17.ユーリ・セインツ・ドラゴンブラッド 3
旅の道中、フランはヤマトにずっとべったりだった。
薄々思ってはいたけど、はっきりした。
フランはヤマトの事が好きなんだ、と。
異性としてヤマトの事が好きで、恋人同士になりたいという事だと思う。
振り返って、私はどうだろう。確かに記憶を取り戻す前には恋心のような、ほのかな火種のようなものは感じていた。
でもその気持ちは封じて、親友として一緒にいる事を選んだ。
今まではそれでも十分過ぎるほどに幸せだった。ヤマトのそばにいて、隣に立てていた。
だけどフランが現れ、旅の道中で私とは違う部分を見せつけられ、気後れしてしまったのか、いつの間にかヤマトの隣にはフランが立つようになっていた。
ヤマトが気遣って私に声を掛けてくれてはいるけど、フランが積極的にヤマトに声を掛けて、私から見たらヤマトを独占しているように見えた。
私は、ヤマトを盗られるという焦燥感に駆られて、焦ってしまっていた。
そして、余り考えずに動く事を決めてしまった。
◇◆◇
イーガスミスの街に着く前、クリスにお願いをしていた。
フランと話がしたいから、2人きりにして欲しい。と。
クリスは察したような表情を見せ、一言「頑張れよ」と言ってくれた。
そしてクリスが私とフランは鍛冶屋には用事が無い、という理由でヤマトたちと別行動にしてくれた。時間の猶予は夕方まで。
まだお昼前で、時間はある。
ヤマトたちを見送った後、フランは私に振り向いて言った。
「さて、2人きりにしてどうしたいの? あ!?もしかしてヤマトの親友として応援してくれるとか? だったら嬉しいんだけど。……ま、そんなわけないよね」
先制されてしまった。
でも良い、私は自分がしたい主張をする事に決めたんだ。
「ヤマトの隣は、親友である私の場所です。ですから、ヤマトの隣を返してください!」
正当な所有者であれば”返せ”という主張は真っ当なものだ。
だけど、”ヤマトの隣”なんていう所有者など存在しないものに対して、なんて一方的で、わがままな主張だろうと思う。だけど、これは私の本心。
それに誰のモノでもないのであれば、主張しなければ奪われるだけ。
「驚いた。意外とストレートな事を言うんだね、王女様らしいや。ボクは嫌いじゃないよ、そういう子。……でもダメ。彼の隣はボクの場所。譲ってあげない」
それは当然の主張。一度奪った場所をそう易々と譲るわけがない。
「それよりさ、親友に彼女が出来そうなんだから、ボクに協力しても良いんじゃない?」
「わ、私は認めません!! フランがヤマトの彼女なんて!!」
「別にユーリに認めてもらう必要は無いんだけどね。これはボクとヤマトの問題なんだし。彼女でもないんだから口出ししないで欲しいな」
悔しいけど、確かにそうだ。私はヤマトの親友であって、恋人じゃない。
フランだって、ヤマトが絡んでいなければ良い人だと思う、相手がヤマトじゃなければ応援する。
だけど、嫌だ。どうしても嫌。
……でも例えば、どんな人なら応援する気になれるだろう。
考えたけど、やっぱり駄目、多分……誰が来ても嫌だと思う。
ヤマトの隣は私じゃないと嫌。
それって、つまり……。
「じゃあさ、勝負しようか。ユーリが勝ったらボクはヤマトから身を引く。ボクが勝ったらユーリが身を引く……だと今と変わらないし、そうだなあ……このパーティから抜けて貰おうかな? ……どう?」
負けたらパーティから抜ける!?
そんなの、受けられるわけが無い!!
「そんな勝負はしません!」
「じゃあ、今まで通りね、ボクは構わないけど。あ~あ、折角チャンスをあげたのになあ、自分から潰しちゃうなんて勿体ない」
「そんな……!!」
本来なら、私にフランを邪魔する権利なんて無い。
だから、フランの言う事ももっともで、むしろ勝負をしてくれるだけ優しいといえなくもない。
だけど分かっている。実力はフランのほうが上で、戦ったらフランが勝つ。だからこんな勝負を仕掛けてきたんだ。
「それにさ、ボクは疑ってるんだ。 ヤマトはああ言うけど、君が足を引っ張るんじゃないかって。それに、ボクにはあれほどに実力を求めてきたのに、親友の君にはそれを求めてない。それって、おかしいと思わない?」
ぐうの音も出ない。反論出来ない。
実力が足りないのは自分でも分かっている。ヤマトは信じてくれているけど、不安で仕方がない。
もしこれからも仲間が増えたら、同様に疑惑の眼差しを向けられ続けるだろう。
そして、あいつは”親友”だから、弱くても特別なんだ、と。
「だからさ、これが最後のチャンス。ここでハッキリしとこうよ、ね。王女様」
――もう、逃げられない。
ここで逃げたら、それこそ、やっぱり実力も、覚悟も足りないと見なされてしまう。
フランからは相手にもされなくなるだろう。
そして負けたら、本当に終わり。
もう、勝負を受けるしかない。
「――分かりました。勝負をお受けします」
私はヤマトを賭けて、自分の実力を賭けて、勝負を受けた。
◇◆◇
私とフランは街の外の草原へ出た。
騒ぎにしたくなくて、ギルドだとヤマトたちに知られてしまうから。
だから誰にも迷惑の掛からない、外へ出た。
「さて、勝負はこの前と同じルールで良いよね。 あ、それとビームボウは使わないであげるよ。実力が見せられないままで終わるのは嫌だろうし」
正直ホッとした、あの光の矢で遠くから打たれ続けたら、近寄る事も出来ずに負けてしまう。
私は国宝の剣と盾を取り出し構えた。
フランもマルチプルアームを取り出し、ビームスピアにして構えた。
リーチの面では不利、だから間合いを詰めなければならない。
盾で上手く攻撃をしのぎ、ブロードソードと盾のラッシュでの短期決戦しか勝機は無い。
時間を掛ければ掛けるほど、実力差が覆せなくなる。
「いつでも始めていいよ~、そっちが合図してね」
フランは余裕の表情で、こちらに合図するよう求めた。
完全に舐められている。
だけど、そのほうが、油断してくれたほうが短期決戦を決めやすいはず。
「では……始めッ!!」
合図と同時にフランとの間合いを詰めようと駆け出した。
しかし驚いた事に、合わせるようにフランも私へ向かって駆けていた。
「早くお昼食べたいから……ねッ!!」
ビームスピアでの一閃。
文字通り目にも止まらぬ速さで、私がギリギリ認識出来る速度で繰り出された槍を、盾でしのぎ、そのまま間合いの内側へ入った。
そして、ブロードソードで斬りつけると、そこにはビームシールドがあった。
本当に一瞬、光の形態変化はそれこそ光の速さで、そこに突然と現れた盾で防がれた。
そこからさらに形態変化し、フランは光のショートソード二刀流となった。
私は反撃する暇も与えられず、ひたすら防戦一方で、一瞬の気も抜けない状況になった。
ひたすら守り、凌ぎ、耐えるだけの時間となり、短期決戦の目は潰えた。
◇◆◇
「意外と粘るね、と言っても、ボクもまだ本気じゃないんだけど、ねッ!」
そう言いつつ、二刀流から大型の光のハンマーへと形態変化させ、大きく振りかぶり、私目掛けてスイングした。
盾での全力の防御。
衝撃が全身に伝わり、そのままの勢いでふっ飛ばされ、私はもんどり打った。
なんとか立つ事は出来たものの、まるで全身の骨が砕けたみたいな衝撃で、盾を持つ腕は上がらなくなっていた。
「――本当にこの程度なの? 確かにSランクはありそうだけど、ボクよりかなり弱いよ。やっぱりさ、ここでパーティを抜けたほうがお互いのためだと思うんだけど」
「嫌です!! 私は……諦めない!!」
「嫌です、って、本当にわがまま王女様だなあ。――さて、これで終わりにしようかな。ヤマトの事を好きでもない人に、もう邪魔はされたくないしね」
「私だってヤマトの事が好きです!!」
「でもそれって、親友として、でしょ?」
フランは私との距離を詰め、ビームスピアを振り下ろした。
力を振り絞り、残った手に持つ剣でギリギリ防ぐ。
「でもそれもこれで終わりだね、バイバイ」
ビームスピアを突き出した。
剣での防御は間に合わない。
負ける。
負けたらどうなる?
――ここで負けたら、本当にヤマトを失ってしまう!!
ヤマトを失うなんて、そんなの嫌!!
私だってヤマトの笑顔を好き、声が好き、気遣いが好き、背の高さも、逞しい胸板も、匂いも、性格も、全部、全部好き!!
フランに負けないくらい、それよりももっと、ずっと、好きなんだから!!
ヤマトを失う恐怖に、心の中にあったモヤモヤが大きくなり、外に溢れ出した。
私の恋心は、芽生えだったものが、フランに触発され、急激に成長し、大きな花を咲かせた。
走馬灯のように頭の中にヤマトと一緒にいる場面とその時の感情が流れる。
今分かった、時々感じていた感情は、友の情だけじゃなく、恋の情が含まれていたって。
私はヤマトが好き。親友としてだけじゃない。異性として、女としても、ヤマトが好き。
だから絶対に負けたくない!! もっと、もっと力が欲しい!!
――瞬間、私の体を強い光が覆った。
それが、フランを弾き飛ばした。
◇◆◇
「……えッ!?何?……今の光……ッ!?」
フランは直ぐに立ち上がり、私の姿を見た。
私も、自分の体に何が起こったのか、理解出来ていなかった。
ただ、力が溢れてくる、全身に行き渡る私の血から、まるで聖竜の力が湧いて出ているように感じた。
「ユーリ、何その光の角は!?」
フランが叫んだ。
角……そんなの私には……まさか!? そっと頭部を触ると確かに2本の角のようなものがあった。
それだけじゃない。
両手の甲には銀色に輝く4本の光の爪のようなものがあるし、背中にも銀の翼が光を纏って存在していた。
ただどれも、身体から生えているのではなく、そこに付いている、という感覚だった。
これが……王家に伝わる聖竜の血の覚醒?
そして、それに呼応するように、私の剣と盾が反応していた。
一段と輝きを増し、光のオーラに包まれていた。
これなら……これなら!!
「行きます!!」
銀の翼の一羽ばたき。瞬く間にフランとの間合いを詰め、フランと剣を交わす。
流石フラン、そのまま何合か打ち合った。だけど、次第に対応出来なくなり、綺麗にフランへ一撃が入った。
「うーー!! 参った!!参ったよ!!ボクの負け!!」
私の追撃の前に、フランが負けを宣言した。
◇◆◇
「フラン、ありがとうございます」
私は感謝の意を伝え、倒れ込んでいるフランに手を差し伸べた。
どういう形にせよ、フランが私の感情を掘り起こし、そして、実力を持って聖竜の血の覚醒へと導いてくれた。
それが真意だとは思わないけど、フランがいなければ成らなかった。
フランのおかげで、私の恋心の自覚と同時に、強くなれた。今では感謝しかない。
フランは差し伸べた手を取り、こう言った。
「あ~、も~、まあ約束だからね。しょうがない。……それにしても凄いね、それ」
まだ光の角も、爪も、翼も出たままだ。というか、納める方法が分からない。
「これ……どうやって仕舞うんでしょう?」
「いや分かんないよ。次はその力を自由に出し入れ出来るようにしないとね」
確かにそうだ。自在に扱えない力など、仲間に危険を招くだけ。
「さて……と、それじゃあ頑張ってよ。まあヤマトは結構な鈍感ぽいから、大変だとは思うけどね」
フランは切り替えが早い。もしかして……いや良い方に考えすぎかも知れないけど、私に気付かせる為にこんな事を?
……流石にそこまでは……ないよね?
「フラン、出来ればこれからも、その……私と仲良くしていただけると、嬉しいのですが……」
そういうと、フランはキョトンとした後、プッと吹き出し私の肩を叩いた。
「さっすが王女様、図太いね。――でもそういうとこ、結構好きだな。……良いよ、これからもよろしくね」
「はい!よろしくお願いします!!」
図太い……? そうだろうか。自分では分からないけど。
「やっぱり年下はダメだな、うん。今度は年上かな、あっちのほうがずっと大人だし。 ……じゃあお昼でも食べに行こっか」
フランはそんな事を言った。
そして、一緒にお昼ごはんを食べて、一緒に街の中を散策して回ったのだった。
ああ、それにしても……。
自分の気持ちに気付いてしまった。
こんなにもヤマトの事が好きだったなんて……。考えるだけで顔から火が出そうなくらい。
これから一体、どんな顔をしてヤマトに向き合えばいいんだろう。