか?」
「場所ならば既に調査済みです、あとは、回収班である貴方達が回収するのみです」
それなら話は早いと一同は魔想体のある場所へと向かう。穴の下へ下へと進んでいく。そんな中でスレイは話す。
「なぁ、なんでメイは俺達に協力することを決めたんだ?」
「発言の許可をとった覚えはありませんが、まぁ答えましょう、それが私の仕事だからです。私は異世界特別調査隊四課の隊員で、たまたま貴方方のサポートを頼まれた、それだけですよ」
「異世界特別調査隊四課…⁉︎」
四課と聞いてスレイは驚く。異世界特別調査隊四課は本来ボランティア部隊でこんな大々的な任務にはつかないはずだ、それなのに何故彼女がここにいるのか気になった。
「……何故ボランティア部隊である四課がこんな任務についているのか、気になりましたね? どうせ記憶処理を行われるから話しても意味はありませんが、まぁ話しておくと、我々特査四課は表向きはボランティア部隊となってますが、裏は異世界で表沙汰にできない大事件を解決する特殊部隊、"死神部隊"と呼ばれてるのですよ」
「…随分と大層な役目を持つ部隊だ」
「そんな大変な部隊なのに、よくメイさんは戦っていられるね」
「……それが仕事ですので」
仕事だからと割り切るメイ、もしかすると自分たちのミズガルズの特査四課もそうなのかとスレイは思うが、深掘りしすぎると危険な気がしたので聞かないことにした。
そんなこんなで穴の中を深く降りてきた。生命樹の光が届かなくなってきた代わりに、紫色の瘴気が漂う空間になってきた。スレイ達は瘴気にやられないようマスクをつけ、奥深くまで進む。すると、遠くに淡く紫色に輝く物体があるのが見えた。
「見えました、あれが魔想体です」
「あれが……」
「魔想体……」
6人が確認したそれは、淡く紫色に光る紫色のキューブで、空間をビリビリとさせるほどの瘴気を放っていた。