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アズール・ブレイブ・ファンタジー  作者: 白井御飯
第一章 青天の霹靂
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1.うぇあいずであ、ふーあむあい




「……て……きて……」


 微睡が心地いい。

 ふわふわと、草木の匂い。

 心なしか、くすぐられるような感触がある。

 ゆらゆら、ゆらゆら。

 目が覚めているようで、覚めていない。

 全てが絶妙に、心地よい。


「……きて! 起きて!」


 誰かが必死に叫んでいる。

 揺れがだんだん強くなる。

 これは流石に寝苦しい。

 妨げられた不快感が、徐々に意識を引き上げる。


「起きて! ……っこの、起きなさいって言ってるでしょ!!!」


 ばちこーん!


 頬が景気良く叩かれて、意識が一気に現実に引き戻される。


「いってぇえ~~~っ!!!」


 野太い悲鳴が、草原中に響き渡った。


***


 水沼(みぬま)ルカ、13歳。

 どこにでもいる、普通の中学生である。

 マイペースな父と快活な母、生意気な弟に囲まれて自由に伸び伸びと育った。

 だが、少々伸び伸びと育ちすぎたのか、はたまた父のマイペースさと母の快活さを変な塩梅に受け継いだのが不味かったのか。

 基本的に明るく健やかな心根を持っているものの、多少空気の読めない性格になってしまった。

 それでもまあ根性がねじ曲がっているわけでもなし、小さなことに忠実に生きていたので、受け入れてくれる人も多く、仲良くしてくれるありがたい友達もいた。

 そんなこんなで、人に喜ばれて自分も喜んだり、人を傷つけて落ち込んだりしながら、普通に生きていた。

 今までも、これからも、ずっと、そうやって生きていく予定だった、はずなのだ。



 その日はえらくくたびれていた。

 何のことは無い、いつもの授業、いつもの一日だったのだが、どうにも身が入らず、謎に気疲れしたまま帰路に着いた。

 最後の根性を絞りだして制服を私服に着替え、流れるようにベッドにダイブした。

 本当は掃除やら米研ぎやらやっておかねばあとで母の雷が落ちるのだが、先のことは知るまい。

 枕に顔を突っ込めば、あっという間に夢の世界に誘われた。


 それが良くなかったのだろうか。

 たった一瞬の気の緩みと親不孝でバチが当たったのだろうか。



 ああ、神よ。

 目が覚めれば、そこは草原であったのです。




 ヒリヒリと痛む頬を反射的に抑えつつ、ルカは目に飛び込んできた光景に顎が外れそうになっていた。

 こう言う訳のわからない状況に遭遇した先人たちは皆、揃って頬をつねっている。

 だが悲しいかな、何者かがルカの頬を張り飛ばしてくれたおかげで、痛みによる現実確認は既に済んでしまっていた。

「……なんでやねん……」

 今のルカには、そう口にするのが精一杯だった。

 だってルカはなりたてほやほやの中学生である。一年遡ったらまだ小学生である。

 眠って起きただけで一度に情報が叩き込まれたら、呆然となるのは当然と言えた。

「……ちょっと。起こしてあげたって言うのに、無視するつもり?」

 鈴の音の様に澄んだ、凛と響く少女の声が、ルカの鼓膜を震わせた。

 へ、と声のした方を振り向いて、ルカは言葉を失った。

 振り向いた先にいたその少女が、あまりにも美しかったのだ。

 きっちりと編みおろしにした、磨き抜かれた剣の刃に空の色を映したかような、青みを帯びた銀の髪。

 透き通るような白い肌。

 桜色の頬に唇。

 そして何よりも、サファイアの様に深く、澄み切った、意志の強そうな大きな青い瞳。

 青を基調とした、東洋の意匠を織り交ぜた様な変わったデザインのドレスに身を包んだその少女は、目にするだけで清流に洗われるかの様な、清廉な輝きを内に灯していた。

 あまりの美しさに、ルカがぼうっと惚けていると、少女の綺麗な顔が、不愉快げに歪められた。

「何。じろじろ見ないで頂戴。それともまさか、声は聞こえているのに、姿は見えないとでも言うつもり?」

「……それは、なかなかファンタジーな発想だなぁ」

「は?」

 うっかり変なツッコミを入れてしまったせいで少女の眉間にさらに皺が寄ったので、ルカは慌てて少女の言葉を否定した。

「ごめん。ちゃんと見えてる。ただ、すっごい綺麗な子だったから、ちょっとびっくりしちゃって」

「はぁ???」

 正直に白状したところ、少女はさらに怒ってしまった。

「なんなの貴方。起きて早々。口説き魔なの?」

「濡れ衣!!!」

 思わぬ方向からの怒りに、さぁーっと血の気が引いていく。

 単に、思ったことを言っただけである。何故それだけで、口説き魔のナンパ野郎だと思われねばならぬのか。

 青ざめた顔でぶんぶん首を横に降ったのが功を奏したのか、「そ、そこまでむきにならなくても、わかったから落ち着きなさい」と、少女は怒りの矛先を収めてくれた。

「……で、貴方何者? こんなところで眠りこけているなんて、何があったって言うの」

 少女は気を取り直して話題を変えた。

「あの……こんなところで眠りこけてたはずじゃなかったんだけど……」

「は?」

「自分ん家で寝てたはずなんだけど。なのに目を覚ましたら草原で……」

「何? 寝ながら転移の術でも使ったの?」

「テンイノジュツ?」

 聞き慣れない単語に、ルカは思わず聞き返した。

「転移の術よ。……え? まさか、知らないとでも言うつもり?」

「はあ……」

 ルカの顔を見て察したのか、少女は信じられないと言う顔になった。

「転移の術なんて、誰でも知ってるじゃない!」

「いや知らんけど……」

「……ほ、本当に知らないの?」

「知らんです……」

 ルカの言葉に、少女は呆気に取られた顔をした。

「……転移の術は、その名の通り、此方と彼方を結ぶ術。それなりに難しい術だけど、座標さえわかっていればどこでも好きなところに行き来できる便利な術よ」

 そう説明されて、あぁなるほど『転移の術』かぁ、と、ルカにもようやく漢字の想像がついた。

「つまりはテレポートかぁ」

「さっきからそう言ってるじゃない」

「ん?」

「え?」

 一瞬、沈黙が流れた。

「…ってええ!? テレポート!?? え、そんな、一瞬で移動できるってこと? 嘘でしょ!?」

「だからさっきからそう言ってるじゃない」

 なんだか会話が噛み合わない。

「そんな、魔法みたいなこと、ある!?」

「魔法じゃなくて神術よ!」

 何故か全力ツッコミが入ったし、また新しい単語が出てきた。

「……何が、どうして、どういうこと???」

 ルカは頭を抱えたくなった。

 その時。



 ぐうぅぅうぅぅううううう。



 盛大に、腹の音が鳴った。

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