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第28話 死闘

残虐・暴力描写があります。

──────常陸国の山中。


蝦夷地から遠く離れた場所。

そこには、先を急ぐ雪姫一行の姿があった。

だが、雪姫は突如崩れ落ちるように倒れ掛かってしまう。

蒼は慌てて雪姫の肩を支えた。


「雪姫様っ!?どうしましたっ!?」

「いけません……っ!そんな……、なぜ……!?」


雪姫はしゃがみ込み、両手で顔を覆った。

そして、すぐに両手をゆっくりと下げ、自身の周囲を確認する。

その顔は青ざめ、今にも倒れてしまいそうな表情だ。

ほんの数秒であったが、雪姫の目には別のものが映っていた。

蒼はすぐに察する。


「まさか、万華鏡がっ!?なぜ今!?」

「分かりません……。ですが……、お雪ちゃんと恋十郎様に危険が迫っております。事は命に関わります。このままではお二方は……。」

「もしや、蝦夷地で何か問題が……っ!?しかし、遠く離れた場所で、我々にできることは何も……っ。」

「私にも、なぜ今、万華鏡の更新があったのかは……。恐らく、私たちには知る由もない何かが、……起こっているのやもしれません。」


(どうか、お雪ちゃん、恋十郎様。無事に帰ってきて下さい。どうか……。)


雪姫は、ただただ祈ることしかできなかった。



──────札縨・町中の通り。


雪緒は必死に身を捩って、地面を転がってそれを躱す。

振り下ろされた釘バットは、地面を抉るようにめり込んでいた。

雪姫から頂いた雪緒の着物は、すでに泥だらけ。

黒く美しい色彩も、今はもう見る影もない。

もはや恥も外聞もなく、這いずろうとも躱すことを優先するしかない。

今の雪緒はギリギリの状況で、体裁など気にする余裕はなかった。


血に塗れたパンダの着ぐるみは、ただ淡々と釘バットを振り回していた。

まるで感情のない殺戮マシーンのようで、そこには何の感情も汲み取れない。

思考が読めないとなれば、予測もし辛く、どうしても後手に回ってしまう。

そして、とにかく装備の相性が悪い。

特に、着ぐるみの中の金属板が厄介だった。

恐らくは手の甲や足の脛にも、何か硬いものを仕込んでいると思われる。

蹴りを入れてみたが、びくともしなかったのだ。

釘バットの二刀流にしても、思いのほか厄介な代物であった。

まともに受け止めれば、刀を折られる可能性もある。

釘に引っかかれば、刃こぼれだってするかもしれない。

実際、いなしてはみたものの、引っかかって危なく刀を手放しかけた。

その特徴を列挙してみても、とにかくやり辛い相手だと再度思い知らされる。


「ねぇ、アンタ何なの!?聞こえてんでしょ!?」


雪緒は、先ほどからずっとこの着ぐるみに問いかけている。

だが、聞こえているような素振りは全く見えない。

その意思疎通の取れなさは、人間大の昆虫を相手にしている気分だ。

できれば、さっさと行動不能にしてしまいたいが、それも少々厳しい。

なにせ関節部分ですら装甲の隙間がなく、硬い何かでガードされているのだ。


(コイツ、中に鎧でも着てんの!?反則でしょうが!!……ダメだ。こんなの、まともに相手してらんない!冷静に考えるんだ……っ!)


もしかすると中は、西洋甲冑のようなものなのかもしれない。

そうなれば、刀で斬ったり突いたりというのも現実的ではない。

これが全身を覆うプレートアーマーだとすれば、弱点は兜前面の穴だけだ。

ただこの手の鎧は、総重量が30〜50kgもある。

着ぐるみ分も加えれば、相当な重量になるはずだ。

常人は動くこともままならないはずだが、この相手はそれなりに素早い。

間合いを詰めていては、対策を練ることもままならない。

それで雪緒は、釘バットをいなすことを諦め、距離を取るように努めた。

相手にも余裕を与えてしまうが、ペースを握られてしまうよりはマシだ。

ただそれにより一つ、見えてきたものがあった。

それは相手の視界が、極端に制限されているということ。

着ぐるみは距離を取った雪緒に対し、必ず首を上下に動かしていたのだ。

おそらく、狭い視界を調節しているのだろう。

西洋甲冑という予測も、あながち間違いではないのかもしれない。


(そうか、弱点は狭い視界。あとは、重さとか?攻撃するなら強力な打撃……、くらいしかないような……。)


冷静に相手を見られれば、更に見えてくるものがある。

釘バットの異様さに躊躇するが、その攻撃はひどく単純だった。

おそらく、甲冑の関節可動域か何かの制限だろう。


(関節……っ!そうだ、関節がどんなに硬くたって、曲がる方向は必ずある!それなら……っ!いなすのはバットの方じゃなく、身体の方だっ!!)


だが、雪緒が思考を巡らせている間に、着ぐるみが先に仕掛けてきた。

素早い動きで距離を詰め、釘バットを打ち下ろしてきたのだ。

雪緒は咄嗟にそれを左に避け、相手の右側へと身体を捌く。


「クッ!でも、これで……っ!!」


空いている左手で、着ぐるみの腕を掴む。

ここから関節に逆らわないように、相手の態勢を誘導してやればよい。

このまま肘を起点に逆関節で投げてしまえば、鎧だろうが関係はない。


しかし、その試みは失敗する。

その時、雪緒は着ぐるみの身体が急に膨れ上がったように錯覚した。


「え?……うぐぅ!?」


それは着ぐるみのショルダータックルだった。

最初から、二段構えの攻撃だったのだ。

雪緒は自身の左手を巻き込むように、胸に着ぐるみの肩口を食らってしまう。

更に、着ぐるみの硬い頭突きは、雪緒の顔面へと直撃する。

雪緒の鼻からは血が吹き出し、一瞬意識が飛んだ。

目の前でぱちぱちと火花が飛び、視界が真っ白いスクリーンに覆われる。


「……クッソぉ!!」


それでも雪緒は、すぐに意識を引き戻す。

だが、視界の端に、着ぐるみの右の釘バットが見えた。

それは腹目掛け下から迫るが、身体は浮き上がっているためにまず躱せない。

それで雪緒は、咄嗟に右手の刀を手放した。

そして、脇差の先端を鞘に残して、少しだけ抜いて構えた。

釘バットの一撃を、その脇差の刀身の横で受けとめるのだ。


「ぐうっ!!」


雪緒は物凄い力で後方へと吹き飛ばされ、地面へと投げ出された。

その時、脇差は砕けるように折れた。

だらりと鼻血が垂れ、腹の肉も少々裂けてしまった。

致命傷は避けたものの、意識は少し朦朧としている。

そして、手元には折れた脇差のみ。

落とした刀の場所は、着ぐるみの方が近い。

状況は最悪だった。



──────札縨・宿屋。


恋十郎は、刀をゆっくりと構え直す。

そして、眼前の宇沙木剣数をしっかりと視界に収める。

様子を窺い、隙あらばすぐにでも打ち込むつもりであった。

ところが、その立ち居振る舞いにはまるで隙がない。

相手の情報がない状況で、急遽開始されたこの立ち会い。

本来は五分五分のはずが、恋十郎には勝ち筋が全く見えていない。

それにも関わらず、剣数の方には気負いどころか気迫も感じられない。

剣数は刀を抜いてはいるものの、特別構えもしない。

まるで朝起きて顔洗う時のような、そんな不自然な自然さすら垣間見える。


剣数は、獄の拳銃を拾い上げた。

そして、それを隣の男へと手渡す。


末藏(すえぞう)、先に行って船の手配をしておけ。終わり次第、ここを発つ。」

「へい。」


末藏と呼ばれた男は返事をした後、荷物を手早くまとめて部屋を出ていく。

だが、恋十郎はその男をそのまま見逃す。

ただそれは斬らなかったのではなく、斬れなかったのだ。

男に気を取られた瞬間、剣数の刃が自身に届く気がしたのだ。

恋十郎の殺気に、剣数は微かに笑みを浮かべる。


「随分と気を張るものだな。"徳川一"というのも出まかせか?それとも、徳川にはまともな剣士もいないのか?」

「まだまともに斬り合っていなくとも、アンタの強さは分かる。挑発はしても、剣の腕までは侮ったりはしねぇよ。おいら、そこまで目は腐っちゃいねぇ。」

「なるほど、馬鹿ではないようだな。では、さっさと終わらせようか。」


恋十郎は、その一挙一動を見逃すつもりはなかった。

だが、剣数はゆらりと自然に歩き出し、間合いを詰めてきた。

その不自然なほどの平常に、恋十郎は機先の第一歩を封じられてしまう。

この時点で、恋十郎は後手に回ることが確定した。

剣数の刀は構えらしい構えもなく、ぶらりとぶら下がっていた。

だが、そこから最短距離で、恋十郎の喉元を捉える。

それは、正に首をもたげた蛇が捕食するかのように、首を狩りにきたのだ。

恋十郎はすばやく反応し、その刃をいなす。


(くっ!?そんなとっから来んのかよっ!?)


だが、そのいなしたはずの刃がくるりと向きを変え、再び襲いかかる。

それは流れるように恋十郎の刀を躱し、再び喉元をつけ狙う。


「くっ!?」


恋十郎は、たまらず後ろへと退いた。


(コイツの剣、一体何なんだ!?軌道が読めねぇ!?)


しかし、恋十郎が足を退いたのと全く同時に、剣数もまた一歩進む。

退いたことで、恋十郎は更に追い詰められてしまったのだ。

そうして再び、剣数の切っ先が恋十郎の首に突きつけられる。

恋十郎は身体を捩って、それを躱す。

首のすぐ横を切っ先が通り過ぎていく。

だが、この瞬間、恋十郎の背筋が凍る。


(しまったっ!やられた!?)


切っ先を躱した瞬間、剣数の刃の向きが変わった。

恋十郎は必死で後ろへ身体を逸らす。

そして、いなすのでなく、無様に(むね)(刀の背)でそれを受け止めた。


「ぐぅううっ!?」


そして、腕力でそれを弾き返す。

恋十郎は続け様に斬りつけるも、剣数はすでに間合いの外であった。


「フッ……。」


剣数は、微かに笑みを浮かべる。

恋十郎には、それが侮蔑かどうかは分からない。

だが、それに対し、軽口を叩く余裕すらもなかった。


(クソッ!棟で受けるなんて、折れるかと思ったぜ。……そうか、少し見えたぞ。なんであんな振りらしい振りもない刀で、こうも一方的にやられるのかが。)


相対する剣数は、相変わらず構えない。

ぶらりと刀を下げ、自然体だった。


(ヤツの刀、腕力で振り回してるって感じじゃねぇな。無造作に見えて、最短最小限できやがる。たぶん、先の動作が、次の動作に全部繋がってんだろうな。要するに、おいらの動きが全部見えてるってことだ。)


恋十郎は、首にヒリヒリとした痛みを感じ始める。

薄皮一枚で頸動脈までは達していなかったが、刃は首を切り裂いていたのだ。

剣数はニヤリと笑う。


「なんだか申し訳ないな。軽い手合わせのつもりが、随分と必死じゃないか。フフ……、思わず息を吸うのも忘れたか?」

「ハッ!?……カハッ!!ぐっ、ハァハァ……。ちっと、集中してただけだ。」


剣数は冗談のように言ったが、実際に恋十郎は呼吸を忘れていた。

それほどに、密度の高い刹那の攻防だったのだ。


(まるで勝てる気がしねぇ。だが、おいらはここで死ぬ運命じゃないはず。なら、おいらは迷わず、ただ死地に飛び込むだけさ。)



──────札縨・町中の通り。


雪緒は見た。

着ぐるみの足元にある自身の刀を。

おそらくは、着ぐるみもその視線に気付いた。

着ぐるみが、足で刀の位置を確かめている。

簡単に拾わせてもらえないだろうが、雪緒も折れた脇差では戦えない。

つまり、着ぐるみも、雪緒が刀を拾う瞬間を狙ってくると思われる。


だが、雪緒の予測は裏切られる。

着ぐるみは、雪緒の方へと刀を蹴って寄越したのだ。


「はぁ!?……このっ!馬鹿にしてぇ!!」


雪緒はすっ転びそうなほど左足で地面を蹴り、前へと走り出した。

刀は、雪緒と着ぐるみの丁度中間の場所。

そして、その刀を雪緒が先に掴んだ。

だが、待っていたように、そこに着ぐるみの釘バットが打ち込まれる。

すると、釘バットは刀の刀身に当たり、刀身がひん曲がってしまう。

しかし、そこに雪緒の姿はない。

着ぐるみが、そのことに気付いた時にはもう遅かった。

自身の狭い視界に、急に何かが飛び込んでくる。

それは折れた脇差の先端だった。


「……ッ!???」


着ぐるみは驚き、声にならない何か大きな息のようなものを漏らす。

しかし、脇差の先端は、金属音と共に途中で止まってしまった。

おそらくは、中で甲冑のバイザーか何かに当たって止まったのだろう。

ここで、雪緒の奇襲は失敗したかのように見えた。


だが、ここで終わらない。

着ぐるみは、脇差を差し込まれたことで少し仰け反っている。

この瞬間、雪緒は着ぐるみの右腕を取って引いたのだ。

着ぐるみはそれに逆らうように、一瞬だけ更に仰け反ってしまう。

そして、バランスを取るために後ろ足を下げる。

だが、それはできない。

なぜなら着ぐるみの背後には、すでに雪緒の半身があったからだ。

雪緒は、右手で着ぐるみの脇から腰をグッと押し上げる。

すると、着ぐるみの身体は、意図せず後ろへ倒れ込んでしまう。

だが、雪緒の体捌きは未熟であり、更に着ぐるみには重量がある。

結局、着ぐるみはその場に膝をついたものの、倒れはしなかった。


着ぐるみは慌てて、釘バットを振り回す。

しかし、関節の可動範囲に雪緒がいないため、それは空を切った。

このタイミングで、雪緒は完全に背後を取り、着ぐるみの頭を両手で掴む。

そして、後頭部に思いっきり膝蹴りをぶち込んだ。

硬い甲冑のようなもがあったが、それでも構わず何度も打ち付ける。


(この体勢から逃げられたら、もう私に勝ち目はない!!ここで仕留めきるんだぁっ!!)


雪緒は、膝が悲鳴を上げてもそれを止めなかった。

そうして何度か打ち込んでいると、二本の釘バットが地面に落ちる。

雪緒が掴んだ手を離すと、着ぐるみはそのままばったりと倒れ込んでしまった。


「やったの……?」


雪緒は、恐る恐る着ぐるみに近付く。

そして、着ぐるみの頭を取り除く。

それはぎゅうぎゅうに押し込められて、ひどく窮屈であった。

予想通り、やはり中には西洋甲冑が入っていた。

一本だけ横スリットが入っているバイザーだった。


「これ、殆ど見えなかったんじゃないの……?こんなんでよく戦ってたな、この人。どの道、これを刀で突くのは無理だったな……。」


こうしている間も、相手はグッタリしたまま動かない。

何度も頭に強い衝撃を受けたことで、脳震盪か何かを起こしているのだろう。

とにかく、この厄介な鎧はさっさと脱がしてしまった方がいいだろう。

そして、雪緒は兜を脱がせた。


「ええ……?なに、この人……?」


それは女性だった。

やはり、流離だったと思われる。

だが、顔の下半分が、錠前付きの黒革の拘束具に覆われていた。

胴体の方はよく見えないが、中にも拘束具らしき物がちらりと見える。

雪緒は大いに困惑した。


「ちょ、ええ……?そういう趣味の人ってこと……?」


それからしばらくして、錆之丞や配下の者らもそこへ駆けつける。

雪緒は錆之丞に事情を説明し、着ぐるみの女を拘束した。


そして、その後しばらくしてからのこと。

とある宿屋で、意識不明の恋十郎が発見されたのだ。

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