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第4話 復讐

後半に残酷・暴力描写があります。

──────江戸城・中奥。


廊下をゆっくりと歩いていく白い着物の男。

その後ろを、雪緒が薙刀を構えながら挙動不審についていく。

大奥からは逃げられたものの、状況は明らかに悪化していた。


(どどど、どうしよう!?どうしよう!?)


気が付けば、周りは侍だらけ。

丁髷(ちょんまげ)の男たちが腰の刀に手をかけ、じっとこちらの様子を窺っているのだ。

先を進む度に、まるでモーゼが海を割ったように丁髷が左右に退いていく。

だが、雪緒は、いつ後ろから斬られてもおかしくない状況。

常時緊張と警戒を続け、威嚇し続けなければならない。

脳がキャパオーバーし、雪緒は無意識に口をパクパクとさせている。

あまりの緊張に、心中はもう叫び出したいのだ。

だが、決して大声は出さない。

本能的に刺激してはいけないことを察していた。

だから、心の中で叫ぶ。


(騙されたぁーーっ!!絶対こっちじゃない!!このオヤジぃ!!)


中奥へ抜けると女中はいなくなり、雪緒は一瞬ホッとした。

だがそれも束の間、代わりに侍に囲まれることとなった。

どちらかといえば、よりピンチになったと言っていい。

振り返りもせず、目の前を平然と歩く白い着物の男。

彼は人質らしい素振りもなく、威厳たっぷりに堂々と進んでいく。

雪緒は悪化する状況に、後頭部をぶん殴りたい衝動に駆られてしまう。

なぜこんな最悪な状況になっていったのか。

恐らく平常時の雪緒であれば、そこに考えが及んでいただろう。

彼が"将軍"であり、徳川の心臓を鷲掴みにしていることに。

だが、急に見知らぬ場所に転移し、思いのほか混乱していたのだ。


そんな中、周囲の丁髷らはじっくりと隙を窺っていた。

そして、背後からにじり寄る。

だが、すぐにさっと波が引くように、また丁髷の海が割れた。


「……ひぃいいいっ!?」

「うわあああああああああ!!」


侍らが絶叫する。

彼らは退くのではなく、逃げた。

それは、奥から異形の者が走ってきたからだ。


「ぼぼぼぼわあああ!お祭りだぁ!わしょーい!」


小さきフィジカルモンスター・ヤマンバ。しかも、薙刀二刀流。

彼女は急に立ち止まり、何か奇妙な動きをし始める。

まず、上半身だけを小刻みに上下させ、リズムをとる。

それを何度か繰り返すと、急に両手を広げて叫ぶのだ。


「オーレぃ!」


ヤマンバシャウトに、ビクッと反応する侍たち。

もはや誰も近付けない。

雪緒も若干呆れ気味だが、ヤマンバが抑止力になっているのは確かであった。

目障りだが、今は丁髷除けと思って放置するしかない。


「なんなの、そのアメリカヤマギシみたいな謎ダンス……。ああ、それもしかして、リオのカーニバル?……あれ?オーレって、スペイン語じゃ?でもリオってポルトガル語じゃなかった?……ってそんなことどうでもいい!ヤマンバちゃん、こっち!……もう進むしかない!」


そうこうしていると、建物の外へと出た。

しかし、雪緒はどんどん混乱していく。

外に出ても、塀に囲まれた場所にしか出ないのだ。

もはや雪緒にとってここは、丁髷が住まう迷宮でしかない。

現在地も分からないし、どこへ行けば良いか皆目見当もつかない。

ただ、今までの情報を統合すると、ここが何なのかは予測がつく。

城、女中、薙刀、侍、丁髷、刀、そして"徳川"というワード。

だが、理性がそれを認めようとはしない。


「本当に!?本当に、そういうこと!?江戸!?ここ、江戸ぉ!?江戸城!?江戸城!?」


雪緒の問いに、将軍がさも当たり前のように答える。


「その通り、ここは江戸城。其方らの言葉を借りると、今は"江戸時代"だな。」

「え、あ、いや。その、解説ありがとうございます。……って、いや、なんで!?江戸時代の人が、"今は江戸時代"って!?」

「何もおかしいなことはない。其方らのような者が他にもおるというだけだ。最初は儂も驚いたがな。もう何人も見ておると、未来の者でも分かる。恐らく其方は悪人ではないのだろう。混乱しておるだけだ。」

「他の未来から来た人に、未来の話を聞いたということですか……?」

「そうだ。そうして徳川に仕える者もいる。」

「なるほど……。」


だが、雪緒は、普通に話す将軍に油断して手を緩めてしまった。

将軍は、その隙を見逃さない。

雪緒の側からスッと身を退き、周囲の侍らの中へ入ってしまった。


「ああ!しまった!!」

「すまぬのう。其方らから、是非とも未来の話を聞きたいのだがな。今はそれどころではなくてな。許せ。」


雪緒は、一気に侍に取り囲まれてしまう。

将軍が建物の中へと戻っていくと、すぐに小姓が近付いてきた。


「して、状況は?」

「確認できる賊は五名。例の銃を用いている様子。秀吉に連なる者かと。おそらく讃岐様は……。」

「そうか、とうとう来おったか。……"あれ"を出せるか?」

「え、いえ、あれはまだ……。」

「何でもよい、全て出せ。でなければ、徳川は今夜潰えるぞ。」


その場を離れていく将軍。

雪緒とヤマンバの囲みは、少しずつ狭まっていった。


「うわあああ!これはまずいいいいいい!」

「オーレぃ!」



──────江戸の城下町・松依(まつえ)童雀(どうじゃく)の屋敷。


童雀は屋敷の屋根に登り、周囲を見渡す。

遥向こうに、炎上する大きな屋敷の屋根が見える。

白く立ち上る煙は、上空にスクリーンを作り出す。

それが炎に照らされ、煌々と明るく辺りを浮かび上がらせた。

その屋根の上に、(さとり)もやってくる。

彼女は、小さな身体で瓦屋根を少しずつ這い上がってきた。


「ハァ……、こちらにいましたか。」

「見てみい。えらいことになっとるわ。あれ、こっち来んやろなぁ?」

「童雀様、こんなところで油を売っていないで、すぐに登城しませんと。」

「なんでやねん!わざわざ火ぃ中に飛び込むバカがおるかい!秀吉やったらどないすんねん!カモネギやろ、カモネギ!ボク、恨まれてんねんぞ!……って、まぁボクの素性知っとるのキミだけやけど。裏切ったらあかんで?」

「いえ、あの一応、相談役なんですから……。」

「相談役言うても、流離者(さすらいもの)関連だっけやろ?ボクの仕事はリクルートやで。そもそも戦闘向きやないねん、ボク。ただのJCやで?」

「それでしたら、これも関連しているかと。賊は信綱、他五名のようです。」


童雀は、扇子をリズミカルに自身の額に打ち付ける。


「かー、やっぱりか。……あっこ、あの燃えとんの。讃岐のヒヒ爺のとこやろ?そら、しゃーないわ。一番恨まれとるもん。因果応報や。さっさと斬られといた方が、ある意味徳川のためや。うん、とりあえず拝んどこな。」

「いえ、大老が暗殺されでもしたら、とんでもなことですよ?そんな悠長に構えている場合では……。」

「……まぁ、秀吉でないなら放っておいたらええねん。しゃーない、ボク関係あらへんし。そもそも信綱アイツ、なんで三年経ってから来てん?もうめんどくさぁ……、知らん知らん。」

「あ、いや、それが……、無関係というわけでは……。信綱は今まで単独行動していましたが、今回は徒党を組んでおるようです。実はその……、信綱の他の五名の中に、顔見知りが一人。」


だが、童雀は、大仰に両手で喉を締める仕草をした。

それは、必死の"聞きたくないアピール"だ。


「あかん!持病のしゃっくりが!しゃっくりでなんも聞こえへん!おぅふ!」

「秀吉配下の……。」

「あー!知らん!知らんがな!ボク、なんも知らんでー!!」

「……十一(といち)がいます。」

「言わんでええねん!絶対嫌な予感したわ。って、誰やねん!?十一て誰?」


智は、深いため息を吐く。


雑賀(さいが)孫市(まごいち)の転生者ですよ……。秀吉が銃関連の技術を握っているからなのか、すっかり手懐けられているようですね。まぁ、孫市の名は、世襲していくもののようですから、その誰かは分かりませんけど。」

「はー、あいつか。でも、そんな名前やったっけ?あれか、十一て、こっちでの異名的なやつか。ちょっと厨二病入ってへん?まぁええけど。というか、よくよく考えたら信綱アイツ。アイツだけ、なんで転生前の名前そのまま普通につこてんねん。それはそれで厨二病やろ。クソ寒いわぁ。」

「それを言ったら、私たちも転生前や現代の名前は使ってませんけど。」

「智くん。キミ、ちょいちょいボクの揚げ足とってくんねんな。そういうのあかんよ?一応、ボク、キミの上司やねんから。敬え敬え。でもまぁええよ?ボク優しいからな。ニコニコ受け流すでー。……あ、せや!ボク、用事思い出したわ。用事思い出したから、ドロンするで。……ドロン!ほな、おおきにー!」


童雀は、そそくさと屋根に立てかけた梯子を降りていく。


「ちょ、童雀様!どこへ行くんです!?」

「孫市おるんやったら、秀吉いるかもしれんやんけ!カモネギやろが!付き合ってられるかいな!ほな、ドロン!」

「ああ、ちょっとぉ!?」

「ドロンしたから、ボク、ここにもうおらへんでー!」


階段を降りきった童雀は、走ってどこかへ逃げていく。


「いや、あのですねーっ!?……ってその雑な関西弁、いい加減関西の人に怒られますよぉー!!」



──────江戸の城下町・坂衛(さかえ)讃岐守(さぬきのかみ)の屋敷。


そこは江戸城・"西の丸"の東に位置する。

すでに、屋敷には火が放たれていた。

木材が焼ける臭いが充満し、あちこちから白煙が上がっている。

襖や障子に火が移り、紙が捲れてパチパチと火の粉を散らす。


そこに十一がいた。この者、流離者であり、女である。

だが、前世の記憶が色濃く残っているのか、その仕草は随分ガサツであった。

頭をかきながら、大あくびをし、片足で襖を蹴り開ける。

彼女は一通り屋敷を回り、火をつけて寝所へと戻ってきたのだ。


そこには、信綱と大老・坂衛讃岐守がいた。

そして、坂衛の隣には半裸の若い女。

彼女は、怯えて血の気が引いており、声も出せないようだ。

大老・坂衛の喉元には、信綱の切っ先が突きつけられている。

信綱の刀に炎が反射し、夜の闇に牙のような殺意がギラリと姿を現す。

十一はその様子を見て、目を細める。


「信綱殿、こちらは完了した。……なんだ、まだ殺ってないのか。さすがの阿呆共でも、立ち上る煙を見れば、すぐにもやってきますぜ?」

「ああ、十一殿。此奴に、燃え落ちる屋敷を見せようと思ってな。……なぁ、坂衛。綺麗だなぁ、まるで大輪の花だ。あの世からも見えるだろうか。」


坂衛はギリギリと信綱を睨みつける。

だが、すでに絶体絶命。寝込みを襲われ、反撃する間もなかった。

恐らく、家の者はすでに誰も生きてはいないだろう。

坂衛は、一瞬だけ隣の若い女を横目で見る。

たとえば、この女を盾に虚を突けば……。

だが、それも意味がないとすぐに悟る。

理由は説明できない。

少しでもその素振りを見せた瞬間、命が終わる気がした。


「おのれ、信綱。この畜生が。何をやっておるか分かっていないようだな。もはや天下の大逆賊ぞ!?謀反なぞ……、ひっ!?」


信綱は、その言葉を遮るように刀に殺意を込める。


「……大老か。楽なものだな、坂衛よ。屋敷でふんぞり返って、女を抱く暇があるとはな。愚鈍な為政者ほど始末の悪いものはない。生かすも殺すも、貴様の匙加減。振り回される民はなんだ?家畜か?……このような男に、おなつの尊い命を汚されたとはな。」

「誰……、だと?」


信綱は目を瞑り、遠くにありし情景を(まぶた)に映す。


「あの娘は貧しい家の出だった。幼い頃に身売りされ、頭のおかしい男に飼われておったな。その後、私が引き取ったが、本当に働き者であった。私は彼女の手が好きだ。焼けた肌も煤けた髪も。何より、素直で優しい心根が好きだ。それに、ふとした拍子に見せた表情、それはもう太陽のようであった。」


目を見開いた信綱は、その眼光を坂衛へと向けた。

その目には、凍りつくかのような殺意が滲む。


「だが、その光をオマエが汚した!この薄汚い下衆が!……地の底はさぞ寒かろう。せめて、墓標に血の花を捧げ、慰めにしよう。死で(あがな)え、坂衛。」


だが、坂衛は困惑していた。

信綱の話の内容が、全く理解できないのだ。


「先ほどから貴様は、一体誰のことを話しておる!?だ、誰だと?おなつ!?そんな名前、聞いたこともないわ!!…………くはっ。」


坂衛の膝の上に、肩の上のものが落ちる。

そして、その上体が倒れると、半裸の女の膝に飛沫が散った。

拍子に坂衛の身体が少し跳ね、膝の上の物が女の元へと転がっていく。


「ひ、ひぃいい!?」


信綱は刀を振り、血を飛ばした。


「オマエ如きが、おなつの名を口にするな。……穢れる。」


半裸の女は、次は自分が死ぬ番だと思い、信綱を見る。

しかし、信綱は踵を返して背を見せた。

そうして信綱は、ゆっくりと部屋の外へと歩いていく。

女は狼狽えながらも意を決し、背を丸めながら立ち上がった。

信綱の機嫌を損ねないように、そろりと歩き出す。

そして、信綱と十一の横を通り過ぎて部屋を出ていく。

女は、ほっと胸を撫で下ろした。


だが、次の瞬間、女は大きな音を立てて倒れた。

首から波濤のように、血が噴き出す。

十一の手には、血に濡れた苦無があった。

信綱は十一を睨みつける。

だが、十一は両手を大仰に振って敵意がないことを示す。


「おっと旦那、俺は殺さんでくださいよ?徳川に関係する一族郎党皆殺しにするんでしょ?これの腹に、坂衛の子がいたらどうすんです?」

「産んだ後にでも殺せば良かろう。十一殿、約束、忘れてはいないだろうな?」

「分かってますって、今日はサポートだけってんでしょ?迷葉(めいよう)様の命も、あくまでも助っ人。我ら"鷲目衆(わしめしゅう)"が、脇を固めてさしあげますよ。安心して、斬りたいだけ斬ればいい。」

迷葉(めいよう)鹿頭火(かずか)……。秀吉め、また珍妙な名を名乗りよって。それに、"鷲目"とはな。たしか、雑賀は"(からす)"であったな。」

「ええ。三本足のね。なので、こちらは烏の天敵である"鷲"にしてみましたよ。それに、銃と言えばイーグルアイ。なかなか粋でしょ?」


信綱は口元を緩ませる。


「ふっ、変わった奴よ。孫市の転生者が、雑賀を貶めたいのか?」

「そりゃもう。銃の名手は何人も要らんので。我らが鷲目衆だけでいい。」

「それになぜ秀吉に与する?ヤツは、雑賀を潰した男ではなかったか?」

「雑賀が滅亡した時、俺はとっくに死んでいましたんで。正直、何の感傷もありませんな。俺は合理的なんですよ、旦那。良い銃が手に入るなら、何だってやりますぜ。あとはそれを存分に使う場があれば、尚良し。」


信綱と十一が話していると、深紫(こきむらさき)の頭巾の者が駆けつけ、膝をついた。

おそらくは鷲目衆の一人だろう。


「お頭、そろそろ……。」

「オウ。さて、信綱殿。」


だが、この時、屋敷の門が開かれた。

そして、幾人もの武装した侍たちがなだれ込んでくる。

集団は、大きな足音を響かせながら向かってきた。


その瞬間、周りに潜んでいた鷲目衆の銃が、次々と火を吹く。

侍たちは、バタバタと人形のように倒れていった。


「ぐっ!貴様らぁ……っ!」


撃ち損じたのか、一人だけ侍が顔を上げた。

十一は背中の銃をくるりと回して構え、一瞬の間もなく引き金を引いた。

その銃弾は、侍の眉間に(あな)を穿つ。


「オマエら、殺るならきっちり殺れ。」

「申し訳ございません。」

「……といってもまぁ、まだ精度が甘いからな。今はこんなものか。」


十一は銃のレバーを引き、廃莢させる。

そして、すぐに次弾を装填し、レバーを戻す。

信綱は、十一のその素早く正確な射撃に心底驚いた。


「なるほどな。秀吉が随分と其方を推しておったが、ようやく合点が言ったわ。たしかに良い腕だ。」

「どうです?手を組む気になったでしょ?まぁ今回は助っ人として、サポートに回りますがね。」

「基本は、あちらの火縄を牽制してくれれば良い。飛び道具が相手では、私も分が悪いのでな。剣士は無視して構わない。私が全員斬り殺す。」


信綱は懐から水筒を取り出す。

水筒の口を開け、中の水で刀をさっと(すす)いだ。

そして、刀を払って、血と水を飛ばす。


「さぁ、行くか。……今宵、我らで徳川を終わらせるとしよう。」

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