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24.幸せな人生


 風呂から上がり部屋で身支度を済ませて、ユーリの部屋に行こうと立ち上がった。


「お、ユーリのところに行くのか?」


「ええ、ユーリにも頼まれてますし、オレも心配なので」


「おう、行ってこい。ちゃあんとユーリの気持ちも汲み取ってやれよ」


「分かってますよ。オレの大事な親友ですからね」


 そう返すと、師匠はやれやれと呆れた風な表情をした。


「……まあいいや。――俺も何かするかね」


 師匠はベッドに横になったままオレに手を振った後、起き上がって身支度を始めた。

 オレもたまにはやり返してやろうと思い、部屋を出て扉を閉める直前にからかうように声を掛けた。


「フランと何処か行くんですか?」


 師匠は慌てる様子もなく、関心したように頷いた。


「それだな。フランを誘って飲むとするか。アドバイスサンキューな。――ヤマト、ユーリを大事にな」


 からかうつもりだったのに、あっさりと乗っかられてしまった。


 それに大事に、って、そんな事は言われるまでもない。

 ユーリは大事な存在だ、ある意味で家族よりも大事な存在かもしれない。だって前世からの親友で、オレの願いでこちらの世界に転生させたのだから。

 その姿が女になっていようとも、オレたちの友情は変わらない。本当に大事で、大切な存在だ。


 ユーリの部屋に近づくと、部屋の前には例の衛兵がいて、部屋の扉に手を掛けると衛兵から声を掛けてきた。


「ヤマト様はこちらへの入室は許可されておりません。お引き取りを」


 やっぱりすんなり通してくれそうもない、だけど想定通りだ。お前にオレが止められるかな?


◇◆◇


 部屋の扉を堂々と開け、中へ入った。

 中を見るとユーリが嬉しそうな表情で駆け寄ってくる。


「本当に来てくれたんだな! いや、信じてたけどさ、一体どうやって?」


「簡単な事だよ、実力の差ってやつを分からせただけ。お前にユーリが守れるのか、ってな?」


 そう言って拳を突き出し力こぶを見せるとユーリはため息を吐いて頭を抱えた。


「ヤマトがなんとかするって言うから任せたけど、力こそパワーでねじ伏せただけじゃん……。スマートに解決したのかとワクワクした気持ちを返せよ。後で怒られても知らないからな」


「何言ってんだ、ユーリを護衛するつもりならそれくらいやれるようになってからだろ。オレ以上にお前を守れるやつなんかいないぞ」


 ニヤリと笑ってそう言うと、ユーリは顔を赤くした。


「ま、まあそうかも知れないけどさ。……もう良いよ、やっちゃった事なんだし」


「なんだよ投げやりだなあ。それともあれか?ユーリは他の人に守って貰いたかったのか?」


「そ!そんな事言ってないだろ!! 私だってヤマトに守って貰いたいと思ってるよ……」


「じゃあ良いじゃないか。――そんな事より豪華な部屋だな。ベッドもデカいし、カーペットだってフカフカだ。王女だから領主も気を使ったんだろうなあ」


 何故かモジモジとしているユーリはさておき、確かにこの豪華な部屋は広すぎるように思える。いつもの宿はせいぜいシングルベッド2つと小さな机が一つ置ける程度の広さだからな。


「まあまあ広いよな」


 こんなに広いのに、まあまあか。考えてみれば、王女のユーリからすればいつもの宿の方が異常な狭さなのかもしれないな。


◇◆◇


「あ、ヤマトも来たことだし、着替えるか」


 二人で椅子に腰掛けて軽くおしゃべりをしていたら、思い出したかのように立ち上がり魔法袋から寝巻きを取り出して、平然とオレの前で着替え始め、オレは即座に背を向けた。


「そういやまだ着替えてなかったんだな」


「そりゃそうだろ、衛兵やハウエルが来たら困るし。流石に寝巻き姿で応対はしたくないぞ」


 そりゃそうか……って待て。それはオレなら寝巻き姿を見せても良いって事なのか?


「……言っとくけど、寝巻き姿なんて見せるの、ヤマトだけだからな」


 まるで心が読まれたかのようだ。

 そしてその言葉は、オレを信用してるから……と言う事なんだろう。


 そんな事を考えていたら、後ろでベッドに倒れ込むような音が聞こえた。


「あ”~~~づがれた~~~」


 振り向くとベッドに身体を投げ出し、そのまま突っ伏している寝間着姿のユーリがいた。


「おい、みっともないぞ、王女様」


「いいだろ別に、ヤマトの前では王女じゃないんだから。そんな事より今日は久しぶりに王女様らしい事して疲れたんだから、(ねぎら)え~」


 確かに今日は王女様として、英雄として役目を果たしてくれたと思う。

 だからそうだな、オレの前でくらい気を抜いたって良いだろう。労ってやるとするか。


 ベッドに突っ伏すユーリの横に腰掛け、頭を撫でてやるとユーリは嬉しそうに口角を上げた。


「しかし労えって言ったってなあ……。前みたいに膝枕でもするか?」


 撫でながら言うと、ユーリはガバリと起き上がって言った。


「せ、背中! 背中貸してくれ!」


「え?背中? 別にいいけど」


「ヤマトはそのまま座ってればいいから。動くなよ!」


 背中を貸してくれとは変な事を言う。背中を預けるとは言うけど、そういう意味じゃないだろうし。と思っていたら、ユーリは背後に回り込み、オレの背中に両手を当てた。


「こうやってあらためて触ってみるとやっぱ大きい背中だな。ていうか、肩幅が広くて、筋肉質で、私とは比較にならないくらい頼もしさを感じるなあ」


 オレの背中の筋肉を確かめるように撫で回しながらユーリは言った。なんだかくすぐったい。

 暫く撫で回されるがままになっていると、ユーリの手が止まった。


「動くな」


 満足したのかと振り向こうとしたら、一言、制止された。 まだ何かあるのか、と身構えていると首の後ろ、うなじにユーリの吐息が当たった。それは吐息の熱すら感じられるほどに近く、うなじとの距離が殆ど無い事を示していた。


 熱を持った吐息になぜかドキリとしたオレに、追い打ちを掛けるように背中に柔らかい何かが押し付けられ、そのまま背中全体にユーリを感じた。

 そのままユーリの両手はオレの胴体に巻き付き、背中から密着するように抱きつかれる格好となる。


 声を掛けようかと思ったが、何事かぶつぶつと愚痴らしき事を呟いていて、声を掛けるのは藪蛇になるかもしれないと思いとどまり、大人しくしていた。

 ちなみに愚痴にはオレの事も含まれていた。内容までは分からないが「ヤマトのアホ」という言葉は聞き取れた。

 いつもならアホとはなんだ、と言い返すところだが、今は聞き流しておこう。ユーリの労いだし気持ちは吐き出してなんぼだな。うん。


 暫くして、ようやく愚痴のような何かを全て吐き出したのか。ユーリは大人しくなった。

 そしてオレのうなじの辺りにまた、大きな吐息を漏らした。くすぐったいからそれは止めてほしい。


「どうだ? そろそろ落ち着いたか?」


「ん~~? まだ。暫くはこのままで」


「おう、満足するまで良いぞ。オレも心地いいしな」


 実際、重さも暖かさも、柔らかさも心地よい。下心無くだ。


「……じゃあ遠慮なく」


 ユーリはそう言って、オレの背中に身体も頭も預けてきた。

 そうして暫く、ユーリの小さな呼吸音と、オレの少し早くなった鼓動だけが聞こえていた。


◇◆◇


「ヤマト」


 不意に声を掛けられ、背中が暖まる心地よさに眠気に襲われていた脳を回転させ始めた。


「ん? なんだ?」


 耳のすぐ後ろから小さめの声で話しかけてくるユーリ。その声はなんだか、決意のようなものを感じた。


「ヤマト……私にとってヤマトは特別なんだ。ヤマトにとっての私は……どんな存在だ?」


「ユーリ……」


 そりゃオレにとってもユーリは特別だ。変わりなど存在しない、唯一無二の。


「オレにとってもユーリは特別だよ。オレにとって、一番の存在だ」


 急にこんな事を言い出すなんて、ユーリには疲れがまだ残っているのだろうか。

 安心させるように、胴体に抱き付いているユーリの柔らかい手に、オレの手を重ねた。


「うん、知ってる。――でもその一番の存在ってさ、どういう意味?」


「え? どういう意味? そうだな……オレにとって一番の親友で、何よりも大事に、大切にしたい存在かなあ……」


 ユーリの前世の終わり方は酷いものだった。オレ以上にユーリは悔しかったに違いない。あんな別れ方、もう二度とごめんだ。

 だから今度の人生こそ、ユーリには幸せになって、長生きして欲しいと願う。


「そう。ユーリには今度こそ、ちゃんと幸せな人生を送って欲しいんだ。そのためなら、オレはどんな事でもするつもりだ」


 ――どんな事でもするさ、ユーリのためなら。

 だけど一つだけ、聞いて欲しい我が儘がある。


 ユーリは女の子で、それに王女だ。オレとユーリはずっと一緒にはいられない。性別も違えば、身分も違いすぎるからだ。きっとあと何年かすれば結婚もしてしまうだろう。


 だからせめて、この旅が終わるまでは、オレと一緒にいて欲しいと思う。

 それまでは親友として隣にいさせて欲しい。それがオレの我が儘だ。


「幸せな人生かあ……。どうすればヤマトは私が幸せになれると思う?」


 どうすれば……か。 うん、分からん。

 そもそもユーリにとっての幸せってなんだろうな?


 う~ん。オレの幸せも考えてみるか。

 両親が一緒で、師匠もいて、ユーリもいて、みんなが仲良く楽しく暮らせる事かなあ……。 って、まるで子供の願望だな。ガキかオレは。そもそもユーリは王女だから一緒なんか無理なのに。


 ユーリの幸せってなんだろう。自分の幸せすら分からんのにユーリの幸せなんか分かるわけもない。


「――分からない。 考えてみたけど、オレ自信の幸せもなんか子どもみたいな考えになってたよ」


「え、何それ。 ちょっと聞いてみたい。教えろよ」


「嫌だよ。ガキみたいなのだし絶対笑うから」


「いいじゃんか。笑わないからさ。ね。ちょっとだけ、ね?」


「え~、まあいいけど。笑うなよ。 ――オレにとっての幸せは、みんながずっと一緒に仲良く楽しく暮らすって事だ。オレの両親も、師匠も、みんな一緒だ。そんでオレの隣はユーリだ。 ……な?まるでガキみたいだろ」


 最期に自嘲気味に言う。まるで子どもだ、と。成人にもなって言う事じゃないな。

 しかし言い終わってもユーリからの反応が無い。背後にいるから表情は見えないけど、これは相当呆れているんだろう。


「なんか言えよ」


 そう促すと、やっとユーリは口を開いた。


「……ヤマト、それって、それって――!!」


 途中で言葉を切って、ギュッとオレの身体を強く抱きしめてきた。


「う、ちょっと!? 痛いんだけど!? ユーリさん!?」


 苦情を訴えるもユーリは力を緩めない。呆れからくる怒りなのか、なんなのか。

 さらにユーリはオレの首筋に噛みつき……いや、甘咬みして、強く吸い付いてきた。


「ちょっ!?!? 何、そんなに怒ってるの!? そこまで怒る事なの!?」


 ユーリはそのまま吸い続け、ようやく口を離すと。そのまま身体も離し、素早くベッドに潜り込んだ。


「おやすみ!!」


 一言だけ。

 しかしその声は嬉しそうな、機嫌の良さそうな声色をしていた。

 

「一体なんだったんだ……」


 ユーリに吸い付かれてヒリヒリする首筋をなぞりながら、オレは立ち上がった。

 振り返ってユーリを見ると、布団を被って表情は伺えなかった。声色からすれば怒ってはいなさそうだけど……だったらさっきのは何だったんだ。よく分からん。


 肌淋しくなった背中をさすり、椅子に腰掛けた。さて、本来の役目である護衛をこなすとしますかね。 来襲はなくても、来訪はあるあかもしれないしな。幸い王女はもう寝てるし、追い払うのは簡単だろう。なんなら実力行使しても良い。……いやそれは流石に不味いか。なるべく穏便に。


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