第80話 限りなく他殺に近い刺殺 3時
僕達は遊戯室を出て玄関の方へ足を向けた。
車椅子の茜に合わせて僕は歩調を緩めた。
窓がなく人工の灯りに照らされた廊下は
ここに来た時とまったく同じ様相をしていた。
今が昼なのか夜なのか、
その判断は困難と言わざるを得なかった。
僕はポケットから腕時計を取り出した。
『オーデマ・ピゲ』のロイヤルオークの針は
丁度3時を示していた。
玄関を通り過ぎると、
正面にドアが見えてきた。
「あの部屋が私の部屋です。
隣が菅野さんで、
その隣の部屋に
六条さんが拘束されているはずです」
茜の言葉に従い
僕は三番目のドアの前で立ち止まった。
ノブに手を掛けてから一瞬、逡巡した。
中の音は当然外には漏れてこない。
防音設備が施された室内で何が起ころうと
外の人間には知る由もない。
僕は茜の方を見た。
少女は唇をギュッと結んで
両手を胸の前で握り締めていた。
僕の視線に気付いたのか
茜が不安げに僕の方を見上げた。
僕は力強く頷いてからドアを引いた。
「・・六条さん?」
僕は部屋の奥に向かって呼びかけた。
返事はなかった。
悪い予感がした。
僕は深呼吸をしてから中へ足を踏み入れた。
少し進むと奥のベッドからだらりと垂れた
黒いジャージの手が見えた。
その手はベッドの足に手錠で繋がれていた。
僕は足をとめた。
この位置からでは洗面所の壁が
邪魔をしてそれ以上確認できなかった。
僕の手が無意識のうちに腰の辺りを探った。
キッチンバサミを持ってこなかったことを
悔やんだが後の祭りだった。
僕は右手で拳銃を抜いた。
その時、ふと思った。
果たして弾は入っているのだろうか。
そんな疑問を抱えたまま僕は拳銃を構えた。
「六条さん・・?」
僕はもう一度呼びかけた。
しかしまたしても返事はなかった。
手錠に繋がれた手はピクリとも動いてなかった。
僕はゆっくりと前に出た。
ベッドの上で
仰向けに横たわった六条の胸に
包丁が突き立っていた。