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36.ユーリ・セインツ・ドラゴンブラッド 7


 永遠とも、一瞬とも感じられた口づけの時間は、ヤマトが口を離した事で終わりと思えた。

 しかしそれで終わりではなく、これからだ、という様にヤマトの目には情欲の炎が燃え盛っていた。


「ユーリ……ッ!!」


 懇願するように、次のステップへの許可を求めてくる。

 だけどヤマトだけじゃない、私だって同じ気持ちだ、もう火が点いてしまっている、ここでは終われない。無言で、ヤマトの目を見つめながら頷こうとした瞬間――


「お嬢様ッ!!大変ですお嬢様ッ!!」


 大慌てで叫ぶクラリスの声が耳に入った。

 急激に熱が引いてゆく、周りの視界がクリアになり、無理やり現実に引き戻されたような気分だ。

 同じように我に返ったヤマトも私の肩から手を離し、照れ隠しのように横を向いた。


「一体どうしたのですか。大きな声を出して」


 努めて冷静に、しかし上気していて余韻が残っていた。それに唇が濡れたまま。すぐに湯で口の周りをゆすぎ、立ち上がってタオルを巻いて身なりを整える。全て見られていたとはいえ、女王として体裁は大事な事だ。


「はい、おじょッ……女王陛下! 緊急の報が入りました! 隣の奉迦帝国(ふうかていこく)に魔族の大軍が突如現れ、帝都が滅ぼされたとの事です!! 至急、軍議の間へお越しください!!」


 奉迦帝国とは聖竜様が勇者と協力し、邪竜を封じた場所だ。昔は封禍帝国(ふうかていこく)と呼ばれていたらしいけど、名前の見栄えが悪く、それに邪竜を封じた記録も失われてしまって奉迦帝国と名前を変えてしまっていた。

 この魔族の大軍とは、女神さまが言っていた邪竜が復活したという事だろう。とうとう来てしまった。女神さまがおっしゃっていた邪竜が復活したのだ。となると次なる目標は聖竜王国、私たちだ。

 こうなってしまってはもうヤマトと続きを、なんて言ってる場合じゃない。


「ヤマトッ!!」


 振り返れば、そこにはさっきまでのヤマトはおらず、戦いに挑む英雄の顔付きになっていた。やっぱりヤマトはこうでなくては。頷き合い、ヤマトは脱衣場へと向かった。


「では直ぐに着替えて向かいます。爺……セオラスにはそう伝えて」


 指示に聞き、クラリスは足早に浴場から飛び出した。私も直ぐに着替えて向かわなければ。


◇◆◇


 着替えが終わり、浴場から出るとそこにはセオラスとヤマトが私を待っていた。


「陛下、続報でございます。向かいながらお話ししてもよろしいでしょうか? では、ヤマト様もお聞きください」


 軍議の間へ急ぎ足で向かいつつ、セオラスの話を聞く。


 セオラスは私が生まれてまもなくからずっと私の傍にいてくれた、私の筆頭侍従だ。もう16年、あらためてセオラス、いや爺やの顔を見ると本当に年を取ったと感じる。


 爺やは元々は父の親衛隊で、私が生まれた時に父が爺やに命じ、それからはずっと私の筆頭侍従。小さな頃に祖父を亡くした私からすれば爺やは第2のお祖父(じい)ちゃんのような存在だ。


 それに後ろに着いてきているクラリスとエルミナも私の侍従となって長い。時には主従という枠を超え、姉妹のように話し合うこともあった。

 ……まあ、まさに今回のお風呂でのアプローチはそのおかげなんだけど。

 付き合い始めたにもかかわらず中々進展しない事を相談したら、男なんてこれでイチコロだ、とタオルを目の前で外す事を提案されたのだ。

 確かに、とんでもなく恥ずかしいのを我慢しただけの甲斐はあった。きっと次からはヤマトの方から手を出してくれるだろう。それに何だか吹っ切れた、次はもっと積極的に行けるような気がする。

 ――と、いけない、これから国を賭けた軍議だというのに、余計な事に思考を巡らせ、頬を緩ませてては。


 セオラスの続報によると、奉迦帝国に現れ、帝都を滅ぼした後、そのまま軍勢を引き連れ聖竜王国へ向かっているそうだ。

 目的は多分、ヤマトと私だろう。それに大軍であるならば、こちらも聖竜王国の大軍で立ち向かう必要がある。


◇◆◇


 軍議の間の扉を開くと、そこにはすでに重臣や将軍たちの喧々諤々(けんけんがくがく)の議論が交わされていた。

 しかし、私が来たと知るや一転、静まり返った。


「大まかな話は聞いています。奉迦帝国の帝都が滅ぼされて、こちらへ魔族の軍が向かっている、という事で間違いありませんね?」


 そう全体に向けて問いかけるも、返事はない。誰が応えるのか牽制しているようにも見えた。

 私はそのまま上座に座ると、次々と将軍たち軍属と重臣貴族たちが左右に分かれるように座った。


「陛下、概ねはそうです」


 皆が着席した後、兄ダレン大公が応えた。


「では、具体的な話をお聞かせください。いつ帝都に邪竜が復活し、帝都が滅ぼされたのか。そしてどのような規模の軍勢が王国へ向かい、いつ頃到着予定なのか」


 こうして、私を交えての軍議が始まった。

 ヤマトは私の脇に控えて立っている。


◇◆◇


 現時点で掴んでいる話の概要はこうだった。

 魔族の大軍が現れたのは約3週間前という事が分かった。どうやら帝都の王城に突然現れそのまま帝都殲滅が行われた。ろくに対策を取る時間も無かった帝都は2日と保たなかったそうだ。そしてそのまま、聖竜王国に向けて移動し始めたのだという。

 こちらへ向かう途中にあった帝国や王国の街は村は魔族の軍に飲み込まれてしまった。途中で魔族や魔物を増やしながら進軍し続け、今現在の位置は王都から1週間程度の距離まで来ているだろう、というが予測された。

 偵察と予測を合わせて魔族軍の規模はおおよそ5000体。魔族軍と戦う場合、少なくとも倍の戦力、倍の人数が必要だと言われている。そして、今すぐに王国で集められる戦力は1万。単純計算なら対等と言えた。


 だがそれを率いているのは魔族の長、邪竜アポカリプス、そして魔族に扮した今は魔皇帝と名乗っているらしい。それに相当数の魔族もいるはず、そう考えると、1万程度の戦力で同等とは思えない。本当ならもっと戦力を増やして戦いところだが、今から兵をかき集めるのは不可能だ。

 という事で魔族軍への対策について2つの作戦のどちらかで言い争っていたのだそうだ。


 2つの作戦とは――。

 1つ目は、現有戦力で打って出て時間稼ぎをしながら、それとは別に追加戦力の補充をし、それを持って挟撃する作戦。

 2つ目は、魔族軍が王都ギリギリに到達するまで戦力補充を優先し、王都前で迎え撃つ、という背水の作戦。

 このどちらかで揉めていたようだ。


 1万の戦力と追加招集の軍で挟み撃ちは、分からないでもないが、追加招集が間に合うとは思えない。招集と挟撃の位置まで移動するのにどれだけ掛かるか。それまでに1万の軍が壊滅してしまっては元も子もないだろう。

 もう1つの作戦も、本来であれば王都前での戦闘など国民の不安を煽り、下手をすれば王都にも被害が及ぶ事を考えればやるべきでは無い。しかし王国存亡との天秤と考えれば、分からなくもない。


 ただ、どちらにしても今から1週間で追加の兵力を招集しても大した数は集まらないだろう。つまり、時間を掛ける事に意味を無い。


 そして、家臣たちは理解していないだろうが、私やクリスとフランは並の魔族なら圧倒できる戦力だ、それに何と言ってもヤマトがいる。ヤマトならば、ヤマトだけが邪竜を倒す事が出来る戦力なのだ。

 そう考えれば、総数1万の戦力でも何とかなると思う。もしそれで駄目なら、誰がどれだけ集まっても同じ事だ。


「この戦い、すぐに迎え撃って出陣します」


「で、では!!」


 挟撃派の将軍が反応した。


「ですが、追加招集はしません。今ある1万の戦力で勝負を決めます」


 この回答に家臣たちの反応はすこぶる悪い。「何と……」「戦況が見えておられぬ」などの小声が耳に入るがそんなものは無視して話を進める。


「作戦はこうです――。もしこの判断が誤りならば、女王たる私が全ての責を負いましょう。――必ず勝つ、私は勝利を信じています」


 こうして、作戦を説明し、無理やり決議した。納得していない者のために私たちの力を見せつける事とした。それを見て納得してもらうしかない。


◇◆◇


 1万の兵を揃え、王都を出陣した。

 第1軍団長がグラディス将軍、兵2000、総帥である私が直接指揮を執る軍。

 第2軍団長は兄のダレン公王、兵4000。

 第3軍団長は姉のローラ公女、兵4000。

 合わせて1万、この3軍に分けた。

 私の軍は兵数の代わりにヤマトとクリス、フランがいる。彼らがいればそれぞれが一騎当千。


 グラディス将軍は過去に何度も私と同じ軍団に所属し、顔見知りで、用兵が巧みな将軍として知っている。それに私の作戦を一番に信頼してくれた将軍でもある。少し年老いてはいるけど、実績も実力も十分で、他の将軍たちからの信頼も厚い。だから第1軍団長に指名した。彼ならきっと私が軍から離れていても上手くやってくれるだろう。


 そして出発して3日目に魔族軍と対峙した。お互いの距離はまだ遠いが、軍を整える距離だ。数は概ね5000で大体予想通り。

 第2と第3軍団をそれぞれ左右、両翼に配置し、中央は私の第1軍。相手から見れば中央が薄い布陣に見える事だろう。

 相手も同様に3軍に分け、それぞれの軍団が正面対決の様相となった。


 この世界での軍の戦いは、遠距離で大魔法を撃ち合い、中距離で魔法と弓などの飛び道具、近距離で白兵戦、という流れになっている。

 そして大魔法の距離まで近づき、お互いの大魔法の詠唱が始まった。

 本来であれば、ここで大魔法とそれに対する抵抗魔法の大合唱が行われ、それを打ち合って数を減らす。しかし、私たちにはクリスとフランがいる。このコンビはルールブレイカーその1だ。


「フラン、クリス!! 第2と第3軍団を目標にしている魔法使いを!!」


 準備させていたフランたちに声を掛け、私とヤマト、それに大魔法使いたちは大魔法を詠唱し始めた。


「女王さまに言われちゃやるしかねえな!!やるぞフラン!!」

「任せてクリス!! ユーリ、ボクらへのご褒美、期待してるからね!!」


 クリスとフランの超遠距離の狙撃、これで魔族の大魔法使いたちを崩壊させる、こんな芸当が出来るのはこのコンビしか存在しない。だからこれは完全なルールブレイカー。これで半信半疑な他の将軍たちを勝てると思わせ、納得させる。


 クリスとフランの協力技“シューティングスターブレイブ”これならこの距離でも相手の大魔法使いをピンポイントで狙撃できる、そうすればこちらの大魔法が一方的に勝てる。


「「ギャラクティックブレイブッ!! バーストォッ!!」」


 予想していたのと違う技名が叫ばれた。ヤマトも驚きの反応を返していた。

 クリスの手から放たれたフランのマルチプルアームは天の川のように綺麗な煌めきを残しながら、錐揉み回転して、魔族軍の大魔法使いたちの中心に着弾。そして、超新星爆発(ノヴァ・バースト)のような大きな青白い爆発が起こり、多数の魔族や魔物を巻き込んだ。


「もう一発だ、フラン!!」

「クリス!!」


 息ぴったりな2人は、呆気に取られている将軍たちを尻目に、続けて2射目を放った。


「「ギャラクティックブレイブ!! バーストッ!!」」


 やはり聞き覚えのない技名が叫ばれ、魔族軍の大魔法使いの中心に飛んでいき、爆発した。

 今の2発の技で第2と第3軍団を狙う大魔法使いたちはほとんど壊滅した。詠唱も止まっている。予想を大きく上回る大成功だ。


「もう一発オマケだ!! 「ギャラクティックブレイブ!! バーストォ!!」」


 まさかの3発目が、私たちを目標にしている大魔法使いたちの中心に飛んでいく。そして、魔族軍の大魔法使いたちは大崩壊した。


「あ〜疲れた。ちょっと休ませてくれ」

「そうだね〜、3連発は流石に休みたい」


 ひと仕事終えたフランとクリスは、そう言って背中合わせで、その場に座り込んだ。

 そして第2、第3軍団の大魔法は多少の抵抗魔法があったものの、大戦果を上げた。

 しかし私たち第1軍団の大魔法は強力な抵抗魔法にあい、大した戦果は上げられなかった。それは多分、強力な魔族の登場を示唆していると思う。それが抵抗魔法を使ったのだろう。つまり魔皇帝が邪魔をしたと見るのが妥当だ。


「ユーリ、今の抵抗魔法は……」


「うん、多分魔皇帝……邪竜だと思う」


「1人であのレベルの抵抗魔法か、こりゃあ歯ごたえがありそうだ」


 軍として、最初の大魔法合戦に一方的に負けるとそのまま負けが濃厚となる。ただ相手が魔族なら、油断は出来ない。それでも、大魔法合戦の勝利は大きな意味があった。


「第2、第3軍団も士気が上がっておるようです。これで半信半疑だった将軍たちもちゃんと戦ってくれるでしょう」


 グラディス将軍が周りの戦況を見ながらそう言った。


「そうですね。期待しています」


 そうだ、何はともあれ上手くいっている、クリスとフランのおかげで一方的に損害を与える事が出来た、それに視覚的にも効果があったはずだ。これは私の信頼を勝ち取るには十分すぎる戦果だ。

 軍を進め、中距離の間合いが近くなった。と言っても第1軍にとってはまだまだ間合い外で、魔軍の弓や魔法の射程が長く一方的な間合いだ。


「ヤマト!!」


「応ッ!!」


 そんな不利な間合いにまともに付き合う気は無い。そもそも第1軍は戦力そのものが少ない。だからルールブレイカーその2、ヤマトと私の出番だ。


「グラディス将軍、後は任せました」


「はい、受けた任を必ずや果たします。陛下、必ず勝ってくださると信じていますぞ。いってらっしゃいませ」


 返事を聞いた後、私は血の覚醒を発動させた。同時にヤマトにも聖竜の加護が発動する。ヤマトと私は横並びになり、馬上のまま軍の最前線へと移動し始めた。

 光り輝き目立つその姿は、魔軍からも丸見えだろう。だがそれより、この姿を晒す事は味方の兵たちの士気高揚に繋がった。


「陛下だ!!」「陛下が前に出られるぞ!」「なんて姿だ、神々しい!」「女王陛下、バンザーイ!!」


 上に立つ者が戦場で姿を晒す事の意味は、我が聖竜王国の王族においては小さい頃から教え込まれている。兄も姉も、白兵戦になる時は先頭に立って戦う事だろう。事実、こうして兵の士気が上がっているのだから。


 最前線に着いた私は、大きく剣を振り掲げ、兵たちに向かって叫んだ。


「今から私とヤマトが魔軍の前線を崩壊させる! その後にお前たちが突撃を仕掛けるのだ! 中距離戦闘は無い! 我が軍の勇者たちの活躍、期待しているぞ!!」


 指示するのと同時に兵たちを鼓舞する。兵たちは一斉に剣を掲げ、雄叫びを上げた。

 戦場において、勢いというものは重要でそれが勝敗を分ける事も多々ある。兵は、誰もが俺こそが勇者だと功績を上げたがり、命知らずとなる。その光景に感化された周りの兵たちも呼応する様も武器を高く掲げ、地鳴りを思わせるような雄叫びはすぐに第1軍団全体に広がった。


 私とヤマトは馬から降りてお互いを見合い、頷き、同時に駆け出した。それは走る、というには早すぎて、後を追いかけようとした一部の兵たちをあっという間に置き去りにした。


「やっと2人きりだな、ユーリッ!」


「ああ、やっと2人の時間だ。行こう!!」


 私たちの駆ける場所を予測してた攻撃でも追いつけない。矢が、魔法が、届く頃――そこを過ぎ去り、私たちはいない。捉えきれないほどに私たちは早い。

 そのまま魔軍の最前線に到着し、魔族軍を裂くように切り込んだ。


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