第26話 切札
前半に残酷・暴力描写があります。
──────札縨から南の某所。
まんまと花麓らを取り囲んだ獄たち斬幕党。
だが、その当初の目論見は外れてしまった。
数十人はいたはずの浪人たちが、バタバタと倒れていく。
にも関わらず、花麓や錆之丞は未だ無傷という状況。
圧倒的数に物を言わせる作戦であったが、そこにはひとつの誤算があった。
獄は、以前からも錆之丞の強さは把握していた。
鎖鎌の長いリーチに、予測不能なトリッキーな動き。
それは純粋な脅威であり、まともにやり合っても勝てはしない。
今回は、その為に花麓を一緒に呼び出したのである。
分銅を振り回せば、花麓が巻き込まれてしまう。
だから、どうしたって錆之丞は加減せずにはいられないはずなのだ。
そうして鎖が伸びている状態で、引っ張り合いへと持ち込めばいい。
そうなれば、もうリーチの有利はないのだから。
(なんだこれは……?一体何が起こっている……っ!?)
ところが、獄の視界に映る二人には、あるはずの窮屈さを感じさせない。
錆之丞の鎖鎌には、手加減している素振りが全く見えないのだ。
花麓に至っては、振り回される鎖を当たり前のように避けてしまう。
一体、どこに目がついているというのだろうか。
それが目視なのか、音なのか、それとももっと感覚的なものなのか。
獄には全く見当もつかない。
ただこの花麓の流麗な剣技こそが、獄の計算を狂わせた要因だった。
それは一流の剣士としても遜色はなく、舞い踊るかのようであった。
そうして、斬幕党の浪人らはいとも容易く斬り伏せられてしまう。
こうなると、もう収拾がつかない。
(一体誰が言った?"花麓は強くない"などと。)
もう体裁を気にしている場合ではなかった。
「テメェら何やってやがる!さっさと掴めって言ってんだよぉ!!」
獄はじっと堪えていたが、ついそれが口をついてしまった。
もはや作戦も何もない。
獄は、事前に浪人どもへ"とにかく鎖を掴め"と命令していた。
しかし、こうも好き放題にやられてしまうと、それを誰も実行できない。
それもそのはず、この暗闇の中では"恐れ"はより誇張されるのだ。
ブンブンと不気味な音を立てる鎖が、耳元を通り過ぎては身が竦む。
ただ、そんな中、決死の覚悟で浪人のひとりが錆之丞の鎖を掴んだ。
「や、やったぁ!!やっと捕まえたぞっ!!」
「クソッ!離しやがれってんだっ!!」
「誰が離すかよ!!テメェの鎖鎌で、何人やられたと思ってやがるっ!!」
「よくやった!!今のうちに花麓を囲めっ!!」
獄はニヤリと笑い、狂喜に叫ぶ。
当初の目論見は外れて時間はかかったが、ようやっと理想の形になった。
浪人ひとりが鎖鎌の相手をしている間に、まずは花麓を戦闘不能にする。
最初は足、そして次に腕を狙う。ここではまだ殺さない。
そうなれば、鎖鎌が再び解き放たれても、花麓が邪魔になるからだ。
だが、花麓は獄の目的をすぐに察知するも、特別なことは何もしない。
ただ淡々と、目の前の敵を斬り殺すだけだった。
「……それで?錆之丞を抑えれば、私を殺せると思ったか?」
「余裕こいてんのも今のうちだぜ、花麓ぅ〜?オマエは簡単には殺さねぇ。嬲って嬲って、存分に絶望を味わえよぉ!!」
ところが、取り囲まれた花麓は鬼神の如き動きを見せた。
浪人らを撫で斬りにした後、風が通り抜けるかのように集団を抜けてきたのだ。
獄の目に、花麓の姿が闇を斬り裂く"雷"のように見えた。
花麓の刀の軌跡が、暗闇に微かな残像を残していく。
「うぐぅ!?」
獄は、花麓の突きを咄嗟に刀で受ける。
だが、矢継ぎ早に繰り出される刃に、獄は防戦を強いられてしまう。
「お遊びが過ぎたな。貴様の余興はもう飽きた。さっさと死ね。」
「なぁ!?な、なんでオマエ!!なんでそんなに剣が使えるんだ!?」
「私の剣がどの程度かは知らん。ただ私は、転生後もずっと鍛え続けていたのだ。だが、オマエはどうだ。その足運び。どうやら鍛錬を怠っていたようだな。酒に溺れ、日々を無為に過ごしたのであろう。」
「黙れ黙れ!!クソがぁ!!」
「……オマエは私を舐め過ぎだ。」
花麓の刃は、獄の刀の芯を捉え、獄は体勢を崩してしまう。
獄の刀は手を離れてしまい、少し離れた地面へと突き刺さる。
獄は草むらに尻餅をつき、もがくように転がっていった。
花麓はゆっくりと獄へと近付くが、その背後に浪人が迫る。
「死ねええええ!!……かはっ!?」
浪人はそのまま倒れてしまう。
浪人の首を狩ったのは、錆之丞の鎖鎌であった。
「なっ!?鎖掴んでろって言ったろうがぁ!!」
獄は叫ぶも、鎖を掴んでいたはずの浪人は、すでに地面に突っ伏している。
そして、錆之丞の不気味な姿を見て固まってしまう。
「は、はぁ!?なんだそりゃ!?」
錆之丞の両腕から、それぞれ鎖が伸びる。
それはまるで、双頭の蛇のように闇夜の中空をのたうち回る。
「あー、言ってなかったっけか。俺は鎖鎌の二刀流なんだぜ?これはあれだ、"奥の手"ってやつさ。」
錆之丞の二本の脇差は、両方ともに偽装した可変式鎖鎌だったのだ。
普段は、両方の袖に鎖を隠し、戦闘時に鎖と鎌とを連結する。
そして、見た目だけでなく、戦い方も異様だ。
錆之丞は両手だけでなく、両足や胴まで駆使する。
それぞれの鎖は、まるで別の生き物のような予測不能な動きを見せるのだ。
鎖の丁度半分のところを持ち、振り回すと今度はそれが四本となる。
二本の分銅と二本の鎌が、遠心力を抱えたままに空を斬った。
錆之丞が回転跳躍すると、それらは荒れ狂う暴風のように浪人らを襲う。
もはや、二人を止められる者は存在しない。
「クソがァ……。」
獄はギリギリと噛み締め、花麓には観念したかのように見えた。
だが、次の瞬間、大きな音が鳴り響く。
「花麓様っ!?」
錆之丞が叫ぶのと同時に、花麓は刀を落として膝をついていた。
それは一発の銃声。
「くはははっ!油断したなぁ、花麓!?舐めてんのは、オマエの方だ!!」
獄の手にあったのは回転式拳銃、通称『ピースメーカー』であった。
「なぜ貴様がそれを持っている……っ!?」
花麓は燃えるような痛みに堪えながら、左手で右肩を押さえる。
肩から、ジワリと温かいものが滲み出し、左掌の中に広がっていく。
獄は立ち上がり、花麓へ拳銃を向けた。
「形勢逆転だぜ!?……なぜ俺が拳銃を持ってるかって?そんなの、テメェが知る必要は無ぇよ!ここで死ぬんだからなっ!!暗闇だろうと、この距離じゃはずさねぇぜ!?」
「クッ!?ここまでか……。」
その花麓の台詞に、獄は一瞬だけ油断してしまった。
その時、花麓は左手をスナップするかのように、しなやかに前へと突き出した。
左掌へと溜まった血溜まりが、獄の顔面に向けて解き放たれる。
獄の目にそれが入り、思わず身体を強張らせた。
そして、本能的に両腕で顔を覆い隠してしまった。
「ぐぁ!?テメェ!?」
「それと、これはオマケだ。」
視界を奪われた獄には、何が起こったか分からない。
だが、次の瞬間、猛烈な痛みが顔面を襲う。
「うぎゃああああああ!?テメェあああ!!なぁあああ!?」
獄はその痛みに耐えかね、のたうち回った。
花麓が獄の顔面に向けて、粉末状の何かを放ったのだ。
獄は、すぐに"催涙スプレー"のようなものだと理解する。
しかし、頭では分かっていても、この痛みはどうにもならないのだ。
花麓はその隙を見逃さない。
すぐさま左手で刀を拾い上げ、獄に斬るつけようとした。
だが、獄はそれを許さない。
痛みにのたうちながら、銃を撃ち放つ。
「こんのぉおお!!こんなんでやられてたまるかよぉ!!」
花麓は、たまらず距離をとる。
その時、花麓の目に遠くの方で"とあるもの"が映った。
叫ぶ花麓。
「錆之丞!!」
「……へい!」
錆之丞は懐から何かを取り出すと、それを集団に向けて放り投げた。
それは白煙を吹いて、周囲を包み込んでいく。
斬幕党の浪人らは煙に撒かれ、右往左往を始めた。
そして、その煙を突っ切るように、花麓が錆之丞の側へと駆けてきた。
「知らせだ。時間稼ぎは十分、ここは退くぞ。」
「へい!」
そうして、花麓と錆之丞は森へと身を隠す。
花麓は、右肩を負傷していたため、大量の脂汗をかいていた。
だが、その口元には少し笑みが浮かんでいるように見えた。
先ほど花麓の目に映ったのは、モールス信号の光。
それは、お燐ら三人を確保したことを知らせるもの。
このため、遠くに数人を配置していた。
もはや、花麓が獄に付き合う必要はなくなったのだ。
「花麓様、逃げて下さい。あとは俺が……っ!!」
「ダメだ、錆之丞。ここで、オマエが無為に消耗することを許可しない。」
「なぜ!?俺の鎌なら、煙に乗じて獄を殺れますよ!!」
「だろうな。だが、あの有象無象共に、そんな労力を費やす価値もない。オマエには、オマエの仕事がある。大役だぞ?」
「大役……?」
その時、斬幕党の浪人らは花麓らを追えないでいた。
なぜなら恐怖に慄いていたからだ。
突然の視界を奪う白煙もそうだが、恐れは別にあった。
彼らは、獄のもがき苦しむ原因を知らないのだ。
花麓が使用したのは、唐辛子の粉末を加工したもの。
唐辛子に含まれるカプサイシンは、刺激がとても強い。
鼻の粘膜や目、皮膚に触れると、強い痛みを生じてしまう。
現代ではこれを加工し、催涙スプレーに用いられているのだ。
尚、唐辛子が日本へ伝来したのは、1600年よりも前と言われている。
だが、当時は食用ではなく、観賞用や民間療法に使用されていた。
本格的な栽培は昭和初期だが、以前からも栽培はされていたようだ。
これを利用し、花麓は暴徒鎮圧用に非殺傷武器の試作品を作っていた。
それをまともに食らった獄は、ひとたまりもない。
「クソがぁああああああ!!」
夜の闇に獄の叫びが、こだまするように響いた。
*
夜が明けた。
──────札縨・花麓邸。
花麓は屋敷へと戻り、傷の手当てをしながら指揮をする。
弾丸は貫通しなかったため、取り出す必要があったのだ。
消毒液はあるが、麻酔はない。
能面三人衆が使っていた秘薬も、使えば意識を失ってしまう。
その為、結局花麓は麻酔なしでその処置を行った。
幸いなのは、致命傷ではなかったことか。
経口の小さい弾丸ではあるが、当たりどころが悪ければ死んでいた。
花麓は一通りの指示をして、ようやく横になった。
お燐ら三人も救出され、今は怪我の治療をしていた。
「雪緒くん、恋十郎くん。礼を言わせてくれ。」
怪我のせいかもしれないが、花麓は少し気落ちしているように見えた。
ただ、お燐らの顔を見て、少しだけホッとしたような表情も見せる。
怯えてボロボロだったお燐らも、今は寝息を立てて眠りについていた。
「いえ……。」
雪緒の心は複雑だった。
結局、以前のように子供らと話せる日は来るのだろうか、と。
子供らは、雪緒の姿を見て怯えてしまった。
その時、雪緒は現代で見た誰かの表情を思い出していた。
そうして雪緒と恋十郎は錆之丞と合流し、残党狩りに現地へ向かった。
実は、獄ら斬幕党は追跡されており、現在の居所も分かっている。
精査された情報が確かなら、斬幕党の浪人らも残りは二十人に満たない。
すでに、花麓らは斬幕党を掃討するつもりで動いていたのだ。
*
夜明け前、獄らは一度、山中のアジトへと戻っていた。
だが、そこで状況を初めて理解する。
そこにあったのは、四人の死体だけだ。
三郎の死体は見つからなかったが、獄はそれを特に気にもしなかった。
お燐ら三人の死体も見つからず、腹を立てて物にあたる始末。
更に、浪人の死体に蹴りを入れ、悪態をついてアジトを出た。
そして、念の為、別の隠れ家へと向かっていった。
──────札縨・別の斬幕党アジト。
「クソがっ!!」
獄は空の酒樽に蹴りを入れた。
花麓を仕留め損なったのは、一番の大きなミス。
もとより、人数では斬幕党の方が少ないのだ。
総力戦となれば、不利なのは明らかだった。
「こんなことなら、人質は生かしておくんだったな……。」
「お頭!どうすんです!?俺ら、お頭が言うから……。」
「うるせぇ!!」
獄は、その浪人をその場で斬り殺してしまった。
「テメェら、今更ガタガタ言ってんじゃねぇよ!逃げんじゃねぇぞ?そんなヤツは、私が殺してやる!!……しょうがねぇ、こうなりゃ奇襲だ。オマエら、花麓ん家を襲え!その隙に裏から入って、コイツで仕留めてやる。」
獄は懐から拳銃を取り出した。
鈍く光る銃身に、ずっしりと掌に馴染むグリップ。
シリンダーには弾が三発。
獄は、そこに三発を追加した。
「残りが手元に三発か。クソッ!もう少し買っておけば良かったな。」
獄は弾を込めた後、軽く構えた。
だがその時、扉の隙間から何かが小屋の中へ放り込まれた。
それは、たちまち白煙を上げ、小屋の中に充満し始める。
「なっ!?また煙玉か!?」
すぐさま扉から数人が入ってくるが、何も見えない。
獄は、慌てて拳銃を撃った。
「ぐああ!!」
だが、その声は、斬幕党の浪人の声だった。
「クソッ!見えねぇんじゃ、拳銃も意味ねぇ!!」
獄は慌てて、窓から抜け出した。
だが、そこには、既に錆之丞の手下の者らが取り囲んでいた。
「クソがぁああ!!」
そこで、獄は再び数発の弾丸を発射する。
予め獄が拳銃を持っていることを知っていた為、誰も近付かなかった。
獄は、一人でそのまま山を駆け降りていく。
「クソッ!クソッ!なんでこんな目に!!こんなことなら、用心棒でも雇っておくべきだった!!クソッおお!!」
涙目で着物を肌蹴させたまま、みっともなく走った。
無我夢中で走り、気がつくと札縨の町中に来てしまっていた。
「ハァハァ……。」
獄は息を切らし、立ち止まる。
朝方で人もまばらであった。
このままどこかへ押し込めば、逃げ切れるかもしれない。
そう獄がふと気を抜いた時、背後にゆっくりと足音が近付く。
獄は、咄嗟に背後を振り返る。
そこには、全身黒い着物の女侍が立っていた。
「誰だ……、オメェ?」
「アンタが獄って人?」
「だから、誰だって聞いてんだろうがぁ!」
獄は、黒い女侍に銃口を向けた。
「私は雪緒。花麓さんのとこで世話になってる者だよ。でも、私の名前なんて覚えなくていい。アンタでしょ?お燐ちゃん達に、あんな酷いことしたの。アンタ、ここで殺すから。苦しめて苦しめて、それから殺すから。」
そこにいたのは雪緒だ。
獄を睨みつけるでもなく、ただ冷たく見つめていた。
それは、すでに人斬りの目であった。




