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第23話 平穏

──────蝦夷地・札縨。


雪緒と恋十郎は札縨にいた。

雪緒は未開の地だと想像していたのだが、蝦夷地はかなり栄えていた。

住宅街や繁華街もあるし、それどころか電柱や電線まであるのだ。

ただ電線は正式稼働はしておらず、あくまでも試験的なもののようだが。


札縨(さつほろ)』(注:漢字が微妙に異なる)は、現代の北海道札幌市のこと。

元々はアイヌのコタン(集落)があり、名称もアイヌ語を起源としている。

当初は"さつほろ"や"サツホロ"などと呼ばれていた。

それが幕末の頃には、"札縨"と漢字表記へと変わる。

同じように、この世界でも札縨表記へと変わっていた。

本来の歴史では、1869年に戊辰戦争が終わる。

蝦夷地から北海道へと、名称が変更されたのはその頃だ。

そして、1875年から屯田兵による本格的な開拓が始まる。

ただ実際は、以前から和人は来ていて沿岸部はそれなりに栄えていた。

しかい、この世界では1900年になっても戊辰戦争は起きていない。

つまり、名称も蝦夷地のまま変わっていないのだ。

新政府も屯田兵もおらず、蝦夷地は未だ雑多な状況の中にあった。


また、蝦夷地は松前藩預かりではあるが、他の藩とは在り方が違う。

日本でありながらも、外国のような微妙な立ち位置にあったのだ。

松前藩にしても他藩とは異なり、石高(こくだか)が無いという状況。

これは、当時の蝦夷地では稲作ができなかったためだ。

("石高"は、土地の生産能力や経済力を数値化したもの)

こういった性質上、松前藩はアイヌとの独占交易権が認められていた。

通常、家臣は俸禄米が支給されるが、松前藩ではこの交易権が与えられる。

これを『商場(あきないば)知行制(ちぎょうせい)』という。

そして、それが現在の商人に代行させる『場所(ばしょ)請負制(うけおいせい)』へと変わっていく。

その為、蝦夷地では和人の商人たちが幅を利かせていた。

彼らは各地のアイヌを雇用し、より効率的になっていく。

だが、その環境はあまり良いものではなく、いざこざが絶えなかった。


そして、そこに目を付けたのが、遠瀬花麓こと織田信長だ。

蝦夷地の資源はかなりのものだが、何よりも藩の影響が少なかった。

身を隠すのにも都合が良く、秘密裏に事を起こすことも容易かった。

現在は札縨に拠点を置き、定山渓に水力発電所を建造中である。

なお、定山渓の発電所は、現代に実在している。

そうしてその留守を預かるのが、錆之丞らの警備隊というところのようだ。

通りを歩く錆之丞の後ろを、雪緒と恋十郎が続く。


「この町は不思議な光景だね。和人とアイヌが共存してる。それで……、いざこざというのは?平和そうに見えるけど……。」

「まぁ花麓様の屋敷と目と鼻の先じゃあ、さすがにな。けど、この辺りも元々はコタンが交わる場所だ。色々とな。あと多いのは小樽内とか、日高の方か。」


小樽内(おたるない)』というのは、現代の小樽のことである。


「元々アイヌ民族って言っても、統一国家ってわけじゃない。なんならアイヌ同士でやり合ってるし。その上、和人も混ざって面倒なことになってる。特に商人は低賃金で重労働をさせてたから、結構恨まれてんだ。」

「一揆とかあるの?」

「まぁな。ただ花麓様はその辺うまくやってな。こっちで手始めにやったのが、商人を懐柔して首輪を付けたことだ。今や、蝦夷地内の商人はほぼ花麓様の息がかかってる。だが、元々流刑地だったせいか、結構ヤベェのもいてな。」


雪緒・恋十郎は錆之丞に連れられ、近くの盛り場まで足を運ぶ。

札縨の住人が集まる場所のようで、人でごった返していた。

三人は、そんな場所のとある居酒屋の前に来た。

居酒屋の前には、店の者と錆之丞の手下の男がいた。


「おう、ご苦労さん。」

「錆さん、すんません。ご足労頂いて。中はまだそのままですが……。」

「ああ、いい。ちょっと確認させてもらうぞ。」


実は"居酒屋"というスタイルは、江戸時代後期くらいから始まった。

酒屋で"居ながらに飲む"ことができる、というのがそもそもの形態だった。

そこから簡単な酒の(さかな)を出すようになったのだ。

特に江戸では男性比率が多く、外食が多かったため需要はあったようだ。

そして、この時代の蝦夷地でも、江戸を真似たスタイルとなっていた。


中に入ると、広い空間に所狭しとテーブルと椅子が並べられている。

……はずなのだろうが、店内はグチャグチャに荒らされてしまっていた。


「ひでぇな。なんだこりゃ。台風でもあったみてぇだな。」


恋十郎が言うように、酷い有様だった。

テーブルや椅子だけでなく、酒も散乱している。

そのせいで、中は悪酔いしそうな臭いが充満していた。


「で、相手はまた例の……、で良いんだな?」

「ええ、斬幕党(ざんばくとう)のようです。分かりやすく名乗ってたそうで。」

「斬幕党?なんだそりゃ?」

「倒幕派の一つさ。遠島にあった奴らの子孫や、食い詰め浪人共が集まってるって話だ。ただ奴ら、根城がどこか分からなくてな。こうして方々荒らし回っては、カタギに迷惑かけやがる。どうしようもねぇ連中さ。」

「その斬幕党というのは、何を目的にした集団なの?大層な名前の割に、やってることは野盗や強盗と変わらないけど。」

「簡単な話さ。人が多く集まれば、物も集まるからな。弱い相手から奪うってのが、一番楽なんだろ。そんな大層な主義主張なんてあるのかどうか。」

「どこにでもいるんだな、そういう輩は。」

「俺も随分と殺してやったんだが、減るどころか増える一方さ。まぁ幕府があんなだし、南からはどんどん来るからな。それに……、斬幕党にはひとり、厄介なのがいてな。今は『青眼(あおめ)(ひとや)』って名乗ってる。コイツだけは、見掛けたら問答無用で斬り殺していい。目が青いからすぐ分かる。」

「斬り殺すって、そんな物騒な。」

「いや、間違いなく殺せ。でないとお前らが死ぬことになるだけだ。」


錆之丞は店の外に出ていき、手下と話し始めた。

それにつられ、雪緒と恋十郎も外に出る。

錆之丞は店の者を呼ぶ。


「なぁ、アンタ。今回の損失はこっちで被ってやる。話は通しておいてやるから、花麓様のツケで修理頼みな。その代わり、分かってるよな?」

「それはもう。ありがとうございます。助かります。」

「うし。恋、雪。次だ、次。」


店を出て、再び歩き出した三人。


「あの……、さっきのって賄賂とかです?"分かってる"とかなんとかって。」

「……は?ははは!いやいや、違う。みかじめなんて、せせこましいことしねぇよ。花麓様は、そんなことせんでも稼げるからな。恩の代わりに、情報くれって話さ。」

「情報……?」

「情報はそれ自体が金を生む。言わば、町人や商人の全員が、花麓様の隠密って寸法よ。こっちで悪いことすんなよ?全部筒抜けだぜ。」



──────札縨・花麓屋敷。


あちこちの事件を確認し、三人が屋敷へ着く頃にはもう日が落ちていた。

蝦夷地の治安改善は、錆之丞の警備隊で随分とマシになったという。

この警備隊というは、各地であぶれていた浪人らを雇用し組織したものだ。

浪人らに仕事を与えることで、治安も改善するという一石二鳥の案だった。

彼らもここを第二の故郷にしようと、開拓にも前向きなようだ。

何より雇用条件が良いため、以前よりも生活の質は悪くないという。


花麓は定山渓の方に出向いているようで、屋敷には能面三人衆だけだ。

その三人衆はというと、台所でそそくさと飯の用意をしている。


「あれ?もしかして、食事ってあの三人が作ってるの?」

「ああ、知らなかったか。オマエらが牢で食ってたのもそうだぞ。本当は花麓様について行かせたいとこなんだが、子供に山道は厳しいからな。留守番さ。」

「ええ!?あの食事を!?まだ小さい子らですよね……。」


雪緒の話が聞こえてしまったのか、三人衆の一番上のお燐が顔を覗かせる。

声の調子からムスッとしていると思われるが、能面で表情は見えない。


「なんだい!ボクたちの料理に何か不満あるの!?」

「い、いや、そういうわけじゃ……。ただ、すごく美味しかったから。」

「え……?」

「子供が作ったものとは思えなかったというか……。」

「子供じゃ悪い!?」

「ああ、いや。結構手が込んでる感じだったし、てっきり大人の板前さんが作ってるとばっかり。」

「……そ、そりゃ、まぁ。ボクは、花麓様の小姓だし!なんでもできるし!料理なんてちょちょいのちょいだし!」

「そ、そうなんだ。お燐ちゃんは偉いねぇ。凄いんだねぇ。」

「なっ!?こ、こんなの出来て当たり前だし!ば、馬鹿じゃないの!さっさとお風呂入れば!」


お燐は、扉をガシャンと大きな音を立てて閉めた。

それから、台所の方へ猛ダッシュで消えていった。


「えっと……、なんか怒られた?」

「うははは!ありゃ怒ってんじゃねぇよ、照れてんだよ。花麓様は、普段あんま褒めねぇからな。あれも褒められ慣れてねぇんだろう。」

「そう……、なの?」

「ああ。前世も小姓で、転生後も女小姓だからな。生粋の小姓だな。」

「女?……え!?女の子なの!?って、転生!?」

「……ああ、そうか。言ってなかったな。アイツら三人とも流離だぞ。お(りん)・お(もえ)・お(すい)ってんだが、森乱丸・坊丸・力丸の転生者らしい。まぁあんな歳だし、あんま前世の記憶も無いみたいだけどな。甘えん坊だし。」

「へ、へぇ。」

「さぁ、たぶん風呂沸いてるから入ってこいよ。飯はその後だ。」


ちなみに花麓の屋敷には、立派な内風呂がある。

座敷牢から出された後にも利用したが、かなり快適な設備だ。

雪緒らが風呂から上がると、飯が用意されていた。

各人の小さなお膳の上には、所狭しとぎゅうぎゅうに小鉢が載っている。

いつもと違って随分品数が多いようで、錆之丞も戸惑っていた。


「オ、オイ。花麓様もいないのに、なんでこんな豪勢なんだ?」

「べ、別に?食材悪くなりそうなの、使いきっただけだし。」


お燐は、ツンとしてそっぽを向いている。

だが、いの一番に雪緒のすぐそばまでやってきて、ご飯をよそい始める。

そして、お茶碗に米を山盛りにして、突きつけるように渡した。


「ん!」

「え!?……ああ、ありがとう。こんなに食べられるかな……。」

「お燐、俺にもよそいでくれよ。」


お燐は、錆之丞にそう言われると、近くにおひつと茶碗を乱雑に置いた。

おひつの上のしゃもじが跳ね、木と木の小気味良い音が室内に響く。


「なんか扱い違くない……?」


錆之丞には一瞥もせず、お燐はすぐに雪緒の近くへと戻ってしまった。

しょうがないので、錆之丞は自分で米をよそい始めた。少し寂しそうだ。

雪緒はみんなの準備の完了を待っていると、お燐がグッと近付いてきた。


「え、えっとぉ……、今度は何?」

「ん!」

「え、ああ、漬物ね。」

「ん!」

「ああ、じゃあ頂こうかな。」


雪緒は、先に食べ始めないで待っていたかったのだが、お燐はグイグイくる。

しょうがなく、それを口に入れる。


「うん、美味しい。これもお燐ちゃんが作ったの?」


お燐は、若干明後日の方向を見たまま、こくりこくりと頷く。

能面で表情は全く読み取れないが、ポジティブな反応なのだろう。

そうすると、またすぐに別のものを勧め始めた。


「ん!」

「あ、うん、そうだね。美味しそうだね。……ああ、ほら、お燐ちゃんも一緒に食べようよ。お膳持ってきてさ。」


お燐は少し考え、すぐに自分のお膳を持ってきた。

そして、雪緒のお膳にピッタリとくっつけるように置く。

身体もピッタリとくっつくように座ってしまい、凄まじく窮屈な状態だ。


「え、っと……、もう少し離れようか?」


雪緒がお膳を離そうとしたところ、別のお膳がまたくっ付けられる。

それは、お萌とお翠のお膳だった。

雪緒と三人のお膳が、ピッタリと横並びでくっつく。

そして、雪緒と三人もピッタリとくっついていた。


「えっと……、あのぅ……、食べにくいんですが……。」

「お燐はここなの!お萌もお翠もあっちで食べればいいでしょ!」

「やだ!お萌もこっちがいい!」

「やだ!お翠もこっちがいい!」

「ほら、錆ちゃんの隣空いてる!」

「お燐ちゃんが、錆ちゃんの横行けばいいでしょ!」

「行けばいいでしょ!」

「やだ!お燐もこっちがいい!」


わちゃわちゃと雪緒の隣を取り合いする三人娘。

地味に錆之丞が精神的ダメージを受けているが、三人は気付いていない。

それを見て、恋十郎は爆笑している。


「ぶははは!雪、モテモテだな。」

「は、はは……。」


ご飯を食べて後片付けをした後も、ずっと三人は雪緒から離れなかった。

結局、布団も川の字に敷くことになり、能面三人衆も雪緒と眠りについた。



それから数日が過ぎた。

来る日も来る日も、雪緒と恋十郎は錆之丞の手伝いを続けていた。

例の斬幕党騒ぎや喧嘩もあれば、痴話喧嘩の仲裁まで。

雪緒と恋十郎の日々は、慌ただしく過ぎていく。

今日も、二人で少し離れたところの揉め事を解決してきたところだ。


「今日は晩飯何かなぁ。雪、何だと思う?」

「何って、そうね、うーん、昨日はあれだったから……。って、違う!そうじゃない!私たち、こんなことしてる暇ないんだって!いや、たしかにご飯は美味しいけども。」

「ん?なんかあったっけ?」

「あったっけって、花麓さんの手を借りに来たんでしょうが!童雀様に言われて!忘れちゃったの!?」

「……そういや、そんなこともあったなぁ。あー腹減ったな、どっかで飯食おうぜ。弁当貰ってきたろ?」

「いやだから!!……ま、まぁ、たしかにお腹空いたし、とりあえずご飯食べてから考えるか……。」


結局、本来の任務の件は、また有耶無耶になってしまう。

そうして別の場所へと向かい、夕方頃には花麓邸へと戻った。

だが、そこに暖かい晩飯はない。

二人を待っていたのは事件だった。


屋敷の周りには、錆之丞の配下と思われる者たちが集まっている。

ざわざわと騒がしい集団に分け入ると、異様な光景が目に入る。

入り口付近の壁に、致死量と分かる血痕がこびりついていた。

壮絶な何かがあったのだろう。

二つの遺体は、すでに端の方に移動されていた。

彼らは錆之丞の手下で、屋敷の警備をしていた者らだ。

全身に、夥しい数の切り傷や刺し傷が確認できる。

相手は複数人であったのかもしれない。

それにしても、ここまで斬り刻む必要はあったのだろうか。


雪緒と恋十郎は、はやる気持ちを抑えながら屋敷に踏み込む。

中には、錆之丞とその配下の3人がいた。

屋敷内も荒らされており、強盗か何かが押し入ったのは確実だ。

雪緒はハッとして、台所へ向かおうとした。

だが、錆之丞に止められてしまう。


「雪。」

「錆さん!お燐ちゃんは!?お萌ちゃん、お翠ちゃんも!」

「いねぇんだ。」

「いない……?」

「賊に攫われちまったみてぇだな。」

「誘拐……っ!?」


台所では、小さな三人が食事の支度をしていたのだろう。

多くの食材が下ごしらえされた状態だった。

だが、それらは無惨にも撒き散らされている。

一所懸命に三人は抵抗したのだろう。

鍋やら皿やらが、打ち付けられたように壁際にも散乱している。


「そ、そんなぁ……。」


雪緒はがくりと膝を落とす。

こうして、雪緒の平和な日常は失われてしまった。

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