第27話 乱入
残虐・暴力描写があります。
雪緒は、獄の目を冷静に見つめていた。
獄の銃口は、すでに雪緒をど真ん中に据えている。
だが、雪緒に少しも恐れはない。
それは、銃弾を避けられると思っているからではいない。
ただこの女に、決して自分は殺されないという確信があったのだ。
"青眼の獄"というだけあって、透き通るような青い目をしている。
しかし、その目にはネガティブなものが透けて見えていた。
その心中は、恐怖か困惑か。
とにかく、獄は今すぐにでもこの場を離れたかったのだろう。
実際、今こうしている間にも、錆之丞の手下らが迫っている。
心境としては、拳銃を向けている獄の方がずっと追い詰められていた。
「女侍か……?テメェも流離ってわけじゃねぇだろうな……。」
「だったら何?いいから答えなさい。子供達に暴行したのは、アンタでいいんだよね?聞いてるんだから、さっさと答えてくれる?」
雪緒の声は微かに震えていたが、それは恐れや緊張のせいではない。
しかし、獄はそれに気付き、目の前の黒い女侍を侮ってしまった。
「テメェ……、ここで死んどけやっ!!」
獄は引き金を引く。
……だが、引き切る瞬間、獄は雪緒の変化に気付いた。
獄の後方を見るように、雪緒がふと視線を移したのだ。
獄はそれを見逃さない。
「そうはいかねぇよ!!」
緊張の中にあったからこそ反応できた。
相手の目論見をまんまと見破り、一瞬ほくそ笑む。
咄嗟に、背後から来るであろう何かを躱そうと身を捩る。
「……え?」
だが、そこには誰もいなかった。
獄は困惑するが、それは一瞬の刹那でしかない。
その瞬間、右手の拳銃が重量を失ったように急に軽くなってしまう。
それから、何かが落ちる音。
それは重い何かだ。
獄が足元見る。
それは、拳銃だった。
そして、自身の四本の指も落ちていた。
「……はぁあ!?なっ!?なんだこりゃぁ!?」
雪緒の一閃。
すばやく抜かれた刀は、流れるように空間を分断する。
切っ先は上から下へと、まるで何の抵抗も無いかのように移動した。
それは、剣道で言えば、ただの小手への一撃でしかない。
だが、真剣のそれは致命傷となる。
傷口を見るまで、斬られた本人すら気付かない。
それほど見事な一撃であった。
獄は咄嗟に左手で、指を失った右手を掴む。
左手の指の間から血が噴き出し、それはどうやっても止まらない。
そうして、すぐにじわじわと燃えるような激痛が襲いかかる。
「うぐっ!?んぎぃいいいいい!!テメェえええ!?」
獄はのたうつようにもがき苦しむ。
血の吹き出す右手を腹に抱え、芋虫のように縮こまる。
だが、雪緒の心は何一つ動かされることはない。
その目は氷のようであった。
「自業自得だよね、剣士にそんなもの向けて。……それで?暴行したのはアンタでいいのかって聞いてるんだけど?日本語通じてる?」
「テメェ!!この!!ぐうううううう!!」
苦しみに喘ぎながら、獄はすぐさま左手を伸ばして銃を掴もうとした。
だが、今度は、その左手が刀で串刺しにされてしまう。
「ぎゃあああ!!テんメェえええ!!」
「あのさ、いい加減抵抗するの止めてくれる?アンタ、痛いの好きなの?私だって、好きで斬ってるわけじゃないんだけど。」
そこへ息を切らした恋十郎が追いつく。
雪緒と同じようにアジトを強襲したのだが、ようやっと追いつくことができた。
研ぎ澄まされた雪緒のスピードに、恋十郎ですら追いつけなかったのだ。
「ハァハァ……、やっと追いついた……。雪、その辺でやめておけ。」
「どうして?殺すことを躊躇うなって、前に言ってなかったっけ?」
「躊躇わないことと、命をぞんざいに扱うことは同じじゃねぇ。そいつはもう戦えねぇよ。これは花麓達の問題だ。引き渡しちまった方がいい。」
「引き渡すのは死体でもいいでしょ。この人、ずっと認めないんだよね。認めてくれれば、すぐにでも殺してあげるのに。」
「オマエ……、本当に雪なのか?」
昨晩から、恋十郎は雪緒の変化に戸惑っていた。
雪緒には、元々危うさがあったのは確かだ。
それは、どこか甘さとも取れる優しさと、安定さを欠くメンタルの弱さ。
不安定な前世の記憶も、そういった心に左右されていた。
ところが、今はどうだ。
一見強くなったようにも見えるが、何か別の危うさを抱えてしまったような。
言ううなれば、張り詰めた糸のような……。
「もういい、死んで。目障りだよ。」
「やめろって言ってんだろ!!」
恋十郎の刀が、雪緒の刀を止めた。
雪緒は恋十郎を睨みつける。
「どうして……?どうしてよっ!!」
「雪、どうしちまったんだよ。オマエ、なんか焦ってんのか?……もしかして、蒼のことか?アイツなら心配ねぇって。」
「違う……、焦ってなんか……。」
「ガキンチョ共にしたって、痛めつけられてはいたが、命に別状はねぇよ。」
「……違う、私が守らなくちゃいけないの。こういう悪い奴は、殺すべきなんだ。じゃないと……、大事な人が安心して暮らせない。だから、殺すの。全員、私が殺してやる。この世から、悪いやつを皆殺しにしないと。」
「オマエは極端なんだよ。」
「私には理解できない。どうしてそんなに簡単に人を傷付けられるの?同じ人間なのに、どうして?ねぇ教えてよ、恋。どうして?どうしてそんなに悪意を撒き散らせるの?悪意を根絶やしにするしか、もうどうにもできないでしょ!?」
「根絶やしになんて出来ねぇよ。悪意ってのは、要するに欲だ。それを自制できるかどうかでしかねぇんだよ。自分勝手か、協調しているかどうか、ただそんだけだ。その辺の倫理観や価値観は、環境で変わっちまう。無くなることはない。俺たちが人である限りはな。雪、オマエは潔癖過ぎるんだよ。」
「私は……。」
「気付いているか、雪。今のオマエだって……。俺たちは剣客であり、人斬りだ。道理はあっても正義は無ぇ。迷うのはいいさ。けど、考えるのは止めるな。俺たちは正義を振り翳すべきじゃない。」
言い争う雪緒と恋十郎。
その間、獄はゆっくりと隙を窺っていた。
そして、拳銃を拾い上げて一目散に逃げだした。
「あ!コイツ!!」
だが、雪緒が追いつこうとした時、目の前にドサっと何かの塊が降ってきた。
それは獄の真上に落ちてきて、完全に押し潰される形となる。
「ぐあぁ!!なっ、なんだ!?」
獄は、ジタバタと虫のように慌てふためく。
上から降ってきた"それ"の重みで、逃げることもできない。
獄の上の"それ"はゆっくりと起き上がり、周りを見渡し始めた。
雪緒らは混乱する。
「……は?……な、んだ、コイツ……?」
「着ぐるみ……?」
恋十郎も雪緒も動けない。
獄の上に居たのは、どう見ても江戸時代の代物ではない。
……それは、全身血塗れの"パンダの着ぐるみ"だった。
「コイツ……、なんだ?どっから……?」
恋十郎は状況を把握できず、半ば思考が止まってしまっていた。
この時、雪緒は思い出す。
自身が現代から来る時、空から降ってきたことに。
その時降り立ったのは江戸城であり、信綱の復讐劇の渦中であった。
この場違いな"パンダの着ぐるみ"も、同じように落ちてきた。
江戸時代に、このようなものが存在するわけがない。
つまり、それは現代からやってきた何者かなのだ。
だが、血塗れである以上、まともな相手ではない。
敵かどうかは分からないが、話が通じるかも怪しい相手だ。
二人が逡巡していると、着ぐるみは何かを探し始める。
そして、足元に転がっていた二本の棒切れを拾い上げる。
それは、着ぐるみと一緒に落ちてきたものであった。
「釘バット……、か?」
木製のバットに釘を打ちつけたもの、それが二本。
それは、滴るほど血に塗れている。
つい今誰かを滅多打ちにしたのは明白だ。
それは、この者が異常者か殺人鬼であることの証でもあった。
着ぐるみの者は釘バットの握りを確かめる。
そして、次の瞬間、迷いなく獄を殴りつけて始めた。
獄はもはや悲鳴すらも上げられない。
「オ、オイ!なんだか分かんねぇが、アイツ止めろ!!」
恋十郎は慌てて刀を抜き、一瞬で間合いを詰める。
だが、着ぐるみはそれを見ることもせずに、あっさりと避けてしまう。
「なっ!?」
着ぐるみを引き剥がすことは出来たものの、状況は変わっていない。
ただ獄は身体のあちこちから血が滲むも、なんとか生きているようだ。
着ぐるみは両の手に釘バットを持ち、恋十郎と相対する。
釘バットを構えるでもなく、手持ち無沙汰にブンブンと振り回す。
その出鱈目な構えは、決して強そうには見えない。
だが、視線もまともに見えず、不気味以外の何者でもなかった。
「雪……。コイツ、訳わかんねぇけど、たぶん強ぇぞ。」
「たしかに。それは分かる。……もうめんどくさいな、さっさと殺すね。」
雪緒は、すぐさま着ぐるみの懐へと入る。
そして、左を通り背後へ抜ける。……と、見せかけ足音でフェイントを入れる。
視界不良の着ぐるみでは、音を頼りにしているはずだ。
逆をつき、右へと抜けた瞬間、雪緒は刀を寝かせて脇の下から滑り込ませる。
雪緒は、アバラの先にある心臓をひと突きにするつもりだった
だが、バットでそれをいなされてしまう。
ただそれでも、着ぐるみを少しだけ削り取ることはできた。
「くっ!?なんで!?コイツ、見えてんの!?」
その着ぐるみの下に何かが見えた。
それを恋十郎が薄目で確認する。
「ありゃなんだ……?中に何か、金属板みてぇのが……?オイオイ、なんなんだありゃ?コイツも流離か?あんなの現代でも頭おかしいだろうが。」
「あっ!」
そうして二人が着ぐるみに気を取られていると、獄が逃げてしまった。
雪緒はいち早くそれに気付くも、すぐ追うことはできない。
着ぐるみがすぐさま雪緒に襲いかかったのだ。
雪緒は釘バットを刀でいなす。
「ちょっ!?これ、マズイ!?」
だが、釘に引っかかって思うようにいかない。
雪緒は最初に釘バットを見た時、少し侮っていた。
木製であり、寸断するのも難しくはないと考えたのだ。
ところが、一度それが振り回されれば、いなすこともできない代物。
躱すにしても、中途半端に引っ掛けるだけでも命とりとなる。
「こんなのまともにやったら、刃が欠けちゃうんじゃないの!?」
「雪!距離をとれ!刀と同じように相手してたら、こっちの身がもたねぇぞ!」
「くぅ!?……恋!こっちは私が相手するから、アンタはアイツ追って!!」
「いや、雪、けどよぉ……。いや、分かった。死ぬんじゃねぇぞ!!」
恋十郎は、着ぐるみと相対する雪緒を置いて、獄の後を追った。
ここで獄を見失えば、後々どんな状況になるか予想もつかない。
今ここで捕える以外ないのだ。
雪緒は、恋十郎が走っていく間も着ぐるみから目を離さない。
隙を見せれば、この着ぐるみはそれを見逃さないだろう。
「誰だか知らないけど、その姿じゃ、斬られても文句言わないよね?」
*
恋十郎は文句を言いながらも、息を切らして走っていた。
「くそぉ……。おいら、走んの得意じゃねぇんだけどなぁ。」
獄が手負いである以上、なんとか追いつけるはずだ。
この時、恋十郎は童雀との会話を思い出していた。
それは、常陸国でふとした雑談の中の会話だ。
「この世界はおかしいと思わへん?純粋なタイムスリップと違うんやないかな。例えば、ゲームの世界なんかもしれへんで。」
「念じたら、ウィンドウでも開くってのか?まぁそうなったら、ゲームだって分かるんだろうけど。」
「せやなぁ。たぶん、ゲームだったとしても、ボクらには判別できんと思うで?分かるとしても、そう分かるようにプログラムされてるだけや。たぶん、本当の意味では何も理解できひんと思うわ。」
「……どういう意味だ?」
「現代でもこっちでも、ありとあらゆる情報で溢れとる。けど、その中に世界の核心に触れるものは、ひとつも含まれていないんちゃうかなって話や。所詮NPCには、世界の完全な姿を理解できひん。それは、必要な概念を持つことができないからや。逆にそないな概念持てるっちゅーなら、そらもう神やろ、神。」
「よくわかんねぇけど、この世界が何なのかは、おいらたちに知ることはできないってことでいいか?」
「たぶんやけどな。ボクはそう思うで。」
「で、なんでゲームなんだ?シミュレーションとかじゃダメなのか?」
「それはな、悪趣味だからや。"ここでSSR剣豪投下したらおもろいやろなー"みたいな、下卑た思惑が見える時があんねん。お雪ちゃんが降ってきた時もせやったな。あのままやったら、あの日に江戸城落ちとったで?まぁこっちの味方してくれるならええねんけどな。逆なら洒落にならんで。」
それは、他愛もない雑談の中の言葉だ。
だが、このタイミングで着ぐるみが降ってきたため、それを思い出してしまう。
「たしかに悪趣味だな。もしも、あの着ぐるみがSSR剣豪とかだったら、さっさと獄を捕まえて戻らねぇと……。雪、死ぬんじゃねぇぞ。」
恋十郎がそうして獄を追っていくと、札縨の繁華街にまで来てしまう。
「クソッ!見失っちまった!どっか建物に入ったのか……?」
途中で、身包みを剥がされたような通行人と出会った。
獄は、剥いだ衣服で傷口を包んだのであろう。
恋十郎は辺りを見渡すも、血痕もそこで途絶えてしまっていた。
その頃には、行き交う人も増えてきており、どこを見ても誰かが視界に入る。
それで、恋十郎は近くの通行人に片っ端から聞いて回った。
「なぁ、アンタ!青い目のヤツを見なかったか?手負いのヤツなんだ!」
「な、なんだよ、アンタ!?し、知らねぇよ!他当たってくんな!」
「アンタ!アンタは見てねぇか!」
「ちょ、やめてくれよ!ここいらでそんなことしてたら、遠瀬様の警備の人に連れてかれちまうよ?やめときなよ!」
「いや、おいらがその……、ああ!もうどうすりゃいいんだ!」
だが、恋十郎が町中を彷徨っていると、少し遠くから悲鳴が聞こえてきた。
恋十郎はすぐにそこへ駆けつけると、そこは宿屋であった。
中には、微かに血の臭いが漂ってくる。
そして、また悲鳴。
恋十郎は、逃げるよう出てきた女を呼び止めた。
「オイ、どうしたんだ?何があった?」
「お、押し込み強盗だよ!大きな音のするものを持ってて……、旦那さんが倒れちまって……っ!」
「拳銃のことか?……そ、そいつ、青い目をしてなかったか!?巻いた赤毛で……。」
「青いかどうかは分かんないけど、赤い頭だったよ!」
「獄だ!ありがとうよ、アンタはさっさと逃げちまいな!」
「ええ!?アンタはどう……、ちょ、中は危ないよ!!」
恋十郎は、土足でそのまま奥へと入っていく。
すると、中から声が聞こえてきた。
「だ、旦那!ご、後生だ、頼むよ!失敗しちまったんだ!助けてくれよ!!」
それは獄の声だった。
恋十郎は、その部屋に飛び込んだ。
そこには獄と、二人の人物がいた。
「獄ァ!!」
恋十郎は刀を抜いて、すぐさま斬りかかる。
雪緒の殺しは止めたものの、ここまで騒動になった以上生かしてはおけない。
拳銃を撃たれる前に、素早く仕留めなくてはいけなかった。
だが、その恋十郎の切っ先を、奥にいた一人が刀を抜いて止めた。
「なっ!?」
恋十郎はすぐさま距離をとり、刀を構え直す。
刀を止めた相手は、明らかに只者ではない動きだ。
「……何者だ?」
「貴様こそ何者だ、他人の部屋に上がり込んで。全くコイツといい、朝から騒々しいことだ。」
「ひぃ!?コ、コイツ、さっきの!?」
獄は恋十郎を見るや否や、身体を強張らせた。
恋十郎は室内を観察する。
どうやら宿泊客のようだが、獄と関連のある者に違いない。
「アンタ、獄の仲間か?けど、斬幕党の……、って感じではないな。」
「仲間か。フン……、こんなのと一緒にされては困る。」
「でも、顔見知りではあるんだよな?」
獄は身体を引き摺るように、その人物の後ろへと下がっていく。
「テ、テメェ、聞いて驚け!!この方はな、あの迷葉鹿頭火の家臣、宇沙木剣数殿だ!!なんと、あの新陰流の疋田豊五郎の転生者だぞ!!貴様なぞ、今すぐ殺してやるからなっ!!」
だが、次の瞬間。
獄の胸には、剣数の刀が突き刺さっていた。
「な、なんで……?」
「勝手に人の名を口にするな。全く、何のためにわざわざ……。それと、私は迷葉の家臣ではない。間違えるな。」
獄はそのまま血を吐いて、潰れるように倒れてしまった。
「迷葉だって……?そうか、なるほど。アンタらが裏で手を引いてたって訳か。表では花麓と手を組むと見せかけて、裏では暗殺しようとしてたってことかい。えげつねぇな。」
「ヤツが共闘を断るからよ。どこで寝首をかかれるか分からんからな。……そういうオマエは誰だ?花麓の手下……、ではないようだが。」
「ハッ!おいらは緋履恋十郎ってもんだ。徳川の流離って言えば分かるかい?迷葉の飼い犬さんよ?」
「なるほど、死にたいらしいな。どの道、色々と知られてしまったからな。生かしては帰さん。」
「それには、おいらも賛成だ。生かしては帰さねぇ。……ああ、言っておくが、おいらは徳川一強いぜ?まぁ今の所はな。」




