30.ブレイディ
ユーリが必殺の斬撃がパンカロを倒した。
それを最後まで見届けると、フランがいの一番に駆け寄った。
「やるじゃんユーリ!」
師匠もフランの後について行くように駆け出し、オレも遅れて動き始めた。
ユーリの技は見事だった。
パンカロが切り刻まれ、派手に血飛沫を上げる様は血の色と相まって青い華のようだった。
それに血の覚醒の進んだ姿なのか、銀の尻尾までが現れて、竜の王女のようで、神々しく、雄々しく、綺麗だった。
――まあ、これらの事がどうでも良くなるような事が同時に起きたわけだけど。
オレの頭の中は真っ白になっていて、それを理解する事が困難になっていた。
あの “ 煌竜恋華 大和“は凄い技だったなあ。 で済ませるほどオレは鈍くないつもりだ。
あれはただの前口上で、そして技名の一部だ、と思うには無理がある。
あれは起死回生の一撃、というだけではなく、ユーリの想いが籠った一撃だと思えた。
その想いがオレに向けてだという事も、分かってしまった。
つまり、ユーリはオレを男として、異性として好きだと告白したようなものだ。
親友ではなく、女として。
そう思うと、頭が真っ白になって何も考えられない。
それを受けたオレの感情としては、親友でありたい事の否定と、想い人となりたい事の肯定。甘さと苦さが混ざり合ったような心情。
相反する感情に、それ以上深く考える事をオレの頭が否定していた。
◇◆◇
「ほら、ヤマトも何かないの?」
気付くとフランに促され、ユーリの前にいた。
恥ずかしそうにしているユーリの前に。
ユーリの様子はまるで「言ってしまった! やってしまった!」と顔を真っ赤にし、視線を逸らしながらもチラチラとこちらの様子を伺う、思い切って告白をした乙女のようだった。
何かと言われても、先ほどまでと変わらず、何もまとまっていない。
だけど、何か応えなければ。ずっと黙っているわけにもいかない。
「……ユーリ」
「は、はいッ!」
ユーリの声は上擦っていた、それほどに緊張しているのか。
しかし緊張しているのはこっちも同じだ。何を言うかすら決まっていないのだから。
更に緊張を高めるように、ユーリの視線とは別に、余計な2人分の視線もオレに突き刺さっていた。
「あ、えーと……。その……。凄い技だった。それに更に強くなった姿が綺麗だった」
「うん! うん!」
結局その程度しか咄嗟には出てこない。
それでもユーリは大きく頷き、そして、次を促していた。他の部分への “反応” を。
「あー、それと……。――ユーリの気持ちは伝わった。オレも嬉しいよ」
正直な気持ちを吐露した。嬉しいという気持ちは、それ自体は本当だ。
観念してそう応えると、ユーリの表情は一瞬で満開の花が咲くように、パァッ! と明るくなった。
「……だけど、答えは待って欲しい。急な事でまだ頭が追いついていないんだ」
すぐには答えは出せない。そう応えると、ユーリは誰の目からも分かるほどにしょんぼりとした。
それからユーリは長い沈黙の後、やっと絞り出すように応えた。
「……〜〜ん。……仕方がないですね。――では、お待ちしてますからね」
鎮痛な表情を抑えるように、笑顔でそれだけ。
だけどそれは、無理をしている事は明らかで、作り笑いである事も一目瞭然。
すまんユーリ、せめてこの戦いが終わった後に、ちゃんと話し合いたいと思うんだ。
その後の小休止では、ユーリとは気まずく、お互いが意識的に離れていた。当たり前で、あんな事の後に仲良く喋る事など出来るはずがない。
そしてユーリと距離をとっていたら、フランや師匠に何度か小言を言われた。
だけどそんな小言も頭に入ってこなかった。
自分とユーリの事で頭が一杯で、ずっとぐるぐると頭の中を巡っていたからだ。
◇◆◇
小休止を終え、大きな扉を開けて中に入る。
その広間の奥には、魔王ブレイディが鎮座して待っていた。
「よく来たな、聖竜の血を引きし者よ」
そう言ってブレイディは立ち上がった。
身長は3mほど、青黒い肌に大きな翼を持ち、4本の大きな禍々しい角を生やしていた。
「今日ここで、あなたを倒します!!」
ユーリがそう宣言した。
「ふふ、調子に乗るな小娘。パンカロとの戦いは見ていたぞ、奴は優秀な部下ではあったが俺の足元にも及ばん。それに勝ってもその程度、俺に勝てるとは思わん事だ」
「勘違いしないで下さい。あなたの言う通り、今の私ではまだあなたには勝てないでしょう。ですがヤマトであれば、必ずあなたを倒します」
「何を言うかと思えば勇者でも聖竜の血筋でもない、只の冒険者ではないか。そんなオマケに何が出来る? 俺を挑発しているつもりか? 無意味な事だ」
オレは結局、ここに来るまで幹部クラスの魔族を倒していない。
ブレイディから見ればそんなオレはとるに足らない、確かにオマケ程度の冒険者にしか見えないだろう。
「いいえ!! 倒します。ヤマトなら必ず出来ます!!」
ユーリが前世から口癖のように言っていた「ヤマトなら出来る」が出た。
前世ならその無理難題に文句を言いながらなんとかしてきたけど、今回ばかりは自信を持って言わせて貰う。
「任せろユーリ! ブレイディ、お前はオレが倒す!! 覚悟しやがれ!!」
そう叫んで、ブレイディに戦いを仕掛けた。
◇◆◇
勝負というものはどのような事であれ、真剣であればあるほど、その時の精神状態にいとも容易く左右される。
心配ごとがあればそれが頭をよぎり、脳のキャパシティに常駐し、普段しないようなミスを侵す。
そういう意味で、今のオレの精神状態は最悪だ。
頭の中はユーリの事で一杯で全く集中出来ない。ブレイディの動きが見えているはずなのに反応が遅れ、簡単に回避出来る事でも対処が出来ずに後手に回る。全てが遅い。
「最初の威勢はどうした? やはりこの程度か」
自分の実力を発揮できれば楽勝とまでいかずとも勝てる、そのレベルの相手のはずなのに、なぜか身体が思うように動かず、頭の反応速度も落ちている。
理由なんて簡単だ、ユーリの告白に対する答えだ。
その場で答えが出せなかったオレは結局心の中にわだかまりとして残り、戦いの妨げにまでなっているのだ。
戦いに集中しようと思えば思うほど、余計に気になってしまう。
正直、戦いなど放り投げてユーリと2人きりになって、落ち着いた場所でゆっくり話し合いたいくらいだ。
◇◆◇
「もう飽きたぞ。そろそろ聖竜の血族とやらせて貰う」
ブレイディが何か言っているが耳に入らない。
今オレは戦闘の邪魔になるくらいなら、と逆にユーリの事を考えているからだ。どうせ疎かになるなら、そっちの方がスッキリする。
オレにとってユーリはかけがえの無い、唯一無二の親友だ。たとえ女になろうとも、それだけは変わらない。
それなのにユーリは、オレの事を異性として好きだ、と、正確には“好き”だと言われたわけでは無いけど、鈍感なオレも分かるくらいの気持ちだった。
それはつまり、ユーリはオレを親友としてではなく、異性として意識している、という事だった。
オレだって今のユーリに好意を持っている。好きかと言われれば好きなんだろうと思う。
だけどそれは親友よりも、ではない。
どちらかを選べと言われたら、親友のユーリを選ぶだろう。
――だけど。
それで異性としてのユーリを諦め切れるかと言われると、それも違うような気がする。
オレはユーリが好きだ。
親友としてもそうだが、人としても。愛すべき存在だ。
何が言いたいかというと、異性としてのユーリも、それもユーリだという事。
こっちのユーリを選んで、そっちのユーリを捨てるなんて、オレには出来ないという事だ。
――違うな、これも屁理屈だ。
ユーリは思い切って、前世という存在があるにもかかわらず、覚悟を決めて告白してくれた。
自分の気持ちに正直に、想いを乗せて、叩き付けたんだ。
だったらオレも、もっと正直になっても良いかも知れない。
親友のユーリと、その上で魅力的な女性であるユーリ。どちらもユーリで、だからこそ手放したくない。
欲しいものを欲しい、と正直に言ってもバチは当たらないだろう。