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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

怪傑ロビィあらわる

ロビィと宝の君

作者: にゃ~

「"世界の壁"を斬って、異世界へとやってきたわ。上手くいくものね」

「こら! 動くんじゃないある!」


 葡萄酒(ワインレッド)と山吹色のサイドテール。そして柿色の羽織に膝丈スカート姿。

 いつもの格好に加えて、今日のロブリンは、両手に鉄の手錠(ブレスレット)まで着けていた。


 その背後から、お団子頭のデコ出し娘が槍を突きつけている。


 ここは異世界、灼熱の宝(まち)

 異なる世界といっても、景色はロビィの知るチャチャイ・アルナの街並みに似た感じだ。


 そして、住民の姿もチャチャイやマカロン諸島に住まう人々と、さほど違うことはない。


 お団子デコ出しカンフー娘──メェイ・リェンに向き直り、ロビィは両手を上げてお手上げのポーズをとった。


「それにしても、何の罪で? わたくし、ここでは何もしてないわ」

「うるさいっ。さっきは、それに加えて"まだ"と言っていただろう。大切な"天闘祭(テンとうさい)"の日に、みすみす騒ぎは起こさせないぞ!」

「天闘祭。へえ? やけに賑やかな街だと思ったけど、なるほど。何か催しがあるのね」


 曰く、5000年前の宝(まち)の地は、作物も育たぬ灼熱の干ばつ飢饉に苦しめられていた。

 そこに顕れたる、雨と渦雲の神仙獣。神仙獣が戯れに降らした雨により、ひび割れた土地は潤いに満ち、人々が都を建てられるほどに豊かな土地と様変わった。


 拝み、奉る人々に対し、神仙獣は言った。


 ──美と争いを好む渦雲。わたくしのために、美しい都を。

 そして、絶え間なき、失うもの無き闘争を。


 神仙獣曰く気紛れながらも、諧謔(かいぎゃく)と慈愛に満ちた返答に、人々は満足し、おおいに応えた。


 都はより美しく、より豊かに。人々は強く、健康な姿を。

 結局のところ、神仙獣が求めたものは、宝都に住まう人々の、健全な幸せだったのだ。


 それから宝(まち)は毎年、強き者を集めた、健康を祝う武闘会を。人々は名もなき神仙獣に、名前を捧げて親しんだ。


 いと尊きは、(たから)(きみ)

 宝君(ほうくん)拓宙穹霆(たくちゅうきゅうてい)渦雲(うずくも)神仙、雷獣なり。


「タコチュー? 可愛らしい名前ね」

「不敬! 串刺し刑にされたくないなら、撤回するある!」

『さあー! こんにちの天闘祭は、番狂わせだ! 前回優勝者のハン・フリーが早くも……』


 メイレンが槍を突きつけるが、ロビィは盛り上がる街頭モニターの様子に、すっかり気をとられている。


「手応えがありそうね。ねえ、衛兵さん。今からでも、あれ参加できるかしら」

「職質なんだから、少しは萎縮するある! ワタシだって見に行きたいのに仕事だし、もう参加受付は終わってるね!」


 どうやら一歩、遅かったらしい。残念だ。

 ヒステリックに興奮するメイレンの背後、街頭ビジョンを眺めていると、映されたものにギョッとした。


『彗星のごとく現れた、強き外国人! 闘士リシュトルテは、どこまで快進撃を見せるのか~!』

『そりゃ、もちろん! 月まで、天まで、お城の最上階までよ! ロビィのバカに打ち勝つ日まで、ワタクシの爆進は止まりませんわ~!』


 オーホッホッホ! と、モニターからカラッとした馬鹿笑いが響き渡る。

 武闘会場にいるのは、伸ばし放題の赤マゼンタ髪、その両わきを飾る長いリボン、身を包む縞模様のドレスがトレードマークの、バカの女王リシュトルテだ。


「何をしてるのかしら、あのバカ女王バカは……というか、何で居るのよ」

「少し前に、不法入国で捕らえたある。何でも"異世界飛ばし"ビームの誤発射とかで……怪しいところも無かったから3日で釈放したあるね」


 しばらく見ないと思ったが、いろいろ冒険があったようだ。

 3000年ぐらいは捕まえておいた方がいい、と言おうか迷ったが、迷惑がかかるのは"この世界"の方なので、ロビィは思いとどまった。


「何も異世界でまで出くわすことないじゃない。そういうワケだから衛兵さん、ちょっと行ってくるわね。すぐ戻るわ」

「待つある待つある。自分の立場は分かってるあるか? 職質から身分不詳、住所不定の26さい無職と、ずっと怪しいあるね。オマエ」


 さて、会場では先の熱狂が嘘のように、満員の観客が静まり返り、今はただ不穏なざわつき声が、まばらに立ち上るばかりだった。


「お、おい。どうなってるんだ? 闘士リシュトルテは、どこへ?」

「わけ分かんないですよ! 急に『ロビィの気配を感じましたわ!』とか言って、出ていっちゃって……」

「ロビィって人……実在してたのか。それとも、うまく勝ち進み過ぎて、頭がおかしくなったのかな?」


 闘志たちの控え室の前で、スタッフが頭を抱えて話し合っている。

 そこへ、葡萄色(えびいろ)の髪に襟足をV字に逆立てた、身なりのいい貴人ふうの美女が、扇子で口もとを隠しながら、たずねてきた。


「おや、リシュトルテ様は? どうしたと言うのでしょう」

「と、闘士裘雲(きゅううん)。それが、突然いなくなって……」

「申し訳ありませんが、このまま戻ってこなければ、辞退扱いで不戦勝ということになるかも……」


 裘雲(きゅううん)と呼ばれた美女は、わざとらしく肩をすくめてみせる。

 細い肩をしているが、この闘士もリシュトルテと同じく突如現れ、並みいる強豪を、みな一撃で倒してきたのだ。


 人格も、強さの底も分からない。怒らせたら何をしでかすか知れぬ者の相手は、このような美女であっても、猛獣の前に放り出された気分に思えた。


 そんな恐怖を知ってか、知らずか。逆立つ髪を、寝かせた耳のように揺らし、裘雲(きゅううん)が言う。


「それは困りましたわね。不戦勝の優勝者……かような片手落ちの決着。宝君(ほうくん)も、お嘆きになることでしょう」

「お、おっしゃる通りです。では、このまま限界まで待つことに──」

「わたくし、棄権いたします。リシュトルテ様も戻らなければ、決勝はハン様とトシロー様で、もう一度」


 スタッフたちは揃って、えっ、と顔を見合わせた。

 「では」話は終わったとばかりに立ち去ろうとする美女を、慌ててスタッフたちが呼び止める。


「何です? 両者、死んではいないはずでしょう」

「で、ですが闘志トシローは、ついさっき心肺停止状態から甦ったばかり……じゃなくて!」


 慌てる凡人たちを気にもとめず、美女は会場と逆方向に歩いていく。

 まさか本当に、この女は帰るつもりか。裘雲(きゅううん)は扇子を閉じ、愉悦の微笑を浮かべて振り向いた。


「不戦勝は恐ろしいので、わたくしは無かったことにします。わたくしは今日、この会場に来なかった。だって、宝君の怒りを買うなどと、恐ろしいと思うのは当然の思考でしょう?」


 今度こそ、裘雲の「では」を止めるものは出なかった。

 それから少しの審議後、今年の武闘会は苦渋の"優勝者なし"という結果に終わり、会場は盛大なブーイングに包まれることになる……が、それはまた別の話。


「へブ────っ!?」


 ひと気の少ない、鵺見通り交差点付近。

 かたいアスファルトの道路の上に、トルテは容赦なく叩きつけられた。


「や、やるわね。さすが我が終生のライバル」

「丁度よかったわ。異世界で死んだら、そのままリポップできるのか気になってたから。でも自分で試して、復活できなかったら困るじゃない?」

「待つある~! ていうか、手錠どうやって壊したあるか~!? はぁ、はぁ……」


 続いてロビィが降り立ち、遅れてメイレンがヘトヘトで近付いてくる。

 無表情でビームソードを抜き放つロビィに、ビビって鼻血を吹き出すトルテ。


「まあ待ちなさいよ。せっかく異世界でも偶然、会えたのよ。そう決着を急がなくても」

「そうね。再会を祝して、一撃で終わらせましょう。わたくしの観光も安泰に──」


 ロビィは突然、言葉を切って、へたり込んだメイレンに駆け寄った。

 トルテも一瞬でふにゃふにゃ顔を引き締めて、咄嗟に片膝つきで身を起こす。

 

「仙龍寄譚"雷電咆哮(リェイヂェンパォシア)"」


 その直後、雷霆が3人を飲み込んだ。


「な、ななな!? 何あるか何あるか何あるか~!?」

「動かないで! わたくしから離れたら死ぬわよ!」

「グアッ──何よ、この威力! "絶対防御"ビームが破られる……!?」


 雷が渦を巻き、とぐろにうねる龍となる。

 龍の雄叫びが轟きを呼び、空に暗雲が立ち込めた。


 メイレンをかばい"雷"を斬りまくるロビィも、ビーム・バリアを展開したトルテも必死に、襲いくる雷龍に対抗する。

 しかし、いつまでも視界すべてを覆う雷に、2人の精神は限界を迎えそうだ。


「らちが明かないわ! バリアごと、コイツをフッ飛ばす!」

「やめなさい! 明らかに指向性を持っている。一瞬で雷が戻ってきて、あなたが死ぬだけよ!」

「じゃあ、アンタがトドメを刺しなさいよ! どのみち、ジリ貧で全滅するわ!」


 ドーム状のバリア内で、トルテが2丁のビームマグナムを、両手に取り出す。

 ロビィは今、振り抜いたソードから片手を放し、あいた手のひらにビームを伸ばした。


「ワタクシに合わせなさい! "膨張・破裂"ツイン・ビーム!」


 二筋の閃光がバリアを貫き、即座にドーム壁が膨れあがる。

 そして、ヒビ割れた壁が砕け散る瞬間、破片と共に一瞬、雷龍が千切れ飛んだ。


 反動に後ずさるトルテの前に、ロビィがソードを交差させ、ズイと出る。


「"斬・断"ビーム・ソード。二刀流!」


 轟きと共に龍の欠片が集まり、音よりも速く、3人めがけて殺到する。

 しかし柿色羽織の裾がひらめき、押し寄せる雷片を、ビームソードが切り裂いた。


「"雷龍"無双ぎ──」

「まだよ。"雷槍(リェイチァン)"」

「!? しまっ、」


 着地し、ゼイゼイとあえぐロビィ。その背中に雷の槍が迫る。

 当然、ロビィは振り向こうとするが、直前まで無茶な速度で動いたために、体が言うことをきかない。


「舐めるなあっ。"超絶縁"ビーム!」


 間一髪、マグナムから放たれたエネルギー・ビームが、雷の槍を撃ち砕いた。

 2人が速やかにメイレンに寄り集まると、街路樹の木陰から微笑の美女が抜け出てくる。


「凄いわね。今のを生き残っちゃうなんて……いいわ、あなた達。期待以上よ」

「あなたは何者? 誰を狙っての狼藉かしら」

「あら? 名乗らなかったっけ。これは、とんだご無礼を……。わたくし、姓は裘雲(きゅううん)、名は(テン)──」


 裘雲(きゅううん)と名乗った女は、わざとらしいほどに、うやうやしく御辞儀をしてみせた。

 そして裘雲(きゅううん)が顔を上げると、その笑顔を見たメイレンが、何故か泣きそうな声を出す。


「あざなを穹霆(きゅうテイ)と申しまする」

「……きゅ、穹霆宝君(きゅうていほうくん)!?」


 いよいよメイレンは泣き出した。娘の見開いた両目から、とめどなく涙が溢れてくる。

 ロビィは尚更ムッとして、メイレンをかばうように前に出た。


「それで? わざわざ宝の(きみ)さまがいらっしゃったのは、この子を傷つけるためかしら」

「いいえ、ただの巻き添え。とるに足らない、凡人よ。その子を守ってくれて、ありがとね。嬉しいわ」

「ほ、宝君……?」


 満面の笑みを向ける裘雲(きゅううん)に、メイレンは立ち上がれもせずに声を漏らす。

 当然だ。どう見たって、先の雷龍は巻き添えを気にした威力じゃなかった。


 泣き止まぬメイレンから離れ、裘雲(きゅううん)へと2人が歩き出す。

 裘雲は閉じた扇子を口もとにやり、間に合わずに笑いを吹き出した。


「フフ! なあに。虫が揃って、騎士の真似事? 蛮勇も過ぎれば、滑稽よ。面白いわ、あなた達! あっはははは……」


 笑いが終わるのも待たず、2人が同時に姿を消した。次の瞬間、裘雲(きゅううん)の片手と扇子が、ソードとキャノンを受け止める。


「あなたを許さないわ。裘雲貂(きゅううんテン)!」

「このワタクシを侮った罪! 死で償え~!」

「躍れ、躍れ、戦士たち。躍って狂って、怒り狂え。アッハハハハ!」


 狂笑と共に弾き返された2人が、ほとんど着地と同時に突撃する。裘雲(きゅううん)は、わざと扇子をメイレンへ向けた。


「ほぉら、死んじゃうわよ~!」

「なっ……やめなさい!」

「"雷槍(リェイチァン)"」


 無慈悲に放たれた雷の槍が、神速でメイレンへと迫る。どうにか追いつき槍を破壊するロビィ、急な方向転換に体が軋む。


「ぐ……! う、くっ」

「アッハハハハ! 凄い凄い! 頑張れ、頑張──おおっ!?」

「テメッ、アタシを無視するな~!」


 苦しむロビィとは反対に、突き出されたキャノンの砲口を手で受け、嘲笑顔の裘雲(きゅううん)

 それをトルテが胸ぐら掴んで、どこかへ引きずろうと駆け出した。


「おおっ? 強引ね。まったく、楽しいわ! アハハハハハ……!」


 ぽつぽつ、ぽつぽつ。

 いつの間にか雨が降りだし、立てないメイレンをひた濡らす。

 ロビィは羽織の"濡れ"を断って、脱いだ羽織をメイレンに被せた。


「……」

「それ、もう濡れないから返さないで洗わず捨てて。それから、心中察するわ。でも、動けるなら早めに、安全なところに避難してくれると助かります」

「……」


 袖無しの着物姿で、ロビィが戦場へ駆けていく。

 ぱちゃぱちゃとした水音を、顔も上げないまま、メイレンは無言で見送った。


「……(ほう)(くん)


 いと尊き、慈愛の神仙。

 彼女に報いるために生きてきた。授業で教わった、神への恩返しに、人を守る兵を目指した。


『とるに足らない、凡人よ』


 なのに、当の宝君にとってはメイレンなど、何の価値もなかった。

 気にするでもない、誰を守ろうが関係無い。


 だって宝君にとっては、守る者も、守られる人々すらも。考慮する必要のない、見る価値もない石と同じ。


 それを理解したために、メイレンは動けなくなったのだ。


「わたし、達は……あなたにとって──何なのですか。穹霆宝君(きゅうていほうくん)……?」


 その頃、天闘祭(テントウサイ)会場。

 観客たちは、突然の原因不明の土砂降りに閉じ込められていた。


「何なんだ、この雨は……! 宝君の慟哭か!?」


 もちろん、そんなはずもない。神のみ心、人知らず。

 穹霆宝君(きゅうていほうくん)は、笑っていた。久しく出会わない強者との闘争に、血わき雲おどる、愉悦の雨だ。


「キャッハハハ……! 衝動、衝突、浮き世の華よ。闘争、暴力、ぶつかり合い。(ただ)これだけが、この世にあって、満漢万雷、愉しいわ!」

「うるさい、死ねっ! 死の"壊滅・即死"ビーム!」

「あら、なあに?」


 ズアボッ! 壊滅的な音を立てて、キャノン砲から改良版・極太即死光が放たれる。

 しかし、トルテ最新にして最高威力の技をもってしても、宝君は笑って片手で止める。そして、一息に握り潰した。


「何これ? 真面目にやってほしいわね」

「──じゃあ、望み通りに」


 あら、と声を上げる間もなく剣閃が、一つ二つ三つ振り、はしる。

 当然、どれも首や手足の腱を狙ったものだが、当たり前のように宝君は笑顔で受け止めた。


 食い止められたソードが、雷の爪に掴まれる。


「クッ!」

「"雷爪(リェイヂァオ)"。ねえ、あなた。いつになったら本気を見せてくれるのかしら」

「何ですって」

「聞こえなかった? 早く、本気を、出せ。クックックック……」


 ビームソードが瞬時に消失。爪応えを失って、バランスを崩した裘雲(きゅううん)の体が、つんのめる。

 即座に展開した二振りのソードが、嵐のように裘雲(きゅううん)へと殺到。当の裘雲は、余裕顔のまま、閉じた扇子に雷をまとわせた。


 一閃。二閃、三、幾多。

 何度も何度も、ソードと扇子がぶつかり合う。そして、ロビィは驚愕した。


 宝君が、自身の剣閃と互角に渡り合えたことじゃない。繰り出される扇子の速度が、じわじわと増していることに慄いたのだ。


 この女はロビィを相手に、まるで子供と相撲をとるかのように手を抜いて、その結果のどに刃がかすることも、楽しんですらいた。


「凄い凄い。速い速い! ほら、もう限界? 頑張って」

「う、ううっ……!」

「頑張らないと、ふっ飛ぶわよ。そしたら潰れて死んじゃうわ!」


 バキン! 一瞬のこと、先の消耗も手伝って、ロビィのソードが跳ね上がった。

 ロビィが目を見開くのと、薄笑いの裘雲(きゅううん)が前蹴りを繰り出すのは同時だった。


「グッ!? ゲハッ──」


 ロビィの胸に、爪先が刺さる。

 吹っ飛びながらダメ元で"痛み"と"損傷"の切断を試みるロビィに、裘雲は無慈悲な扇子を向けた。


「吹っ飛ばされたら潰れて死ねよと、"雷槌(リェイチゥェイ)"。これにて終わり、いとあわれ」


 激突した街路樹の葉に埋もれ、うめくロビィをサンドする雷のシンバル。

 その轟音から、彼女の死を疑う者など、そうはいない。


 息をついて、口もとを拭う裘雲(きゅううん)へ、頭上から怒声が投げかけられた。


「こっちを見やがれ、このクソアマ!」

「ンン? ……えっ?」


 声のする方へ見上げると、裘雲は思わずヒッ、と声を上げた。

 雨雲のした、天高く。トルテが、ビーム足場に立っている。


 そして、彼女の背後には、無数のキャノン砲門が渦を巻くように浮いていた。

 距離があっても視界の端まで埋める、砲門の群れ。さながら、それは曼陀羅図のようでもあった。


「ロビィがボコられるのを、アタシが黙って見学してるとでも思ったかしら!? たった今、開発した新技よ! ありがた~く、喰らいなさい!」

「っ、"雷電咆哮(リェイヂェンパォシア)"ッ!」

「遅いわ、バカめ! "超即死・壊滅・滅殺"砲。全門掃射ッ!」


 極太な雷の巨龍と、ビーム砲弾の波濤が、まったく同時に撃ち出された。

 当然、ぶつかり合うことを見越して、裘雲(きゅううん)は龍に力を込める。


 しかし、


「広がれ!」

「な──何っ!?」


 まさに龍に衝突寸前、すべての砲弾が外へと弾けた。


 弾けたことで龍とすれ違う砲弾は、龍の尾の後ろでまた集まる。

 それはさながら砲弾が、龍を包む鳥カゴをえがく形での、軌道であった。


「見てくれの威圧に焦ったわね。哀れはテメェだ。名付けて、"拡散"ビーム・モーニングスター!」

「クッ!? "雷裘(リェイチォウ)"ッ」

「まあ、もっとも──」


 トルテの眼前で、龍のあぎとが巨きく開く。

 無数のビーム操作に集中するため、素早い防御がとれないのが、この戦法の欠点なのだ。


「い、イヤ……こ、こんなもの……!」


 広がった雷のバリアが、ビームの瀑布を受け止める。

 もはや扇子も維持できず、裘雲(きゅううん)は両手を突き出しバリアの威力を増加した。


「こ、こんなもの……こ、こんな……もの」


 両手の爪が割れ、手のひらが裂けて血が噴き出す。

 宝君の努力むなしく、ついに砲弾がバリアを突破した。


「がァあああああああ!」

「キャァアアアア……ッ!」


 巨龍の炸裂と、砲弾の殺到が一度に起きる。

 吹き荒れる風圧に暗雲は消し飛び、轟音と地鳴りが、辺りをしばらく支配した。


「──アグッ!」


 雷から解放されて、アスファルトへと、ぶつかるトルテ。

 生焼けの死に体だが、まだ闘志おとろえぬ目で、トルテは敵へとガンを飛ばす。


 そして、女王は小さくうめいた。


「……くそったれ」

「今、一歩、でしたわね……!」


 穹霆宝君(きゅうていほうくん)が、ほとんど裸で、立っていた。


 服はズタズタ。靴は失い、美しい肌のほとんどをススに塗れさせて、なお裘雲(きゅううん)は倒れない。

 対して、トルテは指一本も動かせない。勝負ありだ。


 裘雲(きゅううん)は静かに笑い、そして振り向きもせずに、静かに言ってのける。


「──"生命"断ち!」

「あなたもね。よく頑張ったわ。……"雷爪(リェイヂァオ)"」


 宝君の背後に迫り、今まさにソードを振りかぶったロビィ。その細い肩とわき腹に、雷の爪が突き刺さった。

 いよいよトルテは絶望した。2人は完全に敗北したのだ。


「油断したわね。扇子を失ったから、まさか好機とでも思わせちゃった?」

「……みたいね。どこからでも、関係なく生やせるとは思わなかった」

「先に死にたいなら、お望み通りに。"雷爪(リェイヂァオ)群襲(チュィンシィ)"、ギロチン処刑」


 追加でロビィの首と腰、腕と足にも沢山の爪が次々と刺さる。

 そして、無理に力を込める爪たちに絹ごと裂かれ、ロビィの肢体は引き千切られた。


 落下するロビィの肉片と一緒に、裸の宝君が崩れ落ちる。

 そして座ったままの姿勢で、もう動かないトルテへ手のひらを向けた。


 ──ドスッ。


「はい、終わり。串刺し処刑、"生命"断ちよ」

「……は?」


 重たい音を伴って、ビームの刃が裘雲(きゅううん)の胸を貫く。

 ゴフッ、と血をはき手で受け止める裘雲は、何が起きたのか分からないようだった。


 裘雲の背後に立つロビィは、まったくの無傷。

 すぐ足もとに転がる肉片など、まるで意に介してない。


「油断したわね。わたし達は、何度死のうとも、自分の好きな場所で、好きなように復活できるの」

「……あら、奇遇ね。キツネ七化け、タヌキは八化け、」

「させないわ。"魂"断ち」


 一気にソードが引き抜かれ、裘雲(きゅううん)の背中に斬撃がはしる。

 小さく悲鳴をあげた首に、ロビィがソードを振り抜いた。


「……斬首処刑」


 アスファルトの上で、ボトリと暗い音がした。


 マカロン諸島。

 クラッシュ・ソーダゼリー湾にて、アロハシャツのトルテが、歯を食い縛って雄叫びをあげる。


「く~や~し~い~。負けたわ! アタシたち、完っ璧に負けちゃった!」


 ロビィは答えずにサングラスをかけて、それから手もとの抹茶フロートに手を伸ばした。

 好みの羽織が見つからないので、今日はロビィもアロハシャツ姿。


「何なのよ、アイツ! タフすぎだわ。途中で気を失って、気づいたら死んでたから分からないけど、あれは負けたわよね完全」


 両手を握り、リベンジに燃えるトルテ。実は穹霆宝君は殺したし、もう復活することはないだろう、と説明なんかしたら何をされるか分かったもんじゃない。


 気まずさに何も喋れないロビィを乗せて、タルト客船はゆっくりとエメラルドの海を切り裂いた。


「見てなさいよ~! いつかアイツにも、ロビィにも、ビームの力で勝ってみせるんだから!」


 さて、時を進めて1年後。

 深夜、宝(まち)の鵺見通り。


 交差点の端に花束を置き、メイレンはひとり静かに手を合わせた。


(……)


 メイレンが見た時、確かに道路には首を落とした穹霆宝君の遺体があった。

 それが応援を呼んだ頃には、嘘のように遺体が消えていたので、彼女の証言は、まるで相手にされなかった。


 それからメイレンは、決意を新たに、丸々1年みっちり鍛えた。

 背も伸びて、槍も重くなり、少し性格も大人びてきた。


 今日は宝君が崩御あらせた、あの"天闘祭"の開催日。

 そんな事実など、メイレン以外の誰も知らない。だから、彼女は参加を決めた。


 誰に知らしめるわけもない、ただ宝君に捧げる礼に。

 あなたの加護などなくとも、皆たくましく生きていく。その決意を示す、卒業のために。


 祈りを済ませたメイレンは、槍を手に取り立ち上がった。


「さようなら、穹霆宝君。明日からは、もう来ません。勝っても負けても、あなたと訣別すると決めた──」

「あら、そうなの。寂しくなるわね」

「か、ら……。っ!」


 忘れるはずがない、穹霆宝君の声。

 あのとき確かに死んだはずの、宝の君。認めたくない思いを振り切るように、メイレンは背後を槍で斬りつけた。


「でも、丁度よかったわ。わたくしも、あなたに最後の用があったの」

「……!」


 あの日あのとき見たままの裘雲は、雷の十字ブレードを形成し、メイレンの一撃を難なく逸らす。

 その後も、メイレンが繰り出す槍の連撃を、裘雲はひらひらとつるぎを動かし、手玉にとった。


「なんで! ……なんで!」

「新技、サンダーブレードよ。似合うかしら?」

「う、わああああっ!」


 悔しい、悔しい。1年の特訓は、小さな人間の決意は、この女との差を少しも埋めてはいない。

 適当に編み出した技に、メイレン生誕18年が、次々と踏みにじられる。


 ついには槍を、つるぎの先でおさえつけられ、見覚えのあるアンクルブーツで、本当に踏みにじられてしまった。


「あっ──」

「ねえ、似合うかしら。彼女を忘れないために、靴を新調したのだけれど……フッ!」


 ──バキン。

 槍が折られる音と共に、メイレンの中の何かも折られた。彼女の心に眠る、決定的な何かが。


「あの後、いくら探しても居ないのよ。復活も遅れたお礼がしたいし、なのに彼女の情報がまるで無くて……」

「あ……あ、」

「あなた、何か知らないかしら?」


 メイレンの頭へと、かざされた手が、激しいスパークをまとい始める。

 脳神経とは電気信号。電気の活動形跡から、記憶すら読み取ることができるのだ。


「喋らなくていいわ、記憶を見るだけ。ケガだってさせないし、もし何かあっても治してあげる」

「……!」

「もちろん、完全完璧に。変なことはしないわ。だって、宝の君だもの」


 どこまでも生命をバカにした物言いに、メイレンは表情を失った。

 宝の君が離れると、娘はその場に崩れ落ちる。


「ありがとうね。さて、ムジナは九化け。水を盆に返すなど、造作もなきよう──」


 ロビィと言うのね。異世界? 面白いわ。

 何やら、ぶつぶつと呟き、逆立ちの襟足を揺らして去っていく宝君を見送り、メイレンはアスファルトにうずくまった。


 興味の持てない、ただの小娘。それが彼女のくだした、メイレンの最終評価。


「ああ、あ、わああ……! ああ、」


 メイレンは、衛兵職に就いてから初めて、声をあげて泣いた。

 悲鳴のように、子供のように。それは確かに絶叫だった。


「わ、ああ……あ~っ!」


 夜風が折られた槍を、優しく撫でる。

 彼女の神仙との本当の訣別は、そう遠くない日に、いつか来る。

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