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第22話 妖怪

──────蝦夷地某所。


この遠瀬花麓と名乗る女商人こそ、織田信長その人であった。

彼女が現れてから、雪緒と恋十郎はすぐに牢から出される。

その後、湯浴みをして新しい着物を借りた。

建物の外は、鬱蒼とした森の中だった。

ここはどうやら蝦夷地の何処かのようだ。

眠っている間に運ばれたのだろう。

そして、二人は食事の用意がしてある座敷へと通される。

そこには花麓と錆之丞が座っていた。


「まぁ座ってくれ。部下の非礼は詫びよう。とりあえずは飯でも食ってくれ。」

「え、あ、ああ……。」


雪緒と恋十郎は、手のひらを返したような扱いに戸惑っていた。

更に戸惑ったのは、予想していた人物像とのギャップだ。

花麓は神経質そうに、ことあるごとにクイッと銀縁メガネを押し上げる。

恐らく癖なのであろうが、それは高級官僚のようなインテリを彷彿させた。


「恋十郎くんと雪緒くんだったかな。腕は立つようだが、どうも搦手は苦手のようだな。」


おそらくは、能面三人衆の盛った毒か何かのことだろう。

結局、どうやって眠らされたのかもよく分からない。

そもそも、ここまでどうやって運んだのだろうか。


「ああ、持ち物は後ほどお返ししよう。さぁさ、食ってくれ。」

「おいらたち、なんで捕えられたんだ?」

「ただの手違いだ。私のことを探る者がいれば、監視するように言ってあった。牢に入れてしまったことは許してくれ。詫びと言ってはなんだが、こちらでの滞在中、費用はすべて負担しよう。好きにするといい。松前へ戻るなら、その手配もする。希望があれば、錆之丞へ言ってくれ。」


よく見ると、能面三人衆は奥で頭を抑えてグズっている。

花麓のカミナリでも落ちたのだろうか。

雪緒には、花麓の態度から敵という印象は感じられなかった。

少なくとも誰かさんのように、いきなり斬りかかってくる理不尽さはない。

歴史上の織田信長と言えば、傾奇者で破天荒なイメージが強い。

比叡山延暦寺を焼き討ちしたり、第六天魔王と名乗ったり。

最後は明智光秀による謀反により、自害するという壮絶な人生だ。

だが、目の前の花麓を見ると、そんなイメージとはかけ離れていた。

少し神経質そうには見えるが、理知的で冷静な人物という印象を受ける。

共闘の申し出も受けてもらえる可能性は、十分にあるように思えた。


「花麓さん、私たちは……。」

「いや、いい。分かっている。キミらを寄越したのは徳川の松依童雀だろう。手を貸せと。迷葉鹿頭火が本格的に動き出したようだからな。」

「童雀様を知っているのですか?」

「ああ。会ったことはないが、散々私のことを嗅ぎ回っていたからな。相手が誰かくらいは把握しているさ。今まで本格的に徳川が動いていないところを見ると、私と敵対する気がないことも察しているよ。」

「そこまで分かっているのでしたら、ありがたい。それでは……。」

「だが、それはそれ、これはこれだ。その申し出は断るよ。キミたちには、わざわざ蝦夷地まで足を運んでもらって申し訳ないがね。」

「え?ですが、このままでは戦乱の世に……。」

「なるだろうな。いや、もうなっている。実はな、迷葉からも再三共闘の申し出があったのだ。まぁ断ったがな。あれはどうにも今の世が気に食わんみたいだな。逆に言えば、あちらが害さない限りは、こちらも手を出さんと伝えてある。だから、キミ達徳川にも手は貸せんのだ。」


雪緒らも、簡単に手を貸してもらえるとは思っていなかった。

ただ、こうもけんもほろろに断られると、どう切り返すべきだろうか。


「花麓さん、それは要するに中立ってことかい?」

「まぁそうなるかな。」

「聞いてた印象と違いますね。童雀様からは、民を思う方だと聞いていたのですが。インフラを整えたり、浪人の世話をしていたと聞いています。戦乱の世となれば、また民は苦しみますよ。」

「私を聖人か何かだと勘違いしていないか?インフラも浪人も必要だからやっただけのこと。民のため、というお題目でやったのは確かだがね。この時代は何かと大義名分が必要なのだよ。ただそれだけだ。あとは、私の方も今それなりの手勢を従えるようになった。もうあまりいい加減もできないのだよ。」

「鹿頭火が幕府を倒せば、いずれは貴方も、そして貴方の部下も。火の粉を浴びることになりますよ。」

「なるだろうな。……だが、それはどちらの陣営に手を貸しても貸さなくても、結局は起こりうることだ。もう戦乱を避ける手立てはない。あの狡猾な迷葉が数年もかけて仕込んだのだ。もう止まることはあるまい。」

「あ、あと、童雀様からの言伝ですが……。もしも手を貸していただければ、徳川で謀反人とされている件を無かったことにもできるとのことです。」

「ふぅむ。童雀というのはもう少し賢しい者だと思っていたのだが……。買い被り過ぎたか。徳川が潰える瀬戸際で、徳川云々を交渉材料にしても意味はないのではないか?むしろ私としては、迷葉と徳川が潰しあってくれれば、漁夫の利を狙えるというもの。静観の方がメリットは多い。」

「そ、それはその通りですが……。」

「さぁ、不毛な問答は仕舞いだ。私も忙しい身でな。今は、徳川の目を盗んで、蝦夷地で色々やっているんだよ。例えば、発電所の建設とかな。そういうわけで、手は貸せんよ。それでは錆之丞、あとは頼むぞ。」


そう言って、花麓は去っていってしまった。


「恋に雪よ。まぁとりあえずは、ゆっくりしてきな。」

「錆さん。アンタ、前に信長のことは知らねぇって言ってたよな。」

「悪いな。それは勘弁してくれ。俺にも立場ってもんがある。でもヒントは出してたろ?何かあったら花麓様を訪ねろってさ。俺だって、心苦しかったんだぜ?そこは察してくれよ。お互い、内情は言えねぇこともあんだろうよ。」

「まぁそうだけどよ。」

「そうさな。しばらくは暇なんだから、俺の仕事手伝うかい?報酬は出すぜ。」

「仕事?隠密かい?」

「いや、江戸に潜伏してたのはたまたまさ。俺の仕事は……、まぁ蝦夷地は蝦夷地で結構揉め事が多いんさ。」

「やめておくよ。徳川に手を貸してくれるっつーなら、話は別だが。」

「なら尚のこと俺の仕事手伝っておけよ。こっちの内情を知れるかもしれないぜ?もしかしたら、花麓様の気も変わるかもしれんしな。」

「手伝いねぇ。どうするよ、雪?」

「ハァ……。こんなことしてる暇ないんだけどなぁ。私ら一体何しにきたんだ……。」


結局、雪緒らは錆之丞の手伝いをすることになった。

使命を達成するために、花麓の近くにいるのが一番の近道ではある。

しかし、その手立てはまだ何も浮かばなかった。



──────水戸街道。


刻は少し前に遡る。

そこには江戸を脱出し、水戸街道を辿る蒼と也場の姿があった。


「大丈夫ですか、也場殿?少し休憩しましょうか?」

「いや、いい。まだ歩ける。」

「……いえ、休憩しましょう。もはや無理をしても意味はありません。」

「すまぬ……。」


二人は江戸の事変を逃れ、常陸国の例の屋敷を目指していた。

也場は傷を負っており、度重なる休憩により足を止めざるを得なかった。

顔と背中の傷が歩くたびに悲鳴を上げるのだ。

だが、江戸にはもう安息の場所などなく、二人は逃げるしかなかった。


「すまぬ、蒼殿。自分から江戸へ行くと我儘を申しておいて、この体たらくとはな。これでは、雪姫様にも童雀様にも申し訳が立たぬ。」

「仕方がありませんよ。あの混乱状態で誰が敵だったかも……。生きていることが奇跡です。今は、情報を持ち帰ることだけ考えましょう。」


水戸街道にも多くの人が溢れていた。

それは江戸の戦火を逃れた人々だ。

着の身着のままの者もいれば、大八車に荷を載せている者もいる。

多種多様な彼らに共通しているのは、暗く沈んだ表情をしているということ。

この数日間で江戸城は崩れ落ち、江戸の町も火に飲まれてしまったのだ。


江戸の町で起きたのは、まさに革命だった。

突発的に江戸町内で討幕派が蜂起し、両陣営による戦が勃発した。

もはや、誰が敵なのか味方なのかも分からない。

しかし、それは幕府方だけの話。

討幕派は準備し、明らかに味方を認識していた。

蒼は、途中でそれに気付く。

腕に赤い布を巻いている者達が、討幕派だということに。

だが、もう手遅れだった。

そんな混乱状態の中で、味方だけに情報を伝達する手段もない。

結局、討幕派による一方的な虐殺を止める術はなかった。

幕府はいとも容易く瓦解してしまったのだ。


蒼と也場はそんな江戸を抜け出し、やっと常陸国の山まで戻ってきた。

険しい山道を抜ければ、屋敷で休むことができる。

今のところ、追っ手のようなものもない。

山に分け入ると、鬱蒼とした木々のざわめきに包まれる。

だが、後もう少しというところで日が落ち始めてしまった。

ただでさえ暗い森の中を、闇夜で進むことはできない。

現実的に考えれば、ここで野宿の準備をするべきだ。


「也場殿、今日はもうこれ以上無理でしょう。ここで休んでいて下さい。なにか燃やせるものと、何か食べられるものを探してきましょう。」

「すまぬ。私はかまどの準備でもしておくよ。」


だが、二人は何かが蠢くのを察知する。

それは、獣のような速さで移動していた。

木の上を次から次へと伝っていく。

明らかに二人の周りを周回するように。

草木の擦れる音が、辺りにこだました。


「猿か何か……?」

「いえ、これは……。」


すでに森は薄闇の中だ。

相手の姿形など見えるはずもない。

一瞬、也場は天狗伝承のことを思い出す。

だが、そんなものいるわけがないと首を振った。

その時、也場がいち早く察知する。


「上だっ!!」


蒼の真上から、黒い塊が突き刺さるように落下してきた。

ギリギリだったが、蒼はそれをなんとか避ける。

だが、その黒い何かは、続け様に蒼に何かを突きつける。


(槍だと!?コイツ、この動き!忍か!?)


咄嗟に蒼は自身の槍を構え、それをいなす。

反撃を試みたが、すぐに出足を挫かれてしまう。

槍の後には、薙刀の払いが右から迫ってきたのだ。


「なっ!?」


あまりのことに、蒼は一方的な防戦を強いられる。

しかもその直後、黒い塊からは鎖付きの分銅が飛んできた。

それは額ギリギリをかすめていき、蒼の額当てが吹き飛んだ。


(コ、コイツ!!出鱈目過ぎるっ!?)


蒼は咄嗟に距離を取ろうと、後方に飛んで後退った。

だが、黒い塊はすぐに距離を詰め、真下から刀が突き上がってくる。

蒼は手に持った槍を捨て、渾身の力で身を捩った。

そうしなければ、身体が貫かれていたのだ。


(忍びどころじゃない!こんなの妖怪じゃないか!)


黒い塊は、槍をまるで一本足のように使い、再び迫ってきた。

蒼は、腰の刀をすばやく抜いた。


(さぁ来い、妖怪。ただでは死なんぞ。)


もはやどんな攻撃が来るか一切読めない。

それでも蒼は覚悟を決めて、ただ黒い塊の中心に狙いを定めた。

だがその時、也場が再び叫んだ。


「ま、待て!!……お主、もしかしてみっこか!?」

「は?何を言って……。」


也場の声に反応してか、黒い塊の動きがピタリと止まる。


「ん〜?あれ〜?也場っち〜?なんで〜?」


暗闇の中で、黒い塊の羽織のようなものがゆらめく。

姿形は正に妖怪でしかないが、確かにその声はみっこのようだ。


「みっこちゃんなの……?え、うそ?ホントに?」

「うわぁ?蒼ぴょん?あれぇ?江戸は〜?」

「ぴょんて。」


みっこは二人の前にゆっくりと姿を現す。


「うおっ!?」


也場はその姿にたじろぐ。

みっこは、例のヤマンバメイクだった。

だが、也場が動揺したのはそんなことではない。

鎧やら外套やらを出鱈目に着込んでおり、全身が膨れ上がっていたのだ。

その上、刀や槍、鎖鎌、薙刀など、何本もの武器を身体に縛り付けていた。

そして何より、上から下まで全身血塗れだった。


「えっと……、その格好は一体……?」

「うーん、さとさとが〜、山を守れっていうか?本物のヤマンバになって、全部殺して良いって言ってたよ〜?あ、殺すのは武器持ってる人だけ〜。」

「な、なるほど……。それはもしかして、全部、戦利品か?ま、まぁとにかく、私たちは江戸から戻ってきたのだ。みっこよ。童雀様や雪姫様に報告したいのだが、屋敷までの案内を頼めるか?」

「いーよー!」

「あ、いや!ゆっくりな!私たちはたぶん、お前の速さについていけん。」

「ほーい!うほほーい!うぼぼぼわぁあ!!」


蒼は散らばった荷物を拾い集め、也場もゆっくりと腰を上げる。


「あれか……。雪緒が言っていた、化粧で変わるというのは。」

「万全でも、まともにやり合える気がしないですね……。山を守る番犬にはいいかもしれませんが、殺しちゃいけないのも殺してないですかね……。」



──────常陸国・屋敷。


也場と蒼がみっこに連れられ屋敷へ戻ると、雪姫らが出迎えた。


「ああ、也場様、十霞様。よくぞ戻られました。」

「只今戻りました。申し訳ございません、このような不甲斐な……。」

「よして下さい。貴方が、徳川に尽くしてくださっていることは分かっております。さぁさ、まずは上がって、食事を摂って、ゆっくり休んでください。」

「ありがとうございます。ですが、その前に早くお伝えせねば……。」


也場と蒼は屋敷へ上がり、旅装を解いた。

そして、広間に入る。

そこには、雪姫・童雀・みっこがいた。

だが、智・重路・環の姿は見えない。


「真栞殿……、重路と環もいないようですが、どちらに?」

「ああ、気にせんでええよ。ちっと手配があって、出ておるだけや。」

「はぁ。」

「それでどないやったん?」


也場は、江戸の惨状と討幕派について話した。

どうしようもなかったと、言い訳がましいことは言いたくはない。

だが、どうしようもなかったのは事実だった。


「なるほどなぁ。あー、せや。上様や老中はどうなった?」

「上様と出羽守様は見掛けました。お二方は少数精鋭を伴っており、あの混戦の中でも……。ですが、途中で私も傷を負い、それどころではなく……。蒼殿はどうだ?」

「私の方も途中までしか。私が知っているのは、徳川勢は倒壊した江戸城を捨て、平川門の方へ抜けていったとしか……。」

「そうか。なら、雪姫の万華鏡と誤差はないようやな。」

「万華鏡ではどのような?」


雪姫が重い口を開く。

その表情は、悲痛な思いを堪えているように見えた。


「出羽守様はまだご存命かと。ただ父上の状況は、万華鏡でもその先が見えないのです。実は、死の際は大抵見えません。ですから、恐らくもう……。」

「そう、ですか……。申し訳ございません……。」

「いえ、元々父上の死はほぼ確定していました。也場様の責任ではありません。徳川の滅亡にしても、何度となく変えようとしましたが、そこだけは変わらなかった。おそらくは鹿頭火の謀略は、それ以上なのでしょう。」

「しかし……、私は……。」

「まぁ気落ちすんのはしゃあないけどな。ただボクらがここにおんのは、そういうことの先を見据えての行動なんや。問題はこれからや。せや、二人にも言うとかんと。明朝にはここを捨てるで。」

「え?そんな急に……。」

「たぶん、ここバレとる。おみっちゃんの活躍で、だいぶ時間稼げたけどな。それと情報によれば、西側ではもう戦は終わったようや。予想通りの完敗。やっぱ鹿頭火は、朝廷にも工作しとったみたいやな。討幕の密勅が出とるっちゅう話や。そんで薩摩・長州・土佐の連合軍やと。それに引き換え、徳川はもう指揮系統が機能しとらん。負け確や。次は、江戸城に来て無血開城を迫るってとこやな。」

「無血も何も……。江戸では革命が起き、もう幕府は機能していません。」

「せや、だから形だけやな。江戸まで来て、"幕府討ち取ったり!"ってイキるんやろ。あとはもう残党狩りや。」

「そんな……。」

「せやけど、ここが正念場やで。江戸城明け渡しには、必ず鹿頭火が来る。」

「来ますかね……?」

「絶対来る。あれの性格考えたら、来んわけがない。やっぱ徳川恨んどるわな。だから、ボクらはそこを狙う。逆にここでやれんなら、残党狩りでほんまに全滅してまうで。……というわけでや、作戦説明すんで。」


童雀の言葉に、全員がごくりと唾を飲む。


「決戦は江戸城や。ここで鹿頭火を暗殺しよか。」

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