29.ユーリ・セインツ・ドラゴンブラッド 6
パンカロの強力な技”ディアブロ・ランス”はなんとか防いだ。
”聖煌ノ護”は聖魔法と血の覚醒を果たした私のみが使用出来る強力な防壁魔法、そう簡単には破れない。
だけど、一度技を凌いだだけに過ぎない。状況は変わらず不利に傾いていた。パンカロはまだ本気じゃないというのに、私はもう全力で戦い、押されているからだ。
パンカロは技を耐えた私に一瞬の驚きを示した直後、一気に間合いを詰めて来た。
すぐにでも距離を取りたい、取らなければならない。だけどそれは出来なかった。
何故なら、”聖煌ノ護”発動中の私は動けない。”聖煌ノ護”は守りに特化した、それゆえに強力な魔法、それくらいのデメリットはあっても不思議ではない。
本来であれば1対1で使う魔法じゃないけど、これくらい強力な魔法でもないと防げなかった。
後数秒で防護膜が消える、パンカロはその瞬間を目掛けて攻撃をしてくるだろう、だから私は解けた直後に出来るだけ距離を取らなければならない。ただ、これだけ距離を詰められているとそれも難しい。
視線を上げると、シャボン玉のような防護膜のすぐ外からパンカロが私を見てニヤニヤと歯を見せて笑っていた。
まるで獲物を前に今にも飛びかからんとヨダレを垂らす魔物のように。
青黒いこの魔族の顔は、もはや私を戦う相手として見ておらず、ただの餌としか見ていなかった。戦いが始まる前までの魔族にしては紳士的な応対もすっかり鳴りを潜め、邪悪な顔をしている。
今はそこらにいる、ただの魔物と何も変わらない。
しかし、この絶望的な状況で私は恐怖した。
パンカロの暴力的で邪悪な笑みに。敵とすら見られていない事に。
対抗心が消え失せ、身体は縮こまり、思考が掻き消えて逃げ方も分からず、声も出ない。
白銀の翼、角や爪はいつの間にか消えていた。
心が恐怖に支配され、何も出来ず、護りが消えるまでの、残り僅かな時間。ただ祈った。
――助けてッ!!
◇◆◇
救いを求めた瞬間、ヤマトの顔が脳裏に浮かんだ。
ヤマトの勇ましい姿、ヤマトの声、ヤマトの手の暖かさを思い出した。
――それは、私に少しの勇気をくれた。
護りが解ける寸前、白銀の翼が、銀の角や爪が現れ、覚醒状態に戻った。
まだ恐怖に支配されてはいるけど、この窮地を逃れる方法だけは思い出した。
この翼で、パンカロと距離を取る事だ。
パンカロの攻撃の手より早く、私は翼を一羽ばたきさせて距離を取る事に成功した。
まんまと私に逃げられたパンカロは苦々しげな表情をして、私を睨んだ。
恐怖が解けていない私は、睨まれると竦んでしまう。
勇気が出たのはさっきの一瞬だけ、今はまた戻ってしまっている。
ヤマト、私に力を貸して!!
救いを求める様にヤマトを見ると、私を真っ直ぐ見ていた。目を逸らさず、必ず勝つと信じている、そんな目だ。
戦いに関してヤマトの右に出る者はいない。そのヤマトに勝つと信じられているなんて、私はなんて幸せ者なのだろう。私なら出来ると信じてくれているのだ。だから今の情けない私じゃなくて、ヤマトが信じる私を、私自身が信じなくては!!
「よく避けた、だがよそ見をしている余裕があるのか?」
パンカロに間合いを詰められ、攻撃が始まった。
恐怖から開放され、今度は上手く防御する事に成功する。それになんだか身体が軽い、勝手に身体が反応しているみたい。とはいえ防ぐのが精一杯、反撃する暇は与えられない。
そんな追い詰められた状況。それなのに私ときたら、戦いの事はそっちのけになっていた。
頭一杯の恐怖はヤマトによって振り払われた、そう、ヤマトによって。そして今度はそのヤマトの事で頭が一杯になってしまった。
さっきのヤマトはこんな情けない私を不甲斐ないと見下すでもなく、怒りを込めて睨むでもなく、ただ真っ直ぐに、私を信じて、真正面から見ていた。私が勝てると信じてる。
ヤマトは本当に最高の親友で、そして最高の男だ。その力強い眼差し、細いのに筋肉質な身体つき、高い身長、そしてサラサラの金色の髪、そして誰よりも強い。私の親友は、なぜこんなにも全てが格好良く、美しいのか。
――こんなの、好きになるに決まってる。
ヤマトにこんな視線を向けられたら、女なら誰だってイチコロだ。前世の性別など関係無い、もう女として16年生きてきた。そしてこれほどの男など見たことがない。
ああ、もう、好き。大好き。好きが過ぎておかしくなりそう。
――でも、中々上手く行かない。
色々とアプローチしてきたけど、反応があってもヤマトは留まってしまう。私のあと一押しが足りないのだろうか。
ここでやっと思い出した、今は戦いの最中だ、と。そして、こんな事を考えながら戦っているんだから、当然更に不利になっている。
――と思っていたら、実態はそうじゃなかった。むしろ不利から互角となり、状況は良くなっている。
それになんだか力が湧いてきて、もっと、もっとやれそうな気がする。
それだけじゃない、更に血の覚醒を進化出来そうな予感がする。
そういえば、フランとの戦いで血の覚醒に至ったのは、ヤマトを失いたくないと強く願ったからだ。
ヤマトを異性として好きだと、ハッキリと自覚したからだ。
――であれば。
ヤマトへの想いを強くする事で更に強くなれるのなら、どれだけでも強くなれる気がする。
もう私の心の中はヤマトで一杯だ、この想いを更に昂らせたら、外に溢れ出してしまうだろう。
でもきっとそういう事だ、ここから更に高みへと向かうなら、そうなるのが自然なはず。
想いを解き放つ事という事は、そこにいるヤマトにも当然伝わるという事だ。
正直恥ずかしい気持ちはあるし、もし断られてしまったら、もう生きていけない気がする。
でも、覚悟を決める!
――ヤマトを愛している。
親友として。異性として。
これからは、親友として恋人になって、夫婦になって、ヤマトにとって最高に愛する人になりたい。
だからずっと見てて、私を。
◇◆◇
心に想うだけで、力が溢れる。
パンカロの攻撃を盾で受け止め、弾き返した。
構えを取って、深呼吸する。
「咲かせて魅せます。大華大輪恋の花。 煌竜恋華 "大和"!! 届け!! この想い!!」
技を繰り出す瞬間、白銀の翼、角や爪が白く輝きだし、更に竜の尻尾が現れた。
力が溢れるなんてものじゃない、力に溺れそうになる。それほどのものを感じる。
瞬時に間合いを詰めてパンカロを切り刻んだ。
パンカロは勢いに圧されたのだろうか、身動き一つ取る事なく剣の錆となった。
パンカロを倒し、剣を払って鞘に収める。
今の私の姿は銀のオーラで出来た白銀の竜の翼、銀の角、銀の爪、それに加えて銀の竜の尻尾まで出来て、聖竜の血の覚醒が進化した状態となった。
そして尻尾は翼と同様に私の意思どおり動くようだ。
と、そんな事より……。
言ってしまった、とうとう本人のいる所で大声で言い放ってしまった。今になって恥ずかしさが込み上げて来た。ヤマトを見る事が出来ない。
直接的にヤマトを好きだとか愛してると言ったわけではないけど、普通に聞いたら分かるよね!?
ヤマトの反応が怖い、それに触れて欲しい気もするし、触れずに気付かない振りして欲しい気もする。
でも「オレも好きだ!」とか言って欲しいけど、それはなんかヤマトっぽくないような気もする。ああもう、二人きりの時にちゃんと言っとけば良かったのに。
そんな悶々として一人ウジウジしている私の所へ、フランやクリス、そしてヤマトが駆け寄ってきた。