表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/31

第7話 拷問

──────江戸城・地下。


雪緒の背後で、ガチャリと金属音がした。

それは、木製の格子扉に付いた、錠前を閉める音だ。


ここは座敷牢。

今、雪緒の隣には、ヤマンバがちょこんと座っている。

畳が五枚敷いてあり、奥の一畳分は木製の仕切りで囲われている。

牢の周囲は木の壁で囲まれ、一面だけ木製の格子となっていた。


「ハァぁ、どうしてこんなことに……。マズイよ、これ。たぶん、ものすごくマズイ。絶対処刑されるやつだ。」


二人とも極度の疲労により、逃げることなど出来なかった。

結局、雪緒とヤマンバは素直に捕らえられた。


刀で、スパッと首と胴が離れる。

雪緒の脳裏には、そんな映像が浮かんでしまう。

思わず身震いをし、自身の肩を抱いた。

だが、実際はいきなりそんなことにはならないだろう。

その前に『吟味(ぎんみ)』と称した、取り調べ兼拷問が待っているはずだ。

"どこの間者だ!"などと、お決まりの文言が浴びせられるのだ。

それはもう、念入りに、執拗に。

望んでもいないのに、丁寧にもてなされるに違いない。

どの道、まともな処遇など期待できるはずもない。


雪緒は、やられた右手がひどく痛んだ。

折れてはいないようだが、しばらくまともに使えないだろう。


「あのぅ、ちょっと?誤解だと思うんです!たしかに将軍さん、人質にしちゃいましたけど、混乱しててー!あのー、誰かいませんかぁ!」


雪緒は叫ぶ。

だが、嘆願しようにも周囲には見張りの者すらいない。

実は、少し離れたところから覗き見ているのだが、雪緒は全く気付いていない。

ただ、気付いたところで、その者は絶対に近付くことはないだろう。

なぜなら、もののけが怖いからだ。


しかし、そんな絶望的な状況下でもヤマンバは元気だ。

むしろ楽しそうに見える。


「わぁ!……わぁ!畳!畳!うはっ!なんかザラザラぁ〜!……うはっ!臭っ!ここくっさっ!あははははっ!」

「アンタ、なんでそんな楽しそうなの……。」

「えー、だってみっこ、こんなの初めてだよぉ〜?」

「そりゃ私だって初めてだよ。……牢に入れられるなんて。」

「ねぇねぇ悪霊ちゃん、見てよここ〜。うはははっ!ここ、くっさぁああ!……くさぁ!あはははっ!!」


ヤマンバは何が楽しいか、はしゃぎにはしゃぐ。

畳のささくれた部分を指差したり、鼻を近付けて臭いを嗅いでは爆笑している。

座敷牢である以上、以前にも誰かが捕らわれていたはずだ。

とすれば、そのささくれや染みは"そういうこと"なのだ。

少なくとも雪緒は、そんなものに触ろうとは露程も思わない。


「あ!ほら、悪霊ちゃん!ここっ!すごっ!臭っ!」

「えっとね。あの、さっきから悪霊悪霊って。変な名前で呼ばないでくれる?」

「んー、じゃあ何ちゃんなの〜?」

「え、私は……。」

「みっこはね、"みっこ"だよ!」

「あ、それ、名前だったんだ。何かの方言だと思ってたよ。」

「悪霊ちゃんは?」

「私は……、雪緒(ゆきお)。」

「ふぅん。そっかー。んで、雪にゃは何の悪霊なの?」

「もう、速攻ナチュラルにあだ名呼びしてきたな……。距離感が異次元過ぎて、頭が追いつかないんだけど……。って、だから悪霊じゃないからね?こういうファッションなの。ゴスロリ。知ってるでしょ?」

「ゴリゴリ?」

「……ん?ゴスロリね、ゴ・ス・ロ・リ。」

「ふぅん。そっかー。ゴスゴリかぁ。へー。」


"あ、コイツ分かってねぇな"と思いつつも、雪緒は深く突っ込まなかった。

みっこは悪い子ではなさそうなのだが、正常に会話が成立する気がしなかった。


「それにしても、ここってやっぱりそうなんだよね……。そういうことなんだよね……。」

「そういうこと?臭いってこと?」

「その話はもういい。」


雪緒はため息を吐く。

ふと部屋の中を見渡すと、木の壁の下方一面にある模様が気になった。

だが、それは目を凝らしてみると、ひどく不規則なものだと気付く。

そして、それは爪痕のようだなぁと思ってしまった。

そうすると、次第に模様のすべてが、そういうものに見えてきてしまう。

つまりは、それも"そういうこと"なのだ。


「ひぃ……。い、いや違うよね。模様だよね。うううう、こ、ここ嫌だなぁ……。なんか気のせいか寒くなってきた……。」


身震いする身体を抱き、見なかったことにする。

そして、考える。

余計なことを考えないように、徹底的に思考を巡らす。

雪緒はここへ連れられてくる間も、実はずっと周囲を観察していた。

それは建物・植物・空・人・服装・持ち物、あらゆる物をだ。


「ぶはっ!雪にゃ、白目キモぉ!!」

「へ?」


雪緒は、頭を沢山使うと白目を剥いてしまう癖があった。

だが、そのあまりの気色悪さに、周囲の誰も指摘しなかった。

だから今の今まで、本人はそんな顔をしていることすら知らなかったのだ。


「白目……?何の話?」


何のことか分からない雪緒は、白目を剥きながら一つの結論を出す。


「やっぱここって、江戸時代だよね。そうとしか思えない。将軍さんもそう言ってたし。」

「江戸時代?あ!みっこ知ってるよ!……オーレぃ!」

「ひっ!?……ってああ、あれか。ようやく意味分かった。それ、リオのカーニバルじゃなかったんだ。時代劇の役者さんが出してた曲でしょ?って、100%間違ってるわけでもなく、また絶妙なとこきたな……。」

「オーレぃ!」

「……うん、それはもういいかな。」


みっこは立って指先をしならせる。

彼女の脳内では、サンバのようなリズムが流れているのだろう。

挙動不審過ぎるが、もう放っておくことにした。


だが、それにしても部屋が臭い。

みっこが言っていた畳も臭そうだが、気になるのはもっと根源的な臭いだ。


「臭いの元はこれか……。」


それもそのはず、部屋の隅に木製の便所があった。

申し訳程度の低い囲いがあり、床をくり抜いて穴が空いている。

しかも逃走防止なのか、ひどく穴が小さい。

うまくいたさないと外しそうだ。


実は江戸時代には、すでに『汲み取り式便所』が存在した。

"汲み取り式"とは、床下に便槽を設け、そこに排泄物を溜める便所のこと。

便槽にある程度溜まってから、中身を汲み取って処理施設へと運ぶのだ。

海外では、排泄物をその辺に捨てていたなんて話もある。

だが、江戸時代の日本では、排泄物も肥料として有効利用される。

おそらくここにある便所でも、排泄物は何らかの形で回収されるのだろう。


紙は備え付けの物が置いてあった。

それは『浅草紙(あさくさし)』というもので、その名の通り浅草周辺で作られた紙である。

再生紙であり、和紙と墨の色からか灰色であった。

ただ質が悪いため、鼻紙や落とし紙(要はトイレットペーパー)に用いられた。


「ここでしろってことか……。マジか……。」


とりあえず雪緒の中で、そのトイレはなるべく使わない方向で考える。


だが、それは無駄な足掻きだった。

結局この後、雪緒らはこの座敷牢にしばらく放置されてしまったからだ。

用を足さなければ命に関わってしまう。背に腹は変えられない。

ただ、放置はされていても飯は普通に出るし、拷問もない。

そもそも見に来る人もいなかった。

強いて言えば、"暇過ぎる"くらいだろうか。


だが、雪緒にとってここから"それなりの地獄"が始まる。


「ここ飽きたぁー!つまんなーい!スマホ繋がんないしー!……あ!チューチュー!待てー!」

「みっこ!また変なの触らないでよ!ちょ!鼠は汚いからダメだって!ああ、もう……。」

「あー!わさわさだぁー!」

「ぎゃあああああ!やだ!みっこ!助けて!そ、それ遠くにやって!掴んじゃダメだからね!って、うわ!こっち持ってくんな!ちょお!オマエ、マジ……、ああああああ!!やだあああああ!!」


みっこが、"駄々をこねて諦める"というルーティンを何度か重ね。

更に"動くものを捕まえては雪緒に見せる"というルーティンも何度か重ねる。

そして、雪緒が精神疲労で涎を垂らし、油断した頃にようやっと迎えが来た。


結局、事態が進展するのは、牢に入ってから三日後であった。



雪緒とみっこは、ようやく地下の座敷牢から出される。

二人は、両手ごと身体をぐるぐる巻きに縛られて歩かされた。

雪緒は不安でいっぱいだったが、ここは従うしかない。



──────江戸城・地下・別室。


目的地にはすぐ着いた。

そこは、床一面に硬い土が敷いてある土間だ。

雪緒は両腕を縛られたまま、そこに跪かされる。

そして、目の前に、水の張ったタライが置かれた。


(ご、ごごごごご、拷問だぁあああああ!?)


すでにテンパっている雪緒。


「違っ!違、違う!違うんです!!だからえっと……、違ううう!!」


縛られている雪緒を押さえつける男たち。

なんとか抵抗しようと、半泣きになりながらジタバタともがき始める。

そして、雪緒はとうとうタライの水に顔を押し付けられた。


「ぐばぁ!違うんです、これには……ぐほぉ!ゴホッ!私は別……、ブワァ!!ああああ!!」

「ええい!なんだオマエは!?喋るな!!」

「ごぼっ!……おえっ!違っ!私っ……、おぼぉあ!ブフォ!!むああああ!!」

「息を止めんか!なんでオマエは、わざわざ水の中で喋ろうとするのだ!」

「わた……ぶほわっ!!何かの間違……、おぼぉ!!ううう、飲んじゃった……。」

「分かったから喋るな!終わったら聞いてやる!まず顔を洗わせろ!」

「洗う……?ぶっ!ぶぶぶぶぶぶぶっ!……ブハッ!」


もはや鼻水なのか涙なのか分からない。

そして、何度か水に浸けられ、手拭いで拭き取られる。


「なかなか取れんな……。お前は一体、顔に何を塗ったのだ。なかなか取れんではないか。……って、うわっ!水がえらいことになっとるな。オイ、ちょっと水を換えてくれ。」


その後、タライの水が交換される。

目の周りに多少残っているものの、雪緒の化粧はだいたい落とせたようだ。

だが、拷問と勘違いした雪緒はグッタリしていた。

暴れに暴れ、メイクを含んだ水も結構飲んでしまった。


「オイ。……で?何だ?何か言いたいことがあるのか?」

「あ……、いえ、もう……、結構です……。」


ぐったりと土間に寝っ転ぶ雪緒。

まるで泥酔したトドのようだ。


だが、ここで予想外の事態が発生する。


「ぎゃあああああああああああ!!やんだあああああああああああ!!うぼぼぼぼわああああああ!!」


みっこの叫び。

それは、今までのような楽しげなものではない。

この世の終わりとでも言わんばかりの、大絶叫であった。


「こ、これ!足!足を離さんか!!」

「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!」


次はみっこの番だった。

だが、雪緒の化粧が落とされたのを見て、みっこは豹変してしまう。

侍の小脇に抱えられていのだが、両足で柱にしがみついてしまったのだ。

それはもう巨大なクワガタのようだった。

凄まじい必死の形相で、あらん限りの力でガチガチにしがみつく。

相当な馬鹿力なようで、侍も三人掛かりで引き剥がしにかかる。


「きええええええええええええええええええええ!!」

「この!男三人でも……、ぬおお!力を抜けぇ!顔を洗うだけだぞ!?」

「離さんか!この!強っ!ちから強ぉ!?」

「このぉ!って、ななな、なんだこれ!?お前、本当に人間か!?」

「うぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!」


みっこは新種の巨大クワガタさながらに、奇声を発しながら柱にしがみつく。

これがもう嘘みたいに、びくともしない。

結局、近くにいた男五人でようやっと引き剥がした。


「おんぎいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「あ!また、此奴!?」


だが、今度は地面に足を突っぱねて、再び抵抗を始めた。

しかも、男五人で押してもびくともしない。

その時、侍の一人が機転を効かし、みっこの足を軸にクルッと半回転した。

こうなるともう、みっこは引き摺られていくだけだった。

しかし、それでもつま先が土間の硬い土にゴリゴリと溝を掘っていく。

そして、侍たちはようやくみっこをタライの前に座らせた。

だが、今度は顔がつく水面スレスレで堪え始めた。


「うぎぃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「おおおい!?なんなのだ、此奴は!?こ、この力!?こ、こっちは男三人掛かりなのだぞっ!?」


頭を押さえつけるのにさえ、男三人で体重をかけてもまだ堪える。

一体、彼女の何が、そこまでの底力を引き出しているのだろうか。


おそらくそれは『火事場の馬鹿力』。

人間には、普段から抑制するリミッターがかかっていると言われている。

だが、危機的な状況下では、限界を超えた力を出してしまうことがあるのだ。

それは、肉体のリミッターすらも外してしまう。

みっこにとって、今それぐらいの危機的状況なのだろう。

"化粧を落とす"というだけのことが。

明らかにそれは、常識を超えた力であった。


しかし、抵抗を続けたみっこであったが、結局化粧は落とされてしまった。

さすがに途中からは諦めたのか、全く抵抗をしなくなっていた。

男らも必死だったようで、息を切らしている。


「全く、凄まじい抵抗をしおって……。本当にもののけなのではあるまいな!?ほれ、綺麗さっぱり拭き取れたぞ?顔を上げよ。全く、顔ぐらい自分で洗……、わせ……。は……?お、お前……、なんだその顔は……?」


男はみっこの顔を拭いていたが、なぜだかその様子がおかしくなっていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ