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第5話 彷徨

前半に少し残酷描写があります。

大老・坂衛讃岐守の暗殺から、すでに数刻が過ぎた。

火の手は其処彼処から上がり、夜というのに江戸は喧騒の中。

それは謀反人、信綱・十一らによるものだ。

屋敷の場所は、事前に下調べが済んでいた。

あとは、淡々と簡単な作業を進めていくだけである。

老中と屋敷の者らを殺し、屋敷に火を放つ。

その後は闇に紛れ、別の屋敷を襲撃していくのだ。


徳川勢は翻弄されてしまっていた。

なにせ、あちこちから順不同に火の手が上がってくるのだ。

しかも、それ以外の情報が一切入ってこない。

目印は、立ち上る白煙と炎だけ。

徳川勢には、今、賊がどこにいるかも分からない。

なぜなら、賊を見た者はすべて殺されてしまっていたからだ。

結局、すべての老中は信綱によって暗殺されてしまった。



──────江戸城・大手門。


信綱らは、大手門近くに差し掛かる。


『大手門』は、江戸城の正門にあたる。

大名が登城する際に通る門であり、いわば正面玄関とも言える。

つまり、江戸城ではトップクラスに堅牢な門でもある。

たとえ敵が大群を率いて攻めたとしても、容易に落とせるものではない。

だが、そこに徳川勢の油断があった。


辺りには、武家屋敷が立ち並び、高い塀が連なる。

十一を含む鷲目衆五名は、その塀の上を駆けていく。

だが、彼らは一切の足音も立てず、軽やかに突き進む。

まるで、そこに瓦など無いかのように。

そして、信綱は一人、地に足をつけて駆けていく。

その行先を武装した侍らが阻むも、十一らは決して手出ししない。

なぜなら、その必要もないからだ。

信綱の持つ殺意が弧を描くと、侍たちは容易に膝をついて倒れる。

これまでの道に、それらが吹き溜まるように折り重なっていた。


「ハハッ!実に愉快!旦那、本当に凄いな、マジで鬼神だ。一人でも、余裕で城を落とせるんじゃないか?……と、オイ、オマエら。仕事だ、火縄を潰せ!」


十一ら鷲目衆は、信綱の行先に火縄銃の隊列を見つける。

火縄銃隊はこの夜の闇の中、横三列に並んで待ち構えていた。

辺りが火事で明るいため、夜とはいえ多少の光源はある。

それでも、彼らはすぐ近くに篝火をつけていた。

それは、一発撃つ度に弾を込め直す必要があるからだ。

だが、そのせいで鷲目衆にとって恰好の的となってしまった。

鷲目衆は、火縄の射程外から一斉に銃弾の雨を降らす。

火縄銃隊は一発も放つことなく、無惨にもその命を散らした。

実はこの時の徳川勢と鷲目衆では、使用する火器に天地の差があったのだ。


徳川勢が使用しているのは『火縄銃』。

幕末以前に広く使われていたマッチロック式のマスケット銃である。

引き金を引くことで、火のついた火縄から発射薬に点火する仕組みだ。

その特徴は、銃身の先から弾丸と装薬を押し込む"前装式(ぜんそうしき)"であること。

そのため、撃ち終わる度に弾を込め直す必要があった。


それに引き替え、鷲目衆が持つのは『村田銃』の模造品だ。

明治から日本軍で正式採用されていた、初の国産小銃である。

その特徴は、金属製薬莢を利用し、後部から装填する"後装式(こうそうしき)"であること。

更にボルトアクションにより、弾の装填と排出を容易に行うことができる。

また、銃身にはライフリングと呼ばれる螺旋の溝が施されており、ジャイロ効果で銃弾の直進性が向上している。

軍用銃ではあるが、民間へ払い下げられて猟銃としても活躍していた。


その構造の違いから、再装填のスピードは段違いであった。

そして、大きな違いがもう一つ。それは射程である。

条件によっても前後するが、火縄銃の射程は通常100m程度。

村田銃は、その開発時期にも寄るが最低でも1500mはあった。

現在鷲目衆の持つ村田銃は、本来江戸時代には存在しない物。

構造を再現し、一から作り上げた模造品であり、本物より随分と精度が低い。

そのため、まだ精々500〜600m程度の射程しかなかった。

だが、相手が火縄銃であるなら、百戦百勝の代物である。


十一は笑いが止まらなかった。


「ふはっ!奴ら、やっぱまだ銃は作れてねぇみたいだな!そんなオモチャで何しようってんだ?笑かしてんじゃねぇぞ!!」


そのすぐ側では、信綱が鬼神の如き動きで侍を殺し続けた。

しかし、そのせいで徳川勢は怖気付き、誰も近寄ってこなくなってしまう。

信綱の歩みに合わせて、侍らは必死に距離を保とうとする。

そのため、急激に効率が悪くなってしまった。


「仕方がないな……。」


そこで信綱は死体の刀を手に取り、その重心を確かめた。

そして、それを逆手に持ち替え、遠巻きに距離を保つ侍へと投げつけた。

それは投げやりのように少し弧を描き、侍の喉元へと吸い込まれていった。

闇の中に飛沫が散り、侍は膝を折って倒れた。

それを見ていた他の侍たちは、脱兎の如く逃げ出した。

だが、信綱はそれを追わない。

大老らを殺害し、すでに必要な時は稼いだ。

今頃、そこらじゅうで徳川の侍が走り回っているはずだ。

信綱の仕事は、これから本丸へと向かい、徳川の血筋を絶やすだけなのだ。


十一は、信綱の力量を目の当たりにし、妙な薄ら笑いが出てきてしまう。


「へ、ふへっ!なんでもありだな。旦那だけは敵にしたくないぜ。」

「ところで……、随分と弾を使うのだな。サポートだけで良いのだぞ?」

「だから、サポートに徹してますって。こう暗いと命中精度が保てなくてね。さすがに暗視スコープも無いし。まぁ、あちらさんは馬鹿みたいに明かりを焚いてくれるんで、良い的ですがね。さて、もうそろそろ門が開く頃かと。」

「ほう、仕込んでおったか。抜かりないな。……ん?間者がいるのなら、予め火縄を潰しておけば良かったのではないか?」


十一はニヤリと笑みを浮かべる。


「旦那、それは野暮ってもんだぜ?正面から一方的にやられてみなよ。より絶望感すげぇでしょ?演出、演出。」

「悪趣味なことを……。まぁ、私は私の復讐に邪魔が入らなければ、文句はないがな。一番奥まで案内(アテンド)してくれるのだろう?」

「それはもう。これで徳川が滅亡するなら、お安い御用で。まぁ、迷葉様は悔しがると思いますがね。」

「お主、転生前は、徳川に味方したこともあったのではなかったか?」

「それはそれ、これはこれ。それに、俺はもう雑賀衆ではないので関係ないですよ。……ああ、旦那、見てくださいな。ほぅら開いた。大手門のご開帳だ。阿婆擦れにキツイの一発食らわせましょうぜ。」



──────江戸城・下条門。


一方その頃、雪緒ら。


「あははははははははは!」


ひたすらにテンションの高いヤマンバ。

雪緒は肩で息をしていた。


「ハァハァ……、もう死ぬぅ……。ダメぇ……、ああ、んがぁ……。」


口の端から唾液が漏れる。

もはや口を閉じていられないほど、雪緒はギリギリだった。

雪緒とヤマンバは、ここまで全速力で走ってきたのだ。


将軍を逃してしまい、侍に取り囲まれた後、実は奇跡が起こった。

見知らぬ黒装束の者が現れ、何人かの侍らを倒してくれたのだ。

相手は刀を持った侍だというのに、その者は打撃で次々と昏倒させていく。

そして、囲みが緩んだ時、黒装束が合図をした。

雪緒は、黒装束が誘導するように走り抜ける。

すると、黒装束が何かを地面に打ち付け、一気に白煙が上がった。

それは辺りを漂うように埋め尽くし、完全に視界を塞いでしまう。


(忍者だ!本物の忍者だっ!煙玉!煙玉っ!!)


雪緒は興奮した。

なにせ、それはもうステレオタイプな忍者であったのだ。

身体を丸め、機敏に動く。雪緒らよりも身体はずっと小さい。

だが、その迷いのない動きに、雪緒は一瞬で信用してしまった。

なにせピンチを救ってくれた人だ。

相手が何者かなんて、この際大した問題ではないのだ。

だが、本来なら江戸時代にこのような者は存在するはずはない。

なぜなら、黒装束の忍者というものは、後の世の創作である。

もしも、雪緒が冷静であったならば、知らずとも多少は警戒しただろう。


「がはっ!……ハァハァ、げへっ!……うう、ちょっと吐きそう。……って、あれ?さっきの忍者さんは!?あれ?あ、いた!あっち、ヤマンバちゃん!やっぱりあの人、誘導してくれてる!」


忍者は、素早い動きでどんどん先へ行ってしまう。

ヤマンバは笑いながら走るが、雪緒はついていくのもやっとだった。

脳に酸素が回らず、思考がまとまらない。

だが、それでも雪緒は考え続けて気付いた。

そして、急に不安を覚える。……あまりにもうまくいき過ぎていることに。


「げはっ……、んぐっ!……あ、あの人、侍倒してくれたから、たぶん味方だと思うけど……。江戸時代に知り合いなんているわけないし……。でも今はついていくしかないし……。ハァハァ……、ああもう、これどうしたら!」


そうこうしていると、目の前に門が見えた。

そして、その前には侍たちの姿。


だが、様子がおかしい。

そこには二名の侍と、倒れている数人の侍がいたのだ。

しかも二名の侍が、なぜか門の巨大な(かんぬき)を外しているところだった。

雪緒には、まるで状況が分からない。

一瞬、忍者がやったのかと考えるが、忍者の姿はまたどこかへ消えていた。

その場を一見すれば、侍同士で殺し合いをしたとしか思えなかった。


「忍者さん!?この人らも味方なの!?ってあれ、もしかして、殺しちゃってる!?」


しかし、雪緒の思惑は外れた。

背後から走ってきた雪緒らに、侍らはひどく驚いたのだ。

つまり、確実に味方ではない。


「おおお!?な、なんだ貴様らはっ!?……って、ひぃ!?」

「ああもう!行くしかない!さぁ、ヤマンバちゃん!……ひぃ、ごめんなさい!通ります!」

「なっ!?オイ、オマエら、待てぇ!!」


二名の侍は、雪緒らを制止しようとしたが、急なことで対応が遅れる。

そして、雪緒とヤマンバはそのまま門の外へと出ていく。


だが、そこには予想していなかった光景が広がっていた。

すぐ近くに、数名が立っていたのだ。

刀を持った女。そして、その後ろに深紫の装束を着た者ら。

そして、彼らは江戸時代らしからぬ銃を所持している。


そうつまり、信綱と十一ら鷲目衆だ。


「ええ!?」


今までの侍とは全く違う装いの者らが現れ、雪緒は一瞬固まる。

だが、それは信綱や十一も同様であった。

なにせ、開いた門からゴスロリとヤマンバが出てきたのだ。

十一は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


「はああ!?ゴ、ゴスロリ!?って、ヤマンバ!?な、なんで!?」


両者が相見えたその時、実はすぐ近くの壁の上に人影があった。

それは、先ほど雪緒たちを誘導していた黒装束の忍者だ。

その者は口元の布を捲り、口元を露わにする。


「ゴスロリにヤマンバ……。立ち塞がるは、最強の剣客"上泉伊勢守信綱"。そして、銃の名手"雑賀孫市"。さて、どうなるか。生きたくば足掻け、己が運命を切り拓け。そして、証明しろ。一体誰の転生者か見せてみろ。」


そして、忍者はニヤリと口角を上げる。


「どちらかは、半蔵か小太郎あたりだと嬉しいのだがなぁ。ケケケ……。」

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