ロビィと宝の君
「"世界の壁"を斬って、異世界へとやってきたわ。上手くいくものね」
「こら! 動くんじゃないある!」
葡萄酒と山吹色のサイドテール。そして柿色の羽織に膝丈スカート姿。
いつもの格好に加えて、今日のロブリンは、両手に鉄の手錠まで着けていた。
その背後から、お団子頭のデコ出し娘が槍を突きつけている。
ここは異世界、灼熱の宝都。
異なる世界といっても、景色はロビィの知るチャチャイ・アルナの街並みに似た感じだ。
そして、住民の姿もチャチャイやマカロン諸島に住まう人々と、さほど違うことはない。
お団子デコ出しカンフー娘──メェイ・リェンに向き直り、ロビィは両手を上げてお手上げのポーズをとった。
「それにしても、何の罪で? わたくし、ここでは何もしてないわ」
「うるさいっ。さっきは、それに加えて"まだ"と言っていただろう。大切な"天闘祭"の日に、みすみす騒ぎは起こさせないぞ!」
「天闘祭。へえ? やけに賑やかな街だと思ったけど、なるほど。何か催しがあるのね」
曰く、5000年前の宝都の地は、作物も育たぬ灼熱の干ばつ飢饉に苦しめられていた。
そこに顕れたる、雨と渦雲の神仙獣。神仙獣が戯れに降らした雨により、ひび割れた土地は潤いに満ち、人々が都を建てられるほどに豊かな土地と様変わった。
拝み、奉る人々に対し、神仙獣は言った。
──美と争いを好む渦雲。わたくしのために、美しい都を。
そして、絶え間なき、失うもの無き闘争を。
神仙獣曰く気紛れながらも、諧謔と慈愛に満ちた返答に、人々は満足し、おおいに応えた。
都はより美しく、より豊かに。人々は強く、健康な姿を。
結局のところ、神仙獣が求めたものは、宝都に住まう人々の、健全な幸せだったのだ。
それから宝都は毎年、強き者を集めた、健康を祝う武闘会を。人々は名もなき神仙獣に、名前を捧げて親しんだ。
いと尊きは、宝の君。
宝君は拓宙穹霆。渦雲神仙、雷獣なり。
「タコチュー? 可愛らしい名前ね」
「不敬! 串刺し刑にされたくないなら、撤回するある!」
『さあー! こんにちの天闘祭は、番狂わせだ! 前回優勝者のハン・フリーが早くも……』
メイレンが槍を突きつけるが、ロビィは盛り上がる街頭モニターの様子に、すっかり気をとられている。
「手応えがありそうね。ねえ、衛兵さん。今からでも、あれ参加できるかしら」
「職質なんだから、少しは萎縮するある! ワタシだって見に行きたいのに仕事だし、もう参加受付は終わってるね!」
どうやら一歩、遅かったらしい。残念だ。
ヒステリックに興奮するメイレンの背後、街頭ビジョンを眺めていると、映されたものにギョッとした。
『彗星のごとく現れた、強き外国人! 闘士リシュトルテは、どこまで快進撃を見せるのか~!』
『そりゃ、もちろん! 月まで、天まで、お城の最上階までよ! ロビィのバカに打ち勝つ日まで、ワタクシの爆進は止まりませんわ~!』
オーホッホッホ! と、モニターからカラッとした馬鹿笑いが響き渡る。
武闘会場にいるのは、伸ばし放題の赤マゼンタ髪、その両わきを飾る長いリボン、身を包む縞模様のドレスがトレードマークの、バカの女王リシュトルテだ。
「何をしてるのかしら、あのバカ女王バカは……というか、何で居るのよ」
「少し前に、不法入国で捕らえたある。何でも"異世界飛ばし"ビームの誤発射とかで……怪しいところも無かったから3日で釈放したあるね」
しばらく見ないと思ったが、いろいろ冒険があったようだ。
3000年ぐらいは捕まえておいた方がいい、と言おうか迷ったが、迷惑がかかるのは"この世界"の方なので、ロビィは思いとどまった。
「何も異世界でまで出くわすことないじゃない。そういうワケだから衛兵さん、ちょっと行ってくるわね。すぐ戻るわ」
「待つある待つある。自分の立場は分かってるあるか? 職質から身分不詳、住所不定の26さい無職と、ずっと怪しいあるね。オマエ」
さて、会場では先の熱狂が嘘のように、満員の観客が静まり返り、今はただ不穏なざわつき声が、まばらに立ち上るばかりだった。
「お、おい。どうなってるんだ? 闘士リシュトルテは、どこへ?」
「わけ分かんないですよ! 急に『ロビィの気配を感じましたわ!』とか言って、出ていっちゃって……」
「ロビィって人……実在してたのか。それとも、うまく勝ち進み過ぎて、頭がおかしくなったのかな?」
闘志たちの控え室の前で、スタッフが頭を抱えて話し合っている。
そこへ、葡萄色の髪に襟足をV字に逆立てた、身なりのいい貴人ふうの美女が、扇子で口もとを隠しながら、たずねてきた。
「おや、リシュトルテ様は? どうしたと言うのでしょう」
「と、闘士裘雲。それが、突然いなくなって……」
「申し訳ありませんが、このまま戻ってこなければ、辞退扱いで不戦勝ということになるかも……」
裘雲と呼ばれた美女は、わざとらしく肩をすくめてみせる。
細い肩をしているが、この闘士もリシュトルテと同じく突如現れ、並みいる強豪を、みな一撃で倒してきたのだ。
人格も、強さの底も分からない。怒らせたら何をしでかすか知れぬ者の相手は、このような美女であっても、猛獣の前に放り出された気分に思えた。
そんな恐怖を知ってか、知らずか。逆立つ髪を、寝かせた耳のように揺らし、裘雲が言う。
「それは困りましたわね。不戦勝の優勝者……かような片手落ちの決着。宝君も、お嘆きになることでしょう」
「お、おっしゃる通りです。では、このまま限界まで待つことに──」
「わたくし、棄権いたします。リシュトルテ様も戻らなければ、決勝はハン様とトシロー様で、もう一度」
スタッフたちは揃って、えっ、と顔を見合わせた。
「では」話は終わったとばかりに立ち去ろうとする美女を、慌ててスタッフたちが呼び止める。
「何です? 両者、死んではいないはずでしょう」
「で、ですが闘志トシローは、ついさっき心肺停止状態から甦ったばかり……じゃなくて!」
慌てる凡人たちを気にもとめず、美女は会場と逆方向に歩いていく。
まさか本当に、この女は帰るつもりか。裘雲は扇子を閉じ、愉悦の微笑を浮かべて振り向いた。
「不戦勝は恐ろしいので、わたくしは無かったことにします。わたくしは今日、この会場に来なかった。だって、宝君の怒りを買うなどと、恐ろしいと思うのは当然の思考でしょう?」
今度こそ、裘雲の「では」を止めるものは出なかった。
それから少しの審議後、今年の武闘会は苦渋の"優勝者なし"という結果に終わり、会場は盛大なブーイングに包まれることになる……が、それはまた別の話。
「へブ────っ!?」
ひと気の少ない、鵺見通り交差点付近。
かたいアスファルトの道路の上に、トルテは容赦なく叩きつけられた。
「や、やるわね。さすが我が終生のライバル」
「丁度よかったわ。異世界で死んだら、そのままリポップできるのか気になってたから。でも自分で試して、復活できなかったら困るじゃない?」
「待つある~! ていうか、手錠どうやって壊したあるか~!? はぁ、はぁ……」
続いてロビィが降り立ち、遅れてメイレンがヘトヘトで近付いてくる。
無表情でビームソードを抜き放つロビィに、ビビって鼻血を吹き出すトルテ。
「まあ待ちなさいよ。せっかく異世界でも偶然、会えたのよ。そう決着を急がなくても」
「そうね。再会を祝して、一撃で終わらせましょう。わたくしの観光も安泰に──」
ロビィは突然、言葉を切って、へたり込んだメイレンに駆け寄った。
トルテも一瞬でふにゃふにゃ顔を引き締めて、咄嗟に片膝つきで身を起こす。
「仙龍寄譚"雷電咆哮"」
その直後、雷霆が3人を飲み込んだ。
「な、ななな!? 何あるか何あるか何あるか~!?」
「動かないで! わたくしから離れたら死ぬわよ!」
「グアッ──何よ、この威力! "絶対防御"ビームが破られる……!?」
雷が渦を巻き、とぐろにうねる龍となる。
龍の雄叫びが轟きを呼び、空に暗雲が立ち込めた。
メイレンをかばい"雷"を斬りまくるロビィも、ビーム・バリアを展開したトルテも必死に、襲いくる雷龍に対抗する。
しかし、いつまでも視界すべてを覆う雷に、2人の精神は限界を迎えそうだ。
「らちが明かないわ! バリアごと、コイツをフッ飛ばす!」
「やめなさい! 明らかに指向性を持っている。一瞬で雷が戻ってきて、あなたが死ぬだけよ!」
「じゃあ、アンタがトドメを刺しなさいよ! どのみち、ジリ貧で全滅するわ!」
ドーム状のバリア内で、トルテが2丁のビームマグナムを、両手に取り出す。
ロビィは今、振り抜いたソードから片手を放し、あいた手のひらにビームを伸ばした。
「ワタクシに合わせなさい! "膨張・破裂"ツイン・ビーム!」
二筋の閃光がバリアを貫き、即座にドーム壁が膨れあがる。
そして、ヒビ割れた壁が砕け散る瞬間、破片と共に一瞬、雷龍が千切れ飛んだ。
反動に後ずさるトルテの前に、ロビィがソードを交差させ、ズイと出る。
「"斬・断"ビーム・ソード。二刀流!」
轟きと共に龍の欠片が集まり、音よりも速く、3人めがけて殺到する。
しかし柿色羽織の裾がひらめき、押し寄せる雷片を、ビームソードが切り裂いた。
「"雷龍"無双ぎ──」
「まだよ。"雷槍"」
「!? しまっ、」
着地し、ゼイゼイとあえぐロビィ。その背中に雷の槍が迫る。
当然、ロビィは振り向こうとするが、直前まで無茶な速度で動いたために、体が言うことをきかない。
「舐めるなあっ。"超絶縁"ビーム!」
間一髪、マグナムから放たれたエネルギー・ビームが、雷の槍を撃ち砕いた。
2人が速やかにメイレンに寄り集まると、街路樹の木陰から微笑の美女が抜け出てくる。
「凄いわね。今のを生き残っちゃうなんて……いいわ、あなた達。期待以上よ」
「あなたは何者? 誰を狙っての狼藉かしら」
「あら? 名乗らなかったっけ。これは、とんだご無礼を……。わたくし、姓は裘雲、名は貂──」
裘雲と名乗った女は、わざとらしいほどに、うやうやしく御辞儀をしてみせた。
そして裘雲が顔を上げると、その笑顔を見たメイレンが、何故か泣きそうな声を出す。
「あざなを穹霆と申しまする」
「……きゅ、穹霆宝君!?」
いよいよメイレンは泣き出した。娘の見開いた両目から、とめどなく涙が溢れてくる。
ロビィは尚更ムッとして、メイレンをかばうように前に出た。
「それで? わざわざ宝の君さまがいらっしゃったのは、この子を傷つけるためかしら」
「いいえ、ただの巻き添え。とるに足らない、凡人よ。その子を守ってくれて、ありがとね。嬉しいわ」
「ほ、宝君……?」
満面の笑みを向ける裘雲に、メイレンは立ち上がれもせずに声を漏らす。
当然だ。どう見たって、先の雷龍は巻き添えを気にした威力じゃなかった。
泣き止まぬメイレンから離れ、裘雲へと2人が歩き出す。
裘雲は閉じた扇子を口もとにやり、間に合わずに笑いを吹き出した。
「フフ! なあに。虫が揃って、騎士の真似事? 蛮勇も過ぎれば、滑稽よ。面白いわ、あなた達! あっはははは……」
笑いが終わるのも待たず、2人が同時に姿を消した。次の瞬間、裘雲の片手と扇子が、ソードとキャノンを受け止める。
「あなたを許さないわ。裘雲貂!」
「このワタクシを侮った罪! 死で償え~!」
「躍れ、躍れ、戦士たち。躍って狂って、怒り狂え。アッハハハハ!」
狂笑と共に弾き返された2人が、ほとんど着地と同時に突撃する。裘雲は、わざと扇子をメイレンへ向けた。
「ほぉら、死んじゃうわよ~!」
「なっ……やめなさい!」
「"雷槍"」
無慈悲に放たれた雷の槍が、神速でメイレンへと迫る。どうにか追いつき槍を破壊するロビィ、急な方向転換に体が軋む。
「ぐ……! う、くっ」
「アッハハハハ! 凄い凄い! 頑張れ、頑張──おおっ!?」
「テメッ、アタシを無視するな~!」
苦しむロビィとは反対に、突き出されたキャノンの砲口を手で受け、嘲笑顔の裘雲。
それをトルテが胸ぐら掴んで、どこかへ引きずろうと駆け出した。
「おおっ? 強引ね。まったく、楽しいわ! アハハハハハ……!」
ぽつぽつ、ぽつぽつ。
いつの間にか雨が降りだし、立てないメイレンをひた濡らす。
ロビィは羽織の"濡れ"を断って、脱いだ羽織をメイレンに被せた。
「……」
「それ、もう濡れないから返さないで洗わず捨てて。それから、心中察するわ。でも、動けるなら早めに、安全なところに避難してくれると助かります」
「……」
袖無しの着物姿で、ロビィが戦場へ駆けていく。
ぱちゃぱちゃとした水音を、顔も上げないまま、メイレンは無言で見送った。
「……宝、君」
いと尊き、慈愛の神仙。
彼女に報いるために生きてきた。授業で教わった、神への恩返しに、人を守る兵を目指した。
『とるに足らない、凡人よ』
なのに、当の宝君にとってはメイレンなど、何の価値もなかった。
気にするでもない、誰を守ろうが関係無い。
だって宝君にとっては、守る者も、守られる人々すらも。考慮する必要のない、見る価値もない石と同じ。
それを理解したために、メイレンは動けなくなったのだ。
「わたし、達は……あなたにとって──何なのですか。穹霆宝君……?」
その頃、天闘祭会場。
観客たちは、突然の原因不明の土砂降りに閉じ込められていた。
「何なんだ、この雨は……! 宝君の慟哭か!?」
もちろん、そんなはずもない。神のみ心、人知らず。
穹霆宝君は、笑っていた。久しく出会わない強者との闘争に、血わき雲おどる、愉悦の雨だ。
「キャッハハハ……! 衝動、衝突、浮き世の華よ。闘争、暴力、ぶつかり合い。唯これだけが、この世にあって、満漢万雷、愉しいわ!」
「うるさい、死ねっ! 死の"壊滅・即死"ビーム!」
「あら、なあに?」
ズアボッ! 壊滅的な音を立てて、キャノン砲から改良版・極太即死光が放たれる。
しかし、トルテ最新にして最高威力の技をもってしても、宝君は笑って片手で止める。そして、一息に握り潰した。
「何これ? 真面目にやってほしいわね」
「──じゃあ、望み通りに」
あら、と声を上げる間もなく剣閃が、一つ二つ三つ振り、はしる。
当然、どれも首や手足の腱を狙ったものだが、当たり前のように宝君は笑顔で受け止めた。
食い止められたソードが、雷の爪に掴まれる。
「クッ!」
「"雷爪"。ねえ、あなた。いつになったら本気を見せてくれるのかしら」
「何ですって」
「聞こえなかった? 早く、本気を、出せ。クックックック……」
ビームソードが瞬時に消失。爪応えを失って、バランスを崩した裘雲の体が、つんのめる。
即座に展開した二振りのソードが、嵐のように裘雲へと殺到。当の裘雲は、余裕顔のまま、閉じた扇子に雷をまとわせた。
一閃。二閃、三、幾多。
何度も何度も、ソードと扇子がぶつかり合う。そして、ロビィは驚愕した。
宝君が、自身の剣閃と互角に渡り合えたことじゃない。繰り出される扇子の速度が、じわじわと増していることに慄いたのだ。
この女はロビィを相手に、まるで子供と相撲をとるかのように手を抜いて、その結果のどに刃がかすることも、楽しんですらいた。
「凄い凄い。速い速い! ほら、もう限界? 頑張って」
「う、ううっ……!」
「頑張らないと、ふっ飛ぶわよ。そしたら潰れて死んじゃうわ!」
バキン! 一瞬のこと、先の消耗も手伝って、ロビィのソードが跳ね上がった。
ロビィが目を見開くのと、薄笑いの裘雲が前蹴りを繰り出すのは同時だった。
「グッ!? ゲハッ──」
ロビィの胸に、爪先が刺さる。
吹っ飛びながらダメ元で"痛み"と"損傷"の切断を試みるロビィに、裘雲は無慈悲な扇子を向けた。
「吹っ飛ばされたら潰れて死ねよと、"雷槌"。これにて終わり、いとあわれ」
激突した街路樹の葉に埋もれ、うめくロビィをサンドする雷のシンバル。
その轟音から、彼女の死を疑う者など、そうはいない。
息をついて、口もとを拭う裘雲へ、頭上から怒声が投げかけられた。
「こっちを見やがれ、このクソアマ!」
「ンン? ……えっ?」
声のする方へ見上げると、裘雲は思わずヒッ、と声を上げた。
雨雲のした、天高く。トルテが、ビーム足場に立っている。
そして、彼女の背後には、無数のキャノン砲門が渦を巻くように浮いていた。
距離があっても視界の端まで埋める、砲門の群れ。さながら、それは曼陀羅図のようでもあった。
「ロビィがボコられるのを、アタシが黙って見学してるとでも思ったかしら!? たった今、開発した新技よ! ありがた~く、喰らいなさい!」
「っ、"雷電咆哮"ッ!」
「遅いわ、バカめ! "超即死・壊滅・滅殺"砲。全門掃射ッ!」
極太な雷の巨龍と、ビーム砲弾の波濤が、まったく同時に撃ち出された。
当然、ぶつかり合うことを見越して、裘雲は龍に力を込める。
しかし、
「広がれ!」
「な──何っ!?」
まさに龍に衝突寸前、すべての砲弾が外へと弾けた。
弾けたことで龍とすれ違う砲弾は、龍の尾の後ろでまた集まる。
それはさながら砲弾が、龍を包む鳥カゴをえがく形での、軌道であった。
「見てくれの威圧に焦ったわね。哀れはテメェだ。名付けて、"拡散"ビーム・モーニングスター!」
「クッ!? "雷裘"ッ」
「まあ、もっとも──」
トルテの眼前で、龍のあぎとが巨きく開く。
無数のビーム操作に集中するため、素早い防御がとれないのが、この戦法の欠点なのだ。
「い、イヤ……こ、こんなもの……!」
広がった雷のバリアが、ビームの瀑布を受け止める。
もはや扇子も維持できず、裘雲は両手を突き出しバリアの威力を増加した。
「こ、こんなもの……こ、こんな……もの」
両手の爪が割れ、手のひらが裂けて血が噴き出す。
宝君の努力むなしく、ついに砲弾がバリアを突破した。
「がァあああああああ!」
「キャァアアアア……ッ!」
巨龍の炸裂と、砲弾の殺到が一度に起きる。
吹き荒れる風圧に暗雲は消し飛び、轟音と地鳴りが、辺りをしばらく支配した。
「──アグッ!」
雷から解放されて、アスファルトへと、ぶつかるトルテ。
生焼けの死に体だが、まだ闘志おとろえぬ目で、トルテは敵へとガンを飛ばす。
そして、女王は小さくうめいた。
「……くそったれ」
「今、一歩、でしたわね……!」
穹霆宝君が、ほとんど裸で、立っていた。
服はズタズタ。靴は失い、美しい肌のほとんどをススに塗れさせて、なお裘雲は倒れない。
対して、トルテは指一本も動かせない。勝負ありだ。
裘雲は静かに笑い、そして振り向きもせずに、静かに言ってのける。
「──"生命"断ち!」
「あなたもね。よく頑張ったわ。……"雷爪"」
宝君の背後に迫り、今まさにソードを振りかぶったロビィ。その細い肩とわき腹に、雷の爪が突き刺さった。
いよいよトルテは絶望した。2人は完全に敗北したのだ。
「油断したわね。扇子を失ったから、まさか好機とでも思わせちゃった?」
「……みたいね。どこからでも、関係なく生やせるとは思わなかった」
「先に死にたいなら、お望み通りに。"雷爪群襲"、ギロチン処刑」
追加でロビィの首と腰、腕と足にも沢山の爪が次々と刺さる。
そして、無理に力を込める爪たちに絹ごと裂かれ、ロビィの肢体は引き千切られた。
落下するロビィの肉片と一緒に、裸の宝君が崩れ落ちる。
そして座ったままの姿勢で、もう動かないトルテへ手のひらを向けた。
──ドスッ。
「はい、終わり。串刺し処刑、"生命"断ちよ」
「……は?」
重たい音を伴って、ビームの刃が裘雲の胸を貫く。
ゴフッ、と血をはき手で受け止める裘雲は、何が起きたのか分からないようだった。
裘雲の背後に立つロビィは、まったくの無傷。
すぐ足もとに転がる肉片など、まるで意に介してない。
「油断したわね。わたし達は、何度死のうとも、自分の好きな場所で、好きなように復活できるの」
「……あら、奇遇ね。キツネ七化け、タヌキは八化け、」
「させないわ。"魂"断ち」
一気にソードが引き抜かれ、裘雲の背中に斬撃がはしる。
小さく悲鳴をあげた首に、ロビィがソードを振り抜いた。
「……斬首処刑」
アスファルトの上で、ボトリと暗い音がした。
マカロン諸島。
クラッシュ・ソーダゼリー湾にて、アロハシャツのトルテが、歯を食い縛って雄叫びをあげる。
「く~や~し~い~。負けたわ! アタシたち、完っ璧に負けちゃった!」
ロビィは答えずにサングラスをかけて、それから手もとの抹茶フロートに手を伸ばした。
好みの羽織が見つからないので、今日はロビィもアロハシャツ姿。
「何なのよ、アイツ! タフすぎだわ。途中で気を失って、気づいたら死んでたから分からないけど、あれは負けたわよね完全」
両手を握り、リベンジに燃えるトルテ。実は穹霆宝君は殺したし、もう復活することはないだろう、と説明なんかしたら何をされるか分かったもんじゃない。
気まずさに何も喋れないロビィを乗せて、タルト客船はゆっくりとエメラルドの海を切り裂いた。
「見てなさいよ~! いつかアイツにも、ロビィにも、ビームの力で勝ってみせるんだから!」
さて、時を進めて1年後。
深夜、宝都の鵺見通り。
交差点の端に花束を置き、メイレンはひとり静かに手を合わせた。
(……)
メイレンが見た時、確かに道路には首を落とした穹霆宝君の遺体があった。
それが応援を呼んだ頃には、嘘のように遺体が消えていたので、彼女の証言は、まるで相手にされなかった。
それからメイレンは、決意を新たに、丸々1年みっちり鍛えた。
背も伸びて、槍も重くなり、少し性格も大人びてきた。
今日は宝君が崩御あらせた、あの"天闘祭"の開催日。
そんな事実など、メイレン以外の誰も知らない。だから、彼女は参加を決めた。
誰に知らしめるわけもない、ただ宝君に捧げる礼に。
あなたの加護などなくとも、皆たくましく生きていく。その決意を示す、卒業のために。
祈りを済ませたメイレンは、槍を手に取り立ち上がった。
「さようなら、穹霆宝君。明日からは、もう来ません。勝っても負けても、あなたと訣別すると決めた──」
「あら、そうなの。寂しくなるわね」
「か、ら……。っ!」
忘れるはずがない、穹霆宝君の声。
あのとき確かに死んだはずの、宝の君。認めたくない思いを振り切るように、メイレンは背後を槍で斬りつけた。
「でも、丁度よかったわ。わたくしも、あなたに最後の用があったの」
「……!」
あの日あのとき見たままの裘雲は、雷の十字ブレードを形成し、メイレンの一撃を難なく逸らす。
その後も、メイレンが繰り出す槍の連撃を、裘雲はひらひらとつるぎを動かし、手玉にとった。
「なんで! ……なんで!」
「新技、サンダーブレードよ。似合うかしら?」
「う、わああああっ!」
悔しい、悔しい。1年の特訓は、小さな人間の決意は、この女との差を少しも埋めてはいない。
適当に編み出した技に、メイレン生誕18年が、次々と踏みにじられる。
ついには槍を、つるぎの先でおさえつけられ、見覚えのあるアンクルブーツで、本当に踏みにじられてしまった。
「あっ──」
「ねえ、似合うかしら。彼女を忘れないために、靴を新調したのだけれど……フッ!」
──バキン。
槍が折られる音と共に、メイレンの中の何かも折られた。彼女の心に眠る、決定的な何かが。
「あの後、いくら探しても居ないのよ。復活も遅れたお礼がしたいし、なのに彼女の情報がまるで無くて……」
「あ……あ、」
「あなた、何か知らないかしら?」
メイレンの頭へと、かざされた手が、激しいスパークをまとい始める。
脳神経とは電気信号。電気の活動形跡から、記憶すら読み取ることができるのだ。
「喋らなくていいわ、記憶を見るだけ。ケガだってさせないし、もし何かあっても治してあげる」
「……!」
「もちろん、完全完璧に。変なことはしないわ。だって、宝の君だもの」
どこまでも生命をバカにした物言いに、メイレンは表情を失った。
宝の君が離れると、娘はその場に崩れ落ちる。
「ありがとうね。さて、ムジナは九化け。水を盆に返すなど、造作もなきよう──」
ロビィと言うのね。異世界? 面白いわ。
何やら、ぶつぶつと呟き、逆立ちの襟足を揺らして去っていく宝君を見送り、メイレンはアスファルトにうずくまった。
興味の持てない、ただの小娘。それが彼女のくだした、メイレンの最終評価。
「ああ、あ、わああ……! ああ、」
メイレンは、衛兵職に就いてから初めて、声をあげて泣いた。
悲鳴のように、子供のように。それは確かに絶叫だった。
「わ、ああ……あ~っ!」
夜風が折られた槍を、優しく撫でる。
彼女の神仙との本当の訣別は、そう遠くない日に、いつか来る。