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第12話 試験

──────童雀の屋敷・道場。


童雀の屋敷の脇に、いかにもな建物があった。

雪緒は、そこへ足を踏み入れる。

中は思ったよりも天井は高く、伽藍としていた。

木造特有の木の匂いが立ち込め、心なしかひんやりとしている。

壁には様々な武具が立てかけられていた。

刀、薙刀、槍、棒、鎖鎌など。

どれも木製ではあるが、なかなかの品揃えだ。

なにせ木刀だけでも、様々な長さのものが揃えてある。

まるで木製限定の武器屋か博物館のようだ。


そこに、一人の男が立っていた。

男の名は『也場(やば)勢次郎(せいじろう)』。

智に帯同していた侍の一人だ。

すでに稽古着に着替え、腕を組んで待っていた。


「遅おおおおおおおおい!!」

「はい、すみません!」


道場に入った瞬間、也場の怒号が飛んでくる。

雪緒の後ろで、みっこがビクンと身体を硬直させる。

遅くなったのは、みっこの着替えに手間取ったせいなのは言うまでもない。


「さっさと、そこへ並べ!」

「はい!」

「ひゃ、ひゃい!」


二人でしゃんと背筋を伸ばし、也場の前に並ぶ。

みっこは、迷い込んだ小動物のように肩を小さくさせている。

雪緒はなんとかため息を我慢し、姿勢を保つ。

実は二人とも、すでにこの男に対して苦手意識を持ってしまっていた。


(この人、なんか嫌なんだよなぁ……。声大きいし、愚痴っぽいし……。)


その後から、そろりと智が入ってくる。


「あの……、也場殿。」

「ん?」

「まだ、試しの段階なので、あんまり厳しくする必要はないですよ?」

「甘いのではないか、真栞殿?武士たるもの、いつ如何なる時も、戦えるようにしておくもの。常日頃から、心構えが大事なのだぞ。」

「彼女たちは、武士ではありませんが……。」

「……。」

「頼んでおいてなんですが……、まぁお手柔らかに。」


也場は雪緒らに向き直り、鋭い眼光を唸らせる。


「私は也場勢次郎と申す。それと、そちらの男は重路朋久だ。我らは共に、真栞殿の護衛兼、貴様ら流離者の御目付役でもある。」


少し離れたところに座っている男。

こちらは『重路(おもろ)朋久(ともひさ)』といい、同じく智に帯同していた侍だ。

かなりガタイが良く、背も高い。


也場も重路も、屋敷に来る時一緒だった。

実は也場はとにかくよく喋る男で、着くまでも延々と喋っていた。

ただとにかく愚痴ばかりで、面倒な人だという印象。

また時代もあるだろうが、女性を軽んじているようなところもある。

それに引き換え、重路の方は未だに声を聞いていない。

今の自己紹介も、也場が言ってしまった。

たぶん、これからも喋らないのだろう。

とにかく無口な男だった。


智はゆっくりと道場の端に座った。


「まぁ私はこういう年齢ですから、護衛してもらっているんです。あと、まぁ、流離なのでお目付役が……。どうも上の一部の方々は、流離を信用していないみたいでしてね。」

「まぁしょうがあるまい。異物であることに変わらんしな。ただ個人的には、真栞殿が信用に値しないとは思っておらん。徳川のために、いつも尽力されていることは理解している。ただこちらもお役目なのでな。」

「いえ、護衛して頂いて、こちらとしては大変助かっておりますよ。」

「……でだ、今回真栞殿のたっての願いとあって、私が貴様らの力量を測ることになった。私はこれでもそれなり腕が立つのだよ。」

「也場殿は、たしか北辰一刀流のながれを汲む流派でしたか。」

「ああ、いや。それは先先代が多少関係してたというだけで。私の方は、方々に師事したせいで、師匠と呼べる人もいないのだ。所詮我流剣法だな。」

「そうでしたか。ただその実力は折り紙付きと聞いておりますよ?」


智は、雪緒とみっこへと向き直り、改まったように襟を正した。


「……瑞白殿、翁岐殿。先の信綱の謀反では、こちらも随分と痛手を負いました。なぜあの時、秀吉が来なかったのかは分かりませんが……。恐らく、これから秀吉・信綱の連合軍との戦闘が予想されます。よって、強固な対抗部隊の編成は急務なのです。特に流離の力はあればあるほど良い。こちらでも、外へと出している他の流離者にも戻るように通達しました。その上で、ぜひともお二方にも力をお貸し頂きたい。そして、まずはその実力を試させて下さい。作戦上、どうしても必要なことなのです。」

「は、はぁ……。」

「とにかくまぁ始めるか。……まずはどちらから来る?」


雪緒はちらりとみっこを見ると、あからさまに不安げな表情だった。

しょうがないので、雪緒が手を上げる。


「じゃ、じゃあ私が。」

「好きな得物を取れ。ここは流離者のための道場でな。それに合わせ、様々なものを用意したそうだ。前世で最も得意だった得物を使うといい。」

「前世で……、と言われても、私は断片的にしかないので……。」


雪緒は、ずらりと並んだ木製武器を眺める。


「あのぅ……、竹刀(しない)とかは無いんです?あと防具とか……。」


竹刀(しない)』とは稽古用の刀であり、竹製のものだ。

独特のしなりはあるが突きも可能で、現代でも広く使われている。

現代の四つ割り竹刀は、江戸時代後期に登場した。

この世界でもこの竹刀を再現しており、四つ割りが使われていた。

竹刀の原型は、安土桃山時代まで遡る。

実は、あの上泉信綱が考案したとされるのだ。

袋竹刀(ふくろしない)』と呼ばれるもので、現在も一部の流派では使われている。

当時の袋竹刀は八つ割などが多く、随分としなりやすかったようだ。


「竹刀が良いのか?」

「できれば……。」


(木刀って、下手したら死ぬんですが……。)


也場の表情が訝しげに変わる。


「ふむ……、竹刀ねぇ。……ところで、貴様の前世は誰なんだ?」

「えっと……、分からないです。あ、でも、信綱は柳生がどうのって言ってました。けど、正直私は何のことやら……。」

「……や、柳生っ!?」


智と也場は、素っ頓狂な声を上げた。

重路もビックリしたのか、声は上げないがちょっと動いた。

しかし、雪緒のそれは明らかに失言だった。

也場の目の色が変わってしまった。


「ほう!これは面白い!俄然やる気が出てきた!それで柳生の誰なのだ!?十兵衛か?宗矩か?まさか、石舟斎ではあるまいな!?」

「ええ!?いえ、それは分かりませんが……。というか、本当に柳生かどうかもちょっと……。」

「フフフ、そうか。まぁ良い。柳生(なにがし)かは分からんが、まさか柳生と立ち会えるとはな!」

「いえ、だから……、そう決まったわけじゃ……、って聞いてます?」

「フフフ、良いぞ良いぞ!」

「いやぁ、もしかしたら違うかもぉ……。」

「よし、ではこれを使え!」


也場が渡してきたのは木刀であった。

ひんやりとして滑らかな柄。

重心の関係か、竹刀よりも少し軽く感じる。

だが、竹刀と違って明らかに硬い。

刀を模したものではあるが、もはやただの鈍器だ。

打ち込まれれば骨折もするし、頭であれば死ぬこともあるだろう。


『木刀』は読んで字の如く、木製の刀である。

刃はなくとも打撃力はあるため、竹刀とは違い、基本は寸止め。

そのため、実際に練習時の事故も多かった。

なお、竹刀の柄は真円だが、木刀は真剣に近い楕円である。

重心にもよるが、使用感は木刀の方が真剣には近いと言える。


「え、いや、だから……。あの、竹刀が良いんですけど……。」

「さぁこい!どこからでもかかってくるがいい!いや、ここは私が挑戦者か!?」

「だから、あの……。」


やる気満々の也場。

満面の笑顔で、とてつもなくテンションが高い。

オモチャを与えられた子供のようだが、雪緒にとっては死活問題だ。

だから、雪緒はなんとか竹刀に変えてもらおうと頑張った。


だが、結局木刀から変わることはなかった。



それから四半刻(約三十分)。


「いや……、うーん、その……、なんだ。なんかすまんな……。」


先ほどのハイテンションが嘘みたいに、也場は語気を弱める。

それどころか、変な気を遣わせてしまった。

すでにクタクタの雪緒とみっこ。


「えっと……、こちらこそ……、すみません……。」

「ふぇ……。」


結果は散々なものだった。

雪緒は柳生がどうのというレベルではなく、町道場にいる少年のレベル。

木刀が不慣れで怖いという点を差し引いても、あまり変わらない。

最初、也場は雪緒の素直過ぎる構えに、逆に攻めることができなかった。

だが、すぐに也場は"あれ?"と何かを察する。

裏の裏を考えてみたりしていたが、雪緒はただシンプルに弱かった。


みっこにおいては、さらに酷い。

まともに振ることさえもできないのだ。

薙刀を持ってみたものの、振った瞬間に地面に落としてしまう。

振りかぶると、薙刀が後ろに飛んでいく。

薙刀が重いのではないかと、竹刀を持たせたがあまり変わらなかった。


也場は困惑し、怒鳴りつけようかとも思った。

だが、目の前の二人は、ふざけてやっているようには見えない。

これには智も同様に困惑していた。


「えっと……、瑞白殿……。ちょっと、どう言って良いか……。体調……、ですかね。牢から出たばかりですし……。栄養を摂って……。」

「す、すみません……。これが実力なんです……。」


智は、明らかに気を遣って言葉を選んでいた。

ちなみに、牢では雪姫と同じ食事が出ていたし、寝具も良かった。

なんなら今日はぐっすり八時間寝ている。

万全の体調で、いつもより調子が良いくらいだ。


「うーん、雪緒の方は、基本は知っているようなんだがなぁ……。ただ、それだけなんだよなぁ。そして密の方は、もうなんだか……。握力大丈夫か?オマエ、お茶碗持てるか?」

「瑞白殿と翁岐殿は、信綱を打ち負かしたと聞いてたんですが……。」

「いやー、それは運が良かっただけで……。最終的に鉄砲隊が来たので、逃げていったみたいですし。……あと、あの時はみっこが凄かったけど、たぶん化粧してないとダメなんじゃないかな。」

「化粧……?化粧ですか……?化粧?」

「ふぇ……?」


みっこの二面性。

知能は低いが、フィジカルモンスターのヤマンバ。

知能は回復するが、コミュ障でポンコツのすっぴん。

嘘みたいな話だが、ヤマンバメイクこそ鍵なのだろう。


「どうもこの子、化粧で人格変わるみたいで。ヤマンバなら、こんなにポンコ……、運動音痴じゃないので。」

「は、はぁ……。化粧で何が変わるかは分かりませんが……。でも、さすがにヤマンバの化粧に使えるようなものはすぐ手に入るかどうか……。まぁ一応、探しておきましょうか。ああでも……、瑞白殿は薙刀を奪い取ったという話も聞いてたんですが……。」

「ああ、あの実は私、ちょっと変なこと言ってるかもしれませんが……。線が見えたり見えなかったりしてて。」

「線?」

「そういうの見えないですよね……?流離に共通してるとか……。」

「さぁ?どういう線なんです?」

「その……、視界に動線のようなものが見えることがあって。それをトレースすると、あ、身体を合わせると、何か自分ではない達人みたいな動きができたりして……。」

「ふぅむ。そういう話は聞いたことありませんが……。瑞白殿の前世の記憶が、そういった形で現れているんでしょうかね。翁岐殿もそうなんですか?」

「へぁ!?……う、うーん……?分からないです……。」

「まぁ、とにかく全然ダメだな。真栞殿、どうするんだ?これじゃ使い物にならんぞ?」

「すみません……。」


智はしばらく考える。

雪緒らをちらりと見て、考えをまとめたようだ。


「とりあえずは、簡単な仕事からお願いしましょうか。ただ訓練は続けましょう。もしかしたら、何かがキッカケで思い出すかもしれませんし。あと、也場殿と重路殿には、できれば剣術指南などをお願いしたいのですが……。あ、重路殿は柔術の方で。勿論、手が空いた時で結構ですので。」

「ふぅむ。まぁ、良かろう。最近どうも腕が鈍ってきておるからな。暇つぶしにシゴいてやろう。ただまぁ、今の状態では、流離相手にどうこうできるとも思えんが……。」

「ええ……。」



──────江戸の城下町。


次の日。

雪緒とみっこは町に出ていた。


「ハァ……。これ、流離関係ないよね……?」

「わんちゃん……。」


一通り江戸で必要な礼儀作法を学び、さっそく仕事が割り振られた。

だが、最初の仕事が『お武家様の犬の捜索』。

二人は、毛の色などの特徴を書いた紙を手に持ち、聞き込みをする。


町を散策がてらあちこち歩き回ると、見慣れぬものがいっぱいあった。

立ち並ぶ木造建築、ひっきりなしに行き交う人々。

空気は澄んでいるが、常時木と泥のような臭いが立ち込めている。

ひどく気になるのが、汗の臭いや香料のような匂いだ。

最初は物珍しさもあり、キョロキョロとしていた二人。

だが、それもすぐに飽きる。

しかも、犬は一向に見つからない。


この時、雪緒は完全に自信を喪失していた。

元々腕に自信があったわけでもない。

剣道にしたって途中で挫折したし、合気柔術も極めたわけでもない。

ただ、あの『スローな世界の魚』である時は別人になれた。


あの不可思議な線。

それはおそらく、雪緒の前世の記憶そのものなのだろう。

他人の動きの中に、自身の動きをイメージする。

雪緒には、その時々の行先が見えるのだ。

それはもはや『正解』と言ってもいい。

だが、大奥で少し見えていたものは、信綱の時はもう一切見えなかった。

なぜだか今はもう、あの悪夢も見ない。

そして、同時にあの線も完全に見えなくなってしまっていた。


「戦いたいわけじゃないけど、役立たずってのはなぁ……。たぶん、あれが私の前世の何か……、なんだろうなぁ。ハァ〜。」


ため息ばかり出る。

人に期待されないというのは、気楽だが楽しくはない。

期待のプレッシャーはしんどい。

だが、今の居心地の悪さも、それはそれでしんどかった。


「ハァ……。何してんだろうな、私。線が……、線さえ見えれば……。たぶん、あれが本当の私なんだよね……。あの力さえ、記憶さえ戻れば……、私だって……。」

「雪緒……、ちゃん……?大丈夫……?」

「ん?うん……。」


雪緒が暗い表情をしていると、みっこが覗き込んでくる。

みっこはとにかく手がかかる子ではあったが、優しい子ではあった。

雪緒は、みっこの頭をポンと優しく撫でた。


「ハァー、まぁ今は与えられた仕事を頑張るしかないか。」

「ゆゆゆゆゆ、雪緒ちゃん!あ、あれっ!!」


慌てふためくみっこの指差す先に、何か蠢くものが。


「ええ!?……あああ!!いぬぅ!!!」


犬を見つけた。

だが、走って逃げてゆく。

二人とも走るが、案の定みっこが転ぶ。

そして、なんとか悪戦苦闘しながら捕まえ、埃に塗れて二人は笑う。

そのまま、その足で飼い主の元へ行き引き渡しに行った。


そして、夕方に童雀の屋敷へ戻る。

だが、智が何やらバタバタとしていた。


「ああ、お二方。丁度良いところへ。実は怪しい格好の者を捕縛したと報告があったのですが、私、これからすぐ登城しなくてはいけなくて……。それでお二方、ちょっと伝馬町牢屋敷の方へ確認に行ってもらえませんか?もしかしたら流離かもしれません。是非とも仲間に引き入れたいのです!」

「え?あの、私、今あんまり戦力になりませんけど……。」

「ん?……ああ、たぶん、いきなり戦いになることはまずないかと。一応現代人ですし。心配であれば、也場殿に同行してもらいましょうか。ね、お願いできますか、也場殿?」

「は?……まぁ良かろう、ほら行くぞ。」

「え?すぐ?私たち、今帰ってきたばかりなんですけど……。」

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