表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪辣の魔法使い  作者: 吉岡果音
9/37

第9話 帽子収集家

「俺も、情報を得たぞ!」


 おはよう、より先に出た旅人アルーンの第一声。

 食堂のいくつか並べられたテーブルの一角、そこに腰かけながらアルーンは、魔法使いレイオルと小鬼のレイを目掛け、満面の笑顔で手を振っている。


「早いな。しかももう飯を食ったのか」


 魔法使いレイオルは、自分の分の朝食の乗ったトレイを、アルーンの座席の前に置いた。


「おはようございます、アルーンさん」


 レイオルの隣にちょこんと座る小鬼のレイ。この宿は好きな料理を小皿に自分で盛るという朝食スタイルで、レイのトレイは、レイオルのあっさりとした朝食より量は少ないが、彩り豊かだった。特にデザート系が多い。


「レイは、ずっと帽子をかぶってるな。朝からかよ」


 アルーンは食後のお茶をすすりつつ、レイの頭を見やる。


 し、しまった。角隠しの帽子、不自然かな。


 内心どきどきするレイ。帽子の中には三本の小さな角が隠れている。


「こいつは、帽子収集家なのだ」


 帽子、収集家、とな……!?


 レイオルが無理めな言い訳をする。レイの笑顔が引きつっていた。


「ふうん。その帽子、かわいいからいいよな。似合うよ」


 今の説明で納得してる……!


 アルーンはレイオルの嘘に疑問を持たなかったようだ。その驚きに気を取られ、褒められたことへの喜びがすっかりかすむ。


「そういや、レイオルとレイは一緒に旅をしているようだが、まさか帽子集めの旅なんじゃないだろうな?」


 帽子集めの旅……!? そんな人間、いる!?


「そんなところだ」


 否定しない!?


 アルーンの問いとレイオルの適当な返事、レイの心の中のざわめきが止まらない。


「二人、名前が似てるけど兄弟……、じゃないよな?」


 青系統の髪と瞳の色をしたレイオル、かたや緑系の色合いの髪と瞳のレイ、そして鋭い顔立ちのレイオルと柔和な顔つきのレイ、はた目からはちょっと家族というようには見えない。二人の外見の相違には触れないが、アルーンは二人の関係性を尋ねる。


「帽子集めの師匠と弟子だ」


 レイオルの返事に、レイはテーブルの角に頭をぶつけそうになる。(かど)(つの)がぶつかるところだった。


「ふうん。もしかしたら魔法使いの師弟関係と思ったが、帽子かあ」


「帽子だ」


 レイオルは、旅を「帽子」設定で推し進めることに決めたようだ。




「それで、情報とは?」


 箸を進めながら、レイオルが尋ねる。昨晩の白い蝶の報告を話すより先に、アルーンの得たという情報を訊くことにしたようだ。


「食堂のおかみさんと話したんだ。宿屋の人の話を聞くために、俺は朝一番に食堂に来たんだ。それで、色々昨日の一家と少女のことを訊き出した」


 アルーンの話に、レイオルとレイは耳を傾けた。

 あの男たちの家は、昔からの富豪であるということ。人に金を貸したり、土地を貸したりしているらしい。昔から、といっても名だたる名家とか町の権力者とかいうわけでもなく、ある時代から急に栄え出し、いつの間にか広大な土地も所有するようになったとのことだった。

 そして、噂だが、と前置きがついての話だけれど、その家が発展していったのは、一人の少女がその家に住むようになってからだ、とのこと――。

 その家の者たちは少女を「娘だ」、「孫」だ、などとそのときどきに周囲に説明しているが、外に出すことは一切せず、家に閉じ込めるようにしているらしいとのこと。

 そして、信じられない話だが――、代々どう見ても、その家には同じ「少女」がいるということ。

 それから一族の者はその家、またその家の離れやすぐ近くに住み、皆そこから離れないのだという。

 男なら嫁を迎え、女なら婿をとる。新しくあの家に入った人たちは、なぜか口を閉ざし、自分たちの所有する土地の中で生活をする。

 

「まるでその『謎の少女』から離れないようにしているみたいだ」


 町の人は、皆あそこの家はおかしい、と感じている。法に触れない程度のあくどいことも平気でやっているらしい。あの家のやり口に、泣かされたという家族の話も耳にする。あの少女はもしかしたらあの家にとりつく妖怪じゃないか、などと噂する声も少なくない。

 皆、あの家を不気味に思い、ほとんどの者が距離を置いている――、そんな話を一気に説明した。


「話好きのおかみさんで助かったよ。それで、レイオル。お前の情報とやらはなんだ?」


 アルーンが尋ねる番だった。


「あの少女は、やはり、ここから少し離れた森に棲む精霊だった」


 レイオルは、昨晩、少女が白い蝶の姿となって訪ねてきたことを打ち明けた。


「特殊な力を持って生まれてくる者は、いつの時代も一定数いる。まあ、私もそうなのだが。その家には昔、特殊な力を持つ男がいた――」


 特殊な力を持つ男……?


 それからレイオルは、精霊の過去について語り出した――。




 光だった。

 たぶん、決まった姿はない。

 川面の上を飛び、木の枝に座る。

 動物や植物たちと自由に暮らす、精霊だった。


「ピィーッ!」


 一頭の鹿が、鋭い鳴き声を放って駆け出した。鹿は、緑奥深くへと逃げていった。


 臭いがする。


 獣ではないと思った。なにか、生き物が近付いてくる。

 嫌な臭いだ、と思った。鹿の逃げたほうへ、移動しようと思った。


「見つけたぞ……! こいつは、きっといいものになる……!」


 生き物が叫ぶ。人間の男だ。

 そして、光るものを向けられた。あとでわかったのだが、それは鏡というものだった。

 それからなにか呪文、というものを唱えられた。


 吸い込まれる……!


 あっという間だった。「鏡」の中に閉じ込められた。


 助けて……!


 人間の「家」というところに置かれた。

 精霊の神秘の力を、男の求める方向性に固めるため、重ねられる儀式と時間。必要な力と時が満ちたとき、男の術が結実し、鏡の中から引きずり出される。

 

「これは……」


 人間の姿になっていた。少女の姿。


「お前は、私に富を引き寄せる人形として生まれ変わったのだ。お前は未来永劫、私、そして私の子孫に富をもたらし続ける――!」


 男とその家の者たちは、それからずっと、高貴な人間に対するように、ご馳走や飲み物、豪華な食事を提供し続けた。美しい着物や装飾品も身につけさせられた。

 富の願いへの対価らしい。


 いらない。


 そこからは見えない森を、見つめ続けた。輝く緑を、かぐわしい風を、ただ心の中に描き続けていた。

 時は流れ、男は老い、そして死んだ。しかしそのあとも、ずっと少女の姿のまま、家に縛られ続けていた。ずっと、ずっとだった。


 帰りたい……。


 未来永劫、と男は言ったが、永遠に変わらぬものなどない。

 男の術は、次第に薄れ解けていくのを感じていた。

 光が見えた。

 不思議な力の人間と、人間でない者。ふたつの存在が近付いてくるのがわかった。


 逃げ出そう……! 彼らなら、きっと完全に断ち切ってくれる……!


 魔法使いと小鬼。この町へ、辿り着こうとしていた。

 少女は、扉へと向かう。

 自分が、もう外に出られることに気付いた――。




「ここか。精霊の閉じ込められているという、屋敷は」 


 門の外、アルーンが呟く。

 うっそうとした緑に包まれているが、宿屋の食堂のおかみさんの証言通り、その奥にはきっといくつもの邸宅があるに違いない。


「で、ここからどうするんだ?」


 アルーンがレイオルに尋ねる。食堂での打ち合わせでは、


「別に怒鳴り込むわけでも、忍び込むわけでもない。門の前に行けたら、充分だ」


 と、レイオルは言っていた。「少女救出作戦」と言っていたが、実は作戦もいらないのだという。

 ただひとつ、レイオルはアルーンに食堂で尋ねていた。


「食堂のおかみさん、いい感じのひとか?」


「あ?」


 変な質問だった。


「善人だと、思うか?」


「あ、ああ」


「お前の目から見て?」


「ああ。別に――、話しやすかったし、親切に色々話してくれた。昨日の町での騒動も、おかみさんの家族がその場にいたらしく知ってて、あのとき叫んだ旅人っていうのが実は俺なんだって打ち明けたら、感心してた」


「うん。わかった」


 レイオルはうなずくと、調理場のほうへ向かった。そして、例のおかみさんとなにか話し込んでいた――。


「私は、善人かどうかの判断には自信がない。私は悪人、しかも人間から外れかかっているからな」

 

 おかみさんとやり取りを澄ませたレイオルは、アルーンに向かってそのように述べた。


「なんのこっちゃ」


 それがアルーンの返答だった。


 で。レイオル。どうする気なんだろう。


 門の前に立つ、レイオルとアルーンとレイ。

 レイオルは、懐の中から小さななにかを取り出した。


 え。


 光る小さななにか。レイオルは門、屋敷に向かってそれをかざす。


「鎖が解けし森の精霊よ。今開きし光の道……! もとある力を取り戻し、光の道を突き進み、我のもとへと参られよ」


 あ、それは――。


 レイは目を見開く。レイオルがかざしているのは、小さな手鏡だった。

 次の瞬間。屋敷から一筋の光が伸びてきて――、レイオルの手の中、手鏡の中に入っていくよう、そんなふうに見えた。


 なにか、入っちゃった……!


 レイオルは、いったん手鏡を下に向けた。それからもう一度、屋敷に向ける。なにやら小声で呪文らしきことを呟く。

 それから、


「これで、終了」


 レイオルは、ニヤリと笑みを浮かべた。


「えええーっ!?」


 アルーンとレイは思わず同時に叫んでしまっていた。




 手鏡は、食堂のおかみさんのものだったという。

 レイオルが代わりとなる小さな宝石をおかみさんに贈り、譲ってもらったのだ。

 アルーンの証言通り、おかみさんはよいひとで、


「古いし安物の鏡よ。宝石なんて高価なもの、とんでもない!」


 と、自分の手鏡を無償でレイオルにあげようとしてくれたらしいが、


「対価があることで、鏡の持つ重要性が高まり、術の効果が上がるのです」


 レイオルは鏡をなにに使う気か説明はせず、ただ自分が魔法使いであること、女性の持つ鏡が今使いたい魔法に必要なのだと訴えかけていた。


「鏡を使った術を解くため、あえて鏡を使った。男の術者に対し、普通の女性。私欲にまみれた術者に対して、欲の少ない善意ある女性。対になる要素も、私の魔法の中では大きな意味を持つ」 


 レイは、まじまじとレイオルの手鏡を覗き込む。


「こ、この中にあの女の子が――」


「もう、女の子じゃないけどな」


 人間ではない小鬼のレイも、信じられない、と息をのむ。


「ところで、どうなるんだろう。屋敷の連中。少女がいないことに気付いたら――」


 アルーンが、尋ねる。屋敷の連中が慌てて飛び出し、こちらに気付いてなにか騒ぎ立てたとして、別にどうということはないが、と付け加えつつ。アルーンとしては、あんな連中が逆上して来ようがなにしようが一向に構わないが、純粋な疑問として気になったらしい。


「さっき、精霊を鏡に招き入れたあと、いったん下に向けてからもう一度鏡を屋敷に向けただろう? あのとき、術を施した」


「えっ、どんな?」


 びっくりしてレイが尋ねる。


「少女の幻影を送った。そして幻影が家人全員の脳裏に語り掛けるようにした。『時が経ち、私の役目は終わった。これからは、自分たちの力で財を成せ。富を得て、今までよい暮らしができた恩返しに、今度は人を助けよ。そうすればますます豊かになるだろう。逆に欲にまみれ恩を忘れて過ごせば――、たちまち家は傾き、衰退の一途を辿るであろう』」


 レイオルの説明に、今度はアルーンが驚いた声を上げる。


「どんな脅しをかけたのかと思えば――。まっとうなこと、言うんだな。あんた」


「一応、まだ人間だからな」


「お前のもとにいい帽子、きっと集まるよ」


「え? 帽子が、なんだって?」


 レイオルは、自分の作った「帽子収集家」設定を、すっかり忘れているようだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ