33.凱旋、そして……
王都の正門をくぐると、そこは王国民による熱烈な歓迎が待っていた。
凱旋式が事前に知らされていたため、オレは身なりを整えていた。姫騎士のような出で立ちで堂々と立つユーリの隣に立ち、王国民の祝福に応えた。
先触れの王国の使いはユーリを先頭に立たせ、まるで功一番のように扱いたがったが、ユーリはそれを拒んだ。魔王を倒したのはあくまでヤマト、ヤマトを差し置いてそのような振る舞いは出来ない、として断ったのだ。
結局、話し合いの末、オレとユーリは並んで凱旋することに。そしてオレが魔王を討ったことも、正式に王国民に知らされることとなった。
凱旋パレードは王城前の広場まで続き、オレたちはそのまま王城へと入った。王国民へのお披露目は一旦ここで終わり、続くは聖竜王国のゲイル王らとの謁見だ。
面会を待つ時間、少し緊張しているとユーリがオレの背中を軽く叩いて、周りには聞こえないような小さな声で言った。
「大丈夫だ、私に任せて」
それだけ。
その時のオレには意味が分からず、ただ曖昧に頷くことしかできなかった――だが、あの一言の意味はすぐに明らかになる。
◇◆◇
謁見の間へと通されたオレとユーリ、そして師匠とフラン。
正面にはゲイル王、その傍には王妃リーザ、第1王子ダレンと第2王女ローラ、そして幹部の面々だと思われる人々が並んでいた。
ゲイル王や王子たちとは以前一度お会いした事があるとはいえ、こういう場面では緊張する。
「此度はよくぞ魔王の討伐を果たした。特にヤマト、お前は宣言通り、見事であった。ユーリ王女も、魔王の幹部を2人倒したと聞いておる、聖竜王家の名に恥じない活躍、嬉しく思うぞ。 勇者フランにクリスも力を合わせて幹部を倒したそうだな、よくやった。我が国の英雄であるお前たちの名は聖竜王国の歴史に大きく刻まれるであろう」
ゲイル王直々にお褒めの言葉をいただく。それに対し、ユーリが応えた。
今回の謁見でのやりとりはユーリに全て任せている。オレたちは下手な事を言わないように事前に打ち合わせしていた。
「過分なお褒めのお言葉をいただき光栄でございます。ですがこの成果は行く先々の街や村での王国民の協力があってのものです。聖竜王の治世が遥か魔王領近くまで届いていたからこそでございます。それが無ければ苦難の多い旅となっていた事でしょう」
ちゃんと国民と王を持ち上げる。そういう気遣いはオレには思いもつかない事で、これだけでもユーリに任せて良かったと思う。
その言葉を聞き、ゲイル王は嬉しそうに頷いた。
「うむ。よく言った。 ユーリ王女よ、よければ戦いの土産話を聞かせてはくれまいか。魔王や幹部はどうであった?」
「はい、それでは僭越ながら――」
こうしてユーリは、王様やその面々に幹部や魔王との戦いをかい摘んで話した。オレやユーリの実質の告白だとか、そういうところは当然外して。
分かりやすく、場面をイメージしやすい言葉を選んで話すユーリの言葉はゲイル王や王族、幹部の面々の期待を上回り、まるで冒険譚を聞く子供のように身を乗り出し、早く先を促すほどだった。
そして、オレが魔王を倒す場面を話し終えた。
「――こうして魔王の討伐となったのです」
いつの間にか身を乗り出して聞いていたゲイル王は、落ち着くように玉座に座り直し、一つ咳払いをした。
「いや素晴らしかった。戦いの様子は我々の人知の届かぬところだな。末長く語り継がれる事であろう」
ゲイル王は満足そうに頷きながらそう言った後に一転、神妙な顔つきとなった。
「しかし2つ確認したい、良いか」
「はい、お答えします」
その質問にユーリは聞かれる事は想定内という風に即座に応えた。
「まずはユーリ王女の血の覚醒についてだ。こちらについては魔王との戦いの前にこちらに情報として伝わってはいたが……ここで披露出来るか」
まずはユーリの聖竜の血の覚醒についてだった。
そういえば血の覚醒の発現自体、ここ何百年も出来た者がいないという話だったか。
「はい……では」
ユーリはそう言って、血の覚醒を果たした。その白銀の姿は何度見ても綺麗で美しく、ため息が漏れるほどだ。
だけどよく見ると、まだ血の覚醒の第1段階で尻尾が無く、角の数も少なかった。
しかしそれでも、周りの反応はオレの想像を超えていた。
ゲイル王やダレン王子たちはただ沈黙し、伝説を間近で見たかのように畏怖し、見惚れていた。幹部の中には跪いてユーリに祈りを捧げるような者まで現れた。
「そして、これが魔王の右腕との戦いで発現した真の血の覚醒です」
一呼吸置いた後、そう言って今度は真の血の覚醒をする。
白銀の竜の翼、耳の上でそれぞれ2本づつ、合計4本の髪飾りのような白い角、そして爪と竜の尻尾だ。白銀のオーラを放ち、その姿は神々しさを纏っていた。
そしてその真の血の覚醒に合わせる様に、オレの身体にもユーリと同様の白銀のオーラが現れた。魔王ブレイディ討伐後に発現した“聖竜の加護“、これはオレの意思で出し入れ出来ず、ユーリの意思で発動している。
そのユーリの姿を見た殆どの幹部は跪いた。
ダレン王子とローラ王女は目を見開いたまま言葉も発せず、しかし苦々しそうな表情を一度見せた後、幹部と同様に跪いたのだった。そしてそれを追う様に、残った幹部も跪いた。
ゲイル王はというと、ユーリとオレを見て喜色満面の笑みをたたえ、ただ嬉しそうだった。
「血の覚醒に聖竜の加護を持つ者……これは決まったな。ダレン王子、ローラ王女よ、何か反論はあるか」
「……いえ、ありません」
「わたくしも、ありません」
何やら王族で言葉を交わしていた。
「うむ、そちらについては後でまた話すとしよう。ではもう一つ、邪竜についてだ」
「はい、魔王は邪竜の軍団長の1人であった事が分かりました。そしてもう間近に邪竜が復活する、と」
「邪竜は聖竜さまによって討伐されたと記録にはあったはずだが、その邪竜で間違いないのか?」
「間違いありません。魔王も聖竜さまを目の敵にしていた様ですし、王族に対しても同様でした」
「なるほど、……そして聖竜の加護を得たヤマトと、真の血の覚醒を果たしたユーリ王女が戦う事になるわけか。勝算はあるのか」
「邪竜がどの程度の強さなのかは分かりません。ですが、勝たなければ聖竜王国どころか、全ての人々にとっての終わりとなります。それに私とヤマトであれば、必ず果たして見せます」
「――うむ。もはや私を含む人々の人知を超えている。2人に未来を託すしかあるまい。――頼む」
「はい。お任せください」
「では、束の間の平和かも知れぬが、王国民に向けて残った凱旋式とお披露目をやる。詳細は案内の者に聞いてくれ。 ――ユーリ王女、ヤマト、フラン、クリス。大義であった」
◇◆◇
こうして謁見は終わり、ユーリはその場に残り、オレと師匠とフランの3人は控え室で案内人にこの後の説明を聞いていた。
暫くするとユーリが戻ってきた。その顔は晴れ晴れとしていて、オレに向けてサムズアップした。
「どうしたんだよ」
「はい。――全て、全て上手くいきました。後は復活した邪竜を倒すだけです」
そう言って破顔した。
よく分からないが何か上手くいったらしい。何の事かは分からないけど、ユーリが笑顔になれるならそれで良し、だ。
◇◆◇
王城前の広場で凱旋式とお披露目の舞台が出来上がっていて、オレたちはそこに立っていた。
ゲイル王直々に紹介され、オレたち4人の成果を発表、お褒めの言葉、そして民衆による大歓声。特にユーリの人気は凄まじく、老若男女全ての国民から愛されているんじゃないかと思うほどだった。
そして凱旋式が終わったと思いきや、ゲイル王の次の言葉にはその場に居た王族を除く全ての王国民が仰天した、そしてそれはユーリを除いたオレたちも。
「さらに我が民に伝えたい事がある!! この度、私はユーリ王女に王の座を譲る事とした!! これは王族の一存である!! ユーリ王女!!」
「はい」
ユーリは応え、一歩前に出た。
民衆や家臣の一部から「次の王は第1王子のゲイル様では無かったのか……?」というような言葉が耳に入ってきた。確かにオレもそう思っていた、第3王女って事はいわゆる第3候補なわけで、それをすっとばすなんて……あ、魔王幹部を倒したからか!?
そう思っているとユーリは血の覚醒を発動させ、披露した。
――その聖竜とも言える白銀の神々しい姿を認めた民衆は次々と跪いた。民衆だけではなく、家臣たちも同様に。
この国において聖竜とは神聖不可侵な神のようなもの。王国の壁画にも竜の翼や角、尻尾を生やした人の王の姿が描かれている。まさにそれが目の前にいるのだ。その身に聖竜を纏う王族ともなれば、もはや現人神に等しい。跪き祈りを捧げるのは当然と言えるだろう。
「これより!! このたびに王家と王国に多大な貢献を果たしたユーリ王女へ譲位が行われます!! 貢献は主に以下に列挙!! 一つ、ヤマトの魔王討伐への協力し、見事に討伐を果たした事。 一つ、魔王幹部を単独で2体討伐し、さらに1体は魔王により近しい実力の持ち主であった事。 一つ、何百年と発現されていなかった真なる聖竜の血の覚醒を果たした事。 一つ、聖竜の加護を持つ者を誕生させた事。 以上からここにゲイル王からユーリ王女へ譲位が行う事となります!!」
幹部の一人が大声で書面を読み説明を果たした。
なるほど、言われてみれば確かに聖竜王国の王になるに相応しい功績だと思う。しかしここでやるのは良い演出だなあ。これは盛り上がるぞ。
「ユーリ」
「はい」
ゲイル王はもう一度ユーリに呼びかけ、ユーリもそれに応えて血の覚醒のまま王の前に跪いた。
民衆と家臣一同が見守る中、ゲイル王はゆっくりと自分の頭にある王冠を外し――
「この王冠は、聖竜として力強く、魔を退け、我らが民を守り抜く者にこそ相応しい」
そう言って、ユーリの頭上に王冠を高く掲げた。
その時、民衆や家臣は沈黙した。そしてユーリは王冠をかぶり、立ち上がって民衆に向いた。
「この瞬間より、私はドラゴンブラッドキングダムの女王ユーリ。この王国の平和と繁栄を、私は守って見せます!!」
そう宣言した瞬間、一気に弾けるように大歓声が巻き起こった。民衆は立ち上がり、拳を突き上げユーリ女王と名前を叫び続けた。両手を広げて祝い、敬意を示した。
血の覚醒状態により、聖竜を纏い、王冠をかぶるユーリは、まさに聖竜王国の王に相応しく、伝説と新しい時代を感じさせた。