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第8話 落胆

中盤に若干の暴力描写があります。

雪緒には、何が起こっているのか理解できない。

みっこが、一体どういう表情をしているかも見えていないのだ。

ただ、雪緒にもおかしなことが起きているのだけは分かった。

なにせひとりの男の動揺が、どんどん伝染し始めたのだ。


「な……っ!?そ、その顔……っ!?」

「うおっ!?」


その場は、どんどんおかしな雰囲気になっていく。

雪緒は、ひとり置いていかれて戸惑う。


「え?ちょ、ど、どうしたんです……?」


そして、男の一人がみっこの髪を確認し始めた。

その髪は、不自然なほどに明るい色だった。

三日も洗わなかったにも関わらず、フワッとして形が崩れていない。

まるでチアリーダーが持つポンポンのようだ。

男がその髪を掴んで持ち上げると、わずかにみっこの頭も持ち上がった。

雪緒は咄嗟に叫ぶ。


「ちょっと何をするのっ!?ひどいことしないで!!……って、あ!」


さすがに、髪を掴んで持ち上げるなどと女性にすることではない。

雪緒は縛られながらも抗議するつもりであった。

だが、それはスポッと抜けるように取れてしまった。

そして、その下にあったのは、綺麗な黒髪であった。

小さな頭をツルンと包み込むような、黒髪のショートヘア。

頭の形が良く、とても小さく可愛らしいのが背後から見ても分かった。

もし街で見かけたら、背後でも"可愛い子"だと分かるレベルのそれである。


「み、みっこ……?」


雪緒はみっこに恐る恐る呼びかける。

すると、みっこが振り向いた。

だが、そこにいたのはヤマンバではなかった。

顔も身体も小さな、小動物のような美少女だった。


「ふぇ……。あ、あの……、私……。ん……、ん〜〜、うう〜〜。」


しかも、ヤマンバの時とは打って変わり、自信なさげに泣きそうな顔だ。

というか、もう数秒後には泣きだした。


「んううーーー、うえええええええん……っ!」

「お、おわっ!え、っと、おい、泣くな。あ、っと……。」


美少女みっこが泣き始めると、周りの男たちが一層狼狽え始めた。


美醜の感覚は時代によっても変わる。

だから、現代の感覚で良く見えたとしても、江戸時代でもそうとは限らない。

だが、みっこの"それ"は、どうやら侍たちのツボを抉ったようだ。

小さく可愛らしい生き物を前に、男たちは狼狽え始めた。


「わ、分かった!こ、これ、縄外してやるから泣くな。……ほら、外したぞ?痛くないだろ?ん?大丈夫か?ん?痛かったら、軟膏塗るぞ?ん?」


雪緒はムスッとした顔で抗議する。


「え、いや、ちょっと。……私と扱い、違い過ぎません?」

「ええい、お前は別に構わんだろうが!黙っとれ!」

「ひどっ!」

「えっ……、ぐっ……。う、うううう……。」

「ええ!?な、なんで!?オ、オイ、泣くな!私は別に怒ったわけではないのだぞ?今のはそういうのでなくてな……。怒ってない、怒ってない。」

「う、うう……、ひっく……。」

「わ、分かった、泣くな。コイツのも外してやるから!」

「ええ……。」


なんだかよく分からないまま、雪緒も縄を外される。

だが、それはそれで納得がいかない。

とりあえずは、全く別物に変わってしまったみっこを慰める。


「ほら、みっこ、おいで?よしよし、なんでアンタ、化粧取っただけでこんなんなっちゃうのよ……。」

「雪緒ちゃん……、う、うう……。」

「ちょ、泣かないで。……って、くそ、なんか可愛いなホント。なんだこれ……。でも一周回って、逆に虐めたくなってくるような……。」



──────江戸城・地下・座敷牢。


雪緒とみっこは、再び座敷牢へと戻された。

だが、今までと違い、明らかに扱いが悪くなった。

牢の見張りをしている男が、嫌がらせを始めたのだ。


「気持ち悪い顔で、もののけかと思ったわ。驚かせおって……。この流離が!余所者のくせにっ!」


最初は愚痴のようなものから始まり、段々と露骨な悪口に変わる。

それを止める者もおらず、どんどんエスカレートしていく。

牢の格子の外から石を投げつけられたり、棒で突いてくるのだ。

みっこは奥の隅で震えているが、雪緒はなんとかやり返してやろうと身構えた。

だが、昼夜を問わず続く嫌がらせに、精神がすり減ってきていた。


「ちょっと、やめなさいよ!この……っ!みっこはそっちにいなさい。」

「ふ、ふぇ……。」


棒の先を掴もうとした瞬間、別の棒で突かれた。

実は雪緒には、完全に例の"線"は見えなくなっていた。

つまり、もうただの女子高生でしかない。

だから、やり返すこともできず、ひたすら耐えるしかなかったのだ。

そんな雪緒らに、男が感情に任せて罵声を浴びせる。


「流離が!貴様らのせいで!何人死んだと思っておる!大老や老中まで……。貴様ら流離のせいで、今や徳川は……。」

「わ、私たちは誰も殺してない!あんなのと一緒にしないでよ!」

「うるさい!関係ない!オマエらさえ来なければ!!」

「く……っ!このっ!」


男の差し込んでくる棒が、雪緒の額に当たる。

一瞬、意識が飛んだ。

それでも何とか抵抗した。それはもう意地だった。

だが、今度は腐った果物のようなものが飛んできた。

それは腰の辺りに当たり、粘性のある汁を撒き散らす。

ゴスロリの黒いスカートに汁が滲んでしまった。


雪緒はもう限界だった。

とうとう膝を落としてしまう。

もうすでに十分服は汚れていた。

血も付いているのだから、今更果物だろうと関係ない。

だが、スカートの上に汁が垂れ、滲みながら床に落ちるのを見た。

その時、あっさりと限界がきた。

それと同時に、雪緒は心が折れてしまったのだ。


「あ、ああ……。なんで……、将軍さん、守ったのに……。」


そうなるともう止められない。

ずっと心の奥底に仕舞い込んでいた不安が、一気に噴出する。

それは心という入れ物から、炭酸のように溢れ出てしまった。

雪緒の視界は滲み、床へと溢れていく。

ひたすらに情けない気持ちで、全身がすべて覆われてしまう。

胸の奥が、小さく押しつぶされていく。

つぶやく声は震えていた。


「そ、そりゃ、最初は混乱して人質にしちゃったけど……。何でこんな風に扱われなきゃいけないの……。こんなことなら助けなきゃ良かった……。」


だが、この時、女性の声がピシャリと響いた。


「おやめなさいっ!!」


見張りの男の後ろ。そこにいたのは少女だった。



綺麗な着物を着ているが、十代前半くらいの女の子だ。

男はその声に苛立ちを隠さず、少女にも言い放つ。


「なんだぁ!?誰に物を言ってんだぁこのアマぁ!?……って、うわぁ!?ゆ、雪姫様!?」


雪姫と呼ばれた少女は、ゆっくりと歩いてくる。

そして、雪緒のいる牢の前で立ち止まった。

雪緒の姿をしっかりと見てから、男に向き直った。


「これは一体、どういうことです!?こんなこと、誰が命じたのです!?今すぐ言いなさい!!」

「あ、いえ、これはその……。」

「女性に向かってこのような……。貴方はそれでも徳川の者ですか!?恥を知りなさい!!」

「で、ですが、雪姫様!!此奴ら、流離共のせいで、何人死んだことか……っ!今回だけではありません!秀吉の時だって……っ!!」

「貴方の言いたいことは分かります。今回、事を起こしたのは確かに流離者である信綱です。そして以前には、秀吉による謀反もありました。ですが、流離者すべてが敵ではないはずです。実際、今も徳川に仕えている者がいます。そして何より、この者らは父上を助けてくれたそうではありませんか。」

「それは分かりますが……、実際に此奴らは上様を人質に……。信用なぞできませぬ!何を企んでおることか……っ!!」


雪姫はちらりと雪緒を見て、すぐに男へと向き直る。

雪緒からは、彼女がどういう人物かは分からない。

だが、その目はひどく悲しいそうに見えた。


「それも聞いております。ですが、彼女たちはおそらく放免になるでしょう。それどころか、徳川の新たな力になってくれるやもしれないのです。今は信綱の後始末で上も騒がしいですが、それも直に落ち着くはずです。すでに、新しい老中も決まっていると聞いております。」

「ですが……、私は許せないのです。流離が、仲間を何人殺したことか……っ!私は悔しくて悔しくて……。」

「黙りなさい!同じ流離というだけで、関係のない者に八つ当たりするなぞ、私はそんなこと一切許しません!」

「わ、私はただ……っ!!」

「下がりなさい!貴方の行いは幕命に反します。ここは別の者にあたらせます。このことは報告しますが、まずは少し休みなさい。沙汰は追って伝えます。」

「はい……、申し訳ございません……、でした……。」


見張り役の男は、雪姫に頭を下げるとトボトボと出ていった。

雪姫は、フゥーっと深くため息を吐く。

そして、雪姫は牢の中の雪緒に向き直り、じっと目を見つめた。

雪緒も、その不思議な少女の目を見ていた。


おそらく、自分よりも若いであろう彼女。

雪緒は、彼女を一見してすぐに姫様なのだと理解した。

だがそれは、綺麗な着物を着ていたからでも、姫と呼ばれていたからでもない。

その毅然とした態度には、歳に似つかわしくない強い意志があったからだ。

その一つ一つの所作にも、丁寧さが感じられた。

きっと、幼少期からずっとそうして生きてきたのだろう。

明らかに庶民とは別種の生き物だ。


「申し訳ございません、流離の方。私どもの不手際で、不快な思いをさせてしまいました。」

「まぁ……、あ、あー、いえ……。」


雪緒は言いかけてやめた。

本当は、罵詈雑言をぶつけてやりたい気分だった。

だが、やめた。

それでは、八つ当たりしていたさっきの男と同じなのだ。


「それで、あの、貴方は……?」

「これは失礼致しました。私は21代将軍・徳川家望が長女、雪と申します。」

「雪……?21代……?」

「申し訳ございません、父上の命を救っていただいたにも関わらず、このような仕打ちをしてしまい……。本来であれば、きちんと賓客としてもてなすべきなのですが……。その……、父上を人質にしたそうですね?」

「え、あ、はい……、すみません……。」

「ただ、父上も貴方たちが悪人だとは考えてはいないようです。状況が状況でしたので……。ですから、伝馬町の方へは送らず、こちらに入ってもらったのだと思います。あちらでは、すぐにでも吟味されてしまうので。」


雪姫はその場に膝をつき、ゆっくりと座った。

その場に正座するような形になる。

そして、頭を下げた。


「本日参ったのは、一言お礼を言いたく……。信綱の凶刃から父上を救って頂き、ありがとうございました。貴方は徳川を救ったのです。」

「え、あ、いや……、その……。どう……、致しまして……。」


雪姫は顔を上げると、雪緒の目を見てニッコリと微笑んだ。


(この子、なんか調子狂うなぁ……。)

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