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第一部 その8

この作品は、黒森 冬炎様主催の『ソフトクリーム&ロボ~螺旋企画~』への参加作品です。

第一部が12話あり、4/4中に12話すべて投稿する予定です。

第二部は4/11以降に投稿する予定です。

 今までのっぺらぼうでしか思い出せなかった顔が、鮮明とよみがえってきた。工藤匠。風太(ふうた)の女房役で、いつも一緒だったチームメイト。バッティングはからっきしだったが、それでもその選球眼は相当なもので、匠のフォアボールから、チームは何度も得点のチャンスを迎え、そして点を決めてきた。だが、なにより匠がすごかったのは、そのキャッチングだ。風太とバッテリーを組んで、最初のころこそうしろにそらしたりしていたが、あるときからどんな球でも受け止めるようになったのだ。


 ――そうだ、まるで()()()()()()()()()()()()()()()、どんなにそらしてもしっかりキャッチしてくれた。スパイラルボールの複雑な軌道も、タクさんには関係なかった。普通のストレートと同じように、軽くキャッチしていた。しかも、そのときの音がまたいいんだ。バンッて、ボールがミットの中ではじけるような、そんな音を立てる。あの音を聞きたくて、おれは夢中で投球練習をしたんだ――


 思い出がうず潮のように頭の中にあふれてきた。その懐かしさと温かさにおぼれて、風太は思いがけず泣きそうになるが、なんとかこらえる。そして匠の顔を真正面から見て……肝を冷やした。


「今さらなんの用だって聞いてるんだ! おれたちを置き去りにして、だまって転校しやがって、この卑怯者め!」

「なっ、なんだと! いや、違う、おれは」

「言い訳なんて聞きたくねぇよ! 事実お前は、全国大会が決まった次の日から、練習に来なくなったじゃないか! お前の親父さんやおふくろさんに聞いても、教えてくれないし、そのうち親父さんたちも引っ越していった。おれたちに残されたのは、エースがいない全国大会っていう、地獄だけだった……」


 丸顔をくしゃくしゃにしてから、目をそらす匠を見て、風太はぎゅっとくちびるをかんだ。しかし、なにもいわない、いや、なにもいえない風太を再び見すえて、匠はまたも爆発した。


「なんでなにもいわないんだよ! なぁ、否定してくれよ! どうしようもない事情があったんだろ? それでおれたちを置いていかないといけなかったんだろう? おれたちを見捨てたわけじゃないんだろう? なぁ、そういってくれよ、なぁ、風太!」


 風太は声を出すことすらできずに、完全に固まっていた。あの頼れる女房役が、これほどまで取り乱しているのを見て、言葉なんて吹き飛んでしまったのだ。しかし、ショックを受けているのは風太だけではなかった。


「どうして否定しないんだよ、なんで黙ったままなんだよ! それともお前、まさか……」

「それは……」


 歯がみして、風太は言葉を飲みこんだ。陰陽師であることを、不用意に他人にバラしてはならない。これは陰陽師協会におけるもっとも重要な規則だった。


 ――タクさんは依頼主でもなければ、今回の任務の関係者でもない。タクさんにはいえない、おれが陰陽師の修行をするために、急に転校したってことは――


 かといって、なにか言い訳がましくごまかしたとしても、当然匠を納得させることはできないだろう。普段はのんびりとしていて、温厚な性格の匠だったが、守るべきものに対しては、一歩も引かない性格だったことを思い出し、風太は口を閉ざした。しかしそれは、匠にとっては、自分たちを見捨てて逃げ出したと認めているも同然に映ったのだった。


「……そうかよ、お前、本当におれたちのことを見捨てたんだな。あれだけいっしょに戦ったのに、いっしょにどろだらけになって練習して、バッテリーを組んだのに、お前はおれたちを見捨てていたんだな」

「……タクさん、すまない……」

「そうか、わかったよ。心のどこかでお前のこと、諦めきれずにいたんだ。なにか事情があって、おれたちのチームから去らなくちゃいけないんだって、ずっとそういい聞かせてきた。だが、これでそんな未練も断ち切れたよ。お前が最低な卑怯者だってわかって、せいせいした」

「タクさん、おれは」

「いいわけなんか聞きたくないよ。……もう帰ってくれ。なにも話したくない。もちろんお前なんか入部させないぞ。野球部員はおれ一人でも、お前なんかとバッテリーを組むよりはよっぽどいい。……さぁ、帰ってくれ。帰れ!」


 右手を振りかぶる匠を、風太は信じられないといった表情で見ていたが、ギリッと歯ぎしりしてからきびすを返した。ボールは飛んでこなかったが、風太はもうふりかえることもしなかった。


 ――タクさん……すまない――




「……なんの用だよ? おれは昨日いったはずだ。お前なんか絶対に入部させないって」


 次の日も、風太は匠が壁当てしているグラウンドのすみを訪れた。今度は紙袋も持っている。匠はそれをうさんくさそうに見てから、すぐに風太に背中を見せて、壁当てに戻った。そんな匠の背中に、風太は落ち着いた口調で問いかける。


「タクさん、めがねつけてるんだな」

「……そうだ」

「目が悪くなったのか? おれが覚えているタクさんは、相当に目が良かったはずだ」


 匠はなにも答えなかった。だが、壁に当たって跳ね返ってきたボールが、イレギュラーバウンドして、取り損なってうしろにそらしてしまう。転がってきたボールを風太が拾い上げるのを見て、匠はいらいらした様子で手をつきだした。


「コンタクトにしないのか? コンタクトだったら、タクさん、もっとしっかりキャッチできるんじゃ」

「……コンタクトは、おれのからだに合わないらしい。だからおれはめがねをかけているんだ」


 手をつきだして、匠は「返せよ」とつっけんどんにいった。風太は黙ってボールをほうり投げる。匠はそれをグローブで乱暴に捕球しようとするが、わずかにずれてボールは再び転々と転がっていった。「チッ」と短い舌打ちの音が聞こえてきた。


「……タクさん、どうしてグローブをつけているんだ?」


 拾いに行く背中に、再び風太が話しかける。匠はボールを拾い上げ、一言だけ答えた。


「邪魔だ。帰ってくれ」


 思わず口を開こうとする風太だったが、肩を落としてきびすを返した。うしろからは、壁にボールが当たる音と、それたボールを捕りに行く、匠の足音だけが聞こえてきた。

その9は本日4/4の19:10ごろに投稿予定です。

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