35.女王の秘め事
風呂に入る事を提案したユーリと、それに同調したオレはどちらともなく身体を離し、自分の身体の匂いを嗅いだ。やっぱり匂う気がする。
「そうと決まれば早く入ろ! 時間もあんまりないし!」
ユーリは照れ隠しのように勢いよく宣言した。確かに、この後も仕事が山盛りで待ち構えていてゆっくりしている時間は無いらしいからな。
「王族の風呂ってのは豪華だろうからな、楽しみだ」
庶民の銭湯しか知らないので、王族の風呂はどんなものか興味があった。浴場が大広間かと思うほどに広くて、浴槽だって数人が使うには無駄に広くて、彫像からお湯が噴き出してて、従者が身体を洗ってくれる、そんなイメージなんだけど、さてさて。
ユーリは身なりを正し、私室の扉を開けて表に控えていた従者に今から風呂に入る事を告げた。白いヒゲの従者は恭しく頭を下げ、足早にどこかへと去っていった。
「さ、行こうか」
「さっきの人は?」
「ああ、先に行って準備をしてくれる。 それに私も王専用の浴場は幼かった頃以来だからな、早く入りたいし、ほら行くぞ」
ユーリは一呼吸し、歩幅広く歩き始めた。背筋を伸ばし、胸を張り、堂々と。それは女王然としていて、先程までの甘い時間を感じさせなかった。完全に女王モードに切り替わっていた。
私室から浴場までの移動中、慌ただしくすれ違う家臣や従者が立ち止まって頭を下げ、ユーリがそれに軽く手を挙げて応える。そんな光景が繰り返された。
「さっきの部屋は私が王女の時の部屋で、王専用の浴場からは少し距離がある。近いうちに王の部屋に引っ越す事になるから浴場も近くになる予定だ」
周りに誰もいない事を確認してそう告げた。それから間もなく、王専用の浴場へとたどり着いた。
扉の前には先程私室の前に控えていた従者がおり、ユーリを待っていた。
「陛下、ご準備は出来ております」
「ご苦労様です。――ヤマトも共に入浴します、問題ありませんね?」
「……はい、問題ありません」
白く整ったヒゲを持つ年老いた従者はそう応え、オレに向いて一礼した。
「ヤマト様、ユーリ陛下をお願いします」
「――はい」
その老齢の従者がオレに向ける鋭い眼光と謎の圧に、それだけしか応えられなかった。
だけどそれは敵意ではなく、大切なモノを預けるに足るのか、それを推し量るような視線だった。
「ヤマト様はこちらからどうぞ」
白いヒゲの従者はユーリが入っていく扉とは別の扉に案内された。
てっきり、さっきの会話から一緒の風呂に入るものだと思っていたけど、どうやら聞き間違いか勘違いだったのか。
もしくは「共に」と言ったのは「一緒」ではなく、「同じタイミング」という事かも知れない。まあ、常識的に考えれば当たり前か、女王と冒険者の男が一緒の風呂とか、ありえない話だ。
がっかりしながら部屋の中に入ると、そこには3人の女性の従者が待ち構えていた。
◇◆◇
「ヤマト様、この度お世話をさせていただきます、クラリスと申します。こちらは同じくエルミナ、リシェルです」
3人の中で最年長と思われる、20代後半といった雰囲気の従者のお姉さんが丁寧に畏まりつつ紹介した。
それぞれ見た目からは、お姉さんの雰囲気を持つクラリス、真面目そうな20才くらいのエルミナ、いかにも元気そうな年下、15才くらいに見えるリシェルだ。
「ヤマト様、こちらへ」
クラリスが案内した。
戸惑いながらも言われるがままに移動し、両手を少し上げるよう言われて腕を上げると、3人の従者たちは慣れた手つきでオレの衣服を脱がし始めた。
あっという間に全裸にされ、恥ずかしさを感じる暇も無かった。遅れて羞恥がこみ上げ、慌てて股間を隠すと、エルミナがそっとタオルを巻いてくれた。だが、3人にはしっかりと見られてしまった後だった。
「さすがは英雄様でございますね、逞しいです」
リシェルが頬を赤らめながら呟いた。それって……どこの事を言ってるんデスカ?
「しなやかで、それでいて力強い、良い筋肉をお持ちのようです。これはマッサージのしがいがありそうですね」
続けて、クラリスがオレの腕や肩、胸板を撫でながら言った。良かった、どうやら筋肉の事を言っていたようだ。でもなんだか違和感がある、先ほどの白いヒゲの従者と似たような、何者か測るように診ている気がする。
「ダメですよ二人共! ヤマト様が困ってらっしゃいます!!」
残った一人、エルミナが二人を掴んでオレから引き離した。どうやらこの娘だけがマトモなようだ。
「失礼しました。ヤマト様、こちらが浴場でございます」
エルミナがそのまま浴場への扉を開けた。
ユーリはいないのは残念だけど、せめて大きな浴場ってやつは堪能しておきたいところだ。
◇◆◇
浴場へ入るとそこはやはり広く綺麗で明るかった。そしてやっぱり公衆浴場より広いのではないかという浴槽が目の前に広がっていた。
それだけじゃない。嬉しい事にユーリもオレを待ち構えるように扉の外で待ってくれていた。
「待ってましたよ、ヤマト」
長い銀の髪を後ろ頭に纏め、胸から下には大きなタオルを巻いている。しかしそれでも谷間と太ももが眩しく、同時にとても綺麗だと思った。
そしてユーリの後ろには3人の女性の従者が控えていて、オレの後ろにはいつの間にかさっきの3人の従者も控えていた。
ここにユーリがいる、という事は――
「てっきり風呂は別だと思ってた」
「最初に爺に言いましたよ。”共に入浴”するって、一緒に入るに決まってるじゃないですか」
そっか、やっぱりそうだよな。そうなるとウキウキしてくるな。
って待て、今”爺”って言った?という事はあの老従者はユーリが小さい頃から面倒を見てたとかそういうやつか。――なるほど、そりゃ測るような目で見るわけだ。
「まず身体を洗って貰います。ヤマトをお願いね、クラリス」
「はい、お任せください。お嬢……陛下。――ヤマト様、こちらです」
クラリスに促され、洗い場のような場所へと移動した。ユーリはというと、反対方向の洗い場へと別の従者を連れていった。
「それでは今から全身を洗わせていただきます。さあ、腕を上げてください」
クラリスに促され、腕を上げると3人がかりで身体を洗われた。
股間を覆うタオルが取り払われた時は思わず声を上げてしまったが「大丈夫です」と言われそのまま洗われた。何が大丈夫なのか、オレは大丈夫じゃないんだけど、という気持ちで一杯だったが、熱心に身体を洗う様を見て、何も言えなくなった。
ただ、女性に身体を洗われるというのは初めての事で、理性を総動員させて、最悪の事態だけは防げたのだった。
全身を洗った後に、腰にタオルを巻いてくれて、次は腰掛けさせられ、頭を洗ってもらった。
全てが終わり、ふと後方を振り返ると浴場の反対側でユーリも同様に身体を洗われていた。ユーリはこちらに背を向けていた様だが、従者の身体が邪魔でよく見えなかった。
「ヤマト様、後は湯船に浸かってゆっくりしていてください。陛下も終わり次第来ますので」
クラリスに言われて湯船に浸かった。従者3人はユーリの元へ向かっていった。
ようやく1人で落ち着く事が出来た。両手を浴槽の縁に広げ、上を向いて大きく息を吐き出した。少し熱いくらいのお湯が疲れた身体と心をほぐし、沁み渡っていくようだ。
さらに身体の奥まで熱を浸透させようと目をつむり、心地良さに身体を投げ出した。
遠くで賑やかに話す女性の声が聞こえた。この声はクラリスたちの声だろうか、それにユーリの声も混じり、話し合っているようだ。何を言ってるのかまでは聞き取れなかったが、従者たちと楽しそうに戯れるユーリの声は珍しかった。考えてみれば女の子なんだし、まあそりゃそうか、と自分を納得させた。
◇◆◇
「おい、タオルを湯船に浸けるんじゃない、マナー違反だぞ」
頭上からそんな声が聞こえた。この声はユーリだ。やっと終わったらしい。
目を開けて声の方を見ると、そこには先ほどと同様に胸から腰までを隠す大きなのタオルを巻き、頭を纏め上げているユーリの姿があった。先ほどと違う点と言えば、その身体を覆うタオルは濡れていて、ユーリの身体にぴったりと張り付き、身体の線を全く隠さず、僅かに透ける肌が妖艶さを醸し出していた。
思わず顔を背けてしまった、見てはいけないモノを見てしまったかの様な、そんな罰の悪さを覚えてしまったからだ。
腰に巻いたままだったタオルを外し、股間を手で隠し浴槽の外にタオルを置きながら。
「……おう、遅かったな」
思わずぶっきらぼうに応えてしまったが、ユーリはそんな事意にも介さず、しかし緊張感を含ませて続けた。
「私も今から湯船に浸かるけど、タオルを巻いたままじゃ浸かれないからな。ヤマトには……その……ちゃんと……あれだ、湯船に浸けないか……見てて、欲しいんだ」
耳を疑った。タオルを湯船に浸けてない事を見ろ、というのだ。それはつまり、裸の自分を見てくれ、と言っているに等しい。――聞き間違い……ではないと思う……けど。でも急になぜそんな事を言い出したのか。
ふと、ユーリの向こうに控える従者たちが期待に目を輝かせているのが見えた。……そうか、あの騒ぎは、ユーリの後押しと、その勇気を出させるためのものだったんだ。
恥ずかしそうに、でもまっすぐな目でオレを見つめるユーリ。
オレは、そっとうなずいた。
「ああ、見といてやるから、安心しろ」
そう応えると、ユーリは少しだけ安心した表情を見せた後、深呼吸し、ゆっくりと身体に巻いたタオルの結びを解き、両手にタオルの端を持ち、そのまま前を広げた。
ユーリの裸を見る直前までは、顔を背けたい気持ちと、細部まで食い入る様に見たい気持ちで半々だった。好きだからこそ、見たい。でも、好きすぎて見たくない。そんな矛盾した感情に揺れた。
ただどちらにせよ、見といてやる、と言った手前、目を逸らすという選択肢はなかった。
そして、一度それを目にしてしまえば、目を逸らす事など出来ないほどに心奪われてしまった。
あれだけの戦いを経たにもかかわらず、傷や染みなど一つも無く、肌は透明感があるほどに白く、無垢なほどに綺麗だった。身体の線はまさに理想的な女性そのもので、全体的な線は細いのに豊満な胸、括れた腰、綺麗な流線型を描く尻と太もものライン。そして無垢なる大地のような股間は視線が吸い込まれそうになる。
それに加えて雫が伝う濡れ姿はしっとりとして艶やかで、刺激が強すぎた。
「……」
「お、おい! 何か言えよ!」
「……」
何も言えなかった、声は聞こえるけど言葉は頭に入ってこない。これが魅了されているんだ、と初めて実感した。ただ見惚れて、目が離せなくて、正常な思考が働かない、言葉も出ない。目の前にある光景を、ただ享受するだけ。
あえて言葉にするなら、あまりにも綺麗で言葉がなく、この世で一番にエロく、昂りを抑えられなく、神秘を垣間見た気持ちになり、もっと見たい、もっと欲しい。ただひたすらそんなバカみたいな感情が浮かび続ける。それだけで頭が一杯になった。
生まれて初めて見る異性の身体が、これ以上ないほど極上で魅力的なものだったんだ、そりゃこうなっても仕方がないだろう。
突然、目の前からユーリの姿が消えた。かのように思えた。 何のことはない、何の反応を示さないから待つ事を諦めて、湯船に浸かっただけだ。
そして、その時になってやっと、我に返った。
「――あ! ……ああ、言葉に出来ないほどに、綺麗だった。見惚れた、何も言えなかった」
やっとの事で言葉を発したオレに、ユーリはギロりとひと睨みし、胸を隠しながら小さく息を吐いた。
「ほんっと!! スケベだなヤマトは。 ……そんなにスケベだったっけ?」
ちょっと意地悪そうに言った後、ユーリは微笑んだ。女神の様な微笑みに見えた。
しょうがない、ユーリに魅了されているんだから。
「しょうがねえだろ、オレは女性に対する耐性がないんだから!! それに初めて裸を見たくらいなんだぞ!!」
情けない反論を返すのがやっとだった。
しかしその反論を聞いて、ユーリは目をぱちくりさせた。
「え!? 初めて裸を見たって……マジか? だってヤマト……お前モテるだろ?」
何を言ってるんだこいつは、オレはモテた事など前世を含めて一度もない。
「前にも言ったと思うけど、本当に一度もモテた事ない! 恥ずかしいから言わせんな!!」
「え~、あれ本当だったんだ。 おかしいなあ、今のヤマトならいくらでもモテそうなのになあ」
ユーリは心底不思議そうに首を捻った。そう言ってくれるのは嬉しいけど、事実だ。
「だとしたら、ヤマトの女性に関する事は全部、初めては私になるのか、それは嬉しいな」
のんきにそんな事を言いながら、更に近づいてきて、肩を密着させてきた。
裸同士で肌を密着させる感覚に、鳥肌が立つようなゾクリとした予感を覚えた。それは嫌な感触なんかではなく、これから嬉しい事が起こりそうな予感というか、そんな感じだ。
「で、どうだった? 私の身体は」
少し意地悪そうに、いや、小悪魔のように微笑みながらもう一度聞いてきた。
「さっきも言っただろ……。凄く綺麗で、凄くエロくて、見惚れた。言葉が出なかった」
「それだけ? 他に言う事ない? あ、う~ん……。 私の事、どう思う?」
ユーリは何を言わせたいのだろうか、思いつく言葉なんて大した事は言えない。美辞麗句を並べ立てるなんて無理だぞ。
それに”どう思う?”って言われても。そんなの決まってるじゃないか。でも、この流れで言うのは違くないか?
「今言うとまるでオレがユーリの身体が目的……みたいにならないか?」
「違うの?」
「はぁ!?!? んなわけないだろ!! オレはただ純粋に――」
「冗談だって冗談。 でどう思ってるの? ちゃんと聞きたいな」
見事にユーリにからかわれてる。――でも、それも楽しいと感じる。これがイチャイチャする、って事なのか?
で、どう思ってるか、なんて――
ユーリの目を見る。期待と緊張、そして不安が入り交じる瞳を、正面からまっすぐに。
「――お前が好きだ、ユーリ。心も、身体も、全部だ。前世から今、未来に至るまで、全部抱きしめたい。たとえ何があっても愛してる。……これで足りるか?」
告白するみたいに思いの丈をぶつけた。2度目だろうが3度目だろうが。何度でも言ってやるぞ、オレは。
ユーリは胸元を押さえ、小さく震えながら喜色満面に微笑んだ。
「……うん。満足。 こんなにも嬉しいなんて。私もヤマトの全てを愛してる。 ……ね、ヤマト――」
そう言ってユーリは顔を近づけ、目を閉じた。
何も言わず、ユーリの柔らかい唇にそっと唇を重ねた。それは軽い口づけだった。
「――ねえ、もっとヤマトがしたいようにして良いよ。私が女王になったからって、遠慮しなくて良いから」
その言葉がトリガーとなり、抑えていた衝動がもう一度唇を奪った。さっきのように優しくじゃなく、荒々しく、唇を隙間無く重ね合わせて吸い付き、そのままユーリの唇の間に自分の舌を差し込んだ。
ユーリもそれに応え、舌を迎えてくれた。舌同士を絡め合って、啜り、送り、味わった。
オレはユーリを、ユーリはオレを堪能するように、お互いが口腔を貪りあった。