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第一部 その7

この作品は、黒森 冬炎様主催の『ソフトクリーム&ロボ~螺旋企画~』への参加作品です。

第一部が12話あり、4/4中に12話すべて投稿する予定です。

第二部は4/11以降に投稿する予定です。

「……それで、風太(ふうた)君はいったいどの部活に入りたいの?」


 さっきのおせっかい焼きの女の子の声で、風太は現実に引き戻された。あわててとりつくろうように笑顔を見せて、ボールを投げる動作をする。


「野球部さ。確か江上西高校には、野球部もあるんだろう?」


 野球部という言葉を聞いたとたんに、男子たちの顔がいっせいにくもったのを、風太は見逃さなかった。さっきまで、バレー部やテニス部など、いろいろな部活を進めていた男子たちが、そろって顔をそむけたのだ。風太はわずかに首をかしげた。


「……もしかして、野球部廃部になったんじゃ?」

「ううん、あるけど……でも、ねぇ」


 おせっかい焼きの女の子が、困ったように男子を見る。そのうちの一人が、すばやく教室に目配せして、それから小声で風太に告げた。


「悪いことはいわないから、野球部はやめておいたほうがいいよ」

「ん? どうしてだ? 野球部、あるんだろう?」

「あるにはあるんだけどさ、なぁ……」


 男子たちは、おびえたようにうなずきあって、それから声を潜めて話を続けた。


「あそこのキャプテン、めちゃくちゃスパルタなんだよ」

「はぁ?」


 風太は思わず変な声を出してしまった。なにかもっと重い理由があるのではと身構えていたので、拍子抜けしたのだ。風太は軽く肩をあげた。


「別にそれなら問題ないぜ。おれはむしろスパルタなキャプテンのほうが好みだからさ。ま、みんなが心配してくれるのはうれしいけど、でも大丈夫だよ」


 風太の言葉に、男子たちはみんな顔を見合わせた。


「うーん……、まぁ、君がそういうなら別にいいけど、でも、どっちにしてもうちの野球部じゃ、試合どころか、練習だってままならないと思うよ」

「どうしてだ? 確か、九人はそろっているんだろう?」


 風太の問いかけに、みんなあいまいにうなずいた。


「一応、部員は九人いるみたいだよ。でも、そのほとんどがゆうれい部員なんだ」

「……はぁ?」


 またしても変な声が出る。思いがけない展開に、風太は心の中で本田師範を毒づいた。


 ――あのたぬきジジイ、話が違うじゃないか――


「ゆうれい部員って、じゃあ、実際は何人活動しているんだ?」

「そのスパルタなキャプテンだけだよ。実はおれもさ、この高校に入学してすぐに、野球部に入ったんだよ。っていっても、小学校のときにちょっとだけ、ソフトボールクラブに入ってただけなんだけどさ。でも、おれたちの代で作られた部活だから、うまくいけばレギュラーになれるかもって思って入部したのさ」

「そうそう、そういうやつけっこう多かったんだよ。だからさ、おれたちが一年生の最初のころは、野球部が一番人数多かったんだよな」

「えっ、でも、さっき部員は九人って」

「まぁね。うちの学年、男子は80人くらいだから、ホントいうと九人だって多いくらいだよ。でも、全盛期は30人くらい入ってたんだぜ」


 うなずきあう男子たちに、風太はさらに質問した。


「でも、どうしてみんなやめちまったんだ?」

「さっきいった通りさ。キャプテンがすげぇスパルタだったんだよ。最初はお遊び気分で入部してたけど、練習量がどんどん半端なくなっていってさ。最終的には、腕立て100回、腹筋100回、グラウンドのランニング50周とかになって……。こんなめちゃくちゃなトレーニングメニュー、誰だってびっくりするだろ」

「え、それって、ふつ……」


 あわてて言葉を飲みこみ、風太はへへっとごまかし笑いを浮かべた。


 ――まぁ、強豪校でもない野球部の練習にしちゃ、多いんだろうな。まぁ、おれにとっちゃ、陰陽師の訓練と比べたらただのウォーミングアップみたいに思えるけどな――


 どうやら風太がいいかけた言葉を詮索する者もいなかった。みんなそれぞれいやな思い出を共有するかのように、うなずきあっている。風太はガジガジと頭をかいて、それからさっきのおせっかい焼きの女子に話しかけた。


「いろいろ教えてくれてありがとう。でも、とりあえずそのキャプテンって人に話を聞いてみるよ。何組なんだ?」


 風太の言葉に、みんな完全に固まってしまった。口をあんぐり開けて、言葉を探すようにパクパクしているが、ようやく一人の男子が風太に問いかけた。


「まさか、入部するつもりじゃ……」

「まぁな。悪いけど、案内してくれないか?」


 みんな驚きと、そしてちょっぴり好奇の目で風太を見たが、先ほどの男子がまたしてもたずねた。


「もしかして君、前の学校で野球部だったとか? それもけっこう強豪の?」

「あ、いや、まぁ……昔野球やってただけだよ」


 少し照れたように、風太は笑った。




「あのグラウンドのすみのほうで、壁当てしてると思うよ。ユニフォーム着てるから、すぐわかると思う。悪いけどおれはここで帰らせてもらうよ」


 案内してくれた男子が、逃げ腰でグラウンドのはじっこを指さした。風太がまゆをひそめる。


「あぁ、別にいいけど、どうしてそんな怖がってるんだよ?」

「いや、その……おれもさ、もともと野球部だったんだけど、やめちゃったんだよ。だから、あいつと顔を合わせるのが気まずくってさ。ごめんよ」


 それだけいうと、男子は手をふり逃げるように走っていった。風太は目をぱちくりさせて、小さくため息をついた。


「まったく、みんな根性ないっていうか、なんというか……。だが、そこまでスパルタのキャプテンだったら、かなり期待できるかもな。さっきの練習メニューを聞く限り、けっこう強豪校出身のにおいがするし。あとはうまく部員を再募集していけば、なんとかめどは立ちそうだ」


 グラウンドのすみっこへ向かいながら、風太は自嘲気味に笑った。


 ――できればそのキャプテンってやつが、キャッチャーだったら最高なんだが――


 さっきの男子がいっていた、壁当てをしているユニフォームすがたのやつが見えた。どうやらそいつがキャプテンなんだろう。ずんぐりした体型をしていたが、グローブをつけているのを見て、風太は当てが外れたように息をはいた。


 ――キャッチャーミットじゃない、か。まぁそう簡単にキャッチャーなんて見つからないか。だが――


 近づいていくにつれて、だんだんと風太の心に暗雲が立ちこめていく。さすがに素人の動きではなかったが、全体的にどんくさい。それに、何度か壁当てで返ってきたボールを、キャッチできずにはじいているのだ。


 ――これじゃあ期待できそうにないかな――


 とはいえ風太には、もう他にすがるものもないので、壁当てをしているそのがっちりした背中に声をかけた。


「なぁ、君、野球部員か? おれ、入部希望なんだが」


 入部希望と聞いて、壁当てしていた男子はバッと振り返った。丸刈りの丸顔に、やはりまん丸いめがねをかけている。それを見て風太の心からは、完全に希望が消えた。


 ――めがねか。うーん、悪いわけじゃないけど、めがねをかけてるやつで良い選手ってなかなかいないからな――


 目は野球部員にとって一番重要な武器となる。ボールを見極める選球眼はもちろん、守備の際もキャッチング、フィールディングに影響が出る。なによりめがねをつけていると、無意識化で激しいプレーがしづらくなるのだ。


 ――めがねバンドをしているわけでもないし、さっきのキャッチングから見ても、キャプテンってがらじゃないような……。ん、なんだこいつ、おれのことじろじろ見て――


 めがねの奥の黒い目が、じろじろと無遠慮に風太の顔をねめつけている。ムッとする風太だったが、めがねのその男子はぶるぶるとからだをふるわせ始めた。ぽかんとしている風太に、耳が痛くなるほどにとどろく声でどなりつけたのだ。


「てめぇっ! 今さらどの面下げてきやがった!」

「えっ、はぁっ? いや、なんの話だよ?」

「なんの、話だよ、だと……! ……そうか、お前、おれが誰かわからないんだな。おれのことが、誰か! ……そうだよな、めがねかけてるから、それに小学校以来だから、わかるほうがおかしいよな」


 ――小学校って……まさか――


 青ざめる風太に、そのめがねの男子は絞り出すように続けた。


「どうやら思い出したようだな、風太。おれだよ、匠だよ。お前が全国大会直前で見捨てた、出雲ドンキーズの匠だよ!」

その8は本日4/4の18:40ごろに投稿予定です。

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