16.鍛冶師ショーン
フランを仲間にした翌日、オレたちは街を出た。
次の目的地は鍛冶の街イーガスミス。
師匠の知り合いの鍛冶師がいるという事で、父さんの剣を治して貰い、他にも師匠の剣の新調なんかもする予定だ。
オレは父さんから貰ったこのミスリルの剣が元通りになるなら、それだけで十分に行く理由になった。
道中での魔物との戦いは師匠から借りた短剣を使わせてもらった。
本来の用途としては投擲用らしいのだけど、何も無いよりはマシ、という事で持たせてもらっている。
フランのあの武器だが、光の槍形態ではビームスピア、弓形態はビームボウと呼ばれていた。
つまり他の武器形態ならそれぞれビームソード、ビームシールド、と呼ぶのだろうか。
そしてフランのメイン兵装はビームスピアとビームボウ、つまり槍と弓だ。
ビームボウはあの無動作の連射が強いし、ビームスピアに関してはある程度の長さが変更出来るため、1人で旅をしていた彼女からすれば使い勝手がいいのだろう。
それにフランの性格も快活で朗らか、余り他人と壁を作るような感じではなく、オレたちにもすんなり溶け込めてると思う。
あとは、ユーリほどでは無いけど、オレとの距離感が近いような気がする。
そして街を出て数日が経つころには、流石に鈍いオレでも気付いた。
いつの間にかオレの隣にはユーリではなく、フランが立つようになっていた事に。
ユーリは一歩下がっているような位置で、まるで遠慮しているかのようだ。
オレとしてはしっくりこず、違和感がある。
連携なんかは、元々オレたちのレベルには全然届かない相手ばかりなので連携を取る必要が無く、ユーリでもフランでも大して変わりが無い。
師匠は最後尾でどっしりと構えていて、相変わらず頼もしい限りだ。
フランは流石勇者というか、今まで1人でやってきただけあって、夜の警戒も、野宿で必要な事も一通り出来て、そこはユーリとの違いを感じた。
まあユーリは王女だったんだから比較するのが間違いだし、出来なければ教えるだけで、それは全く苦になる事じゃない。
というわけで、隣にいないユーリに対してオレは、自分から積極的にユーリに絡むようにした。
1人でいたら背中をポンと叩いて声を掛け、ユーリに会話を振ったりしたりだ。
以前なら、常に隣にユーリがいたからこんな気の使い方は必要なかったんだけれど。
といっても、フランがオレに頻繁に声を掛けてくるので、常にユーリと一緒というわけにもいかなかった。
仲間としてフランを無視するわけにもいかず、色々と聞いてくるので丁寧に答えているとユーリに声を掛けるタイミングを失ってしまう事は多々あった。
しかしフランのやつ、なんというか……段々とスキンシップが増えてきてるし、距離も更に近づいているような気がする。
もしかして、オレに気がある? ……いやいやまさか、生まれてこのかた、前世も含めてモテた試しが無いというのに。勘違いも甚だしい。こんなんだから同年代の友達が前世からの親友であるユーリしかいないんだろう。
ちなみにフランは18才で、オレとユーリは16才になっていた。
◇◆◇
鍛冶の街、イーガスミスへ到着した。
遠目からでも見えていたが、多数の煙突から煙が沢山出ていて、鍛冶の街へ来たんだと実感させられる。
「んじゃ、まずはギルドへ行くぞ」
というわけでイーガスミスの冒険者ギルドで登録を済ませ、街の散策を兼ねて師匠の知り合いの鍛冶師の居場所へ向かう事となったのだが……。
「ユーリとフランは鍛冶屋には用事が無いだろう? 二人で適当に街を見て回っていてくれ。夕飯前にはギルドに戻れよ」
と師匠が言った。
別に全員で行けばいいのに、とは思ったが、後から聞いたら、どうやら街に入る前から二人で話をしたいと訴えられていたらしい。
まあ、女二人で親睦を深めてくれたら、オレとしては言う事は無いんだけども。
それにこれでユーリに元気が戻ってくれたらそれが一番だ。
◇◆◇
1軒の鍛冶工房の前に着いた。
「おーい、おやっさん。まだ生きてるか~」
なんて失礼な声掛けだ。しかしこれが師匠との知り合いとの距離感という事なんだろう。
「お? 誰かと思ったら……お前か、ひよっこが何の用だ。 って、お前も老け……いや、似合わねえヒゲなんか生やしやがって、童顔隠しのつもりか? 全く生意気な奴だ」
ガタイのデカい、190はあろうかという長身に、筋肥大した太い腕と、白い髪と白いアゴ髭を蓄えた50くらいのおやっさんが、師匠をひよっこ呼ばわりしていた。
「そういうなよおやっさん。こう見えてももう35だぜ? それに弟子もいるんだ。貫禄は必要だろうよ。おやっさんみたいなアゴ髭とかな」
「言うようになりやがって。そうか、あれからもう10年か、早いもんだ……。で、あいつは元気だったのか?」
おやっさんがそう言うと、師匠はオレの肩をバンと叩いてこう言った。
「見て分かんねえか?こいつがその息子だ」
「お前の息子じゃねえのかよ。 ……ってよく見りゃ確かにライアンに似て美男子だ。うん、間違ってもお前の息子じゃねえな。ガハハ!!」
どうやらこのおやっさんはオレの両親の事を知っているらしい。師匠の口ぶりからも多分”よく”知っている部類なのだろう。王国騎士時代に懇意にしてた間柄というところだろうか。
「で、おやっさん。今回は俺の武器の新調と、こいつのコレ――」
そう言って、師匠はオレのミスリルの剣を鞘から抜き、机の上にそっと置いた。
「コレを治して欲しいんだけど。治せるよな?」
机の上に置かれた亀裂の入ったミスリルの剣、それを見たおやっさんはアゴ髭を撫ぜ、剣を手に取って丁寧に見定めるようにしげしげと眺めた。
「ふむ。……ミスリル……だよな? 何をどうしたらこんなになるんだ。 おい小僧。いや……名前は?」
「ヤマトです」
「ヤマトよ、俺の知ってる亀裂の入り方じゃねえ。普通は欠けるかポッキリいくかのどちらかだ。こんな亀裂が入ってなお、形状を保っていられるなど、いくら俺がこしらえたこの剣でもそんな芸当は出来んはずだが……」
なんと、この父さんの剣はこのおやっさんが作った剣らしい。
そしてこの剣、言われて見ると刃は欠けておらず、刀身に大きな亀裂が入っている。
確かに珍しいといわれれば珍しいのかも知れない。
「言われてみりゃあ確かに奇妙だな。だけどこのままで使えないのは変わらないだろ?で、どうなんだ?」
「慌てるな。だからお前はひよっこなんだ。 俺の見立てでは……小僧、いやヤマトよ。 ここに丁度客が置いていった鉄のナマクラ剣がある。 そいつを使って、こっちの……俺が打った鉄の剣を斬ってみせろ」
鉄で出来た、ナマクラ剣を受け取った。
刃がほぼ無いのもそうだが剣そのものの出来が悪く、強度も無さそうだ。
こんなので斬ったら曲がるか下手すりゃポッキリ折れるだろう。
軽くナマクラ剣を素振りし、具合を確かめる。
そしてしっかり固定された鉄の剣の前に立った。
「おいおい、いくら何でもあんなナマクラじゃあおやっさんの打った剣は切れねえよ。逆にポッキリ行くぞ」
「まあ見てな。 おいヤマト、いいぞ」
加減を無視して思い切り斬りつければ、この剣を斬る、いや、断てるだろう。だけど当然のようにこのナマクラもポッキリといく。
だけど、多分この人はそんな事を見たいわけじゃないはずだ。
そもそもは父さんのミスリルの剣からの流れなんだから、この剣をいつものように扱い、これを斬るところが見たいはずだ。
であれば……。
「――ハッ!!」
ナマクラ剣を上段に構え、立てられた鉄の剣を袈裟斬りにした。
「!!」
「!?」
無事に鉄の剣を切断し、そしてナマクラ剣はポッキリと折れずに済ませた。
「――やっぱりか」
おやっさんはオレの持ったナマクラ剣を指差した。
剣を見ると、ミスリル剣と同じように大きな亀裂が入っていた。
「ここに置いてみろ、そうっとな」
言われた通り、そっと台の上にナマクラ剣を置くと、おやっさんは手に持った木槌で軽くナマクラ剣を叩いた。本当に軽く、コン、という程度の力で。
すると、ナマクラ剣の刀身は粉々に砕けた。
「おいおい、おやっさん、これは……」
「ミスリルの剣はここまでの状態じゃないが、近い状態だ。小僧があと一度でも振るえば同じ様に粉々に砕けただろうよ」
「そんな……ッ!」
絶句した。父さんの剣が、そんな状態になっていたなんて。
「当然粉々になったものは俺でも治せねえ、だからまあ、ギリギリといえばギリギリなんだが……」
「それにしても、なんでこんな事が起きるんだ?」
「まあクリスには無理だな、そもそも俺の剣を斬る事すら出来んだろう」
「ああ、確かにその通りだ、俺にあのナマクラ剣で斬る事は出来ねえ、というか普通は無理だ。逆にどうやったらこうなるのか見当もつかないぜ。なあヤマト、どうやったんだ?」
正直、自分でもよく分からない。
ただ大事に扱おうとして、その上で剣の持つ力を引き出している、そんなイメージでしかない。
「自分でも良く分からないんですが、剣も自分の体の一部と考えて、だから自分の体のように力を引き出している。そんな感じですかね……」
「……よく分かんねえな。 自分の体の一部って、俺もそのつもりなんだが……」
「なるほどな、理屈はともかく、剣の限界まで自分の力を上乗せし、自分の一部だからこそ、剣が原型を保っている、そういう事なんだろう。多分な」
「そ、それで。治してもらえるんですか!?」
「ああ、治してやるとも。 だが小僧には言っておかねばならん」
「な、何でしょう」
「この剣は小僧の腕から見ると脆すぎる。変えなければいずれまたこうなる。もっと良い剣を使うべきだ」
そう言って、粉々になった剣を指差した。
そんな。オレは父さんから貰ったこの剣でずっとやっていくつもりだったのに、それを変えろだなんて。それにミスリルを超える剣なんて、そうそう在るものじゃ無い。
伝説のオリハルコンや王家に伝わる聖竜の鱗から作られた武具とか、本当に希少な素材を使用するしかない。
でもそんな素材は持っているわけが無いし、探して簡単に見つかるようなものでもない。
「という事はおやっさん、アテは見つかったのかい?」
「ああ、お前からの手紙で言われた素材な、あれより良いモノが手に入った。それならこの小僧に合うはずだ」
一体何の話だろう。
アテ?より良いモノ? ……まさか?
「師匠?」
「おう、素材の事なら心配すんな。こんなこともあろうかと思ってな。前もっておやっさんに連絡しといた。んでどうやら、何か見つかったみたいだぜ?」
「小僧、お前は運が良い。丁度昨日手に入ってな、それならお前の期待に応えてくれるはずだ。――その名も『王鋼』。この素材で作る剣は世界最高の斬れ味に耐久性となるだろうよ」
「王鋼?何だいそりゃ。初めて聞いたな」
「そりゃそうだ、この王国には存在しない、はるか東方から渡ってきたという素材だ。だが参考にしたいんでな、小僧の腕を見ておきたい。裏庭で試し切りを見せてくれ」
こうして、裏庭でおやっさんの剣を借りて腕前を見せる事になった。
おやっさんが打ったこの剣も相当な出来の剣で、オレの手にすんなりと馴染んだ。
そして5回ほど試し切りをした。
「うむ、参考になった。やはり弟子なだけあって、クリスの剣筋に似ているな。だが癖は少ないか」
「ありがとうございます!」
おやっさんに褒められた。
「新しい剣が出来るまで手ぶらでは心許なかろう、その剣を貸してやる。大事に使えよ」
「はい、では暫くお借りします」
「俺の名はショーン、ショーン・ペイトンだ。1週間後にまた来い」
「おやっさん、俺の新しい剣は?」
「お前のもその時に渡してやる、生意気にも成長してやがるからな、調整が必要になった」
「え〜、おやっさんならそれくらい見といてくれると思ったんだがなあ」
「生意気にも、と言っただろう。俺の想像を超えて成長しやがって、弟子に触発でもされたか?」
「まあ、俺も必死だからな。じゃあよろしく頼むよ。ヤマトの分もな」
「ああ、任しとけ」
「お願いします、ショーン」
「おう」
ショーンは軽く手をあげ、オレたちは店を出た。
◇◆◇
「これでこっちは何とかなりそうだな」
「何とかなりそうですね。……こっち……って?」
「お前……そういうところだ」
「何がですか?」
師匠は大きくため息を吐き、オレの肩をポンポンと叩いた。
よく分からないが、とにかく父さんの剣は治してもらえるし、新しいオレの剣も打って貰えるみたいで、これはこれで、魔族の長との戦いへ向けて、一歩前進というところだろう。