第24話 脅迫
後半に残虐描写があります。
──────札縨・花麓邸。
「フン……。」
花麓は屋敷に入るなり目を細め、僅かばかりの感情を見せる。
そのままざっと屋敷を見て回り、錆之丞のいる部屋へと戻ってきた。
外壁の血飛沫、荒れた屋敷内。特に台所の荒れようは酷い。
ただ雪緒の目からは、花麓の様子は普段と変わらず冷静に見えた。
「花麓様、すんません。俺がいながら……。」
「……錆之丞、状況は聞いている。してやられたな。」
「おそらく、ここのところの騒動は、この為だったのではないかと……。」
「それで、脅迫状とやらは?」
「これです。」
花麓は、くしゃくしゃの紙を錆之丞から受け取る。
それは、台所の壁に包丁で打ち付けられていたもの。
ヨレているのは、錆之丞が無意識に握りつぶしてしまったせいだ。
花麓は、それを神経質に引っ張ってから内容を確認する。
「例の斬幕党か……。」
「ええ。三人を解放して欲しければ、花麓様と俺との二人で来いと。」
「フン……、狙いは明白だな。」
「行ったところで、三人が解放されるとは……。」
「解放する気はないのだろう、最初からな。」
「え?どういう……。」
「簡単な話よ。目的は、私と錆之丞の殺害だ。我々が死ねば、この組織は瓦解してしまうからな。もはや、烏合の衆と成り下がるだろう。」
「なら、誘拐や脅迫はブラフ……?」
「いや、誘拐はしたのだろう。だが、目的が交渉でないのなら、人質も生かしておく必要はない。あれの短絡的な性格なら、尚のことその可能性は高い。」
「では、お燐らはもう……。ですが、もしもお燐らがまだ生きていたなら、俺らの行動如何で殺されることだってあるのでは……。」
視点の定まらないように、花麓はぼーっと一点を見つめた。
だが、それも一瞬のことで、すぐに冷静な思考を取り戻す。
「錆之丞よ、願うな。願望に足元を掬われるぞ。」
「クソッ!獄のやつめ、姿さえ見せればすぐに殺してやるものを!コソコソと姑息な奴め!!」
「私も舐められたものだ。前世の件、不問にしてやったが、裏切り者の性根は変わらんか。」
雪緒は、彼女たちのやりとりを客観的に見守っていた。
だが、予期していなかった言葉を聞き、つい聞き返してしまった。
「前世って……?獄って人を知ってるんですか?」
「ああ、雪には言ってなかったか。"青眼の獄"ってのは、何も元々俺らのとこにいたんだよ。奴も流離、それも松永久秀の転生者だ。」
「……あれ?松永久秀って、確か前世の花麓さんを裏切った人じゃ……。」
「なんだってそんなやつ仲間にしたんだよ……。」
恋十郎の呆れた顔も無理はない。
「……あれにも使いようはあると思ったのだ。転生前は野心を持て余していただけで、優秀ではあったからな。だが、どうにも現世の環境が劣悪だったようでな。短絡的で、極端な物言いが目立っていた。」
花麓は少し考えて、全員を屋敷の外へと集合させた。
その場には、約三十人程の手下たちが集まっていた。
彼らはざわざわと騒がしく、一様に動揺していることが見てとれた。
しかし、花麓はそれをピシャリと響く声で制止する。
「我らは脅迫に屈しない。斬幕党は皆殺しだ。それと思しき者は、拷問し拠点を吐かせろ。我らに刃を向けたこと、骨の髄まで後悔させてやれ。」
その後、花麓は手下の数人に具体的な指示を出した。
急に周囲が慌ただしくなり、雪緒と恋十郎は取り残されてしまう。
雪緒は、花麓の言葉の意図を考えていた。
だが、どう考えてみても納得ができない。
雪緒は焦り、錆之丞に問いかける。
「錆さん!お燐ちゃんたちはどうするんです!?まだ生きているかもしれないんですよ!?」
「え?あ、ああ。……アイツらは、すでに死んだものとして行動する。」
「そ、そんな!?あの子達が大事じゃないんですか!?」
「大事だ!決まってんだろ。だがな……。」
「私たちも手伝います!だから、まずは助けることを考えましょうよ!」
「くっ!そんなの俺だって……。」
だが、逸る気持ちを隠せない雪緒を、花麓が制止する。
「雪緒くん、恋十郎くん。キミらはここで待機だ。」
「え!?どうして!?」
「これは私たちの問題だ。キミたちの出る幕はない。」
「今まで手伝ってきたじゃないですか!今更!」
「キミらは所詮徳川の流離。ここで恩を売っておこうって腹は見えている。だが、こちらもあまり余裕もないのでな。」
「そんなことどうだっていい!……いや、どうでも良くはないんですが……。それよりも、お燐ちゃん達の方が大事です!!このままじゃ三人は……。花麓さんはそれでも良いのですか!?」
「良いわけがないだろう。……あれらは私の家臣だ。」
「だったら!!」
「状況を考えれば、すでに殺されている可能性が高い。生きているならまだしも、死人のために危険を犯すことはできん。それに、脅迫に屈すれば、それが付け入る隙となる。我々は引けぬのだ。」
「……分かりました。無事なら助けるってことでいいんですよね?三人は、私の大事な友人です。見捨てられません。それでもダメですか!?ギリギリまで彼女たちの命を諦めるべきじゃない!!まだきっと生きています!!」
花麓は少し表情を緩ませた、……ように見えた気がした。
「作戦は変更しない。だが、……キミらは好きにするといい。」
*
──────札縨から近い山中の小屋。
そこは深い山中の小屋だった。
数十人の浪人たちが集まっている。
その一番奥には、はだけた着物をそのままに、酒をかっ喰らう女がいた。
女の髪は少し赤みがかった巻き毛で、その瞳は澄んだ青色だった。
この女こそ、"青眼の獄"と呼ばれる流離者。
ただその見た目とは裏腹に、その態度には粗野なものが見て取れた。
そのすぐ隣では、酌をする小男が愛想笑いを浮かべる。
「……へへ、お頭。ささ、どうぞ。……それで、花麓のやつは来ますかね?」
「来る。」
「あの冷徹な奴が、子供如きに……?本当ですか?」
男は、ちらりと獄の足元を見た。
そこにいたのは、お燐ら三人の子供たち。
獄は、気を失って倒れている彼女らに足を乗せ、ご満悦の様子だった。
さっきまで泣き叫んでいた子供らに、何度も蹴りを入れていたのだ。
最初は薄ら笑いを浮かべていた浪人らからも、次第に笑顔が消え失せる。
獄の執拗な暴力には、明らかに何かの私怨が込められていた。
その頃はもう子供らは泣くのをやめ、歯を食いしばって堪える。
泣けば泣くほどに、この獄という女は喜んでいるように思えたのだ。
だが、三人はついに気絶してしまう。
そうすると獄は足を乗せて、満足そうに酒を飲み始めた。
まるで丁度良い足置きのように。
「ふはは!来るさ。花麓ってのは合理的に見えて、本質はそうじゃない。中身は甘々さ。この私を手元に置いていたくらいだからな。前世は氷か、炎の化身のようであったのにな。随分と丸くなったものよ。付け入る隙は十分ある。」
「やつら、ここいらで随分デカい顔してましたからね。頼んますよ、お頭!アイツらさえいなくなれば、俺らの天下ですよ!」
「ハッ!天下に興味ねぇけどよ。……まぁ問題は錆の方だな。アイツの得物は厄介だ。だからこそ花麓も一緒に呼んでんだが……。」
「花麓ってのは、剣の方は……?たった二人とは言え、強いのが一人なのか二人なのかじゃ、全く違いますぜ?」
「それは心配ねぇ。花麓ってのは頭でっかちでよ。前世だって、そっちはそこまででもなかった。身体は鍛えていて弱くはないが、特別強くもねぇ。転生後は普通にデスクワークしてたって言うしな。錆の方だけ気をつけてりゃいい。あ、花麓の方は殺すなよ?俺の獲物だ。嬲ってから殺すからな。」
「ですくわあく……?」
「ふっ……、ようやく花麓の吠え面が見られるかな。懐のコイツで派手に……。ああ、そうだ。三郎、オマエここに残って、コイツら殺しておけ。花麓にガキの死体見せてやったらどんな顔するかなぁ。くははは!!」
「へ?いや、ああ……、その、ですが……。」
「ああん?なんか言いたそうだな?」
「い、いえ!分かりました!殺しておきます……。」
*
それから1日経ち、脅迫状の予定日となる。
──────札縨から南の某所。
夜の闇の中。
そこは脅迫状に記された地点だった。
花麓と錆之丞は、たった二人でやってきた。
山間部であり、大地がうねる様な勾配を見せる。
其処彼処に森の侵食を見せるが、開けた場所であった。
こういうところでは、夜でもそれなりに遠くまで見渡せてしまう。
蝦夷地ではこのような場所が多く、伏兵も不可能に近い。
今、目の前には誰もいない。
だが、獄の手下は、遠間の森から監視しているに違いない。
だが、こんな時に花麓は少し笑みを浮かべていた。
それを錆之丞は不思議に思い、ふと問いかける。
「花麓様、何か面白いことでも?」
「ん?ああ、いや。結局、こうしてまんまと二人で来てしまうとはな。これでは殺されに来たようなものだ。我ながら酔狂なことだと思ってな。」
「なるほど。まぁでも、たまには伸るか反るかの大博打ってのも、そう悪かないでしょ?」
ここには、獄もそれなりの人数を連れてくることが予想できる。
花麓は最初、多勢で一網打尽にするつもりだった。
数とは、圧倒的な暴力なのだ。
だが、花麓はそれをしなかった。
結果的に、雪緒の進言を受け入れてしまう。
それが何故かは分からない。
花麓は、そのことがひどく可笑しく思えてしまったのだ。
今こうしている間も、お燐・お萌・お翠の捜索は続いている。
だが、花麓は彼女達が生きているとは思っていない。
ただそれでも、雪緒の言葉を否定できない自分がいたのだ。
「あれは本当に流離なのか……?」
「へ?あ、ああ……、雪のことですかい?」
「ああ。流離というものは、完全でなくとも前世の記憶を持っている。そのせいか、どこか擦れているものだろう。この世界に堕ちたこともそうだ。我らは、絶望と共に世界を流離う。だが、あれにはそういった陰が見えん。」
「雪のやつ、どうも記憶はあまりないようですよ。恋にしろ、俺らにしろ、この世界とはどこか一歩引いて見てるもんってのはたしかです。客観的というか。まぁ思うに、あれが雪の性格というか、性質なんでしょう。」
「そうか。」
二人がそんな風に話していると、少し先から動いているものが見えた。
その一塊の黒い何かは、森から這い出てきて花麓らへ近付いてきた。
いくつものカンテラが眩くちらつき、複数の光る目のような錯覚を覚える。
花麓には、それが獄ら斬幕党の集まりであることはすぐに分かった。
先頭を歩く人影に特徴があったのだ。
気怠そうに太々しく歩くその様は、まるで王様だ。
この女は、花麓の下にいた時もそれを隠そうとはしなかった。
野犬のように飢えた獣は、痩せっぽちでも牙を見せるのだ。
青い目はいつも何かを欲していた。
それが今はもう、野獣のような怪物と変わり果てていた。
「これはこれは……、花麓殿。奇遇ですなぁ。お月見ですかねぇ?本当に今宵は良い月夜ですなぁ。」
「フン……。貴様の節穴には、この闇夜に月が見えるというのか。今宵は新月、月なぞ出ておらぬぞ。」
「くはは!随分、機嫌悪いじゃねぇか!まぁしょうがねぇな。オマエ、マジで甘ちゃんだな。本当に二人で来やがったよ。……なぁ、花麓。オマエ、これからどうなるか分かってんだろうなぁ!?」
獄は、豹変したように叫び声を上げる。
その周りには、約二十名の浪人たちがニヤニヤと笑う。
獄は刀を抜いた。
そのギラリとした殺意も、この闇夜でカンテラの灯りを映す。
それはぼんやりと黒い闇に浮かび、ひどく冷たい色を見せる。
花麓には、その切っ先がとても長いものに感じてしまっていた。
恐れはないが、何かネガティブな思いに支配されていることを自覚する。
その心境は、錆之丞も同じだった。
だが、二人は自暴自棄にはならない。
危機であり正念場ではあるが、そこは終点ではないからだ。
そして、花麓も刀を抜いた。
「錆之丞よ、好きにやっていい。私も好きにやるのでな。……死ぬなよ。」
「へい!」
錆之丞も同調するように、腰の後ろの物をそっと抜いた。
「花麓様、少し離れますよ。」
「余計な気遣いは不要だ。貴様のそれを、私が躱せないとでも?」
「へいへい。後で文句言わんで下さいよ!」
獄ら斬幕党の者らも、次々に武器を構え始めた。
獄は、花麓の刀を見て嬉しそうに叫んだ。
「おおっと!?良いのか、良いのかぁ!?人質いるんだぜぇ!?」
「どうせ貴様は生かしてはおらんのだろう?」
「なら、なぜ二人できた?……意味が分からねぇ。」
「意味が分からないか。貴様は頭が悪いからな。」
「ああん!?」
「……二人で十分、ということだ。」
「この人数相手にか?……はっ!じっくりいたぶって殺してやるよぉ!!てめぇら、殺せ殺せ!ぶっ殺せ!!」
獄が吠える。
斬幕党の浪人たちが雪崩のように、花麓らへ向かっていく。
だが、次の瞬間、獄の耳に風を切る音が聞こえる。
一瞬で肝が冷え、咄嗟に後ろへ転がるように避けた。
そして、それは正解だった。
だが、獄のすぐ後ろにいた浪人は、それを察知出来なかった。
急に獄が後ろに逃げたことで、咄嗟に振り向いてしまうくらいだ。
「お頭……、どうし……、クッあ……?」
浪人はそのままパタリと倒れ込む。
そして、首の辺りから何かが噴き出していた。
辺りには、一気に異様な臭いが充満する。
そんな中、闇の中を何かが移動をしていた。
その何かは、金属同士が軋むような音と風切音を奏でていく。
そうして、それは錆之丞の手元へと戻る。
「オイオイ、油断してんなよぉ!?もう始まってんだぜ!!」
錆之丞の手元にあったのは、鎖鎌だった。
腰後ろの脇差は、可変式の鎌を偽装したもの。
右手に巻いた鎖と連結させ、腕力だけで鎌を一直線に投擲していた。
それを一気に引き戻すと、返す鎌で綺麗に頸動脈を切り裂いたのだ。
獄も慌てて立ち上がり、喚くように叫ぶ。
「テ、テメェら、灯り消してさっさと間合い詰めろ!ヤツは正岡常武の転生者、鎖鎌使いだ!!だが、複数で間合いさえ詰めちまえば利点は無ぇ!!」
「ハッ!こんな闇夜じゃ俺の鎌を避けられねぇだろ?」
大柄の錆之丞は、今度はそれをブンブンと振り回す。
この闇夜でその軌道は読めない。
その大仰な音は、まるで人ほどの巨大な羽虫のようだ。
「それは花麓も一緒だろうが!!なんでテメェら二人揃って呼び出したと思う!?仲間巻き込みたくなかったら、ブンブン振り回すんじゃねぇ!!」
だが、その獄の目論見は外れた。
花麓は、ひっそりと笑みを浮かべたのだ。
「私も舐められたものだな。貴様らと一緒にするな。……錆之丞よ、遠慮することはない。私も殺す気で好きにやれ。勿論、すべて躱してみせるがな。」




