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アズール・ブレイブ・ファンタジー  作者: 白井御飯
第一章 青天の霹靂
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7.ゼスィリア・ドラグレアという少女の話

 神獣帝国は、文字通り、神獣が住まい、治める幻想の国だ。

 東西南北はそれぞれ選ばれし神獣の一族によって守護され、各国に長たる王が立てられる。

 だが、彼らはあくまで四方の国の守護。

 帝国全体の支配者は別にいる。それが『皇帝』だ。

 四方の国の王と違い、皇帝は世襲制ではない。その代の皇帝が崩御する間際に、四方の国を治める王族からそれぞれ次期皇帝候補が選ばれ、最も相応しいとされたものが次期皇帝となる。

 彼ら次期皇帝候補は『皇継(こうけい)』と呼ばれ、互いに牽制しあい、しのぎを削りながら至高の玉座を目指す。

 その時最も優秀なものが選ばれる仕組みであるため、国ごとの皇帝の排出率は選出において考慮されない。

 よって同じ国から何度も皇帝が選ばれることもあれば、何代も皇帝を輩出していない国もある。

 そのため、どの国が次期皇帝を輩出するかは、表向きは平等な四方の国の実力差を暗に示す事象として、毎度帝国中の関心を集めていた。



 ゼスィリア・ドラグレアは、当代『竜の国』の王のただひとりの王女であった。

 王のひとり娘とあらば、本来ならば蝶よ花よと育てられ、周囲からの注目を一身に浴びて育つものだろう。はたまた、厳しく育てられ、王の何たるかを叩き込まれ、あらゆる期待を一身に背負って育つかもしれない。

 しかしゼスィリアはそのどちらでもなかった。誰からも好意を向けられることなく、誰からも期待されることなく、ただひたすら放っておかれた。誰も彼もが、彼女に見向きもしなかった。父王ですらも、彼女を捨て置いた。唯一、幼馴染として共に育ったお付きの少年だけは彼女を気遣ったが、それ以外のものは皆一様に彼女を蔑んだ。

 何故か。それは、ゼスィリアが、どうしようもなく『出来損ない』であったから。

 ゼスィリアは、竜と呼ぶには、あまりにも中途半端過ぎた。

 そもそも、ゼスィリアは純血の竜ではない。彼女の母は、人間の女性だった。

 詳しいことは知らない。ゼスィリアが生まれる際、命を落としたと聞いている。それ以外のことは、誰に聞いても教えて貰えない。元来、神獣は人間を嫌う。半分人間の血が流れているというだけで、神獣達はゼスィリアを忌避した。

 それでも、ゼスィリアが王女に相応しい才能を宿していれば、まだ一定数は彼女を気にかけてくれたのかもしれない。だが、運命は残酷だった。ゼスィリアには、王女に相応しい才能どころか、神獣としてのアイデンティティに関わるものが尽く欠落していた。

 まず、神獣なら使えて当然の『神術』が、まともに使えない。

 神術は、神獣にとって、手足を動かす、はたまた息を吸うのと同じレベルで当たり前に使える力だ。水を操る、火を爆ぜさせる、風を起こす、闇を生み出す。それぞれの種族による属性の縛りや、個々の力量に差はあるものの、その使い方は誰もが本能で知っている。『使えない』という可能性を鑑みることすらない程に、神獣の世界では神術が使えることは『当たり前』なのだ。

 だがその『当たり前』がゼスィリアには出来ない。神術を使おうとすると、体の中から神術に使うための力――『神力』を、無理やり絞り出すような形になる。そして、ありったけの気合いを振り絞ってどうにか神術を形にしても、細かい制御を効かせることはできない。例えるなら、大量に水の入った大きなバケツをどうにかこうにか倒すことはできても、バケツから流れ出した水の行方を思うがままに操ることはできない、そういった感覚である。だが神獣の世界では、バケツから注ぐ水の量を調節することもできれば、その水の流れを自分の意思で操ることも出来て当たり前。その『当たり前』が出来ないだけで、十分ゼスィリアは蔑みの対象となった。

 それだけではない。彼女は、竜王の娘として生まれながら、生まれてから今に至るまで、一度も竜の姿を取れたことがなかった。

 神獣は普通の獣と違い、数多の姿を取ることができる。しかし、己が真の姿は神獣なのだということを何よりも誇りとする。そんな価値観の中で、『真の姿を取れない王女』と言う肩書きは、ゼスィリアにとってこれ以上ない侮蔑のレッテルとなった。

 こうして、ゼスィリアは誰からも顧みられない、顧みられるべきでは無いとされる王女となった。

 理不尽な話だ。何一つ、ゼスィリア自身に非はない。

 だが、生まれ持った不遇の全てが、世界に彼女を蔑むことを選ばせた。



 悪評は広まり、『出来損ないの王女』の評判は帝国中に及ぶ。どうにもならないものと半ば諦めながら、それでも誰かに認めて欲しいと言う心の叫びを無視出来ないまま、ゼスィリアは停滞した灰色の日々を生き続けていた。

 そんなある日のことだった。現『皇帝』が、次期『皇帝』を選出すると御触れを出したのは。



 『竜の国』はざわついた。

 王にはゼスィリアしか子がいない。『王族』と呼べる程近い血族も、ゼスィリアしかいなかった。

 必然的に『竜の国』は、ゼスィリアを『皇継』にして『王』に代理を立てるか、『皇継』に相応しいものを一族から探し、ゼスィリアは次期『王』の座に収めるかの選択を迫られた。

 しかし王が選んだのは、次期『王』の代理を立てず、ただゼスィリアを『皇継』に据えることだった。

 民は最初こそ困惑したが、やがて誰もがこう王の判断を解釈した。

『ああ、なるほど、王女が皇帝になれるわけが無いから、形ばかり皇継に据えて、選定が終わったら王の座に付けるつもりなのだな』

と。




 ゼスィリアは打ちひしがれた。誰にも期待されていないことは分かっていた。自分が出来損ないであることも痛いほど分かっていた。それでも、ここまで明確に「お前には期待していない」と突き放されてしまって、立ち直れる気がしなかった。

 しかし、まだひとつだけ、光明が残されていたことにゼスィリアは気づいた。

 それは、『皇継』に仕える『騎士』の存在だ。

 『騎士』は、『皇継』に絶対の忠誠を誓い、主の剣となり、盾となる。『皇継』の名を背負って『騎士』が決闘を行うこともあり、『騎士』の強さはそのまま『皇継』の評価に繋がる。

 ただ、『騎士』は自由に選べる訳では無い。『騎士』の選定は、『契約の儀』と呼ばれる儀式によって行われる。『皇継』と『騎士』は運命にて惹かれ合うもの。その運命を選定の神術にて探し当て、契約を結ぶのがこの儀式だ。皇継争いにおいて一番最初に行われる催しでもあり、どんな『騎士』を引き当てるかは『皇継』達の暗黙の序列に繋がる。

 だからこそ、ゼスィリアは思ったのだ。

 自身が出来損ないであることはもうどうすることも出来ない。

 だけど、今から契約する『騎士』であれば。

 優秀な『騎士』を引き当てることが出来れば。

 出来損ないの、誰にも期待されないゼスィリアの評価を、少しは覆すことが出来るのではないだろうか、と。



 ゼスィリアは祈り続けた。努力で儀式の結果は覆せない。だからこそ、神に祈った。

 どうか、私に光を授けてください、と。


 けれど、現実はどこまでも残酷だった。



 他の『皇継』がそれぞれ相応しい『騎士』と契約したにも関わらず。

 ゼスィリアは、ハズレの『騎士』を引き当てるどころか、そもそも『騎士』を探し当てることすらできなかったのだ。



 本来、相応しい『騎士』がいれば、どこに居ようとその者は『皇継』の前に喚ばれ、儀式にて契約が結ばれる。

 しかし、ゼスィリアの使った選定の神術は、誰一人としてゼスィリアの前に相応しい『騎士』を連れてこようとはしなかった。

 何度やっても何も起こそうとしない選定の神術をただ呆然と何度も何度も繰り返すゼスィリアに、他の『皇継』や、選定の儀を見物に来ていた民草は、明確な侮蔑の目を向けた。

 運命に嘲笑われ、世界に見放され、ゼスィリアの心は底なしの絶望に突き落とされることとなった。


***


 ルカは、ゼスィリアの話を、ただ黙って聞いていた。話の壮絶さに、絶句せざるを得なかったのだ。

 何て言葉をかけたらいいか分からなくて、軽率に『聞かせてくれ』と強請ったことが恥ずかしくて、ルカはただただ唇をぎゅっと噛んでいた。

「……これが、ほんとの私。竜の血を引く癖に、何も出来ない出来損ない。隠していた、醜い私。貴方の信頼を受けるに値しない、嘘つきの卑怯者よ」

 殊更明るい声音で、ゼスィリアは言う。だけどそれは明らかに作り物で、寂しさと後めたさと不安がありありと滲み出ていて、それがとても痛々しかった。

「あれだけ偉そうに振舞っておいて、結局のところ本当の私は、何も出来ない愚か者なの。……軽蔑、したでしょう?」

 ひたすら自嘲する言葉の端が、恐怖に震えたのを耳にして、瞬間、ルカは反射的に怒鳴り返していた。

「馬鹿野郎っ! 軽蔑なんてするもんか! 何一つ、ゼスィリアは悪くない! それなのに、それなのに……!」

 ぼろりと目から熱いものが溢れてきた。目の前の少女は自分と同じくらいの歳に見えるのに、その肩に背負わされた運命はあまりにも過酷で、どうしようもなく、やるせなかった。

「……何で貴方が泣くのよ」

「泣かない方がおかしいわっ!」

 涙声で八つ当たりすれば、ゼスィリアが少し驚いた風に肩を震わせた。

 何で誰もこの寂しい少女を気遣ってやらないのか。愛情を注いでやらないのか。何一つこの少女は悪くないのに、運命にかこつけて誰も彼もが彼女を見放すことを正当化しているだなんて、とち狂っている。

 悲しくて、悔しくて、なのに自分がとても無力で、ルカはひたすらぼろぼろ泣き続けた。

「……ありがとう。私の為にそうやって怒ってくれたのは、貴方がこれで二人目だわ」

「二人目なのがもうおかしい。全米が泣かないとおかしい」

 ぐすぐす言いながらそう言い返すと、「ぜんべいって何……?」と首を傾げられる。勢いで伝わるはずもない言葉を使ってしまった。

「……でも、そっか。今までにも、ひとりはゼスィリアの味方になってくれたひとがいたんだね」

「ええ……誰からも蔑まれる私を、何がそんなに素晴らしく見えるのか、いつも凄く持ち上げてくれるの。何かにつけて小さなことでも大袈裟に褒めてくれて、辛い時でもずっとそばにいてくれたわ」

「ゼスィリアのことを世界で一番美人だって言ってたっていうひともそのひとだよね。信用できる感性だな。そのひととは仲良くなれそう」

 うんうんと頷けば、ゼスィリアがふふっと微笑む。しかしその表情はすぐに翳った。

「……だけど、私はうまくいかないこと続きで、彼の褒め言葉をずっと前から素直に受け取れなくなってしまった。八つ当たりもして、ひどいこともいっぱい言ってしまったわ」

「……」 

「たったひとり、本心から、私を支えようと尽力してくれたのにね。今思うと、私は彼の誠実さを、信じようとしていなかったんだわ。」

「……信じてあげたら、いいと思うよ。今、こうやって、話してくれたみたいにさ。そしたらきっとそのひとも、喜んで聞いてくれると思うよ」

「……ええ。きっと、そうするわ」

 付き物が落ちたようなさっぱりした顔で、ゼスィリアは笑う。それはさっきの作り笑いではなくて、心からの笑みだった。

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