26.ユーリ・セインツ・ドラゴンブラッド 5
「おう小僧、待たせたな。こいつは俺の最高傑作だぜ」
上機嫌な鍛冶師のショーンがヤマトに剣を手渡した。
剣の柄の作り、反った鞘の形状、明らかに今まで使っていたロングソードの類とは全く違う、そして前世で日本人だった私とヤマトなら真っ先に思い起こされる武器は、ヤマトが鞘から抜いた事ではっきりした。
あれは日本刀。
西洋剣には無い、切れ味の鋭さからくるその切っ先の輝きは見るものを魅了した。フランもクリスも驚嘆の声をあげてしまうほどに。
ヤマトも感動を隠しきれずに大はしゃぎしていた。私だって、ヤマトと二人きりであれば日本刀について盛り上がり、はしゃいでいただろう。
名前はまだ付けていないという事で、ヤマトは悩みに悩んだ末、魔族を討つ刀という事で「討魔正宗」と命名した。なぜ正宗なのかと聞いたら、正宗って名前、格好いいだろ?という理由だった。そういう子供っぽくて素直なところはらしくて良いと思う。
ヤマトが試し切りなどをして満足した後、ショーンに別れを告げた。
まだ昼前で、支度をしてそのまま街を出る事に。領主ハウエルには事前に伝えてあり、凱旋時ほどでは無いけど、大勢の見送りの中で街を出る事となった。
◇◆◇
私はずっと考えていた。
どうすれば幸せになれるのか。
どうすれば親友として隣に立ち、恋人として結ばれ、ずっと一緒にいられるか。
最初はただの親友だった。
”ただの”と言っても、普通の親友より遥かに大事な、親友なんて言葉では表せないくらい大切な存在だった。
それがいつしか、いつの間にか、”ただの”では無くなっていた。
前世の記憶が戻る前に芽吹いた感情がそうさせたのか、女としての自分が自然とそうなったのかは分からない。
それは最初、親友に対する親愛の情だと思っていた、大きすぎる気持ちゆえにそうなっているのだろうと。
それが実は恋愛感情だと、フランに気付かされるまでは理解出来なかった。
でも今は違う。自分の気持ちをはっきりと自覚出来た。私はヤマトが好きだ。
親友としても大好きだし、異性としても大好き。
私は欲張りなのだ。一つになんて絞れない。だからどっちも手に入れるし、手放さない。
――それにヤマトも、私と一緒にいる事が、隣にいる事が幸せだって言ってくれた。
それってつまり、そういう事だよね!?
両親と親代わりのクリス、フランがそこに含まれていないのは家族という範囲だからだとして、そしてヤマトがいて、家族でその隣と考えたら、それはお嫁さんの場所。そしてそこには私。そんな幸せの未来予想図って、ヤマトは意識してないみたいだけど、プロポーズみたいなものだよ!!
――でも、このままでにそうはなれない。
なぜなら、私はこの王国の第3王女で、よほどの事が無い限りは聖竜の血を引く遠い親族との婚姻となるから。
聖竜の血を引くものはそれを極力薄めないように適度に親族同士で婚姻し、保っている。
私の婚姻相手も、生まれた時からある程度決まっていた。
だから私は考え、魔王幹部ファルカンタを倒した時に思いついた。
“よほどの事“が無ければ、未来は決まっている。であれば、“よほどの事“を起こせば良い、と。
聖竜王国の王族は自らの聖竜の力を持って王国を守らなければならない。その力を示す必要がある。
その力を示せた者こそが、王位を継ぐにふさわしいのだ。
順当にいけばそれなりの戦功をあげている第1王子の兄上、ダレンが王位を継ぐことになるだろう。
しかし私は幸いにも、聖竜の血の覚醒を成して魔王幹部を討伐した。兄上も姉上も血の覚醒は成していない。これで私も王位継承権に争いに名乗りを上げたはずだ。
このまま戦功を上げ続け、名声も、地位も上げ、王国民、領主、貴族を味方につけて、女王となる。
それさえ達成できれば、ヤマトと婚姻も可能だ。
なぜならば、それが達成されたという事は、ヤマトは魔族の長を倒すほどの功績をあげているはずだから。そうなれば、救国の、いや世界の救世主であるヤマトと聖竜王国の女王である私との婚姻を咎める事は出来ない。
目標は定まった。
名声をあげて私が聖竜王国の女王となり、救世主のヤマトと一緒になる!!
◇◆◇
街を出て最初の野宿の夜。
私の頭の中から離れないことがある。それは街で起きたヤマトとの出来事。
最後はぶつかった勢いだっとはいえ、キス直前まできていたのはヤマトの意思だ。
あの日、ヤマトと2人きりでの買い物は楽しく、あれは間違いなくデートだった。
浮かれていた私を最初は呆れたような眼差しで見ていたヤマトは、次第に変わっていった。
熱のこもった眼で見つめるようになり、そして「人が多いから手を繋ごう」と言い出したのだ。
普段ならありえないような言動、だけどしかし、私にとっては願ってもない事。
差し出された手を取り、もう離す気はなかった。
ヤマトの手はゴツゴツとして固く、だけど大きくて暖かく、私の手は簡単に包まれて心が安らいだ。
背中に抱きついた時も感じたけど、想像以上にヤマトは大きく、男の逞しさを感じさせた。
それから暫くして、往来で、店の前だというのに、ヤマトは私をその熱のこもった瞳で見つめていた。
まるで外の世界など無いかのように熱心に見つめられ、私は激しく脈打ち始めた。
顔が近づいてきた時、私は察した。こんな場所で、こんな人がいる状況で、本来なら文句の一つでも言いたいところだけど、その熱に絆された私は流された。
こんな場所でも、他人がいようとも、ヤマトが望むのならば。
――私の初めてのキスを、捧げたい。
だけど結果として、ハプニングが起こり、望まない形でのキスとなった。ヤマトとのキスには変わりないけど、最後までヤマトの意思だったらなあ、と思うばかりだ。
でもそれはそれとして、ヤマトに望まれ、ヤマトとキスをした。それこそが一番大事な事。頭の中で何度も反芻し、その度に思いに浸る。幸せな時間。
でも今度は、その想いを口にして欲しいと思う。
婚姻はまだ先でも、恋人になりたい。
◇◆◇
街を出て数日が経った。
ヤマトの様子がずっと変だ。
やはりこの前の、キスの影響だろうか。
表向きには普通の態度だし、普通に接しているように見える。だけどどこか私を避けているように感じる。街を出てからは特に。
隣に距離を詰めるように座っても少しするといつの間にか少し距離を空けている。
私の肩を叩くとか背中に触れるとか、そういう接触をする事が減ったような気がする。露骨なのは会話中以外で目が合った時に視線を外す事だ。
さて、これはどういう意図なのだろう。
キスしてしまって恥ずかしくて気まずいから?
私を女として見てしまって親友として気まずいから?
そのどちらとも?
私だってキスした事は思い出しても恥ずかしい、だけど心躍るし、女として見られても嬉しい。それに親友でもある事は忘れて欲しくない。
そして、私だってヤマトの事を男として見ている。そうじゃなければ、異性として好きになるはずなんかない。
だから、ヤマトが私を女として見るのは大歓迎だ。そうして見られる事で、きっと女としても好きになって貰えるはず。
だから私は考えた。
どうすれば以前のような距離感に戻れるのか、と同時にこれから女として好意を持って貰えるのか。
戻るのは多分簡単だ。私から積極的に話しかけて気にするな、と言えばいいのだ。悩み事があれば吐き出して貰い、私が受け止め、ヤマトを優しく包み込めばいいのだ。親友、女、その両方で。
そしてもう一つの女として好意を持ってもらう事は。
多分私にキスをしようとした事からも分かるように、私に好意を持っているはずだ。だからこれからは、もっとヤマトに女として意識して貰えばいいんだ。
その上で、今までの親友のような関係を続けていけば、きっと私みたいに異性としても好きになって貰えるはずだ。
だからこれからも親友としての関係性を保ちつつ、もっと女らしさをヤマトに魅せつけたいと思う。そして言葉や仕草の端々に好意を寄せている事を発すれば、きっと上手くいくと思う。
よ~し、がんばる。
まずは眼の前にある、さりげなく距離を置こうとしているヤマトに声を掛けないとな。
◇◆◇
旅の道中、そして魔王の支配領域に近づくにつき、強力な魔物が増えてきた。しかし私たちから見れば鎧袖一触、まるで相手にならない。
そしてやはりヤマトは相変わらずの私たちより抜け出た強さだった。
竜の血の覚醒で強くなった気でいたけど、まだまだ遠いのだと実感する。
ヤマトのスケールは大きく、私なんかでは到底届かない。だけど、せめて隣に立てるくらいにはなれただろうか。
魔王の領域への旅、街や村に立ち寄った際には、私たち一行は魔王討伐のために進んでいる事を喧伝し、近隣の街や村を元気づけさせ、王都にも状況が伝わるよう、演説を繰り返し、血の覚醒状態を見せつけるような事もした。
こうする事で、私たちの旅路が記録として残り、活躍が認められ、冒険譚としても残りやすくなる。勇者がいつの間にか魔王を倒しました、だけでは物語になりにくいし、記録にも、印象にも残りにくいからだ。
まあ、フランには悪いけど魔王を倒すのは勇者じゃなくてヤマトだけどね。




