20.血の覚醒
イーガスミスの街を出て3日目、師匠の停止の合図により馬を降り、丘から反対側を覗き込むと、遠方に魔物の軍勢が見えた。
事前の情報によると300程度の数と聞いていたが、やはり実際にはそれより多くいるようだ。
なんとも禍々しい、魔族に率いられ統率された魔物の軍勢だった。
「ヤマト、ユーリ、大魔法を頼む」
無言で頷き、ユーリと共に大魔法の詠唱を開始した。
オレは雷の大魔法「稲妻の台風」、ユーリは聖属性の大魔法「破邪の聖光」、オレのは上級魔法でも上位の大魔法で、ユーリの大魔法は魔物や魔族全般に効果がある特級の大魔法で使い手は王族のみと言われているほどの魔法だ。
共に範囲を広げる事で威力は下がるが軍勢をすっぽりと包む事が出来る。
そして大魔法の詠唱により、魔力を感知した魔族たちが反応を示した。
一部の中級魔族が大魔法への対抗呪文を詠唱し、こちらの大魔法の効果を下げようとし、こちらの居場所を感知した中級魔族はこちらへ向けて詠唱を開始した。
「ちッ、流石に見つかるのがはえーな、ッと!!」
師匠は言葉と共に、槍投げの姿勢から短剣を投擲した。師匠の最大奥義「ドリュースパイラル」だ。
短剣はそのまま光を放ちながら錐揉み回転し、光のような速さで突き進み、こちらに向けて魔法詠唱していた中級魔族の頭をピンポイントで貫いた。
「ありゃ、中級にしては脆いな。まあ俺の最大奥義だし、効かないとそれはそれで困るんだが……」
「え!?……あれ、中級魔族ですよね……?」
「流石、聖ブリーズ……」
あまりにもあっさりと中級魔族を倒せてしっくりこない師匠と、中級魔族を一撃で仕留めた事にざわつく黄昏の狼の面々。
オレの考えでは、今の師匠ならドリュースパイラルで中級魔族くらい簡単に倒せる威力があると思う。
そして、幾層もの対抗呪文で守られた魔物たちに向けて、オレとユーリの大魔法が発動した。
耳をつんざく大きな雷鳴に、破邪の閃光が降り注ぐ音と光の響宴に魔物たちは次々と倒れていった。
◇◆◇
雷鳴が鳴り止み、閃光が消え、後に残ったのは魔物たちの死屍累々。
そして全体の1割にも満たない、僅かに生き残った魔物。
そしてやはり生き残った半数の中級魔族と、明らかに風格の違う上級魔族と分かる魔族が残っていた。
特に上級魔族は全くの無傷のように見え、オレの雷魔法はともかく、ユーリの破邪魔法でも傷一つついていないとは、いくら範囲を大きく広げて効果が薄くなっているとはいえ、相当に強い事が伺える。
「上出来だ、黄昏の狼はここに残れ。俺たちは魔族を倒しに行くぞ!!」
「待って下さい!! ……『脚力上昇』!!」
あっけに取られている黄昏の狼を残し、師匠とフラン、そしてユーリと共に残った魔族へ向かって駆け出した。
「これならすぐに魔族との距離を詰められるな」
駆けながらユーリに声を掛ける。
「移動中に攻撃されるのは避けたいからね」
そして、あっという間に魔族たちと対峙したのだった。
◇◆◇
「お前が勇者だな。中々の魔法使いがいるようだな、まさか我が軍勢がここまで一方的にやられるとはな。褒めてやろう。――だが勇者のほうから出向いてくれたとなれば好都合。我はブレイディ3本柱の1柱、ファルカンタ。勇者の首をブレイディ様への手土産としてやろう」
仰々しく上級魔族は名乗り、宣言した。
3本柱という事はどうやらただの上級魔族ではなく、魔王の直属の部下、もしくは幹部といったところだろう。
ファルカンタの姿は全身が深い紫色をした人間のような姿に加え、コウモリのような翼を持ち、3本の角、細長い尻尾が生えていた。
なんというかまあ、いかにも魔族、という印象だ。
だが今まで出会ったどの魔族より遥かに強い、そういう雰囲気がを纏っている。相手にとって不足は無いし、出来ればオレが相手したいところだ。
「えーと、ファルカンタだっけ? 悪いけどお前の相手はボクじゃない」
ん? もしかしてオレに譲ってくれるのだろうか?
「なんだと? 勇者である貴様以外に我の相手がいないであろう。いや、貴様ですら我の相手にはならんだろうがな、クックック」
「チッチッチ、ところがいるんだよねー」
お? オレの出番かな? ちょっとドキドキしてきた。
「何だと!?」
「さあ、やっつけちゃってよ!! ユーリ!!」
「……え? えええ!?私!?」
「……え?」
思わず声をあげてしまった。まさかユーリの名前が呼ばれるなんて。
ユーリもまさか自分の名前が呼ばれるとは思わず、驚いているようだ。
「ほら! 今こそサプライズだよ!!」
「で、でも、いきなりこんな強そうな相手なんて……」
「何言ってんの!! 大丈夫! ユーリならやれるから!! 無理そうなら助けるし」
いやいやフラン、流石にユーリには難しい相手だ。
中級魔族には勝てるだろうけど、上級となるとその強さは正直分からない。想像を超えた強さなら一気にやられてしまう可能性だってある。
だからこそ、こっちの最大戦力であるオレがやる必要があると思う。
「そ、そうですね! ここでやらなければ! ヤマトに認めて貰うためにも!!」
そんな思惑とは違い、ユーリはやる気になっている。
というかオレに認めて貰うためにもって、今でも十分に認めていると思うんだけどなあ。
しかし認めている事は別に、やっぱりユーリにそんな危険な事はさせられない。
「ユーリ。今のユーリに上級魔族の相手はさせられない。オレがやるから見ていてくれ」
「――大丈夫。私を信じて。私を見ていて。ヤマト」
ユーリは自分の胸の前で拳を握り、強い眼差しでオレをまっすぐに見て、言った。
強い決意が感じられる。こうなったらもう、何を言ってもユーリは曲げないだろう。
だとすれば、オレに出来る事と言ったら――
「――ったく。しょうが無い。 そこまで言うならユーリ、必ず倒すんだ。ちゃんと見てるからな!!」
ユーリの背中を叩いた。気合を込めるように、少しでも力になれるように。
「うん! ――必ず、必ず倒すから」
ユーリを送り出した。
とはいえ、だ、基本的には厳しい戦いになると思う。だから、もうダメだと思うような状況になったらいつでも助けられるように準備はしておかなければ。
◇◆◇
「本当に貴様のような雑魚に我の相手が務まるとでも思っているのか」
「ええ、ファルカンタ。聖竜王国 第3王女、ユーリ・セインツ・ドラゴンブラッドがお相手いたします」
ユーリが名乗るとファルカンタの態度が一変した。
「ほお!? 雑魚と言った事はあらためよう。思わぬ成果が出そうだ。勇者に加えて第3とはいえ、王女も倒したならば人間どもの意気も消沈しようというもの。今度こそブレイディ様の手で王国を制圧してくれるわ」
「残念ながらそうはいきません。 なぜなら、あなたはここで倒されるからです!」
「舐めるなよ小娘が……。貴様の素っ首を手土産に王都へ侵攻してやろう!」
その言葉を最後に、お互いが沈黙し、今まさに戦いが始まろうとしていた。
「行きます!! ハァッ!!!!」
戦いが始まると同時に、剣と盾を構えたユーリが気合を入れ、叫んだ。
すると全身が銀のオーラに包まれ、さらに白銀の龍のような2本角と龍のような翼、龍の爪のようなものが現れたのだ。
その姿はオレの全く知らない、新しいユーリの姿だった。
「ユーリ……!?」
「あれが聖竜の血に覚醒したユーリの姿だよ」
いつの間にか隣にいたフランがそう言った。
聖竜の血に……覚醒?
なるほど、これがオレだけに秘密にされていたサプライズってやつか!
覚醒により遥かに強くなっている事を肌で感じる。それも相当に強くなっている。
「あの状態ね、今のボクより遥かに強いよ。クリスより強いかもね」
そこまでとは、これは……いけるかもしれない!!
「ユーリ!!」
思わず叫んだ。元気付けるように。
するとユーリはオレをチラリと見て、頷いた。
銀の翼を一羽ばたきさせ、ファルカンタへと一瞬で間合いを詰めた。
そのまま手に持った銀の輝きを放つ国宝のブロードソードをひと凪、ファルカンタはすんでのところで後ろに下がって回避し、続けざまの盾の打撃も届かない距離を取った。
「その姿はまさか……聖竜の血に覚醒したとでも言うのか!? バカな!! とっくにその血は無いも同然と聞いていたが……。だがまあ良い、これで少しは楽しめそうだ」
「その余裕、いつまで演じられますか?」
こうして、ユーリとファルカンタの戦いが始まった。
白銀を纏ってキラキラと輝きながら演舞のように舞う、まるで戦乙女のようなユーリと、力強さを感じさせる重い打撃を繰り出すファルカンタ。それは一進一退の攻防だった。