第84話 行動科学と群集心理
遊戯室の柱時計が
コツコツコツと時を刻んでいた。
「くっくっく」
突然、西岡が笑い出した。
「残念ながら。
あんたの考えていることは見当違いだ」
「何だって・・?」
「あんたは俺とお嬢ちゃんのどちらかが
【犯人】と考えているんだろ?
だがそれは間違いだ。
俺達はまんまと騙されていたのさ」
西岡がふたたび「くっくっく」と笑った。
「だ、誰に・・。
な、何を・・。
騙されていたと言うんですか?」
茜が震える声で西岡に疑問を投げかけた。
「いいか、お嬢ちゃん。
このゲームには元々、
【犯人】なんて存在してないんだ」
そして西岡はジンジャーエールの瓶に
口をつけてごくごくと飲み干した。
「郷田のカードが『クラブの2』だ。
そしてあのおばさんは
『クラブの8』を持っていた」
西岡は空瓶をトンッとカウンターに置いた。
茜がハッと息を呑んだのがわかった。
「思い出したか?
”すべてのカードの数字は連続している。
同じ役職のカードについても同様である”
それがルールだったよな?
つまり。
【市民】のカードは2から8までの7枚。
そして。
【探偵】の松平はハートのAだ」
「【犯人】のカードがない・・」
自然と声が漏れた。
「わかったか?
俺達は存在しない【犯人】を
追いかけていたというわけだ」
【犯人】はいない。
もしそれが本当なら・・。
遊戯室の柱時計が
コツコツコツと時を刻んでいた。
「恐らく主催者は・・。
疑心暗鬼に陥った人間の行動を
観察するために
この舞台を用意したんじゃないのか?
つまり。
俺達は実験動物だったわけだ。
実際。
ルールには
【市民】を煽るようなモノが多かった。
覚えてるか?
市民が全員生存の場合、報酬はなし。
つまり。
最低でも1人は死者が出るように
【市民】の目の前には
人参がぶら下げられていたんだ。
1人が死ねば
後はドミノ倒しのように
不審と不信が連鎖する。
1人の行動が恐怖を煽り、
それが少しずつ皆を侵食していく。
愚かな群集心理というわけだ」
そこで西岡は「くっくっく」と笑うと
前髪をそっとかきあげた。
西岡の目がじっと僕を捉えた。
それは死神というよりも
見る者を石に変えるメデューサのようだった。