23.ユーリ・セインツ・ドラゴンブラッド 4
領主ハウエルの話は続いていた。
ヤマトたちはとっくに話に飽きていて、応対しているのは私だけという状態だったが、ハウエルも疲れたのか、日も落ち始めた頃、饒舌はやっと終わりを迎えた。
その後は各自、部屋への案内された。
私には大きな部屋が割り当てられた。
それは豪華な部屋で、王城にある自分の部屋には及ばないが、旅の宿に慣れてしまった今の私では持て余してしまう程に広い部屋で、寝心地も良さそうなキングサイズの大きなベッドがあった。
ベッドに腰掛けるとその広さも実感出来るのだけど、寂しさも感じる。
部屋に案内された際、ここでは流石にヤマトと同じ部屋にして欲しいとは言えず、ヤマトと離ればなれの部屋になってしまったからだ。
――うん。やっぱり我が儘を言ってしまおう! 食事まで時間もあるし、ヤマトに会いに行こう。
意気揚々と扉を開けるとそこにはハウエルの衛兵がいた。
「ユーリ王女、何か問題でもありましたか?」
「ええ、仲間たちと今後について打ち合わせをする約束がありまして、部屋まで案内して貰えますか?」
さらっと適当な理由を述べると、衛兵は少し逡巡し、応えた。
「ご案内致します。こちらへ」
そうして衛兵に案内された場所は、私の部屋とは遠く、建物の反対側に位置していた。
「ありがとうございます。場所は分かりましたので戻って頂いて結構ですよ」
案内した衛兵にそう伝える。
「いえ、私は王女をお守りする役目を仰せつかっております、ここを離れる訳には参りません」
なるほど、やっぱり見張り役ですか。
そんなものは必要ない、と彼に言ってもあくまで命令に従っているだけであり、酷というもの。
「分かりました、それではここでお待ち下さい」
「ハッ!」
衛兵を扉の前で待たせて中に入ると、ベッドが2つ並ぶ、一応客用の寝室っぽいそこには、ヤマトとクリスがいた。流石にフランは別の部屋のようだ。
「あ、ユーリ。今師匠とこの後の予定について打合せしようと話してたとこ。こっちから行こうと思ってたから丁度良かった」
「ようユーリ、すんなり来れたか?」
「衛兵付きですけどね。 ヤマト、ちょっと相談があるのですけど、良いですか?」
そう言って、いつものようにヤマトの隣に座る。
「それじゃ俺はフランを呼んでくるか」
クリスは扉を開け、フランを呼びに部屋を出た。気を利かせてくれたのだろう。
◇◆◇
「で、相談って何?」
「うん、簡単な話。寝る時は一緒の部屋に居て欲しいんだ」
今の私に1人で眠るという選択肢は無い。ヤマトと同じ空間じゃなきゃ嫌だ、という我が儘。
「良いよ。……オレもちょっと心配だったし。一緒のベッドで寝る事は出来ないけど、一緒の部屋ならまぁ、大丈夫だろ」
予想外の返しに驚いた。
ヤマトも私と同じように寂しいと感じてくれているのだろうか。だとすれば嬉しい。
「あ、でも衛兵が常についてくるっぽいんだよね、ヤマトが部屋に入るのを邪魔するかもなんだけど、何か良いアイデアある?」
「ああ、今そこにいるやつだろ?大丈夫、そっちは俺がなんとかするさ」
ヤマトは扉の方を指してそう言った。
なんだか自信があるようで頼もしい、任せてみようと思う。
「うん、じゃあ任せた」
「おう!」
ヤマトが元気に応えると同時に、扉が開いた。
「お邪魔するぞ、お二人さん」
「やっほー、お待たせ。早かった?」
クリスがフランを連れて戻ってきた。
「何言ってんですか、丁度良いところですよ」
「ええ、終わったところです」
「それじゃあ始めるか」
4人でテーブルを囲み、今後の予定について話あった。
まずこの後は、ヤマトとクリスの武器を鍛冶師に依頼しているので出来上がるまでは当面はこの街に滞在する事。
武器の完成次第に街を出発し、余り寄り道をせず、できる限り最短距離で魔王ファルカンタの拠点へ向かう事。これはイーガスミスの街が襲われそうになった事で示されたように、滞在する街に向けて軍勢を送られる事を回避し、余計な被害を出す前に魔王を討伐するため。
というわけで当面の予定は定まった。
それに魔王討伐もこの4人でいけるだろうという事になり、追加メンバーは無しとなった。
そもそも、今の私たちと同等の強さを求めるとなると隠遁生活の達人か大賢者しかいないような気がするし、どちらにしても表に出てきて活動している人にはいないだろう。
――個人的に思うのは魔王を倒した後について。
ヤマトが女神から受けた使命は世界を滅びから救う事だと言う、それは現状では私が受けた託宣によると魔族の長の討伐だった。とはいえ、魔族の長とは何者か、それは何処にいるのか、など全く情報が無く、現時点では手のつけようが無い状態だった。
魔王を倒したら新たに託宣を受けられるかも知れないけど、いつそれがあるかも分からない。
もしかしたら女神様の意思としては、まずは魔王を討伐に集中しなさい、という事かも知れない。
話し合いが終わる頃に食事の用意が出来たと連絡が入り、4人で食堂へと向かう事になった。
件の衛兵が先導して案内してくれた。そして今は食堂の扉の前で立っている。
夜の食事は領主ハウエルが私たち4人を招いての晩餐だった。
マナーに関しては、私を除く3人の身分を考慮し無礼講としていただいた。
◇◆◇
食事が終わり、次は領主の館にある風呂に入る事となった。
私とフラン、ヤマトとクリス、という風に時間で分かれる事に。
沢山の人たちが一緒に入っている街の銭湯と違い、広い湯船に2人で入るのは久しぶりの開放感を感じる。
ゆっくりと湯船に浸かり、身体をリラックスさせていると、フランが隣に座った。
「ねえユーリ、何か進展とかあった?」
「ッひぇ!?」
不意に尋ねられ、思わず変な声を出してしまった。
間違いなくヤマトとの関係の事だ。 だけど、進展なんて……あるはずない。
今になって凄く後悔している、なぜ恋心に気付く前の私はいくら親友といえども”好き”などと軽々しく口にしてしまっていたのだろうか。 確かに親友としてのヤマトは好きだ、大好きだ。だけどそれはあくまで親友としてであって、異性として、恋としての”好き”じゃない。
だけど”好き”は”好き”だ、そこに込められる意味は違っていても、全く同じ言葉で、使う場面も大きく違いが無いと思う。相手に対し、自分の素直な気持ちをぶつけるのだから。
ヤマトも今までと同じように親友として受け止め、”好き”を返してくれている。
だから私の思い切った告白のような”好き”も、空振りに終わってしまう。その度に、私は過去の自分を恨むのだ、なんで”好き”なんて言っちゃってたのか、と。
「進展……無いです……」
「え~、そうなんだ。2人は傍から見てると全然分かんないんだよね、元々が近かったし。 ……でもそっか、だからこそ難しいのか。 う~ん、困ったねえ」
フランは考え込み、何か無いかと探るように私を見た。
「例えばさ、気持ちを伝えるために何かアピールしてるの?」
「ええと……以前よりも距離を近くしたり、”好き”と言ったりはしてるのですが――」
私の言葉にフランは驚き、早口でまくし立てた。
「好きって言ってるの!? それって好意を伝えてるって事だよね!? やるじゃん! ……え、でもそれでも進展が無いって……ヤマトはどんな反応してるの!?」
「実は……親友の頃から”好き”と言ったりしていたので、ヤマトはそれだと思って、同じように”好き”を返してくれます」
応えるとフランは頭に手をやり、あからさまに呆れてみせた。
「――呆れた。 なんで親友同士で”好き”なんて言い合うのかなあ……。 いや、でも待って。それってユーリにヤマトが合わせてるだけって可能性ない? 本当はユーリの事が好きだけど、王女だから、身分の差があるから、そう言えなくて、ユーリに合わせて親友って事にしてる。 ――うん!!そーだよ!!間違いない!!」
フランは嬉しそうにはしゃいでいるけど、それは間違い。
私とヤマトはそれほどの親友。私にとってヤマトという存在は命の恩人であり、心の支えであり、文字通りの掛け替えの無い、この世にもあの世にも2つと無い親友。それこそ"好き"と言いたくなるくらいに。
だけどフランがそう考えるのは自然な事、事情を知らなければ私だってそう思う。それに私たちが転生者である事なんて言えない。だから私は否定も肯定もしない。
「そういうものなのでしょうか」
「そうだよきっとそう!! ……ところで、ユーリは親友じゃなくて、女として”好き”って伝えた?」
「……いえ、それは伝えてないです」
「それは伝えないとダメだよ! ……まあ分かるけどね、でもさっきの答えも合わせて考えると、絶対成功すると思うよ! 頑張って!!」
親友としてでなく、女として。
何度か考えた事がある、だけど、もしも断られたらと思うと、きっと絶望する。 親友をそういう目で見れないなんて言われたら、この世から消えてしまいたくなる。
当たって砕けたら、恋人になれないだけじゃなく、親友まで失ってしまう。失うものが大きすぎる。
だからその一言は、ヤマトが私の事を女として好きだという確信か、死んでも良いと思うような度胸と勇気、このどちらかが必要だと思う。
――今は無理。
「分かりました。頑張りますね」
私はそうやって、無難に応える事しか出来なかった。
今はまだ、恋人のような親友関係を続けて、ヤマトの気持ちを探りたい。