15.ユーリ・セインツ・ドラゴンブラッド 2
なんだろう、この心の違和感は。
勇者のフランが仲間に加わったのは心強く、嬉しい事。
だけど仲間に加わった時からそれが生まれた気がする。
私の心はザワザワと波立ち、なんとも言えない不快感の様なものを感じていた。
そしてそれからずっと、心にしこりが残っている。
フランが私より強かったから?
3人についていけず、ヤマトの言う強さに達していないと思ったから?
正体の分からない心のわだかまりを感じ、そして、自分の力不足をあらためて痛感させられた。
◇◆◇
勝負が終わり、私たちは街の銭湯に来ていた。
男女それぞれに分かれ、後で表で待ち合わせの予定。
隣にはフランがいて、蒼い髪のショートカットにタオルを乗せ、気持ち良さそうに湯船に浸かっている。
「やっぱり銭湯は良いよね〜。毎日でも入りたいくらい」
「街に寄る楽しみの一つですね」
フランはタオルを押さえて天井を見上げ、ふぅと一息ついた。
「それにしても、凄い強さだったね~ヤマトは。まさか勇者のボクより強い人がいるなんて、世の中は広いね~」
「ヤマトの強さは特別なものです。それにヤマトが止めるために本気を出したというフランさんの奥義も凄いと思いますよ。……ヤマトの本気の一撃を見たのは久しぶりでしたし」
「え!? ほんとに!? いやあ、そう言ってもらえると嬉しいなあ。そうかあ、ヤマトの本気かあ……えへへ」
私はヤマトが本気を出したところを2回しか見ていない。
1度目は武闘大会でクリスと戦った時、そして2回目はフラン。
私は何度もヤマトに手合わせしてるけど、ただの一度も、本気どころか、どこまで手加減するか、それを悩んでいるようにさえ見えた。クリスにさえ、本気を出された事はない。
だけどフランはヤマトに本気を出させた。奥義をあえて打たせたとはいえ、それでもだ。
楽しそうにフランは続けた。
「凄いパーティだよね。あの聖ブリーズに、聖竜王国の第3王女がいて、それで勇者のボクが加わって、自分で言うのも何だけど、本当に豪華。魔王も倒せそう! それに、一番の実力者は聖ブリーズの弟子!って言うのがまた渋いよね〜」
「確かにそうですね……」
肩書きだけ見れば豪華としか言いようのないメンバー。
それに肩書きだけじゃない、クリスもフランも実力が抜きん出ている。
そしてそれを遥かに上回るヤマトは本当に凄い、私の誇りだ。
だけど私は、その二人にも及ばない。
努力はしているし、強くなっている実感はあるけど、遥か高みは見えない。
「まあ、肩書きだけじゃ無くて、加えてみんな顔が良い!! ユーリはもう本当、銀の王女様って感じで気品に溢れていて、凄く美人で可愛いし。 ヤマトはサラサラ金髪に優しげなお顔で、もっと良い格好してればどこの王子様!?って感じだし。 クリスだって35才って言ってたけど、短く整えた焦茶の顎髭が似合ってて大人の色気に溢れててヤバいし。それに、ヤマトを見る目が父性に溢れててすんごく優しい目してるの、ヤマトが10才の時から師匠やってるって言ってたからかなあ?あの目、ボクにも向けてくれないかなあ。 ……本当、ボクなんかがここに居ていいの?って思っちゃうくらい。 ねえユーリ、ボク浮いてない?」
フランのおしゃべりが中々止まらない。勢いを増している。
だけど、言う事は間違ってない。ヤマトもクリスも、本当に顔が良い。
背も高く、方向性の違うハンサムな2人が並んで喋っていると、それだけで女性の目が集まるのが分かる。それくらい飛び抜けている。
「大丈夫ですよ、フランだって美人なんですから」
「そう? ユーリに美人って言われると自信出て来ちゃうな。髪とか伸ばそうかなあ」
そう言って上機嫌なフランは、鼻歌を歌いながら自分の短く蒼い髪をいじっていた。
◇◆◇
「……ところでユーリ」
「はい、何でしょう」
次はどんな話だろう、フランとおしゃべりするのは楽しい。主に喋るのはフランで、私は聞き役なのだけれど。
「勝負の前に言ってた事、あれって本当?」
「あれ。とは?」
あれ。一体何の事だろう。
「あ〜、ほら。 ヤマトとユーリがさ、恋人同士じゃなくて、ただの友達、って事」
ああその事。
でもちょっと認識が違うかな。
「なるほど、だけど間違ってます」
「え?」
「私とヤマトは友達じゃ無くて、親友、ですよ」
「お互いがそう思ってる? ただのその……親友だって」
「はい、間違い無く」
「本当にともだ……親友なんだよね?それ以上の関係じゃないんだよね!?」
それ以上の関係。
親友の上の関係があるのだろうか。……私の認識では存在しない。
恋人と親友は別のものだと思うし、友達が親友になって、そこから恋人になるというのは違う事だと思うから。
恋人というのは、それはあくまで男女の関係の話のはず。
だから、うん。そういう関係ではない。
「間違いなく、私とヤマトは親友です。それ以上でもそれ以下でもありません」
はっきりと断言した。
――後で後悔するとも知らず。
そう応えると、フランはもう一度タオルを押さえて天井を見上げ、安心したように大きく息を吸い込み、吐き出した。
「そっか。じゃあ気にしなくても良いのかな。ボク頑張るよ!」
その言葉と笑顔を見て、私は胸騒ぎを覚えた。嫌な予感がした。
◇◆◇
4人で宿に戻り、部屋割りの話になった。
「文無し娘も一緒だから今の1人部屋と2人部屋のままというわけにもいかんだろ。2人部屋2つに変更だな」
「じゃあボクはユーリと同じ部屋だね。よろしくユーリ」
「いえ、私とヤマトが同じ部屋なので、フランはクリスと同じ部屋になります」
そう応えると、フランは驚いて声を上げた。
「え!? そんなのおかしくない!? だって2人は恋人同士じゃないんでしょ? それなのに男女同じ部屋なんて、絶対おかしいよ!」
それは確かにそう、私だってヤマト以外の男の人と同じ部屋は嫌。
だけどヤマトは特別だ、前世から続く、大好きな親友なのだから。
「ヤマトは特別なんです。それに護衛も兼ねているんです。ヤマトが適任です」
「そんなの! 護衛ならボクだって出来るよ。それにいくら特別って言っても、王女が男と一緒の部屋に泊まるのはダメだよ!」
「まあ確かに、元々はユーリの護衛という話だったし、フランの言う事も一理ある。今日のところはユーリとフランは同じ部屋で寝泊まりしてくれ」
「クリスッ!?」
まさかクリスがフランに付くなんて!!
そうだ! 肝心のヤマトはどう思ってるんだろう!?
そう思いヤマトを見ると、腕を組み、まぶたを閉じていた。
そして目を開けて言った。
「うん。フランの言う通りだ。やっぱり男女が一緒の部屋は良くないと思う」
心臓が締め付けられるような痛みを覚えた。
もしくは、心の中の何かが鋭い棘を出したような、悲鳴をあげたような、そんな痛み。
「ヤマトまで!! それに男女一緒と言っても、私は別に気にしてません!それじゃダメなんですか!?」
ヤマトに非難の声を思わず向けてしまった。
だけどヤマトはそんな事には意も介さず、私に近づき、優しく言った。
「ユーリ、部屋が分かれたってオレたちは親友のままだ、そうだろ?」
「そう……だけど」
「それにユーリが気にしなくても、オレはやっぱり男だからな、暴走しちゃったら元も子もないだろ? ――安心しろ、部屋が分かれたってちゃんと護衛はするから」
「……うん」
そうじゃない。護衛とかはただの理由付けの一つで、重要な事じゃない。
ただ、ヤマトと一緒にいたいだけ。
だけど、ヤマトの言う事も、フランもクリスも間違った事を言っていないと思う。
これは私のわがまま。だから、ヤマトに諭されて私には頷く事しか出来なかった。
私が女じゃなければ、思う存分に一緒にいられたのに。
前世でもそうだった。入院中、体力さえ、気力さえ持てば、ずっとヤマトの話を聞いていられたのに。
どうしようもない。
――私はただ、大好きな親友のヤマトと一緒にいたいだけなのに。
結局、ヤマトとクリス、フランと私の2部屋に分かれた。
その日の夜、すやすやと眠りに付くフランの横で、私は心のモヤモヤの存在に気づいた。
まだ小さく、普段は気にならないくらいだけれど、時々その存在を主張してくる。
このモヤモヤは、これは一体なんなのだろう。
◇◆◇
朝、フランは先に起きて既にいなかった。
そのまま支度をし、部屋を出て、ヤマトたちと合流する。
すると先に降りていたフランは、私の定位置、ヤマトの隣に座っていた。
しかも椅子を近づけて、ヤマトのすぐ側にいる。
ヤマトが迷惑がっている、やめて欲しい。
「おはようございます」
「おはようさん」
「おはよ〜」
「おはようユーリ」
私は仕方なくクリスの隣に座り、黙々と朝食を済ませた。
その間もずっと、フランはヤマトを見て、声を掛けていた。
「ユーリ、昨日の夜はどうだった?フランとは仲良くやれたか?」
ヤマトが黙していた私を気遣って声を掛けてくれた。
心配掛けさせまいと、私は微笑んで応えようとした。
「ええ、問題ありません、仲良く出来てます」と。
「だ~いじょうぶだって~。ユーリとはもうすっかり仲良しだもんね~?」
あ……。
応えようとした直前、フランが割り込んできた。
ヤマトの気遣いが、ヤマトと私の時間が、盗られたと感じた。
話そうとした勢いが無くなり、押し黙ってしまった。
「いや、オレはユーリに聞いているんだから、フランは黙ってて。――ユーリ?」
ヤマトはフランを押しのけて、私をまっすぐ見ていた。
……嬉しい。ああ、ヤマトが大好きだ。それでこそ親友だ!
ヤマトに勇気を貰い、気を取り直して、応える。
「うーん、フランはこんな感じなので、まあ、それなりに……ですね」
これは本当。別に険悪でもないし、仲が良いわけでもない。それなり。
そしてこの回答は、さっき考えていた無難な回答とは違っていた。
やっぱり私にとってヤマトは最高の親友。
私が求めている事を分かってくれているし、気遣ってもくれる。
「そうか……まあ最初はそんなもんかも知れないけど、みんな仲良くなれたら良いな」
そう言って、私に満面の笑みをくれた。その微笑みは、いつもの何倍も眩しく見えた。
心臓が高鳴った。――反応したのは、心の中のモヤモヤ。
ヤマトがいつもより、更に格好良く見えた。
この心の中のモヤモヤの正体は、もしかして。
私は、記憶をとり戻す前に芽生えようとしていた感情の存在を思い出した。