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第一部 その6

この作品は、黒森 冬炎様主催の『ソフトクリーム&ロボ~螺旋企画~』への参加作品です。

第一部が12話あり、4/4中に12話すべて投稿する予定です。

第二部は4/11以降に投稿する予定です。

 仕事柄、依頼人と交渉したりすることもある風太(ふうた)にとって、同い年の高校生などはむしろかなりガキに見えた。とはいえもちろんそんなことを態度に出すこともなく、風太はうまくおとなしめな転入生を演じて初日を過ごす。そのかいあってか、新しいクラスでもそこまで騒がれず、かといって浮くこともなく、うまく影を消すことに成功した。


 ――まぁ、高校生活ってのは正直おまけのようなものだからな。江上の森球場の魔物を退治したら、こいつらとも縁が切れるってわけだ――


 いろいろ質問してくるクラスメイトたちを観察しながら、風太は気づかれないように苦笑した。だが、今朝見た夢を思い出して、そんなのんびりした思いは吹き飛んだ。


「嵐山君、どうしたの? どこか痛むの?」


 おせっかい焼きな女の子が、風太の表情に目ざとく気づいたようで、心配そうにたずねてくる。風太はごまかすように笑って答えた。


「あぁ、ごめん、大丈夫だよ。転入初日だったから、ずっと緊張してて、疲れたのかも」

「あ、そっか……ごめんね」


 すまなそうにあやまる女の子に、風太はあわてたように装って首をふる。


「あ、いや、ごめんよ、みんなおれが早く慣れるように話しかけてくれてるのに、こんなこといって。あ、そうだ、一つ聞きたかったんだけど、部活っておれも入れるのかな?」


 頼られるのがよほどうれしかったんだろう、先ほどの女の子は二つ返事で答えた。


「もちろんだよ、まぁ、うちの高校どの部活もあんまり強くないけど、どの部活に入りたいの?」


 これには男子たちがざわめきはじめる。バレー部がいいだの、テニス部ならすぐレギュラーだの、みな口々に風太を勧誘し始めた。


 ――そりゃあそうか。事前の情報じゃ、この学校、江上西高校は、もともと女子校で、去年男女共学になったらしいが、男女の割合は2対8ぐらいらしいからな。……本田師範の話じゃ、そういう高校が理想だったらしいけどな――


 どの高校に転入するのかたずねる風太に、本田師範は江上西高校を指定した。元女子校で、男女の割合を聞いたあと、風太は露骨に嫌な顔をしたが、本田師範は薄ら笑いを浮かべるだけだった。


 ――おれの理想は男子校だったんだがな――


 自分でいうのもなんだが、風太はかなり顔立ちがいいほうだ。だが、それ以上に陰陽師というのは、他人を引きつけるなにかがあるらしい。そしてそれが異性だったらややこしいことになる場合が多いのだ。


 ――陰陽師にとって縁は仇になりやすい。これは特に異性との関係にいえることだ。だから師弟関係はもちろん、依頼人も特殊な場合を除いて、同性を選ぶことが多い。そうしないと、依頼人と深い関係になることがあるし、最悪妖怪や悪鬼にその関係性を狙われることがある――


 だが、今回は事情が違ったのだ。本田師範の言い分によると、風太には弱小校に加入してほしいということだった。本田師範との会話を思い出し、風太は再び苦笑した。




「弱小校に加わるのか? その、江上の森球場の魔物って、県大会決勝にならないとすがたを現さないんですよね?」

「あぁ。一番の大舞台で、やつは高校球児たちの絶望の感情を貪りたいだろうからな。ま、もしかしたらフライングで出てくるかもしれないが、一番確率が高いのは決勝だろう」

「それじゃあ、強い高校に入っておいたほうがいいんじゃないのか?」

「なんだ風太、お前、自信がないのか?」


 本田師範の挑発に、風太はぴくりとまゆをよせる。


「……別におれが、自信があるとかないとか関係なく、それこそ確率が高いほうを選ぶべきだと思うけど。弱小校に加入して、決勝に行く前に負けたら元も子もないだろ」

「おいおい、そんな弱気でどうするんだよ。むしろお前が一人で引っぱっていくって気持ちじゃなきゃ、決勝に行けても魔物を退治することなんてできないだろうぜ」

「チェッ、そりゃあそういう気持ちで投げるけど、現実問題強豪校のほうが、勝ちあがる確率は高いんじゃないのか? 失敗したら次の大会まで待たないといけないだろう?」


 ねめつける風太を、本田師範は面白そうに見ていたが、やがて軽く肩をすくめた。


「ま、そろそろ種明かしをするとしようか。実はな、今回の任務だと、逆に強豪校のほうが負ける確率が高いだろうと踏んでのことなんだ。いや、正確にいえば、決勝で負けてしまう確率が高いってことだな」

「どうしてだ? そりゃあ、強豪校が絶対勝つわけじゃないってのはわかるけど、なんで負ける確率が高いなんていえるんだ? それに、決勝まで行けば、負けようが勝とうが関係ないんじゃないのか?」


 風太の質問を聞いて、本田師範はわざとらしく頭をかかえた。ムッとする風太に、諭すように説明を続ける。


「まったく、風太、お前ちゃんとこの魔物の特徴を押さえてるのか? まさかそんなとんちんかんなことをいうなんて、がっかりを通り越してあきれたぞ」

「魔物の特徴? 絶望の感情が好物で、県大会決勝まですがたを現さないってことか?」

「違う。まぁ、絶望の感情が好物だってのは関係しているかもしれないがな。大事なのは、この魔物が甲子園の魔物の特徴を受け継いでいるってことだ。甲子園の魔物ってのは、もともと比喩のようなものだっただろ? どんな比喩だったか覚えてるか?」

「そりゃあもちろん、大舞台に緊張して、番狂わせが……!」


 本田師範がなにをいいたいのかわかったのだろう、風太が目をこれでもかと見開いた。


「そうさ、番狂わせが起こるってことは、当然強豪校は負ける確率が高くなってしまう。もしくは、まぁこっちのほうがより危険だが、決勝での生贄として選ばれる可能性が出てきてしまう」

「生贄? 待てよ、それってまさか」

「お前が考えている通りだよ。番狂わせを起こすなら、当然極上の舞台が必要だ。つまりは決勝だろう。そこまであえて強豪校を生き残らせて、そして弱小校と戦わせる。あとはお得意のエラーやらなんやらを起こして、強豪校を負けさせる。あと一勝で甲子園に出られるってときに、名前も聞いたことがないぽっと出の弱小校に負けて、夢が打ち砕かれる……。そのときの絶望の感情といったら、一生に一度味わえるかどうかってほどのごちそうだろう」

「イヤないいかただな」


 顔をしかめる風太に、本田師範は肩をすくめて話を続けた。


「まぁな。だが、事実は事実だ。江上の森球場の魔物は、甲子園の魔物と同じようにグルメだろうから、それくらいのことはするさ。そして、もしそうなら強豪校に転入してたら最悪だ」

「そうか、生贄にされるわけだから、おれのスパイラルボールも、それに陰陽師としての力も通用しない可能性がある、そういいたいんだな?」

「ご名答。少しは鋭くなってきたじゃないか。だからこそ弱小校に入る必要があるんだよ。確かにお前がいう通り、勝ちあがるのは多少難しくなるかもしれないが、生贄にされるよりはマシだろう?」

「まぁな。だが、そんな簡単に生贄になんてされないぜ」

「その意気だ。ま、とはいえどちらにしてもお前には弱小校に入部してもらう。天の采配か、うってつけの高校があったんだよ」


 本田師範がそういって提示してきた高校こそが、江上西高校だったのだ。昨年から共学に変わったというこの高校は、とりあえず野球部はあるが、人数はたったの九人。対外試合も行われたことがない、もはや弱小校を通り越して、部活として機能していないような野球部だった。


「……マジかよ、これ、大丈夫か? さすがにやりすぎなんじゃないですか?」

「だが、江上の森球場の魔物にとっては、これ以上ないごちそうだろう。まさかこんな、弱小どころか野球部かどうかすら怪しい部活に、超強豪が破れるなんて、最高のジャイアントキリングだ。大会に参加出来たら、必ず決勝まで上がれるはずだ。……だが、問題は」

「まさか、大会に出られるかどうかってところじゃないですよね?」


 本田師範はにやりと口のはしをゆがめてうなずいた。


「そうだ。高校野球の規定じゃ、とりあえず九人いたらなんとか試合はできるらしいが、けがやらなんやらしたらそこで終わりだからな。ということで、風太、お前に求められる役割は二つ。一つ目は、この弱小校がきちんと試合に出られるように、大会が始まる七月までに、部員を集めておくことだ。っていっても、最悪今のところ九人いるみたいだし、そのメンバーでもいいが、打てなきゃ話にならないから、ちゃんと練習しておけよ」

「それで、二つ目は?」

「当然だが、江上の森球場の魔物を退治することだ。まぁこれは、お前がしっかり野球の練習をして、陰陽師の修行も怠らなければうまくいくだろ」

「チェッ、簡単にいってくれるぜ。ていうか任務中は、普通に高校生活を送れるんじゃなかったのか? 陰陽師の修行もしろってことか?」


 本田師範はくくくとなんとも意地の悪い笑いを浮かべている。風太は顔をそらして小声で毒づいた。


「このたぬきジジイが……」

「なんかいったか?」

「別に。わかったよ、陰陽師の修行もちゃんとするさ。だが、とにかく一番の問題は、人選だよな」

「野球ってのは、守ってばかりじゃどうにもならないんだろう? それにお前、確かバッティングはからっきしじゃなかったか?」

「いや、バッティングも問題だけど、それ以上にスパイラルボールを投げるなら、一番の問題はキャッチャーだぜ」


 脳裏にあいつの顔が浮かんで、風太は思わずしかめっつらになる。本田師範は肩をすくめてうなずいた。


「ま、そこら辺の問題は、お前がなんとか片づけてくれ。うまいこと人を活かすのも、陰陽師としての立派な仕事さ」

「人の縁は仇になるんじゃなかったのかよ……」

「使う分には問題ないのさ」


 あっけらかんという本田師範を、風太は信じられないといった表情で見つめた。


 ――これだからこの人は、いや、陰陽師協会のやつらはきらいなんだ――

その7は本日4/4の18:10ごろに投稿予定です。

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