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34.女王の緊張と弛緩


 凱旋式と女王戴冠式は熱狂の渦に包まれ、王都の熱気は夜になっても冷めることなく、至る所で夜通しのお祭り騒ぎが続いていた。王都の警備兵は大変だったと思う。


 それより何より、当然ユーリ、いやユーリ女王も、その身辺も、そして何故かオレも大変な時間を過ごす事になった。

 まずユーリ女王は基本的には前ゲイル王の体制を、形はそのままに、一部人事の入れ替えをするようだ。ユーリが信頼出来る家臣と相談し、話を進めている。政治の世界はオレには分からないので、話の半分も頭に入ってない。

 というか、オレがその話聞く必要ある?と思うんだけど、なぜかユーリはオレを隣に立たせて離してくれず、家臣にも「この方は聖竜の加護を得た特別な方です」といって無理を通している。なぜ一介の冒険者風情が……という一部貴族や家臣たちの訝しむような視線が背中に突き刺さるようで、居心地が悪かった。


 人事見直しの結果、幹部の3割程度が、いわゆるユーリ派閥に入れ替わったようだ。ちなみにユーリ派閥の方々は何故かオレにも優しく接してくれて、ちょっと心が休まった。オレ、優しい人たち、好き。

 後から振り返れば、その時既にオレが”そういう存在になりうる”と考えての行動だったのだろう。もしかしたら先にユーリがそういう事を言っていたのかも知れないけど。だとしたらユーリよ、流石に気が早くないか。……いや、でもそれもちょっと嬉しいんだけどさ。


 ユーリも、今まで一緒に旅してきた時のようないつもの様子と違っていた。

 女王として、家臣の言葉に耳を傾け、言葉を交わす様子などはオレが見たことの無い一面だった。その凛とした立ち居振る舞いはすでに王女ではなく女王としての威厳や貫禄がにじみ出ているようだった。

 そして、隣に居ながらも遠く感じ、本来はオレと住む世界が違う存在なんだという事も、寂しいけど感じてしまった。


 さて、そんなこんなで昼の戴冠式からずっと、ユーリ女王と王城の方々は禄に睡眠も取らず大忙しで、結局なんとか形となった頃には翌日の朝の太陽が登り始める時間になっていた。


 オレがハッキリと覚えているのは――。

 前ゲイル王は太上王ゲイル、前リーザ王妃は太上王妃リーザ、兄であるダレン王子はダレン大公、姉のローラ王女はローラ公女となったという事。その他の幹部や部下はユーリが”覚えとけよ”、と言っていたけど、まあ……おいおい把握していこうと思う。


◇◆◇


 ユーリと一緒にユーリの私室に戻った。

 ユーリは服を着替える様子もなく、そのまま溶けるようにソファーへと沈み込んだ。

 ぐったりと疲れた様子でソファーにもたれているユーリに、臣下のように跪いて(うやうや)しく飲み物を差し出した。


「お疲れさまです、ユーリ女王。お飲み物でもどうですか?」


 ユーリはオレを力無い様子でちらと見た後、身体を起こしてカップを受け取りながらぼやいた。


「やめろって、二人きりの時にそういうの、いつも通り”ユーリ”でいいだろ?」


 彼女の言葉を聞いて、自分のやった行動を悔いた。こんな事されて喜ぶ人などいるはずもないのに。多分自分からは遠い存在、という事実を見せられてしまったからだと思う。だからこういう風に冗談めかしてでも、やってしまったんだろう。

 だけどそんな事が言えるはずもない。オレはユーリの隣に座ってからかい半分にこう応えた。


「良いのかよ女王さまがそんな言葉遣いで。みんなショックを受けるぞ」


 それを聞いたユーリは首を傾げて尋ね返してきた。


「……みんなって誰だよ?」


「みんなってのは……家臣とか国民とかだよ。まあ、オレ以外の全ての人だ」


「なんだ、それなら問題無い。こんな言葉遣いはヤマトだけだから。 ――それに私が心を開くのはヤマトだけだからな」


 甘く囁くような声で紡がれる、オレへの信頼の言葉に思わず息を呑んだ。

 オレはなんて馬鹿な事を考えていたんだ。ユーリはユーリ。人前でどんな姿でいようとも、オレの事を親友として、恋人として見ていてくれるはずじゃないか。

 ユーリにとって、オレは特別だという事だ。分かっていたはずだ、今までだってユーリはオレの前でだけ、親友として振る舞ってくれていた。それに今は恋人同士でもある。

 遠い存在なんて、自分が勝手に思っていただけだ。


「なあヤマト、まだ体力は有り余ってるよな?」


 突然だな、確かに疲れてはいるが鍛えてるからな、まだまだいける。


「ああ、疲れてるけどまだ2日くらいは余裕だ」


 応えながらちょっとだけ期待をしてしまう。だって恋人同士だし。

 だけど一応断っておくと、オレとユーリは恋人同士にはなったがまだ……その……あれだ。最後までは行ってない。というかタイミングが無かったんだ。魔王を倒した帰りの街や村では歓迎が夜遅くまで続いて、中々二人きりになれなかったし。そういう雰囲気にも中々ならなかった。

 だからオレに意気地が無いとかそういうのではない、はずだ。


 だからといって、流石にここでどうなんだ?とも思う。いやまあ、ユーリに求められたらやぶさかではないけども。

 と、そんな風に深読みして妙な期待感で心を昂らせていた。


「そっか、私はもうくたくたで疲れ切ってるから、甘えさせて貰おうかな~」


 ユーリはそう言って、オレの膝に倒れ込んだ。いわゆる膝枕というやつだ。そして横になってすぐに寝息を立て始めた。

 落胆はしていない。 ……いや、やっぱり少しだけしてるかも知れない。

 だが、それよりも大切なのはユーリの体調だ。今度はオレが彼女を支える番だ。親友として、恋人として。膝枕程度ならいくらでも貸してやる。膝枕どころか、ユーリが求めるならなんだってしてやるつもりだ。


 と、そんな事を思いながら寝息を立てるユーリの髪を撫でた。しっとりとして、それでいてサラサラとした髪質が心地良い。いつまでも撫でていたい。

 寝顔も可愛くて綺麗で、無防備な様は庇護欲を掻き立てられる。


 頭を撫で続けていると、ユーリはそのオレの手を掴んでそのまま胸元へ抱き寄せ、腕をそのまま抱きしめた。まるで意識して抱き寄せたかのように、あまりにも自然な動作で、まるで自分のモノだと主張するように。オレとしては柔らかい感触に包まれるので文句なんてないのだけど。


 そんな状態で時が過ぎていく。ユーリの寝息だけが静かな部屋に響いていた。寝顔を眺め続けていたら、窓から差し込む朝日の角度が変わり、おおよそ1時間が経った頃、ユーリが突然目を覚まして身体を起こした。


「どれくらい経った?」


「え? ああ、1時間くらいかな」


「誰か来た?」


「いいや、誰も」


 そう応えるとユーリは安心したように胸を撫で下ろして、両手を広げた。


「そっか、じゃあもう少し甘えさせて貰おうかな」


 そう告げてオレに抱きついた。

 急な事に驚き、固まっているとユーリはさらに


「ほれほれ、恋人が甘えてるんだぞ、ヤマトも応えろ」


 オレの耳元で囁きながら催促してくる。

 我に返ったオレは、ユーリを優しく抱きしめ返し、ユーリの柔らかさと体温と鼓動を感じたのだった。

 ……きっと、早まる自分の鼓動と、少し上がった体温は、ユーリにも伝わっているだろう。


「結構匂うな……」


 ユーリはオレの首元で匂いを嗅いでそういった。

 ――そりゃ匂うだろう。前の街を出て、何日間も風呂に入ってないのだから。


「悪かったな、野宿続きに昨夜も誰かが連れ回すから風呂に入る余裕もないんだよ」


「いや悪い、ヤマトの匂いがする。……嫌いじゃない」


 そんな事を言いながらスンスンと匂いを嗅いでいた。

 しかしそれはユーリだって条件は一緒のはずで。

 お返しとばかりにオレもスンスンとユーリの首元に匂いを嗅いでやった。

 ユーリの強い匂いがした。それは臭いとかキツいとかじゃなく、ユーリの匂いだ。一瞬だけ強い匂いに驚いたけど、すぐにそれも慣れ、ただユーリの匂いとしか感じなかった。


「こら!! 匂いを嗅ぐな!!」


「お前だってオレの匂い嗅いだだろ、おあいこだ、おあいこ。それに良い匂いだ。ユーリの匂いだ」


 思った事を正直に述べると、抱きしめた腕の中でユーリの体温が一気に上がるのを感じた。耳まで赤くなっているのが想像できる。


「それとこれとは別だってば!! やめろーっ!!」


 ユーリは身体を離そうと暴れ出したけれど、オレは逃さないようにしっかりと抱きしめた。


「おい、もっと甘えていいんだぞ。あ~ユーリの良い匂いだ~」


「良い匂いのはずないだろ!! お前と同じくらい風呂に入ってないんだぞ!! 止めろ!! 嗅ぐな!!」


 ユーリがなんと言おうと抱き締めた腕は緩ませず、首筋に顔を埋め続けていた。すると、暫く離れようとして、諦めたのかやっと大人しくなった。


「……もう良いよ、好きなだけ嗅いでくれ。 その代わり!!こっちも好きなだけ嗅ぐから!!」


 そう宣言すると、オレの首筋に顔を埋めた。


 しかし、暴れようとしていたユーリと、それを力ずくで抑えていたオレは、体温が上がり、汗が出て、さらに匂いが強くなっていた。


「……なあ、1回風呂入らないか?」


「奇遇だな、オレも風呂にでも入って汗を流したいと思ってたところだ」


 お互い言葉にはしなかったが、強みを増した匂いは流石にちょっとキツイと感じたようだ。

 ここで風呂に入ってリフレッシュするのも良いと思う。それに王城の風呂だ、きっと立派な風呂だろうしな、と期待を膨らませていた。


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