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25.お忍びデート


 翌日、朝食時に師匠とフランと顔を合わせた。

 昨夜は遅くまで一緒に飲んで回っていたらしく、夜中に戻って来て衛兵に相当渋い顔をされたそうだ。

 師匠は平気な顔をしていたがフランは明らかに二日酔いで辛そうだったので、ユーリが見かねて解毒効果のある聖魔法で回復をしていた。


「もうクリスと同じペースで飲むのは止めるよ。ウワバミすぎるよあの人は」


 フランはそう愚痴っていた。


「いやあ、フランがいける口だと思ったもんで、ついな。ヤマトならこのぐらい平気だったし、久々に飲めるぞとうれしくてやりすぎた。すまんすまん」


 オレも師匠に初めて大量の酒を飲まされて、かなり強い事が判明した時、師匠は本当に嬉しそうだった。街や村で飲みに行くときはよく連れられたものだ。

 だけど今オレはユーリとほぼ一緒だから酒飲み仲間がいなくて寂しかったのだろう。


 ユーリのほうは朝起きた時から今に至るまで、昨日の夜の事など無かったかのようにいつも通りだ。違いがあるとすればこちらを見てる事が増え、目が合うと慌てて目を逸らしているような気がする。

 避けられている……というような感じでも無いんだけど、もしかして今更ながら昨日の夜の事を恥ずかしいと思っているのだろうか。オレは別に気にしてないんだけど。


「ヤマト、今日はこの後ショーンのところに行くぞ。早ければ出来ててもおかしくない」


「分かりました」


 鍛冶師ショーンにはオレと師匠の武器を作ってもらっていて、約束の1週間となるしそろそろ完成だろう。


◇◆◇


 4人でショーンの鍛冶屋に来たが、店頭にはいなかった。

 店番をしている少年に聞くと工房で作業中だから今は誰にも会えないと言っていたが、師匠が自分はクリスだと言うとすんなり通してくれた。

 どうやらオレか師匠が来たら通すように言われているらしい。


「来たぜ、おやっさん」


 工房に入り、作業中のショーンに師匠が声を掛けた。


「お、そろそろ来る頃だと思っていたぞ。 クリス、お前のは仕上がっとる、しかし……すまんな、小僧のはもう少しだけかかりそうだ」


「手こずってるのか。だがまあ大丈夫だろ? 王の使いとやらを待つ必要があるしな。で、どれくらいかかりそうなんだ?」


 どうやらオレの武器は明後日には渡せるようになるらしい。

 そして師匠の武器については師匠の扱い方に合わせた完成度が高いものができていたようだ。

 出来上がった武器について話し合っている師匠とショーンを見ていると、長い付き合いのある関係だと伝わってくる。師匠も普段の年長者という感じと違い、オレの父親と接している時のような、頼れる大人と接しているとうな、そんな気楽さを感じる。


 そうして、オレたちはショーンの工房から出た。


「あの人、クリスの古い馴染み?なんだか気心が知れたような雰囲気だったけど」


 フランがクリスに尋ねた。

 そういえばやり取りと雰囲気から騎士団時代に懇意にしてたと勝手に思っていたけど、ちゃんと聞いてなかったな。


「ああ、ショーンは昔、王国騎士団お抱えの鍛冶師だったんだ。騎士なりたての頃からよくドヤされてたよ、なんせ剣を投げる騎士なんて俺くらいのもんだったからな。大事に扱えってさ。 ――でも戦いで活躍するようになってからは渋々それも認めて貰えて、俺用にカスタマイズした武器を作ってもらったもんさ。で、お互い騎士団を辞めた今も俺の剣はショーンに作って貰ってるってわけだ」


 確かに剣を投擲する騎士などそうそういないだろう、そもそもそういう武器じゃないし。

 でも師匠の投擲は特別で、騎士団としても強力な武器だった、だから認められたというところだろう。


「なんかそういう関係性って良いよね。ずっと長く続くような関係」


「フランは勇者なんだからこれからも沢山の人と関係を築きそうだけどね」


「そうだね~、でもボクはまず、今のパーティメンバーを大事にしたいと思うよ。なんたってこの王国の王女様がいるんだから。ね! ユーリ!」


「私も色々とフランにはお世話になっていますし、こちらこそお願いしますね」


「ちゃっかりしてんなフランは」


 こんな事を話しながら街中を歩き、ギルドにも顔を出した。

 当然ながら王女様御一行とバレて大騒ぎする事になるのだけど、なんとか無事に領主の館に戻る事が出来た。


「ちょっとこりゃ有名になりすぎたな。うかつに飯も食いにいけねえぞ」


「特にユーリがね~。ボクとクリスだけなら飲みに行っても大丈夫だったんだけど」


「私のせいですみません」


「まあまあ、食事は領主館で食べるか、オレたちが買ってくるからさ、別にユーリが悪いわけじゃないよ、気にすんな」


「ありがとう、ヤマト」


 結局その日1日は全員領主館で過ごす事となった。

 と言っても館内でずっと過ごすわけでは無く、鍛錬をしたり、師匠は新しい剣の具合を確かめたりしながらだけど。


◇◆◇


 翌日、なんとか外出出来ないか、という事で4人で色々と話し合った。


 出た結論としては、2人一組で行動し、ユーリはフード付きのマントでその目立つ銀の髪を隠す、というものだった。

 組分けとしては師匠とフラン、そしてオレとユーリだ。

 そしてユーリがフードで隠しているのにオレだけ堂々とするのは不自然、という事で、オレにもフード付きのマントを渡された。

 こうして、今日はユーリと一緒に出かける事となった。


「なんか、お忍びみたいでちょっとわくわくするな」


 ユーリが緊張感の無い事を言う。


「いや実際お忍びだろ、王国の王女が正体隠してるんだからさ」


「そういやそうか」


 とはいえ、余りにも不審な動きをするのは逆に目立つので、あくまで自然に振る舞う必要がある。そういう意味ではユーリくらい緊張感が無い方がいいのかも知れない。


 今日は祝日らしく、いつもより人通りが多い。出来れば人が多いのは避けたいところだけど、色々と街を見て回りたいというユーリの要望を叶える為には人が多い場所を通らざるを得なかった。


「ユーリ、人が多いし離れないように手を繋がないか」


 本来なら手を繋ぐなんて恥ずかしくて出来ないけど、状況が状況だし、それに今はユーリは女なんだから男同士で繋ぐわけじゃない、だから大丈夫なはずだ。でも、ユーリが嫌がったら止めよう。

 そう言って手を差し出すと、ユーリがオレの手を握った。


「そうだな! はぐれると危ないし!」


 なんだかユーリのやつ、嬉しそうに手を繋いだ気がする。気の所為か?

 そして手を繋いだまま、目的の一つである店に入った。とっくに人通りが多い場所を抜けたというのにだ、これはオレが手を離そうとしてもユーリがしっかり握って離してくれないからだ。


 ユーリを見ると、手を繋ぐのが当たり前のようにしていた。なんというか、まるで恋人同士で手を繋ぐみたいに。

 恋人同士で、なんて思ったけどオレは前世も含めて彼女がいた事がないので実際には分からない、だけどなんとなくそういう雰囲気を感じてしまった。

 これ、端からみると恋人同士に見えるんじゃないか? ユーリはそれでいいのか?


 いやまあ、全部オレの考えすぎで、ユーリは何も気にしてなくて、ただ手を離す事を忘れているだけなのかも知れないけど。


「――おい、ちゃんと話聞いてるか?」


 おっと、余計な事の考えすぎで怒られてしまった。今は楽しまないとな。


「悪い悪い、もう一回言ってくれ」


「まじかよ、しょうがねえなあ~。これなんだけど――」


◇◆◇


 買い物は続き、食事も無事に終えた。


 その途中、いつからかは分からないけど、いつしかユーリをじっと眺めるようになっていた。いや、見惚(みと)れていたと言っていいだろう。

 フードをすっぽり被っていて魅力的で綺麗な銀の髪が隠されてはいたけど、それでもユーリの美しさと可愛さは群を抜いていたし、楽しそうにオレに向けて可愛く微笑む姿や仕草は、寝室とは違う風景なのも影響しているのだろう、時々オレの心臓を跳ねあげ、その口調がなければ親友としてでなく、オレに好意がある美少女としか見えず、間違いなく勘違いしていた事だろう。


 そんな事を思っていたにもかかわらず、気付かず、売店の前、またユーリに見惚れていた。そしてユーリもまた、オレをじっと見ていた。

 ユーリを見下ろすオレと、オレを見上げるユーリ。

 まるで時が止まったように周りの一切が入ってこず、静寂の中、自身の鼓動だけがやけにハッキリと聞こえていた。オレの目にはユーリだけが映っていて、他には何も感じられず存在していなかった。


 魅入られたオレは、艶やかで柔らかそうなその唇に吸い寄せられるように距離を近づいていた。ユーリとの距離に比例するように鼓動は早鐘を打ち鳴らし、破裂しそうだ。

 高熱にうなされるように頭は正常に働かず、ただ魅入られていた。唇との距離は抑えた吐息すら感じられるほどとなっていた。


 その時のオレは、親友だとか、王女だとか、そんな事は完全に抜け落ちて、ただ目の前にあるこの唇を奪いたい、それだけしか頭になかった。


 ――ドン!

 背中を何かに押され、いや、背中に何者かがぶつかった。


「すまねぇ! 急いでるんだ!」


 その男は振り返りもせず、何度か人にぶつかりながら、急ぎ足で通りを駆け抜けていった。

 やっと我に返ったオレは、事態を把握するのに少しの時間が必要だった。

 ぶつかった反動でオレの唇とユーリの唇が重なったのだから。


 そして事態を把握する少しの時間、ものの数秒あるかないかの時間、唇は重なったままだった。

 慌てて離れ、ユーリに頭を下げた。


「す! すまんユーリ!! ごめん!!わざとじゃないんだ!!」


 ぶつかられたのが最後の引き金とはいえ、そもそも近づきすぎたオレが悪いのだ。いや、ハッキリ言うと、ぶつかられなくても、あのままキスしてしまっていただろう。

 むしろぶつかられた事で、責任転嫁出来たと思うべきなのか。普段のオレなら、ぶつからないように避ける事など造作も無い事のはずなのに。


「……良いよ別に、謝らなくても。油断してた私も悪いし。 むしろ邪魔したあいつが……ブツブツ」


 後半は声が小さく良く聞き取れなかったが、どうやら許してくれるようだ。

 ユーリは顔を真っ赤にしていて、オレも多分同様に真っ赤になっているのだろう。

 そもそもこんな店先で立ち止まるのが悪いのだ。ユーリに気を取られたのも、キスしようとしてしまったのも、ぶつかったのも、全部オレが悪い。


 ――だけどユーリはなぜ、何も抵抗しなかったのだろう。


 オレが身体を捕まえて強引にしたわけでもない。声を出すことも、何か反撃することも出来たはずだ。

 ……いや、急に自分より強く、大きな男が迫ってきたのだ、女としての本能が危険を感じ、身体をこわばらせたのかもしれない。

 そうでなければ、いつものユーリなら、ツッコミを入れるか何かしたはずだろう。


 それにしても気まずい。当たり前だ、親友にキスしようとした、いや、結果としてキスしてしまったのだから。恋人同士でもないのに。


「おい、そろそろ行こう。結構見られててヤバいかも」


 モジモジして何も言えず、動けなかったオレにユーリはそう言った。

 確かに、往来でキスしたもんだから目立っている。ただでさえ目立たないようにしていたのに不味いことをした。


 オレとユーリは、その場を走って離れた。


◇◆◇


 その後、ギクシャクとしたオレとは対照的に、ユーリはずっと上機嫌だった。

 今までよりさらに可愛く見える時もあり、理性を総動員させて二の舞を踏まないように踏ん張った。

 こうして、買い物と昼食を無事に済ませたオレとユーリは日が暮れる頃に領主館へと戻るのだった。

 フランが出迎えてくれたのだけど、こんな事をユーリに聞いてきた。


「おかえり~ユーリ、楽しかった?」


「はい、すっごく楽しかったです。もう完全にデートでした」


 おいおいユーリよ、そんな事言っていいのか?絶対にフランがからかってくるぞ。


「本当に? 良かったね~ユーリ、ボクの方も結構楽しかったよ。流石大人、って感じだった」


「それは良かったです。流石にそういうのはこっちではまだだと思いますけど……」


 あれ?思ってたのと違う反応に加えてユーリとフランの会話が完全に女の子同士の会話な気がする。

 ……あ~、これはアレか? ユーリがフランのノリに合わせてるのかな?だとしてもオレは参加出来そうにない空気だ。


 困惑しているオレとは対称的に楽しくフランとおしゃべりしているユーリ。

 そこへ領主ハウエルが慌てた風に現れた。ユーリが話を聞くと、明日の午前中に国王の使いが到着するらしい事が分かった。

 という事は、明日にこの街で全てのやるべき事が終わって、出発する事が出来そうだ。

 また魔王軍の襲撃があっては困るし、余り長居もしたくなかったので丁度良い頃合いだと思う。


◇◆◇


 翌朝、王の使いが領主館に到着し、使いの者からユーリが褒美の品と国王からのお言葉をいただいた。

 言葉の内容はユーリによると、王都や周辺の街や村ではユーリの人気が高まっている事、元気でいてくれて嬉しい事、活躍が誇らしい事、早い帰りを待っている事、などが書かれていたらしい。


 そして褒美の品とは、ユーリ用の軽装鎧だった。

 王が王国お抱え鍛冶師に作らせたらしく、聖竜の鱗をベースとした銀色に赤と金の装飾が施された豪奢で至る所にレースが編み込まれており、非常に軽量で頑強な鎧かつ、見た目も華やかな鎧だった。兜には銀の王冠を思わせるようなあしらいがされていて、格好全体がまさに姫騎士とでもいうような風貌となっていた。


「おお、中々格好良いじゃないか」


「それに凄く可愛いね」


「ユーリにとても似合ってるよ。着心地はどう?」


「とても軽くて動きやすいです。ちょっと目立つような気もしますけど、ヤマトがいればきっと大丈夫ですよね」


「ああ、任せとけ!」


「ヤマトはさしずめ、姫騎士を守る守護騎士ってところか」


「じゃあ、王女様は任せたよ。ヤマト!」


 他にも追加の軍資金なども貰っていた。


 分かってはいたけど、あらためてオレとユーリの身分の違いというものを見せつけられた。この旅が終わってしまったら、ユーリの隣にいられる事も無くなるのだろう。

 であれば、オレはユーリとの思い出をもっと作りたいし、ユーリの願いも出来る限り叶えてあげたいと思う。

 魔王を倒したその後にも、魔族の長との戦いまでの時間、悔いの無いようにしたい。


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