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第18話 亡霊

中盤に暴力描写があります。

山の中は、思いのほか夜の到来が早い。

日が傾き始めると、一気に闇に包まれてしまった。

屋敷の管理人から、"夜は出歩かない方が良い"と言われていた。

たしかに、森は動物たちの支配化にあり、人はその頂点にはない。

ただ管理人の話は、どうやら"そういうこと"ではなさそうなのだ。


辺りに屋敷以外何もないせいか、闇はより一層濃く感じる。

しかし存外騒がしいもので、少しの風で草木がざわつきを見せる。

それはまるで、森がクスクスと笑うかのように錯覚してしまうほど。

そうなると無意識に、人以外の存在をも意識するのだ。

ただの人の身には、夜の森とは"異界"に足を踏み入れるようなもの。

そこは神域か、あの世と通じているのかもしれない。


雪緒は夕食後も落ち着けず、不用意に外へと出ていた。

急に"信長に会いに行け"という上司の無茶振り。

しかも、場所は蝦夷地だという。

これからの旅程を考えると、とにかく不安だった。

この時ばかりは、カサカサと笑う草木も雪緒の意識の外にあった。


『蝦夷地』とは、現代の北海道のことではある

だが、江戸時代の蝦夷地は、北海道とは全くの別物。

なにせ当時は、徳川幕府にとっても未開の地であったのだ。

広い地域にアイヌが点在しており、争いも絶えなかった。

蝦夷地は松前藩の預かりになるが、過去にはアイヌとの争いもあった。

その松前藩はというと、現代の北海道松前郡松前町にある。

その場所は、北海道の南西の突端。

現代の松前城跡は松前公園となっており、天守など一部が復元されている。


信長がなぜ蝦夷地にいるかは分からない。

実は、雪姫の万華鏡による情報なのだ。

ただ万華鏡の性質上、すべては教えて貰えなかった。

それは、未来改変の影響をできるだけ少なくするためのようだ。


雪姫の万華鏡は、実は万能ではなく、いくつかの条件がある。

・見えるのは、他者の断片的な未来の視界。

・視覚のみで、音声はない。

・見える視界は、雪姫があったことのある人物のみ。

・会ったことのない人物は、視界の中で黒く塗り潰される。

・万華鏡の更新は、未来を知った上で関連する行動を取った時。

・更新時、走馬灯のように一気に視覚情報が流れ込んでくる。

・雪姫自身の未来は見えない。


なお、このことはずっと童雀だけしか知らなかった。

智が聞かされたのは、つい最近のことらしい。

蝦夷地行きに関して、雪姫はそっと手を取り、潤んだ目でお願いしてきた。

彼女にお願いされたら、雪緒には断ることなどできない。

だが、それでも雪緒の中には不安が積もり積もっていた。


「ハァー、絶対無理だよぉ……。」


実は、雪緒は北海道に行ったことがない。

とりあえずイメージするのは、カニや牛というステレオタイプなもの。

だが、江戸時代の蝦夷地は、大自然の真っ只中であるはずだ。

カニどころか、まともな道があるかも怪しいのだ。

どう考えても今回は旅行ではなく、秘境探索のようになるだろう。

しかも不慣れな江戸時代で、まともな行軍になるとも思えない。

更には蝦夷地は陸続きではなく、必ず船に乗る必要がある。

この時代の船旅は楽なものではないだろう。

その上、織田信長との交渉をしなくてはいけない。

信長には今、それなりの手勢がいるようなのだ。

秀吉に対抗するには、なんとしても力を借りたいところ。

これに関しては、残念ながら同行の恋十郎をアテにはできないだろう。

性格的に、交渉事は不向き過ぎるのだ。


雪緒は迷いを吹っ切るために、木刀を持って出てきていた。

素振りでもすれば、気が紛れるかと思ったのだ。

それと、木刀を持ってきた理由はもう一つある。

蝦夷地へ向かうとなれば、しばらく蒼に会えないということ。

ここ最近は、ずっと見てもらっていた。

だから、もう少し上達した自分を見て欲しかったのだ。

すぐに蝦夷地へ出発するわけではないが、時間は限られていた。



──────山中の修練場。


雪緒は考え事をしながら歩いていると、修練場まで来てしまっていた。

一面闇に覆われているものの、まばらに月光の指す柔らかな空間だった。

空気が澄んでおり、滝の心地よい音も耳に優しい。

なんだかとても神聖な空間に思えた。

だが、時折吹く風に、カサカサと草木が唄うと妙な気分になる。

それは、なんだかいけないことをしているような……。


「あ……、ダメだって言われてたのに来ちゃったよ……。うう、本当になんか出そう……。」


ただこのまま帰るのも勿体無い。

折角来たのだからと、雪緒は素振りを始めた。

迷いを振り払うかのように、一振り一振りに気合を込める。


「ふぅー。」


しばらく、木刀を振っていると身体が温まってきた。

じわりと汗も滲んでくる。

微風が涼しく案外心地が良い。


だが、その時、背後で何かが蠢く音がした。

すぐさま振り返る。


「誰っ!?……って、誰かいるわけないか……。」


雪緒は再び前を向いて、木刀を構えようとした。

しかし、すこし前に人影が立っていたのだ。

今度は気のせいでも、見間違いでもない。


「え!?……だ、誰!?」


だが、その者は何も答えない。

顔もよく見えない。

ただ、その背格好にはなんとなく見覚えがあった。

ひどく小さい身体で、黒装束のようなものを着ていたのだ。



雪緒はそろりと前へ歩き、恐る恐る声をかけた。


「あの……、もしかして十六夜さん、ですか?」


だが、返答はない。

その時、木々が風に揺れ、差し込む月光に揺らぎが生じた。

そうして、暗闇の中に微かにその顔が浮かび上がった。


「仮面……?」


その者は、面をかけていたのだ。

雪緒は、この辺には天狗信仰があったことをふと思い出す。

しかし、それは"鼻の高い天狗"や"嘴のある鴉天狗"ではなかった。

真っ白いのっぺりとしたものに、丸い穴が二つ空いているだけ。

何の表情も読み取れない。

怒っているのか、泣いているのか。敵か、味方か。

全く何一つ分からない。

雪緒が分かるのは、"何かヤバい"ということだけだ。

無意識に距離を取ろうと、後ろ足が下がっていた。


その白面の者は背中に手を回すと、すっと何かを抜いた。

それは月光に反射し、ギラリと冷たい心を映し出す。

真っ直に伸びた真剣は、そのままゆらりと白面の両手に収まった。

この瞬間、雪緒は突発的に逃げていた。


(まずい!絶対味方じゃない!殺す気だ!!)


だが、走る雪緒のアゴのすぐ下から、その白い顔がぬっと現れた。


「ひっ!?」


雪緒は咄嗟に身を捩り、斜め前に転ぶように逃げた。

白面の直刀が空を斬る。

雪緒が躱さなければ、今頃串刺しだった。


「ちょ、アンタ、な……っ!」


雪緒は何かを言いかけたが、もうそんな暇はなかった。

すぐさま目の前へと現れる白面の者。

もはやその動きは目で追い切れるものではない。

なにせ闇夜にふっと消え、突如目の前に白い顔が現れるのだ。

それはもう、"亡霊"としか言いようがない。

雪緒は咄嗟に木刀を構え、直刀の一撃を受ける。

だが、その直刀は削るように木刀へめり込んでいく。


(マズイ!折られる!?)


咄嗟に身を捩り、木刀でいなして距離を取った。

まともに受け止めれば、木刀は寸断されてしまう。

そうなれば、もはやあの直刀に対抗できる得物を失うだろう。

待っているのは死。

なんとしても木刀を温存した上で、打ち勝たなくてはならない。

だが、そんな悠長に思考をする暇も与えてもらえなかった。

白面の亡霊は、更に直刀を打ち込んできたのだ。

それを雪緒は必死に木刀でいなす。

それから防戦一方でも、何度となくギリギリで躱し続けた。

その間、木刀は無情にもガリガリと削られていってしまう。

ゆっくりと死の刻限が迫るが、雪緒はそれでも諦めていなかった。

そして、雪緒はその瞬間を見逃さない。

一瞬、白面が息継ぎするかのように、攻撃の手を緩めたのだ。


(ここだっ!!)


だが、その時、音がした。

終わりが来たのだ。

木刀は、ねじ曲がるように斜めに裂けてしまう。


「ああ!!」


その瞬間、雪緒は胸に衝撃を食らった。

何らかの打撃だと思われるが、雪緒には何も認識できない。

全身が後方へと浮き上がる。


「うぐぅ!?」


そのまま、もんどりを打つように後ろへと吹き飛んだ。

すると、雪緒はそのままどんどん転がっていく。

そこは、修練場入り口の少し坂になっているところだった。

雪緒は勢いのまま、その一番下まで落ちてしまう。


「う、うう……。」


衝撃ですぐには起き上がれない。

だが、雪緒は殺気を感じ、咄嗟に顔を上げた。


「はっ!?ぐ……っ!」


身体中の鈍い痛みに、身体が強張る。

しかし、周りには誰もいない。

雪緒は緊張を解かず、周囲を警戒する。

サラサラと草木の声は聞こえるが、そこに誰の気配もなかった。


「消えた……?」


雪緒は緊張が途切れた拍子に、そのままそこで気を失ってしまった。



──────山中の屋敷。


雪緒は目を覚ます。


「ん……?うぐっ……、重い……。」


そこは屋敷だった。

雪緒に、半べそのみっこが乗っかっていた。

胸がみっこの水分でびちゃびちゃだった。


「うああ!雪緒ちゃん……、起きたぁ!!」

「みっこ……、重い……、から……。」

「ふぇ!ごめ……っ!」


慌てて跳ね起きるみっこ。

すぐそばには、恋十郎と蒼がいた。

恋十郎が木刀で遊びながら、うんざりしたように言う。


「雪、おめぇ。夜は出歩くなって言われてたろ?真っ暗闇で危ねぇからよ。言わんこっちゃねぇ、坂の下まで転げ落ちやがって。おいらたちが見つけなきゃ、あそこで犬の餌になってたところだぜ。」

「転げ落ちる……?」

「雪緒ちゃん、身体は大丈夫ですか?頭は?」

「あ、蒼様。いえ。たぶん、大丈夫です……。私はどうしてここに……?」

「どうしてって……。おいらと蒼で運んだんだぜ?いなくなったつーからよぉ。手間かけさせんなって。」

「いなくなった……?」


雪緒はそこで、修練場で"白面の亡霊"に遭遇したことを思い出す。


「ああ!!」

「うぉ!?な、なんだ、どうした!?」

「亡霊!いや、忍者!……天狗?」

「何言ってんだ、オマエ?頭打ったか?」

「あ、いや……。」

「とにかく、今日はこのまま休んで下さい。もう夜も遅いですし。」


雪緒は、その日は疲労ですぐ寝てしまった。


次の日。

朝早くに起きた雪緒は、すぐに修練場へと向かった。

そこには何の痕跡もなかった。

だが、それこそが証拠だった。

なぜなら、あの折られた木刀がどこにもないのだ。

雪緒は今、木刀を持ってきている。

だが、それは以前自分が使っていたものではなく、道場から持ち出したものだ。

道場には、他にも何本もの木刀が置いてある。

だから、多少入れ替わっても分からないだろう。

しかし、一本は練習で使うために、ずっと持ち続けていたのだ。

その一本に関しては、木目や触感、重心、そういったものを覚えている。

やはり、あの時折られた木刀はどこにもなかった。


「絶対夢とかじゃない。アイツはいたんだ。……あれは殺す気だった。でも、どうして殺さず見逃したの……?夜、ここに入ったから?ここを守っている?ここから追い出したかった……?」


相手は誰かも分からない。

十六夜なのか、この辺りに出るという天狗なのか。

もしかすると、既に亡くなったという"さるお方"の亡霊かもしれない。

そんなことを想像しながら、雪緒は再び素振りを始めた。

雑念を振り払うために。



その日の夕方、雪緒は信じ難い話を蒼から聞いた。


「え!?蒼様、江戸に行くんですか!?ど、どうして!?今、行ったらマズイんですよね?」

「ああ、そうなのですが、也場殿がどうしてもって。ただ、一度こちらに来たせいなのか、私たちの運命も少々変わったみたいなんです。それで情報収集も兼ねて、也場殿と二人で江戸に戻り、潜入することになりました。あちらの情報は、今は雪姫の万華鏡頼りですからね。情報は別途必要でしょう。」

「そんなぁ……。それでいつ?」

「明後日。それまでに新しく万華鏡が更新されなければ、そのまま行くことになると思います。」

「そんな!すぐじゃないですか!?」

「雪緒ちゃんの稽古ももっと見てあげたかったのですが、ごめんなさいね。以降は恋に習うといいですよ。ああ見えても、腕は確かですから。まぁ少々ムラっ気がありますけど。」

「あの……。」


"私も……"と、雪緒は言いかけてそこで止めた。

おそらく、それは蒼の一存で決められることではない。

しかも、雪緒には蝦夷地に向かうという、別任務も待っているのだ。

言われたところで、蒼も困ってしまうに違いない。

だが、そんな雪緒の気持ちを察してか、蒼は雪緒の肩にそっと触れる。


「心配ありませんよ。也場殿もすっかり肩は癒えたようですし、私もそれなりに腕は立つのですよ。私はこちらもいけるので。」


蒼はそう言うと、槍を突いているような仕草をした。

実は、彼女は常に槍を携帯している。

この旅でも、3mを超えるものを持ち歩いていた。

かの前田慶次も朱槍が有名だが、彼女のは黒色の地味めなものだ。

長さこそ朱槍を模したものだが、色はあえて真似なかった。


「今の私に、朱は過ぎたもの。まぁ使えば赤くなるでしょ。敵の血で。」


そう言って笑っていた。

だが、雪緒は不安でいっぱいだった。

江戸の事変に巻き込まれれば、どうなるか分かったものではない。

事実、何人かは死ぬ予定だったそうなのだ。

ただ、それが誰かは雪姫は言わなかった。

現時点で死の運命を回避したとは言え、それで確定するわけでもない。

万華鏡はあとから変わることもあるのだから。


だが、それは蒼から見ても同じだった。

雪緒の剣は、まだまだ未熟だ。

その上、前世の力も安定しない。

そんな彼女がこれから蝦夷地へ向かう。

蒼にとって、素直に慕ってくれる雪緒は可愛い後輩だった。

本当は、危険なところへ行かせたくなかった。

そして、そこには個人的な感傷もあった。


「私は貴方の方が心配です。随分と修練を積んできましたが、真剣での立ち合いは別物です。蝦夷地へは恋も行きますが、貴方自身で戦わなくてはいけない時もあるでしょう。できれば、もう少し貴方を見ていたかった。」

「蒼様……。」



──────山中の修練場。


その夜。

闇に覆われ、まだらの月光が照らす広場。

雪緒はそこに立っていた。

動きやすいように、旅装できちっと身支度してきた。

そして、その腰には真剣が差してあった。


「私は、こんなところで負けてる暇ないの。いつでも来なさい、亡霊。昨日のようにはいかないんだからね。」


その雪緒の言葉を聞いてか分からないが、ふっと目の前に人影が現れた。

昨晩も現れた白面の亡霊だった。

だが、その時、背後から声が聞こえてきた。


「なぁるほど。それが亡霊だか、天狗だかってやつかい。なかなか面白そうじゃねぇの。おいらも混ぜてくれよ。」


それは恋十郎だった。

腰には刀を差しているが、木刀も持っている。


「ちょ、なんでアンタ……。」

「何でって、またオマエ、一人でこそっと出てくんだもんよ。昨日あんなだったのに懲りずにさ。しかも、今日はそんな刀まで差してよぉ。こりゃぜってー、面白ぇことあんだろ、って。で、睨んだ通りってわけさ。」

「邪魔しないでよ、これは私の戦いなんだからね!」

「そうかい。オイ、雪。あちらさんはもう、始めるつもりみたいだぜ?」

「え?」


雪緒が亡霊に視線を戻すと、背中から直刀を抜いた。

そして、雪緒も刀を抜いた。


「さぁ、来なさい!私は強くなって、蒼様だって私が守るんだから!」

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