32.聖竜と邪竜
魔王……いや軍団長ブレイディを倒し、近くの街への移動中の事だった。
軍団長を倒したからといって魔族や魔物が消え去ったわけではなく、いつものように野営で見張りを交代して眠りについていた。
……ん?ここは……夢? ……いや、この光景は見覚えがある。ここはたしか……。
明るく広い、白銀の王の間のような空間にオレとユーリがいた。そして眼の前には、オレとユーリをこの世界へと転生させた女神が立っている。ここはオレが転生する時に女神に召喚された場所だ。
女神は透き通るような、耳通りの良い声で静かに言った。
「ヤマトよ、よく頑張りました。 復活する邪竜アポカリプス。彼こそが世界を滅ぼさんとする魔族の長です。そして必ずあなたたちに襲いかかってくる事でしょう。その時こそが魔族の長を滅ぼすチャンスとなります。厳しい戦いになると思いますが、ヤマトなら必ず果たせると信じています」
どうやら次の大物こそがオレがこの世界に転生した目的、目標である魔族の長であるようだ。
拳を握り締め、女神に見せつけるようにして言い放った。
「女神さま、心配は無用だ。必ず魔族の長を倒すから、ちゃんと見ていてくれ!!」
胸を張り、大きく宣言する。
「はい。とても頼もしい。期待していますよ」
そう言って女神は微笑んだ。それは魅力的で、ともすれば心が奪われそうなほどだ。そしてどこかユーリに似ているように感じた。
女神はユーリに向き直り、続けた。
「ユーリ、見事ここまでヤマトを導きましたね、あなたは私の誉れです。次の大きな戦いにはヤマトだけではなく、あなたの力が必ず必要になります。これからもヤマトを支えるのですよ。あなたがいれば、ヤマトはその力を存分に発揮出来るでしょう」
「はい女神さま!! 必ずや!! 魔族の長をヤマトと協力して倒してみせます!!」
やや興奮気味なユーリとは対照的に、女神の雰囲気は柔らかく、近しい者に対するように慈愛に満ちているようにも思えた。
ユーリは意気込みを語った後に、ぽつりと質問を投げかけた。
「――女神さま、先程に魔族の長の事を邪竜アポカリプス、とおっしゃいました。まお……軍団長ブレイディも聖竜様を敵視し、邪竜の復活を示唆していました。私のご先祖である聖竜様と、その邪竜はどのような関係なのでしょうか」
それを聞いた女神は、そうですね……という風に頬に指を立て少し考えた後に語り始めた。
「今では聖竜と邪竜という事になっていますが、元々2体の竜は世界を見守る役割を持ち、永遠と不滅の命を持つ黒と白の”永久の竜”という存在でした。ですが、何万年にも及ぶ時の流れを経て黒竜は生物は不要と判断し、魔族と魔物を率いて邪竜となり世界を滅ぼそうとし、白竜はそれを止めようと戦いましたが決着はつかず、やがて人間の時代に移り変わり、いつしか白竜は聖竜と呼ばれるようになっていました。ある日、強大な力を持つ勇者が現れ、聖竜は彼を支えるため人間の女性となり永遠と不滅の命を捨て、二人は力を合わせて邪竜を討ち、”ドラゴンブラッドキングダム(聖竜王国)”を建国するに至ったのです」
「――ッ!!」
驚いた。オレが知っているのは建国した偉大な聖竜。という程度の事だけでそれ以前の話など聞いたことも無かった。まさか遠い昔から聖竜と邪竜にそんな因縁があったなんて。隣を見ると王族であり聖竜に詳しい情報を持つであろうユーリも驚きを隠せないでいた。
「そして”永遠と不滅”の邪竜復活の時が近づいています。邪竜を完全に滅ぼすには異世界の魂を持つ者でなければならず、それこそがヤマトが選ばれた理由です。ヤマト、あなたでなければならないのです」
女神はオレの眼を見据えてそう言った。その眼には期待と、そして信頼が込められているように感じられた。オレはそれに応えるため、胸を張り、ユーリを抱き寄せて応えた。もう恋人なんだし、これくらい良いだろう。
「オレとユーリなら大丈夫だ!! 任せてくれ!!」
「女神さま、ヤマトなら大丈夫です、必ず期待に応えてくれます。――ヤマトなら、出来ます!!」
オレもユーリも、力強く女神に応えた。
それを聞いた女神は微笑み、安心したような表情を見せた。
「はい、お任せしました。ユーリも頑張るのですよ」
女神はそう言って煙のように姿が消えた。
「それにしても、まさか女神さまの託宣の場にヤマトがいるなんてね。今までずっと女神さまと私の2人だけだったのに」
これが女神の託宣というやつだったのか。しかしまあ、託宣というより夢の中で普通に会話しているような感じだった。お告げを貰うようなイメージと違ったな。
「最終決戦が近いから特別にオレも混ぜてくれたのかもな。でも面白い話が聞けて良かった」
「邪竜の話は私もびっくりしたよ。まさか遠い昔、何万年も前からの因縁だったなんてね。でもそれもここで終わり。 ――と、そろそろ終わりの時間だ。それじゃあまたね、ヤマト」
ユーリが別れの言葉を紡いだ。どういう事だ?と聞く間もなく、そのまま世界は真っ暗になった。
◇◆◇
「おはようございますヤマト。朝ですよ」
ユーリに起こされて目が覚める。
あれは……夢? いや、夢にしてはやけにハッキリと覚えている。とても夢とは思えない。
「ユーリ……ちょっと変な事を聞くかも知れないけど……」
恐る恐る尋ねようと話しかけたら、まるで心を読まれたかのようにユーリは応えた。
「あれは夢ではありません。女神さまの託宣です。私もちゃんとあそこにいたんですよ?」
最後に、からかうように、人差し指を唇に添え微笑みながらそう言った。……朝から笑顔が眩しい。……じゃなくて。
そうか、あれが託宣。今思えば夢というより、どこか別の世界に連れて行かれたような、そんな感覚だった。
「託宣では、邪竜がヤマトを襲ってくるという話でした。ですがまだ復活はしていないようですし、このまま王都に戻りましょう。魔王を倒した事も報告して、色々とやる事もありますし」
「おーい、いつまでイチャイチャしてんだ。そろそろ行くぞ。早く飯を食え」
背後から師匠の声がした。
慌てて、食事を口に放り込んだ。
「行こうか、ヤマト」
急いでモグモグと咀嚼しているオレに、ユーリは立ち上がって手を差し伸べた。
オレは自分の手を服で払い、ユーリの手に捕まって立ち上がる。
「サンキュ、ユーリ」
そう言うとユーリは無言で嬉しそうに頷き、オレの手を引いて先に歩き始めた。
「引っ張らなくても自分で歩けるって」
「良いから良いから、たまには手を引かれるのも良いもんだろ?」
そう言うユーリの屈託の無い笑顔は、気分を和ませ、朝から幸せな気分にさせてくれた。
◇◆◇
王都へ戻る途中に立ち寄った街や村で、魔王を倒した事を喧伝し、王都への知らせも送った。
情報は人伝いで広がり、王都に近づくにつれてすでに歓迎の準備をしている街や村が出てくるようになっていた。
特にイーガスミスの街は大層な歓迎ぶりで、魔王の幹部を倒した時以上の盛り上がりを見せ、街全体に活気が溢れていた。
「俺の拵えた刀はどうだった?ちゃんと活躍したんだろうな?」
「ああ、“討魔正宗”は大活躍だったよ。こいつでなきゃ魔王の体を貫くのは難しかっただろうな」
オレたちはイーガスミスの街でショーンと再会していた。
領主からは泊まって行って欲しいと頼まれていたけど、王都への帰還を急ぐという事でお断りしていた。
ショーンと師匠はしみじみと、かと思いきや大笑いしながら2人でおしゃべりしていて、やはり長い間柄なのだなと感じさせた。
念の為という事で、ショーンはオレたちの武器を一通りみて、軽く調整をしてくれた。
「じゃ、またくるよおやっさん」
「おう、生きてるうちにな。ヤマトも」
「はい、またお願いします」
こうして、イーガスミスの街を出て、また何日も掛けてやっと王都が見えるところまで戻ってきたのだった。