小説男
「冬の海は寒くて冷たく、波は荒い。轟音が響いて少し恐怖を覚えた。僕は冷たくなった缶のスープを飲み干し、益々冷え冷えとした気持ちになった。」
「じゃあ飲むなよ。」
「美咲は冷たく言い放った。風が強く吹いていて美咲の髪をぐちゃぐちゃにする。風で髪がなびく表現は、僕は嘘だと思った。風は、一方向から吹くものではないからだ。」
「おい、文章メーカー。ここは地元だよ!?毎日見てる海にわざわざ来る必要なくない?」
「美咲はそう言って怒りながら戸惑いつつも僕と一緒に海に来た。彼女の荒れた唇が...と言おうとした所で彼女は僕のポケットに手を突っ込み、僕のリップクリームを奪って自分の唇にしつこいくらいに塗った。」
「帰ろ。」
「そうだねと僕は言った。」
「...変すぎるよ。病気なの?」
「彼女はそう言うと、なぜか少し悲しそうに目を伏せた。僕は言った。僕から見たら、周りの人間が全ておかしく見える。...彼女は黙った。沈黙は言葉の休符で、休符とは例えば音楽の中では1番大きな音とも言える。僕はこの巨大な沈黙の持つ意味を考えた。」
.........
「奏太!美咲ちゃんがバイクの事故に遭って...あの、亡くなったって…即死だって。」
走る。止まる。待つ。走る。止まる。待つ。走る。止まる。待つ。走る。走る。
「美咲」
「……美咲。」
…………
僕は話すのをやめた。僕の中で本当の人間が一人もいなくなったからだ。頭のおかしな連中と、普通、というカテゴリ内でおかしな話をし続けた。親は泣いて喜んでいて、こいつもおかしかったかと思った。
僕は、人間をやめた。
世界には狂人しかいない。僕は近いうちに狂うだろう。
美咲だけが僕と話をしてくれた。...この話はやめよう。狂人のフリをして過ごす疲労感と虚無感が、冬の荒波のように襲いかかってくる。まだ同じ種類のリップクリームを使い続けている。それは床に転がった。
寝転がり、目を閉じた。