1話 トイレから異世界へ
俺の名前は佐藤蒼馬。どこにでもいる普通の高校生だ。
今日も本校舎の裏にある、人気のない寂れた旧校舎、そこで大っきなお花を摘みに、俺は向かった...はずだった。
トイレの個室に入り、午後の授業だりぃなあ、とか考えていたら、一瞬周りが緑色に輝いたような気がしたが、この時は特に気にも止めず、本校舎に戻ろうかと、深くため息をついて俯いた顔を上げると、目の前には頭の長い、恐らく被り物をした、神官風のオッサンが立っていた。
そして周りを見渡すと、さっきまでいた古びたトイレではなく、煌びやかな神殿のようなところにいた。
目の前に佇んでいるオッサンは俺の顔を見るなり、一瞬固まって目をパチクリしていたが、
「えっ、ほんとに召喚できちゃった..?」
ポツリと一言。続けて、
「(適当な草とか蛇の抜け殻とか、娘から勝手に借りた人形を飾って適当な呪文唱えただけで召喚できたんだけど。あっ、やべっ、後でバレないよう娘に人形返さなきゃ殺される!やべーよやべーよ...オーン..)」
と小さな声でブツブツと呟いているので、見知らぬオッサンに恐怖を感じつつも、恐る恐る俺は問いかけた。
「あのー、あなた誰ですか..?ってかココはどこですか?俺確かトイレにいたはずなんですけど。」
オッサンは一瞬、ビクッと反応したが、キリッとした眼差しで、
「貴方様をお待ちしておりました。私神官のベンキー=ウォッシュと申します。貴方様にお願いしたいことがありまして、本日大変恐縮ではありますが、召喚術を行使させていただきました。僭越ながら、どうかお力をお貸しください。」
「えっ、召喚?召喚ってなんですか?俺普通の高校生なんですけど...。」
「コーコーセイ..?コーコー=セイ...様?聞いたか、皆の者よ!セイ様がお力を貸してくださる!早速宴の準備をするのだ!」
「(ちょっ!お力ってなんだよ。宴とか漫画とかでしか聞いたことないって!)」
そう返すよりも早く、どこから現れたのか、ワラワラと群衆が集まり、俺をどこかへ運んでいくのだった。
運ばれた部屋にはフカフカの椅子、目の前には食べなくても分かるくらい、美味しそうな料理が並べられ、俺が一生関わることのないような美人さんが踊っていた。
これは夢なんだろうか。人はあまりに現実離れしたことが起きると、思考が停止してしまうのだろう。
そして、俺は夢なら楽しませてもらおう。そう思いながら、お腹いっぱい食べ、気づいたらそのまま寝てしまっていたようだ。
「うーん、なんか変な夢だったなぁ。でもすごく楽しかったような...」
「セイ様!お目覚めになられましたか!」
「うわっ!びっくりした!あなたはベンキーさん..でしたっけ。そして顔がちかぁい!」
どうやら夢じゃなかったようだ。しかも危うくファーストキスを頭の長いオッサンとするところだった。
「セイ様。昨日はお楽しみいただけたでしょうか。」
「すごい楽しかったです。でも俺お金なんてそんなに持ってないし、なんか昨日力を貸して欲しいとか言っていたから、俺にできることならなんでもしますよ。」
「誠ですか!?恐悦至極でございます!なんとお優しい方だ!」
「そんな大袈裟な!それで、何をすればいいですか?」
そう返すと、一瞬の間があったが、やがて、ベンキーは遠くの山を指さして、こう言い放った。
「ドラゴンを殲滅してくださぁい!」
「は?」