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39.アポカリプス


 その全身は黒い鱗に覆われ、大きな翼に長い3本の尻尾、そして鋭い爪をもち、高さが10mはあるように見える。

 圧倒的な威圧感、そして存在そのものから発されるような闇の気配。


 間違いなく強い。それも今までの敵とは比べ物にならないほどに。――だが、微塵も負ける気がしなかった。ユーリが自分の全てを託し、オレも何倍にも強くなっていると実感しているからだ。


「ふむ…未だ万全とはならぬか…。だが、これしき者には十分だ。 ――勇者よ、また「聖竜の愛」とやらで少しは強くなったようだが……前のようにはいくまい」


 邪竜が高みから見下ろしながら、深淵の底から唸るような声で言う。身体に悪寒が走る、これが絶対的強者の圧というものか。

 何か言い返さないと、このままじゃ呑まれてしまいそうだ。


「さっきから勇者、勇者とうるさいな!! オレは勇者じゃねえ!! 言うなれば! 女神の使徒だ!!」


 出来るだけ大きな声で、気持ちを奮い起こすように叫んだ。お陰で少し気持ちが落ち着いた。

 そうだ、やつは間違っている、オレは勇者じゃない。勇者と間違うなんてフランに失礼だし、邪竜を倒せと指令を出したのは女神、だからオレは女神の使徒で間違いない。


「勇者ではないと…。なるほど、さらにならぬ。聖竜の血も劣化し、勇者すらならぬ者が我の前に立つとは……やはり人間など、その存在が通過点のようなものだ」


 へえ、言ってくれる。だけどそうやって甘く見てくれたほうが油断してくれるというものだ。

 こっちはとっととお前を倒してしまいたいんだからな。


 愛刀”討魔村正”を構え、邪竜を見据えた。


◇◆◇


 邪竜との間合いを測りつつ、少しずつ距離を詰めていく。

 焦るな。――そう言い聞かせても、胸の奥がせき立てる。今すぐにでも斬り伏せて、ユーリを助けたい。


 ちらりとユーリの方を見た。まだ時間的には大丈夫なはず、だ。今のオレはユーリを助けたい気持ちで気が急いていた。今すぐにも邪竜を斬り伏せ、ユーリを元の状態に戻さなければ! そんな気持ちで胸が一杯だった。ああもう!!いっそ飛び込んでしまおうか!?


(こら!! 何をあせってんだ。そんなんじゃ勝てるものも勝てないぞ!)


 聞こえた。――ユーリの声が。


(お前の心理状態が手に取るように分かるぞ。”私を助けたい”、それで一杯だ。それじゃ実力の半分も出ない。邪竜には勝てない)


 ユーリ!? ユーリなのか!?

 辺りを見回すもユーリの姿はない、ユーリを下ろした岩陰の近くにもユーリの姿はなかった。


(周りを見ても無駄だぞ。今の私はヤマトの中から声を掛けているんだから)


 なんだ? 一体どういう事なんだ?


(私にもはっきりとは分からない。……多分、私の全てをヤマトに捧げた時に、意識の一部がヤマトの中に入ってしまった。そんなところだと思う、 だって、自分は本体じゃない、ってなんとなく分かるからね。ま、精神体ってとこかな)


 そんな……そんなことが本当にあるのか……? けど……確かに声は、オレの中から聞こえてる……。


(そんな事どうでもいいから!! もっと大事な事が目の前に迫ってるでしょ!! ほら邪竜のブレス、くるよ!!)


 ユーリの声が、オレの中に響いた――間違いない、自分の心に直接話しかけてきている。理屈なんてどうでもいい。ユーリが此処に、オレの中にいるという事実が大事だ。

 精神体ユーリの言葉で正面に意識を向けると、邪竜が今まさにブレスを放とうとしていた。お陰で邪竜の放つ漆黒のブレスからかろうじて回避する事に成功した。


(ほらほら、戦闘に集中して。次は尻尾!)


 精神体ユーリの言葉どおり、邪竜の長い尻尾がオレ目掛けて振り下ろされる。それを回避し、その尻尾にそのまま討魔正宗を叩き込む。

 ――しかし、討魔正宗は甲高い音を立てて跳ね返された。手応えは――皆無。こんな事は初めてで、背筋が冷たくなる。


 硬い鱗だけじゃない、漆黒のオーラを纏う邪竜は、そのオーラも邪竜への攻撃を防ぐ役目を果たしていて、オレの一撃を鱗に僅かに傷つける程度にとどめていた。


 あの鱗とオーラ……攻撃が通らない。いや、“通す術がない”――それほどまでに絶望的だった。


 その後も何度か邪竜の攻撃を回避して斬撃を叩き込んでみたけど、全て鱗に小さな傷をつけるのが精一杯。このままじゃ戦闘が長引くし、ジリ貧だ。


「なんだよあれ! あの邪竜の鱗だけならましも、オーラがあんなに硬いなんて聞いてないぞ!!」


(泣き言を言うなヤマト!! ……とはいえあれは厄介だな。――そうだ。邪竜のオーラには聖竜のオーラで対抗しよう!! その剣に聖竜のオーラを纏わせる事は出来る?)


 なるほど、邪竜のオーラに相反する聖竜のオーラをぶつける事で打ち消し出来そうな感じがする。やってみる価値はありそうだ。しかし――


「そりゃ無理だって! 聖竜のオーラはオレのもんじゃないし、操れない」


 聖竜のオーラはユーリのもの。ユーリが自分のオーラを抑えていれば小さくなるし、大きくすれば大きくなる。あくまで聖竜の加護でオレに与えられているだけの、完全にユーリのものだ。


(ああそっか。聖竜のオーラのコントロールは血族でないと駄目なんだった。――しょうがないなあ、私がコントロールしてあげるよ。感謝するように!!)


「分かった分かった。感謝するから、早く討魔正宗に聖竜のオーラを移してくれよ」


(なんだよその言い方はぁ? そんなんじゃやる気無くなるなあ)


 拗ねる精神体ユーリはよそに、邪竜の攻撃は止まらない。攻撃を回避しながら続けた。


「お前! このままじゃ負けるぞ、勝ってもめちゃくちゃ時間が掛かる。ユーリを助けるのが間に合わなかったらどうするんだ!」


(……確かにそうだ。ごめんヤマト、ちょっと調子に乗りすぎた。――それじゃやるぞ)


 その瞬間、身体を包む白銀のオーラが剣に集まりはじめた。

 白銀の光が討魔正宗に沿って収束し、やがて鋭く絞られ――まるで“鞘”のような形を取った。


(どうだ!!  これなら邪竜のオーラと相殺せず、一方的にオーラを切り裂けるはずだ。おまけで切れ味アップ仕様にしてあげたからな!)


 確かにこの濃さと鋭さなら、相殺する事に剣にオーラを纏わせる必要がなさそうだ。だけどこのオーラの操作、オレは自分のオーラでもここまでは出来ないぞ。凄いなユーリは。


「さんきゅーユーリ、やっぱりお前は凄いやつだ!」


 姿は見えないが照れている精神体ユーリが脳裏に浮かぶ。


 今度は逃げない。薙ぎ払いにきた邪竜の尻尾を、真正面から気合を入れ、振りかぶった。

 白銀の光が閃き、斬撃がオーラを裂き、鱗を断ち――尻尾を、切り落とした。


「やった……! 斬ったぞ、ユーリ!!」


(いいぞヤマト! でも油断するなよ!)


「おう! 分かってる!」


 さあ、これで対抗手段が出来た。反撃開始とさせてもらうぞ。


◇◆◇


「ほう……。我のオーラを断つとは、衰えても聖竜の加護を持つものか。――だがこの程度で勝てると思うな!!」


 邪竜が耳をつんざくほどの咆哮を上げると、切断された尻尾がみるみると再生された。


「無駄な事だ。――我は永久(とこしえ)の竜、永遠不滅、たとえ封じたとしても必ず復活する。諦めて楽になるがいい」


 永遠の魂を持ち、いくらでも再生し、何度でも蘇る。

 そんな邪竜の尻尾を切った程度で、オレは勝てるつもりでいた、考えが甘かった。そうだ、こいつの魂を斬らなければ意味がない。――これは死闘だ。命を懸ける覚悟を決めろ!


「いくら再生されようと、何度でも斬って見せる!! そしてお前の魂ごと、叩き斬る!!」


 威勢よく啖呵(たんか)をきる。自分に気合を入れるために、目的を思い出すために。だがすっきりした。やることを思い出した。

 邪竜の魂を斬って滅ぼし、ユーリを助ける。これだけだ。


 ――ユーリ、もう少し待っていてくれ。


「無駄な事を……。――だが安心するが良い。貴様を葬った後に、すぐに全ての人類を滅ぼしてやる」


 そういえば、なぜ邪竜は人類を滅ぼそうとするのだろう。人類なんて足元にも及ばないほどに強大無比なのに。人類だけじゃない。女神の話では、過去にも全ての生物を滅ぼそうとしていたのだったか。


「なぜだ! 邪竜!! なんで人間を滅ぼそうとする!! 人間だけじゃない! 過去の生物もだ! 彼らが何をしたというんだ!!」


 そう問いかけると、辺りを静寂が包んだ。――そして、邪竜は宣言するように語り始めた。


「我は、此世界を無数の光陰と年月を観てきた。認識を得た生物は、やがては滅び、また次の世代が生まれる。続く、再び。再び。すべて同じ結末への進行だ。 ――全ては無駄、無意味。――それももう終わりでいいだろう。――我はこの世界を『終わらせる』者となる。 我はアポカリプス。『終末を呼ぶ者』そのものだ」


 邪竜の言葉を聞いて、オレは憤っていた。

 無駄だと!? もういいだろう!? それは”飽きた”って事か!? 勝手な事を!!

 みんな今を精一杯生きているというのに!! 永く生きているからってそんな権限がどこにあるというんだ!!

 そんなお前だけのお気持ち、オレたち人間や生物が聞き入れる必要なんてないじゃないか!!


 元々倒すつもりだったけど、これで心の底から確信できた。こいつは、こいつだけは許せない!


「勝手な事を言うな!! そんな事はさせない、オレがお前を倒す!!」


「――ほう、出来るものならやってみるが良い」


 こうして、戦いは再開された。


◇◆◇


 戦いは続いていた。


 邪竜は三本の尻尾を繰り出して攻撃を仕掛ける、オレは2本は回避して、なんとか1本は切断に成功する、しかしすぐに尻尾は再生した。

 さっきからこんな風に近づけず、対処してもすぐに再生され、同じような光景が繰り返されていた。


(これじゃ駄目だよヤマト。もっと近づかないと)


「分かってる! だけど3本の尻尾とブレスで中々近づけないんだって!」


(いーや、ヤマトはまだ本気を出してないだけだ。今のヤマトはこんなものじゃない。もっとやれるはずだよ! ほら、本気を出して!)


「そんな事言ったって、ちゃんと本気だ。……もしかして、まだ何か足りないのか?」


 精神体ユーリと話つつ、邪竜の攻撃を回避、もしくは斬って対処している。

 オレとしてはもう十分に本気なんだけど、ユーリはどんな根拠があってまだ本気じゃない、なんて言うんだろう。


(ヤマトはさっき、聖竜のオーラのコントロールはまだ出来ないって言っていたけど、別にコントロールしなくても、もっと自分の力にする事は出来るはずだよ。今のヤマトは聖竜のオーラを殆ど使えてないんだから)


 無茶を言う、コントロールしなくても自分のものに出来る?どういう意味なんだ。

 この聖竜のオーラはユーリから加護として授かったもので自分のものじゃない、今から上手く扱うなんて無茶だ。


(難しく考えなくて良い。ヤマト、その聖竜のオーラは私のオーラでもあるんだから。だからヤマト、私を受け入れるように聖竜のオーラも受け入れて、ヤマトの一部にして欲しい。ヤマトなら出来る! ――それとも、私を受け入れるのは怖い?)


 精神体ユーリの言葉でハッとした、気付かされた。聖竜のオーラは自分のものでない、はなからそう思って受け入れるなんて考えには思い至らなかった。今纏っている聖竜のオーラはユーリのオーラ。であれば、受け入れられるはずだ。


「いいや、オレにとって一番大事な存在を、どうして受け入れられないはずがあるか――!!」


 身体の周りにある聖竜のオーラ、これはユーリのオーラ。それならオレにとって世界最高のオーラだ。

 オレに合わないはずがない!!


 眼を閉じ、ユーリをイメージした、オレに向かって飛び込んでくるユーリを。当然それを優しく受け止め、胸の中に受け入れ、そして優しく抱きしめた。

 すると、聖竜のオーラが一際輝いた。そしてその白銀の光はオレの中に入って、溶けて混ざり合った。オレの持つオーラとユーリの聖竜のオーラが一つになった。


 身体の奥から力が湧き上がって来る。今までに感じた事のないほどの力だ。これが、オレとユーリの力が合わさった結果なのか。


(出来たじゃんヤマト! それだよ!!)


「ああ!! これなら今度こそ!!」


「……何? 聖竜のオーラが消えた……いや、変質しただと……?」


 邪竜もオレの変化に気付いたようだ。


「待たせたな邪竜! 次で終わりにする、覚悟しろ!!」


◇◆◇


 襲い来る3本の尻尾と続けざまの漆黒のブレス。尻尾を全て斬り絶ち、漆黒のブレスすらも両断した。

 勢いそのままに跳ぶ。邪竜の頭上高く。


 女神よ、聖竜よ、そしてユーリ!! オレに力を貸してくれ!! 邪竜の全てを断つ一撃を!!

 心で願い、祈る。


(ヤマトに全てを!!)


 精神体ユーリがそう叫んだ瞬間、女神の声も聞こえたような気がした。ユーリと同じようにオレに全てを託す、と。 そして奥義が脳裏をよぎった。これは天啓だ!!


「――神竜ノ太刀(しんりゅうのたち)――」


 天を背に、居合を構えた。


「――天耀一閃(てんよういっせん)悠誓(ゆうせい)!!」


 討魔正宗を剣の鞘のような形で覆った聖竜のオーラに手をかけ、鞘から抜き放った。

 その刀身は、白銀に輝き、女神の力と聖竜の力が融合されていた。精神体ユーリが作ったオーラの鞘の中で、見事に昇華されていた。


 女神と聖竜、そしてユーリとの誓い。全てをこの一太刀で。


「貴様……我を倒しても無駄だと思わんのか……? 再び蘇る……のだぞ」


「それは、オレが”この世界の魂”を持つ者であれば、だろ?」


「まさか……ッ!? 貴様……ッ!!」


「ゆっくり休め、”永久”に」


「――ッッ!!!!」


 言葉にもならない言葉を最後に、邪竜の身体は崩壊を始めた。

 オレの一撃は邪竜の心臓ごと、身体を分断した。


 ここに、邪竜の討伐を完遂した。


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