第一部 その4
この作品は、黒森 冬炎様主催の『ソフトクリーム&ロボ~螺旋企画~』への参加作品です。
第一部が12話あり、4/4中に12話すべて投稿する予定です。
第二部は4/11以降に投稿する予定です。
「べっ、別に、怖くはないさ。ただ、まぁ本田さんのいう通り、そんなヤバいことになる可能性があるなら、甲子園の魔物も封印したままにしておかなきゃだなって思っただけだ」
「ふん、なんだか顔が青ざめてるみたいだが、まぁいいや。……それに、理論上は甲子園の魔物も、退治する方法がないわけじゃない」
風太のまゆがぴくりと動いた。本田師範も目ざとくそれに気がつく。
「どうやらやる気が出てきたみたいだな」
「いや、別にそういうわけじゃないけどさ」
「ハハハ、まぁそうビビるな。別にお前に甲子園の魔物を退治しろとはいっていないんだから。さぁ、本題に戻ろうか。一番最初にいっただろう、江上の森球場に魔物がとりついたって」
本田師範の目が、先ほどまでの面白がっていた色から、タカがえものを狙うときの、あの鋭い輝きを帯びた。風太もごくっとつばを飲みこむ。
「さて、こいつは最近観測された、比較的幼く、弱い魔物だ。瘴気もまだそこまで強くはない。だが、やっかいなことにこいつは甲子園の魔物の、面倒くさいところだけを引き継いでいる」
「それって、退治しづらいってところですか?」
風太の言葉に、本田師範はわずかに目を細めた。
「ほぉ、やるじゃないか、どうやらお前も少しはやる気が出てきたみたいだな」
「別にそんなんじゃないですけど。でもそれじゃあ、その江上の森球場の魔物も、グラウンドのど真ん中に出現するってことですか?」
「あぁ。しかも面倒なことに、試合が行われていないとどこに隠れているかまったく感知できないんだよ。術を使ってあぶり出そうにも、気配すら完全に消えている。だからおれたちにとってはまったくのお手上げだ」
「そんなやつを、どうやって退治しろっていうんですか?」
風太に聞かれて、本田師範が再びタカの目をして風太を見つめる。それはむしろ、見つめるというよりも『見定める』といってもいいかもしれない、鋭く重い視線だった。身構える風太だったが、本田師範はいつもの薄ら笑いを浮かべて、肩をすくめた。
「まぁ、陰陽師見習いだからな、うまくいくかは未知数だが、どのみち高校生陰陽師で、今回の退治に的確なやつは、お前くらいのもんだからな」
「どういうことですか?」
「甲子園の魔物しかり、今回の江上の森球場の魔物しかり、こいつらを真正面から退治できるやつ……。それは、高校球児だけなんだよ」
手に持っていた帽子が、思いがけず宙に舞う。それをつかむこともせずに、風太は真剣なまなざしで本田師範をねめつけた。
「……おれに、高校球児になれってことか?」
「それ以外に封印の方法がないからな。……まぁ、たとえば江上の森球場自体を甲子園球場のように、完全に結界をはって封印するってこともできなくもないが、そうするためには相当なコストがかかる。さっきもいったように、こいつはまだ弱い魔物だ。そんなののために、そこまでのコストを払うほど、協会も余裕はないんだ。それに、真正面から退治する方法があるなら、そうしたほうがいい。お前の修行にもなるしな」
最後は茶化すような口調だったが、それでも本田師範のタカの目は、まっすぐに風太を捕らえていた。やる気があるかどうかを試すようなその視線から、風太はわずかに目をそらした。
「……おれは、高校には通ってないぜ。それなのに高校球児になれるのか?」
陰陽師としての修行に明け暮れる風太は、通信教育で学んでいた。もちろん本田師範からも、様々な知識を学んでいたが、高校には通っていなかった。中学時代のクラスメイト達が、高校生となり、学生生活を謳歌していることも知っていたが、風太は一切の連絡を絶っていた。
「人と人とのつながりは、陰陽師にとって仇となることが多いって、本田さんいってたじゃないか」
うらみのこもった低い声で、風太は本田師範に言葉をぶつける。本田師範のタカの目が、スッと細まった。
「高校生になるのは、百歩譲って我慢できるけど、おれに野球を、陰陽師の仕事のためにしろっていうのか? 陰陽師として、その江上の森球場の魔物とかいうやつを退治するためだけに、もう一度おれに投げろって、本田さんはそういうのか?」
声が上ずるが、風太は構わず本田師範に詰め寄った。風太のまわりを、竜巻を思わせるような強い風が渦巻き、本田師範のスーツをバタバタとはためかせる。しかし、本田師範も全く気にする様子はなく、相変わらず薄ら笑いを浮かべている。
「お前、野球が好きだったんだろう? おれがお前を弟子に取ると告げたとき、泣いて拒否してたじゃないか。それだけ野球が好きだったんだろう?」
思いがけず風太は、あのマウンドで見た景色を思い出した。
自らの力を使って、風を起こし、土ぼこりが舞うグラウンド。むせかえるような土と汗のにおい。最後のバッターがあきらめないでこっちをにらみつけるが、風太はすぐに『あいつ』のミットだけに集中する。まわりの景色が消えていき、目にはもうミットだけしか映らない。思い切りからだをひねり、初めて見た野茂英雄のトルネードを全身で体現しながら、指に力を、風をまとわせる。そして放ったボールは、らせんのように小刻みに回転しながら、バットをすんでのところでかわしてあいつのミットにおさまる……。
「……どうした、風太?」
本田師範に声をかけられて、風太はハッと顔をあげる。夢から覚めたときのように、あのときのミットが、そしてあいつの顔が消えていく。本田師範から顔をそむけると、風太はつっけんどんに首をふった。
「今さら野球なんて、おれにできるわけないぜ。……おれのピッチャーとしての時間は、あんときで完全に止まってるんだ。それなのに、今さら」
「だが、これは命令だ」
短い言葉に、有無をいわさぬ迫力があった。はじかれたように風太は本田師範をにらみつけ、そして思わずどなり声をあげそうになったが、すんでのところでそれを飲みこんだ。かわりに、怒りを押し殺した声で本田師範にいい放った。
「……あの大会で優勝して、おれたちのチームは全国大会への出場が決まった。その日の夜にあんたはおれのもとへやってきて、半ば強引におれを連れていった。陰陽師として、力の抑制と正しい使いかたを学ばせるために。……協会のある京都の学校へ、おれは無理やり転校させられた。みんなと、チームメイトたちと別れのあいさつすらさせてもらえず!」
「それについては何度も釈明しただろ。陰陽師協会の最も重要な仕事は、スカウティングだ。陰陽師としての力を持つ子供っていうのは、実はけっこうたくさんいる。そして、そのほとんどが、力を知らず知らずのうちに使っているんだ。子供らしい、自分の願望をかなえるためだけにな。……そして、そういう子供たちは最終的にどうなるか、教えただろう?」
「それは何度も聞いたよ。自分の欲をかなえるためだけに、力におぼれていくと、そいつはだんだんと人間離れしていくんだろう? それで、最後は妖怪や悪鬼のような、どうしようもない『異形』へと落ちぶれてしまう。だから陰陽師協会では、そうならないように力のある子供を秘密裏に探し出し、陰陽師としての修行をつける。それは何度も聞いたぜ」
「そしてお前の力は、陰陽師としても非常に強力なものだった。小学生の時点で、あれほど正確に、そして力強く風を操る使い手なんて見たことはもちろん、想像すらしていなかったぞ。だが、それだけ力が強い分、お前は相当に危うい存在だった。あの当時では、試合以外に力を使うことはなかったようだが、お前がどう転ぶかわからなかった。もしお前が、自分の私利私欲のために力を使おうとしだしたら、それこそ異形へと落ちていっただろう。……ま、それ以前に、試合で力を使うのも本来はほめられたものではないがな」
本田師範の言葉に、風太はゆがんだ笑みを浮かべて意地悪く口答えした。
「ふん、それじゃあおれは力を使えないから、並以下のピッチャーにしかなれないな。江上の森球場の魔物ってのは、どうせ県大会決勝の舞台じゃないと現れないんだろう? そうじゃないと、観客だって来ないだろうし、感情を食らうにも弱っちいチーム同士じゃどうにもならないだろうしな。力を使えないおれじゃ、県大会決勝になんてとてもじゃないけど」
「いや、今回は力を使うことも許可する」
にべもなくいう本田師範を、風太はきつい目でにらみ、ぼそっとつぶやいた。
「この二枚舌め……」
「臨機応変に判断した、といって欲しいものだね。ま、それはいいが、お前だって内心喜んでるんじゃないのか? 例のあの、風でぐるぐるさせたボール、なんだっけ、ジャイロボールだっけ? あれだって投げられるんだ。うれしいだろ?」
本田師範を、風太はまだねめつけていたが、しばらく間をおいてから、絞り出すような声で反論した。
「……ジャイロボールじゃない」
「ん? なんだって?」
「あれは、ジャイロボールじゃない。らせんの直球、スパイラルボールだ」
その5は本日4/4の17:10ごろに投稿予定です。