38.魔皇帝とその真の姿
魔皇帝が威圧を放ちだした。身体がそれに触れるとビリビリと痺れを感じる気すらする。それほどの圧だ。
魔皇帝の強さは、多分オレが戦ったどの敵より強いだろう。もしかするとオレよりも……。
「ユーリ、やれるか」
ユーリに声を掛ける。この威圧に当てられたら殆どの人間は気絶するか、下手すれば絶命しかねない。だがユーリは威圧を受けても平気そうな顔をしていた、もしかしたらオレよりも威圧の影響を受けていないような気すらする。
「うん、平気。聖竜さまのお陰かな、さっきの近衛魔族よりも、魔皇帝と対峙してる今のほうが力が湧いてくるような気がするんだ」
どうやら大丈夫そうだ。
――聖竜の加護を受けているオレはそんな事を感じないから、多分聖竜の血の覚醒のお陰なんだろう。それが魔皇帝との戦いで文字通り、血が騒いでいる、というところか。
「よし、じゃあ行くぞ。今までの相手とは格が違うから、気合入れていけよ」
「おう。ヤマトこそ、頼りにしてる」
お互い見合って頷き、魔皇帝に戦いを挑んだ。
◇◆◇
「少しは出来るようだが……こんなものか」
魔皇帝はオレたち二人同時の連続攻撃を凌いでみせた。
「こりゃあ真正面からだけじゃあ厳しそうだな」
「そうだね……ってうわッ!!」
呑気にユーリと話をしている間もなく、魔皇帝が攻撃を仕掛けてきた。詠唱の短い魔法を唱えると同時に、手に持つ杖と尻尾での同時攻撃。
ギリギリで凌ぐユーリをカバーするように攻撃をするも、それもあっさりかわされてしまう。
なんとかユーリを窮地から脱させる事に成功するも、お互いの実力差はハッキリとした。
――魔皇帝は強い。
師匠と一緒に旅に出て、初めて明確にオレより強い相手だ。このままだと勝つのは厳しいように思えた。
だというのに、オレの心は何故か踊り、ワクワクしていた。
初めての強敵、そんな存在をオレは待っていたのかも知れない。
「良いぞ魔皇帝!! そうでなくては!!」
「何を戯言を……状況が分かっておらんのか」
「ヤマト……?」
ユーリはオレを見て息を呑んだ。どうやらオレは笑っていたらしい。
「ユーリ、こんな状況だというのにオレは嬉しいんだ。やっと強敵に出会えたんだから。さあ、ここからが本番だぞユーリ」
「あ、ああ……」
「何を言い出すかと思えば、……だが冗談を言っているようにも見えぬ。――さあ、我を楽しませてみよ」
魔皇帝は両手を広げ余裕を見せた。強者の余裕だ。その自信から、オレの強さを見極めたいのだろう。だけどありがたい、こちらは少し時間が欲しかったからな。
今までの戦いを振り返り、オレやユーリの強さが増すのがどういう状況かを考えていた。師匠との修行、肉体の鍛錬、それらは基礎となり大事なものだ。だが戦闘中に覚醒するのとは違う。
戦闘中にオレたちを上の段階へ上げてくれたもの、それは”お互いに対する想いの強さ”だ。
オレはユーリを、ユーリはオレを、それぞれの想いが強くなればなるほど、それに比例するように強くしてくれた。それが聖竜の力によるものなのか、それとも女神の力なのか、それは分からない。だけど想いの強さに比例するというなら、オレとユーリはさらに強くなれるはずだ。
「ユーリ」
「何?」
ユーリが返事をする。声だけで、身体も顔もこちらに向けない。当然だ、今は強敵との戦闘中なのだからな。だが、こちらを向いてもらおう。
ユーリの肩を掴む。突然の事にユーリは困惑顔だ。
「どうした?さっきから少し変だぞ」
訝しむユーリをよそに、ユーリの両肩を掴み、オレを真正面に向かせた。
「ユーリ、聞いて欲しい。オレは君が好きだ。ユーリを愛している、ユーリただ一人だけを。この想いは変わらないどころか、時間と共に強くなる一方なんだ。――オレの親友でありオレの恋人。 何度でも言おう。ユーリ、オレは君を心から、全身全霊で愛している」
何を言ってるんだ? という風に聞いていたユーリも、オレの真剣さを受けて、言葉を受け止めていた。
「うん、私もそう。ヤマトが一番だし、 ヤマトに負けないくらいにね。私だって何回でも言える。ヤマトの事を愛している」
思わず笑みがこぼれ、ユーリを抱きしめた。分かっていたはずの事、ユーリがオレの事を好きだって。だけど、分かっていてもやっぱり、直接言葉にされるのは格別に嬉しいものだ。
ユーリもオレを抱きしめ返し、身体の熱を交換するように、気持ちをかよわせて通じ合った。
「ユーリ、オレは魔皇帝に勝ちたい。だけどあいつは強い、このままじゃ勝てないかも知れない。――だから、ユーリの力を貸してくれ。二人で力を合わせれば、想いが高まれば、”二人で勝ちたい”って信じれば、きっと勝てる。だから信じてくれ、オレとユーリの、二人の力を」
「うん、分かった。ヤマトを信じる。 きっと二人なら、力を合わせれば、必ず勝てる」
「「勝とう!!二人の力で、想いの力で!!」」
同時に声に出した。
お互いの気持ちが昂り、熱を交換しあい、心を通わせ続けると、オレの聖竜の加護とユーリの聖竜のオーラが一際輝いた。
身体から力が溢れてくる。また一段、高みに登ったような気分だ。そしてそれは、腕の中のユーリもそうだったようで、腕の中から開放すると、自分の手や身体を見回していた。
「まったく……ヤマトには敵わないな。――愛してるぞ、ヤマト」
「オレもだ、ユーリ」
お互いニヤリと笑い、魔皇帝に向き直った。
「茶番は終わりか? 少しはやるようになったようだが、試してみるか」
ここからが、ほんとうの戦いだ!!
◇◆◇
オレは魔皇帝と同程度の強さへとなっていた。そしてユーリもさらに強くなっていて、魔皇帝との差が縮まっていた。
基本はオレと魔皇帝が対峙し、そこへユーリがサポートする形での戦いだ。
最初は余裕を持ってオレたちに対応していた魔皇帝も直ぐにオレとの差が無くなった事に気付き、今では押されていて余裕が無さそうだ。
とはいえ、魔皇帝はやはり強く、こちらも油断出来ない状況が続いていた。
一進一退の攻防が続き、実力差も少ない状況では奥義を打ち込んだほうが勝ちだ。問題は、その奥義を打ち込む隙が少ない実力差ゆえに中々出来ない事だ。
とそんな事を思っていたら、それまでサポート役に徹していたユーリが均衡を崩そうと踏み込んだ。
「光翼連斬!! ハァーーッ!!」
剣戟に続けて硬質化させた2枚の翼の3連攻撃、今回はさらに尻尾も加えて4連攻撃だ。
ユーリの突然の攻撃に魔皇帝は体勢を崩し、大きな隙を作った。
「ヤマト!! 今だ!!」
「応!!」
素早く構える。
「想穿!!」
「煌竜!!」
同時に奥義を繰り出し、
「一閃!!」
「恋華!!」
魔皇帝を貫き、切り裂いた。
「”悠里”!!」
「”大和”!!」
想穿一閃と煌竜恋華の一撃、今考えられる最強奥義の同時攻撃だ。これで勝てないとなると、流石に厳しい戦いを強いられる事だろう。
「……まさか未熟な聖竜の血族などに隙を見せるとはな、見事だ。――だが終わりではない。もはや出し惜しむ必要もあるまい、我の真の姿を見せてやろう」
そう言い終えると、魔皇帝の身体が漆黒に染まり、岩のように固まった。そして、卵の殻が割れるように、魔皇帝だったものにヒビが入り ――割れた。
その瞬間、辺り一帯、いや、世界という天秤が闇へと傾いたかのように思えた。
◇◆◇
魔皇帝からは漆黒の塊が生まれた。それは多分、邪竜なのだろう。
徐々に大きくなり、竜の形を作り始める。もうこの段階で強さが伝わってくる。
「ヤマト、私はもう戦いについていけない」
ユーリが急に弱気な事を言いだした。邪竜との戦いの前にして突然だ。
「何言ってんだよ! オレとユーリ、二人の想いが高まれば、きっと邪竜も倒せるはずだろ!!」
「ううん、もう戦いは無理。ここから先はヤマトの足を引っ張るだけで、邪魔にしかならないのは分かってる。――だから、私に出来る事をやる。 ヤマト、こっち来て」
ユーリには何か考えがあるようだった。ただ戦えない、というだけなら、オレはなんとか説得するつもりだったけど、考えがあるというなら、それは尊重したいと思う。ユーリにもユーリの考えがあるのだから。
ユーリの前に立つと、ユーリは身体を寄せてきた。
「さっき言ってたよね、想いの強さが私たちを強くする、って。確かにそう。ヤマトも、私も強くなった。だけど、それでも私はヤマトほどは強くなれない。 ――知ってた?聖竜様も最後に邪竜と戦ったのは人間の勇者なんだって。だから、ね? 最後はヤマトに任せるよ」
知らなかった。だけど、そんな事を言われても、邪竜を相手に一人で戦うなんて、それは無理だ。そんな事を考えていたら、オレの唇にユーリの人差し指を当てられた。
「不安そうな顔すんな。戦う事は出来ないけど、このまま私のヤマトを戦いに送り出すわけないだろ? ほら、目を瞑って」
そんなに不安そうな顔をしていたのだろうか、ユーリはオレを安心させるような優しい声で目を瞑るように囁いた。
目を瞑ると、目の前に大きなオーラを感じた。これはユーリのオーラだ。銀色に輝き、大きく、暖かく、オレには優しく見える。まるでユーリを表しているかのようだ。
そっと頬に手が添えられた。
「――私の全てを、ヤマトに捧げます――」
その言葉と共に、唇に何かが触れた。言うまでもない、ユーリの唇だ。今までに何度も口づけを交わしているけど、今回は違った。唇を通じてユーリのオーラが流れてくる。目の前にあるはずのオーラが自分の中に注ぎ込まれる。だけどそれで終わりじゃなく、その後に、オーラではない、何かが自分に流れ込む。
それは言ってみればユーリそのものだった。実際には違うのだろう、だけどユーリそのものとしか表現のしようがない。ユーリの血や全て、ユーリの生命エネルギー、そんなものが全てが自分の中に入ってくるような感覚。
それが自分の中に、自分のオーラや自分の身体を構成する細胞全てに入って、ユーリと混ざり合うよう。ユーリと一つになった。直感的にそう感じた。
身体の奥から間欠泉のように勢いよく力が湧き出し、全身に染み渡る。
自分でも分かる、さっきまでと比べて、今のオレは何倍も強くなっている。
これがユーリの奥の手、なのか……。
唇からユーリの感触が消えた。もしかしてユーリが目の前から消えてしまったのではないか。 心配になって目を開けると、そこには確かにユーリがいた。しかし全身から力が失われたように崩れ落ち、とっさに身体を支えた。
ユーリの血の覚醒状態も解除されていて、身体から力を全く感じなかった。いつも綺麗で生気にあふれていた銀色の髪も、輝きを失いまるで老人のようだった。
「ユーリッ!?」
もしかして、そう思い声を掛ける。
ユーリはゆっくりと目を開き、口をぱくぱくと力なく動かした後、ゆっくりと喋りだした。
「……心配するなよ、死んでないから。――そんな顔するな。……でも死ぬほど疲れたから、休ませてくれ」
そう言って目を閉じた。
息をしている、まだ生きている。でも、なんとなくだけど、この状態のまま戦いを長引かせるのは不味い気がした。生命エネルギーを失って何時までも生きていられるなんて、そんな都合良くはいかないだろう。
ユーリをそっと岩陰に降ろし、立ち上がる。
魔皇帝の殻から生まれた邪竜も、身体を大きく広げ、戦闘準備は万端のようだ。
その眼は深い闇からギョロリとオレを睨み、口から漏れるブレスは漆黒の闇そのものだ。
これが邪竜、オレたちの倒すべき敵。
――最終決戦を始めようじゃないか。