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悪辣の魔法使い  作者: 吉岡果音
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第1話 小鬼、運が悪すぎる

 眠るしか、なかった。

 狭い空間に、長い歳月閉じ込められていたから。


 永遠に、このままなのだろうか。


 眠ったり、ひとり呟いたり、また眠ったり。世界のすべては、小さな壺の中。


 えい。


 横たわったまま、いたずらに伸ばした手のひらから、光を発した。


 確か。こんなだったよな、外の世界って。

 

 光は広がり、映像に変わっていた。それは、その目で確かに見ていた、風景。

 緑の向こうの高い青空。流れゆく雲。足元に咲く、小さな花々も付け足してみる。


 懐かしいな。ああ、大好きな、俺の森――。


 深いため息。自分はまた、外に出られる日が来るのだろうか、と。

 

 俺は、人間の魔法で壺に封印された、小鬼。


 今現在は人の手に納まる小瓶に入るくらいの小ささだが、本来の姿は、人間の少年の大きさ、少年の姿だった。小鬼の種族としても、親から離れたばかりのまだ子どもだった。

 頭に、三本の小さな角がある。髪の色は春の若葉の色、いたずらっぽい大きな瞳は深い森のような緑だった。ごく稀に森を通る旅人たちの姿の真似をして、見つけて拾った布などを巻き、宝石の小さな原石を首から下げ、服や飾りも身に着けていた。

 山奥の森の中、食物や自然エネルギーを取り込んで、ひとりで生きていた。それはたとえば、木の実や草葉、朝もやや水の調べ、風のささやきなど。有形無形のものが、命の源だった。


 なんか面白いことないかな。そうだ……!


 山奥でひっそりと暮らしていればよかったのだが、あるとき好奇心から旅人のあとをついていくようにし、町に出た。旅人自体が珍しく、次に出会ったらついていってみようと決めていたのだ。

 

 人間の暮らしって、どんな感じなんだろう……?


 町に着くと――、少々いたずらをした。連なる店や家々の壁をどしどしと地面から平行するように歩き、思いっきり屋根から飛び降り、それから風のように走り回り、目につく物をぶちまけた。

 人間の造った建物が面白かったし、自分とは違う人間という生き物が、叫び逃げ惑う姿も面白かった。


『鬼だ!』


 人々が、口々に叫んだ。


『あれは、鬼……! この前、人を襲って喰った怪物は、こいつに違いない!』


 え?


 まったく身に覚えがなかった。人々は、見たことのない武器を手に、襲って来た。

 逃げ出した。体は軽く足は風のように速く、人間たちを振り切り森に帰るのは容易だった。

 この世界、この時代。怪物と呼ばれるものは様々な種類が数多く存在し、あらゆるところに姿を現していた。

 運が悪かった。たまたま、怪物に襲われたばかりの町だったのだろう。

 さらに運が悪いことに――。首にかけていた宝石の原石を、落としてきてしまったらしい。

 それから何回か日が落ち、昇り、また落ちた。

 ある満月の夜。


『見つけたぞ! 人喰いの鬼め』


 大きな杖を持った老魔法使いが、落とした宝石の原石を持ち、やってきた。魔法の力で、原石から情報を得て、居場所を探り出したのだろう。


 ちがう。俺は、人を襲って喰ったことなんてない! ちょっぴり脅かしてしまったけれど……。


『封印魔法! 我は封じる、小鬼をこの小さき壺の中へと!』


 あっという間だった。ぶつけられた封印魔法が、全身をくまなく包んだ。

 そして――、壺の中に入れられてしまった。

 

 探し出して封じ込めるなんて、すごい魔法使いのくせに、怪物違いもわからないなんて!


 壺の中から必死で訴えたが、届かない。老魔法使いは、耳が遠いのか、怪物の言い分にそもそも聞く耳がないのか。

 壺はおそらく、土中に埋められた。そして、そのまま、月日が流れた。

 小鬼は、そのときの姿、そのときのままで止まっていた。そのため、生命維持のためのエネルギーは、ほとんど必要なかった。壺の外から感じるわずかな土のエネルギーを、摂取していた。

 変化や奇跡は、いつも突然訪れる。


 わ!?


 地震が起きたのかと思った。突然大きな揺れが襲い、そして強い力で――、引っ張られる感じがした。


 え、え!? なに、なにが起きてるの……!?


 なにか、呪文が聞こえた気がする。たぶん、人間の声。人間の、魔法。


 ぽん。


 大きな、ヘンテコな音がした。それは天井、つまり、壺のふたが開く音――。


「出でよ、小鬼よ――」


 え。俺の、こと……!?


 光があふれた。自分の手のひらからではなく。それは、途方もなく、あたたかなエネルギー。


「お日様だ……!」


 小鬼は輝く笑顔で見上げていた。夢に描いた青空を、全身にふりそそぐ、日の光を。


「ほんとに、お日様だーっ!」


「同じことを二回言ったな」


 え。


 小鬼は、ばんざいして日の光を浴びる両手を引っ込めた。そして、おそるおそる、目の前の声の主を見た。


「俺を、解放してくれたのは、あなた……?」


 怯えながら尋ねた。

 背の高い、引き締まった体つきの青年だった。髪は晴天の海のような青色で、腰の辺りまで伸ばしていた。そして目の色は、神秘の泉のような輝く水色だった。


 きれいな目だな。森の泉に、似ている――。


 吊り上がった目もとで、薄い唇。今のところ、整った顔立ちからは、感情が読み取れない。

 もっとも、人間ではなく人間と触れ合ったことのない小鬼に、人間の感情が正確に掴みとれるかどうか、怪しいところだが――。

 青年は、腰をかがめ、小鬼の目の高さに目線を合わせた。


「私の名は、レイオル。お前の封印を解いたからわかるだろうが、魔法を操る者だ。お前の名は?」


「な、名前……? 人間みたいに名前とか、ないよ。親からは、かわいい我が子ってだけ――」


 人間が名をつけ呼び合うのは、知っていた。人間はたくさんいるから、その必要があるのだと理解していた。

 レイオルは、ふっ、と笑い声をもらす。


「そうか。ならちょうどいい。私がつけよう。これからお前は、私の手駒になるのだからな」


「てごま……? それが俺の名前……?」

 

 首をかしげた。レイオルは、その言葉を聞き、いきなり豪快に笑い出した。

 

 え。そんなふうに笑う感じ? なんか、人間っていうより、なんだか――。


 ちょっと、落ち着かない感じがした。今まで見た、旅人たちや自分がいたずらをする前の町の人たちの雰囲気と違っていた。なんとなく覚える、違和感。


「それはお前の名じゃない。お前の名は、そうだな――、私の名の一部を取って、レイ。レイだ」


「レイ」


「そうだ。それが今からお前の名だ。お前だけの、お前を表わす言葉だ」


 ぱあっ、と、目の前が開ける感じがした。


 俺だけの、俺を表わす、名前……!


 わくわくした。なにか、新しい素敵なことが始まる予感がしていた。


「ありがとう、レイオル! ありがとう、俺を助けてくれて……! ありがとう、俺に名前をくれて……!」


 レイオルは、ニッと笑った。大きな口。とても大きな口だった。そして、大きな手のひらで、レイの頭を無造作に撫でた。


「助けたのではないぞ? レイ。お前が、今から私を助け続けるのだ。先ほども言ったように、お前は、私のために命を捧げる、手駒なのだ……!」


 レイオルの笑い声が響く。いつまでも、いつまでも。


 違和感。これ、もしかして――。


 助けられたのではない、と気付く。自分は新たに、囚われたのだ、と。

 そして、この笑い。まるで、まるで――。


 人間というより、どちらかというとこれは、鬼より――。


 鬼より。自分も、小鬼なのだから、鬼よりは、なによりなのか、などとぼんやりと思う。

 故郷の泉のように美しいと思った水色の瞳は、狂気じみて怪しく輝く――。


 小瓶に、戻ろうかな。


 いつの間にか、太陽が雲に隠れていた。

 どこまでも、運が悪いと思った。

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