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第17話 万華

雪姫の言葉に、一同はざわざわとし始める。


「信長……?謀反人ではないのか?」

「徳川滅亡って……?」


急に降って湧いたような内容に、一様に混乱をし始めた。

"徳川滅亡"なんて、この時代では最大級のブラックジョークである。

勿論、ここにいる者は雪姫がどういう人物かを理解している。

冗談を言ったとしても、他人を傷つけたり貶めたりするような方ではない。

だからこそ、皆、その姫が一体何を言い出したのかと困惑しているのだ。

ただその時の姫はというと、何も言わずじっと目を瞑っていた。

それは、何かをじっくりと確認するかのように。


そんな中、童雀は一言も発せずに黙っていたが、ようやく口を開いた。


「あー、雪姫様どうです?なんか新しいの見えます?」

「いえ、まだ何も。おそらく、これも範囲内なのでしょう。」


雪姫・童雀・智以外は事情を知らない。

その会話の意味するところも、一同は何も理解できていない。


「そうですか。予想外のことにならんかったんは、良しとしときましょか。では、ボクから少し補足しても宜しいか?」

「はい、童雀様。宜しくお願いします。」

「では、御一同。急に雪姫様が何を?と思うとるだろうね。これを説明するには、まず前提となることを言っておかんとならんのよ。」


雪姫は、童雀の視線にこくりと頷いた。

童雀はそれを確認してから、扇子を取り出し口元に当てた。


「雪姫様はな、特別な力を持っておられるんよ。ボクらはそれを"万華鏡(まんげきょう)"と呼んどる。単刀直入に言うとやな、未来が見えんねん。要は"未来視"やな。」


だが、それを聞かされても室内はひどく静かなままだった。

特に驚くでもなく、ただ困惑していたのだ。


なお、『万華鏡』とは、筒に複数枚の鏡を設置したものだ。

回転させることで、封入物が独特の美しい模様を作り出す。

この万華鏡というものは、1819年に日本へ伝来した。

ただ現在も鎖国の続いているこの世界では、本来伝わっていない。

実は、童雀が現代の知識の一端として作らせたものであった。

だが、そこには思惑があった。

その単語を普段使っても怪しまれないように、という思惑が。

つまり、"万華鏡"とは雪姫の力を示す暗号名である。


そこに蒼が質問を投げかけた。


「未来視というと……、予知や予言の類でしょうか。」

「せや。万華鏡は、他者が未来で体験することを、白昼夢見るように追体験するんや。断片的みたいやけどな。しかも、それに対して行動を起こすと、結果がころころ変わってまうんや。その内容を喋るだけでも、結果が変わってまうんよ。さっき確認したんは、それのことや。」

「つまり、我々にこうして話すことで、未来が変わる可能性があったということですかね。」

「せやせや。自分賢いなぁ。はなまる満点やわ。……で、未来が変わった後、一定時間内に雪姫様にはまた未来視が見えたり見えなかったりするねん。」

「はぁ、なるほど……。」


事情を聞けば聞くほどに、現実感がなくなっていく。

最初は驚いたものの、どう解釈して良いか分からず、皆黙ってしまった。

そして、雪姫が再び口を開いた。


「秀吉、今は"迷葉(めいよう)鹿頭火(かずか)"と名乗っておりますが……。彼女の真の目的は、大政奉還をせずに行われる戊辰戦争です。その後は再び戦乱の世へと舞い戻るでしょう。我々の目的はそれを食い止め、迷葉鹿頭火を討つことなのです。」



雪緒らは全員で秘密を共有した後、晩飯をとり、各自床についた。

それからの各人の行動は様々であった。

だが、皆共通して、物思いに耽るように押し黙っていた。

結局、殆どの者が、聞いた内容を咀嚼できていなかったのだ。

頭では理解したつもりなのだが、全く現実感がない。

それを暗示するかのように、一見あまり大きな混乱はないように見えた。

大仰に驚いたり、否定したり、そういったことも全くなかった。

正に"狐につままれたような"という表現がぴったりくる。

考え事をして歩くものだから、他者とぶつかってしまったり。

そんな奇妙な雰囲気の中、夜は更けていった。


朝になり、雪緒は早くに目が覚めてしまう。

庭で顔を洗っていると、そこへ蒼がやってくる。


「雪緒ちゃん、おはようございます。」

「あ、蒼様。おはようございます。」

「早いのですね、もしかして眠れなかったのですか?」

「あはは……。いえ、少しは寝られたのですが、早くに目が覚めてしまって。」

「まぁ、あんなこと聞かされたらね。」

「ですよね……。」

「どうします?私は朝から始めますが……。例の滝で。剣の練習にももってこいだそうですしね。まぁこちらはまだ寝てる方もいると思うので。」


雪緒は、昨晩すぐに寝付けなかった。

そのため、屋敷を散策し、大体の間取りは頭に入っていた。

実はこの屋敷には、小さいながらも道場があった。

ここで隠居していたさるお方が、普段の稽古に使っていたのだとか。

また、少し行ったところに滝があり、広い空き地があった。

ここを管理している者の話では、修練場として使われていたという。

ただ、夜の利用はやめておくように言われてあった。


「あ、私も行きます。他にやれることもないですし。今は……。」

「そうですね。来る時に向けて、今はやれることをやりましょうか。」

「はい!」


外出の準備をしていると、そこへひどい寝癖の恋十郎が現れた。


「もうやるんか……。」

「相変わらず、貴方は朝弱いですね。」

「うん……。」

「私たちは修練場へ行っていますので、気が向いたら来て下さい。」

「うん……。」


恋十郎はそのまま去っていった。


「あれは二度寝しに行きましたね……。ああ、そうだ、みっこちゃんは?」

「みっこも朝ダメなので……。」

「なるほど。」



──────山中の修練場。


雪緒と蒼は修練場へ向かった。

そこは、清々しい深緑の空気に包まれた場所だ。

すぐ近くの滝は細く小さいものの、涼やかなミストを散布している。

そのせいか辺りはひんやりとしており、気持ちの良いところであった。

広場の奥には岩があり、そこをくり抜くように小さなお堂が鎮座する。

木製のそれは、山奥であるにも関わらず綺麗に整えられていた。

おそらくは、管理人が今もまめに掃除をしているのだろう。

そこには、九枚葉の草の紋様が彫ってあった。


雪緒と蒼は、木刀での稽古を始めた。

まずは基本の素振りだ。

筋力向上の目的もあるが、大事なのは正しいフォームであること。

剣術においては、相手の動きによって臨機応変に対応が必要だ。

だから、必ずしも正しいフォームで剣を振るえるわけではない。

だが、その下地となる姿勢や動作があればこそ、応用に繋がるのだ。

それを日々、徹底的に身体に染み込ませていく。

この動作の反復というものは、一見意味のないものに思えるだろう。

ただ人の身体というものは、関節があり、筋肉がある。

それらは、自由に好きな方向へ動かせるわけではない。

また、力を伝達するためには、それ相応の動かし方というものもある。

基本的な動作は練習すれば、それなりに習得はできる。

だが、そこには個人差がある。

身体の大きさ、筋力やバランス、癖など。

そういうものを反復により、効率的な動かし方へと収束させていく。

正しいフォームとは、各人の最適解を模索する作業でもあるのだ。


雪緒もしばらく続けてきた成果なのか、筋力がだいぶついてきた。

それにより、木刀の制動もしやすくなっていた。

なお、剣を扱う際、実は利き腕ではない左腕も重要だ。

剣道でも、左腕だけで素振りの練習をすることもあるほど。

雪緒も左右両方使えるようにと、意識して左を使っていた。


早朝であり、涼しい場所であったが、一通り身体を動かすと汗をかいた。

額を伝う汗はゆっくり落ちて、大きな粒となって頬を伝う。

蒼は大きく深呼吸をし、自身の手拭いで汗を拭いた。


「ふぅ、さすがにお腹空いてきましたね。」

「ははは、そうですね。朝ご飯まだですし。」

「では、汗を拭いてから戻りましょうか。」

「はい!」


雪緒はとても幸せであった。

憧れの人に剣を教わり、一緒に汗を流す。

今、たしかに生の実感があった。

現代でも、これほどの充足感を感じたことはない。

ただそれにも終わりがある。

そして、雪緒はそれを知っていた。

この時間にはタイムリミットが存在していたのだ。

なぜ雪緒らはこんな山中へ移動したのか、それには理由がある。

それは、江戸で起こる惨劇を回避するため。

雪姫の未来視"万華鏡"によれば、数日の間に江戸城は消滅するという。

そして、江戸の町は大混乱へと陥るのだ。

その間、雪緒らにできることはない。

だから、この先へ向けて力を蓄えるのだ。

そうして今はじっと待つしかなかった。



──────山中の屋敷。


雪緒らが屋敷へ戻ると、智に対して也場が詰め寄っていた。


「今からでも、上様をお助けすることはできないのか……?必要なら、私だけでも……。」

「それは昨晩も言いましたが……。」

「しかしだなぁ……。」

「ああ、十霞殿、瑞白殿。お帰りなさい。修練場でしたか。」

「ええ。どうされました?」

「十霞殿か……。」

「昨晩と同じですよ。也場殿は江戸に戻り、上様の身を守りたいと。」

「私は納得できんのだ。勿論、雪姫様や童雀様が江戸を離れると判断されたのには、理由があったことも聞いた。徳川滅亡がすでに避けられず、そして上様も……。だが、私は徳川の家臣なのだ。私なぞ所詮末端の者でしかないが、それでも上様も徳川も守れず、おめおめと生き恥を晒すなぞ……。」


也場は頭では理解しているのだろう。

だが、唇を噛み、ひどく悲しそうな表情を浮かべている。

蒼は、そんな也場の肩にそっと手を当てた。


「也場殿、私も心の底から納得をしているわけではないですよ。おそらく、雪姫様や童雀様もそれは同様でしょう。こうする他なかった、というだけです。江戸を離れなければ、我々はこの数日間で死んでいたようですし。」

「おそらく私が向かったところで、状況は変わらんのであろうな。それも分かっているのだ。分かってはいるのだよ……。」


なんとかその場では也場を説得し、部屋へと連れていく。

也場の丸まった背中は、ひどく小さく見えた。

その時、それを見て、雪緒はふとあることを思い出していた。


「あの、智さん。黒装束の忍者さんって、別の任務ですか?ここにはいないので……。大奥の時、助けてもらったから、お礼を言いたいのですが。」

「黒装束の忍者ですか。……ああ、もしかして"十六夜(いざよい)"のことですかね。でも、"助けた"……?そうですか、なるほど。」

「十六夜……?」

「ええ。瑞白殿、一応忠告しておきますが、彼女にはくれぐれも用心して下さい。信用しない方が良いです。」

「どうして……?」

「ここに呼んでいないのは、味方ではないからです。ここに来るまでも、彼女の配下を撒くのに苦労したんですよ。まだ敵ではありませんが、味方でもありません。彼女は流離ですが、ちょっと特殊で、童雀様の配下ではないのです。」

「敵でも味方でも……、ですか。」

「老中配下とか、将軍直属とか色々……。実のところよく分かっていないんです。身体が小さく、声も若いのですが、実際の年齢すら全く分かりません。徳川のために動いているように見えて、本当はどうか……。」

「そうですか……。」


雪緒は、智の話をなんとなくで聞いていた。

実際に会話してもいない相手で、正直あまり実感がなかったのだ。


それから、みんなで朝飯を食べる。

相変わらず寝癖のままの恋十郎。

みっこも寝癖がすごい。

環はせっせと家事の手伝いをしていた。

そして、一通り食事を済ませると、再び雪姫が話し始めた。


「皆さん、様々な思いがあるとは思いますが、今は堪えて下さい。昨日もお伝えした通り、迷葉はこちらの歴史にはない歴史を再現しようとしています。これから起こるであろう、江戸の混乱はもはや避けられません。我々はできる限り、最後の戦いまでに戦力を温存しなければならないのです。」


一晩経つと、各人の中でそれなりの整理がつく。

素直にここで生活する者。

江戸へ戻りたいが、それを堪える者。

それぞれが現在と未来とを天秤にかけ、思い悩んでいた。


なお、幕府の置かれている状況を多少整理すると……。

徳川は、"朝廷より国の政権を委任された"という体裁で幕府を運営していた。

だがそれも、黒船来航や開国やらで次第に情勢が不安定となっていく。

そうして、幕府を討つ"討幕"や、外敵を討つ"攘夷"の気運が高まる。

『大政奉還』とは、そうした中で幕府が朝廷へ政権を返上した出来事だ。

そして『戊辰戦争』とは、日本国内最大級の内戦である。

それは旧幕府軍(徳川)と新政府軍の間で、大政奉還後に勃発する。

最終的には、新政府軍が勝利したのは言うまでもない。

ただこの世界では、そもそも鎖国が続いており、討幕も攘夷もない。

そのため、大政奉還も行われず、本来は戊辰戦争も起こらないはずなのだ。

ところが、鹿頭火はこれを強制的に起こすことを画策してしまう。

こうして、状況は今に至るというわけだ。


童雀は周りの者らを見渡し、今後の目的を話し始めた。


「せやな、とりあえずはここを拠点にしよか。で、基本は鍛錬にあてて、先の戦に備えるように。それと近いうちに、何人かにお使いを頼みたいんやけど……。信長に会ってきて欲しいんや。まぁすぐやないけどな。」

「はぁ……。」

「なんや、どうした環はん。」

「えっと、あのすみません……。私、信長の間者に間違われて、拷問までされたんですけど……。信長って敵じゃないんですか?」


環が"拷問された"というのは、勿論、伝馬町牢屋敷でのことである。

彼女は、未だに背中の傷は完治しておらず、残念ながら前世も不明。

流離者でありながらも戦力にならず、現在は"雑用見習い"という扱いだ。


「徳川的には敵やな。というか、そもそも徳川の大老が暴走して、一方的に殺そうとしたんが事の起こりなんや。それで逃げた。せやけど、元々信長は民のため言うて、技術的に色々協力してたんやで。その時も、増え続ける浪人らの仕事斡旋してたりなぁ。今でも慕う者は多いんよ。」

「でも、それだと協力なんて望めないんじゃ……。」

「まぁ徳川には協力せんやろな。けど、流離なら別や。ボクらは、そもそも敵対した覚えはないで。」

「え?そうなんですか?」

「智はんも、信長が計画しとった発電所の話聞いたら、目輝かせておったもんな。なんせ現代では凄腕のハッカーやったらしいで。」

「うっ!それは言わないで下さい……。」

「なんや、最初、ちょっと自慢げに言うてたで、自分。ドヤ顔で。"国防総省にハッキングして、指名手配されてたんですー"、言うてたがな。」

「まぁ、はい。でも、こんなパソコンどころか電気もない世界じゃ、ハッカーなんてただの人ですしね……。」

「その"はっかあ"というのは、すごいものなのか?」


流離者全員が驚くが、江戸時代の人間には何のことか分からないのだろう。

也場も知らない言葉ばかりで、よく理解できなかったようだ。


「あー、そうですねぇ。暗号文書を得意とする隠密みたいなものでしょうか。」

「ふぅん……。」


智の説明もよく分かっていないようだが、これ以上説明しても無駄だろう。

童雀は、ニコニコの笑顔で話を再開する。


「で、だ。話戻すで。お使いを頼む人を発表します!パパーン!……恋十郎、雪緒のお雪ちゃんにお願いしよかー。」

「え、……ええ!?わ、私ですか!?」

「ええなぁ、そのリアクション。」

「おいらに交渉ごとは無理だと思うぜ?雪、頼むな。」

「ええ……。そ、それでどこへ行けば……。」

「聞いたら多分またびっくりするで。発表します!パパーン!……場所は蝦夷地ぃ!現代でいう北海道やな。」

「…………冗談ですよね?いや、ここから何キロ歩くと思ってるんですか?……え、ホントの話なんですか?嘘ですよね?……え?」

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