第三部 その8
この作品は、黒森 冬炎様主催の『ソフトクリーム&ロボ~螺旋企画~』への参加作品です。
第三部は全部で9話あります。第三部で完結となります。
どうぞ最後までお楽しみください(^^♪
全員が守備位置についてから、風太は八番打者をしっかと見る。だんだんとまわりの闇が濃くなってきていた。またもやあの黒い雪が、ハラハラと降ってきているが、風太は全身で闘志を燃やし、投球モーションへ入った。泡立つ痛みが消え、音も闇も消えていく。匠のミットだけが視界に残り、スパイラルボールをど真ん中に投げる。それと同時にファーストとサードが猛ダッシュでチャージをかける。八番打者がバントの構えをした。
――よし、想定通りだ――
だが、すぐにバットを戻し、あろうことかヒッティングに替えたのだ。強烈な打球がサードを襲う。なんとかグローブにあてるが、グローブははじかれ、打球が点々と転がっていく。レフトがあわてて打球に追いつくが、すでに一塁ランナーは三塁まで到達していた。
「バックホーム!」
匠のとどろくような声に反応し、レフトが矢のような送球をする。一塁ランナーは三塁を回りかけて、あわてて帰塁した。しかし、その間に打ったバッターは二塁まで進んだ。ワンアウト二三塁。一打同点のピンチだ。匠が申し訳なさそうな顔でマウンドにかけよろうとするが、風太が手でそれを制した。
「風太……」
ぼうぜんと立ち尽くす匠に、風太は胸をドンッとたたいて二ッと笑った。匠はハッと顔をあげて、それからグッとこぶしをにぎりしめる。そして、内野陣に、ひいては外野にまで響く大きな声で指示を出す。
「外野は前進だ、バックホーム体制をとれ! 内野陣は一点は構わない、キャッチしたらファーストへ送球しろ。確実にアウトを取るんだ!」
「はいっ!」
浮足立ちそうな内野陣だったが、匠のげきで一気に冷静さを取り戻した。そしてそれは風太も同じだった。バックをふりかえり、「ワンアウト!」と威勢のいい声をかけて、それから九番打者をにらみつける。軸足である右足が、泡立ち始めてきた。感覚を消そうと、風太は匠の青いミットに集中する。
――おれは負けない! おれたちは負けない――
しかし、気負いすぎた風太のスパイラルボールは、真ん中やや高めに浮いてしまった。九番打者がフルスイングする。ボールは風太の頭上を越えて、センター前へ飛んでいった。
「クソッ、バックホーム!」
三塁ランナーはすでにホームインしている。さらに、二塁ランナーも三塁をけっていた。中継に入る風太だったが、匠がどなった。
「風太、どけ!」
あわててのけぞる風太の目の前を、闇を切り裂く青い流星が通過し、匠のミットにおさまった。二塁ランナーに間一髪でタッチ、なんとか同点は免れることができた。
「真琴!」
風太の喜ぶ声に、真琴が手をふり答える。匠も風太にストライク返球し、ミットをバンッと力強くたたいた。
「よっしゃ、みんなあとアウト一つだ! おれたちは勝つ! 勝つぞ!」
「オォーッ!」
これで最後のアウトが取れるのならいいのだが、野球というものはそう単純ではないから恐ろしい。続く一番打者に、風太はまたしてもセンター前にはじき返されたのだ。高めにスパイラルボールが浮いてきているのに、風太は気づいてしまった。匠にいわれたのならまだしも、自分で気づいたのなら、それは重い重いかせとなる。二番打者への投球で、風太は逆に低めに集めようとして、ボールが先行してしまう。スリーワンとなったところで、匠は腰をあげた。立ち上がり敬遠を指示したのだ。不服そうな風太だったが、匠は有無をいわさぬ表情で見つめている。最後の一球を外して、二番打者を歩かせた。ツーアウト満塁。スコアは7対6、わずか一点のリードだ。シングルヒットでも同点はもちろん、逆転サヨナラの可能性も現実味を帯びてきた。
「くそっ!」
三番打者をにらみつける。足の泡立つ痛みが、足首からひざ、そして太ももにまで上ってきていた。匠がキャッチャーミットをたたく音が、ほんのかすかにしか聞こえない。頭をブンブンッと振って、ホームベースをにらみつける。匠のキャッチャーミットが、ずいぶんと遠くに見えた。
――タクさん――
投球モーションに入る。いつもなら竜巻となって風を伝達させられるのに、うまくからだをひねることができない。うわついたボールが、高めにすっぽ抜ける。匠が思い切りジャンプして、なんとかうしろにそらさず捕球する。
続く二球目も同じく外れた。ホームベースが遠い。それでもチラッと青いキャッチャーミットが見え、すがるようにそれめがけて投げつける。力ない球を、迫力あるスイングが捕らえた。
「うわっ!」
ボールはぐんぐん伸びていき、レフトのポールの、ギリギリ左側を通過した。ファールだ。特大ファールを打たれた風太は大きく息を吐いた。
「はぁー……」
ツーボールワンストライク。胸が早鐘のように鳴る。そのリズムが、そして今の特大ファールの幻影が、風太の投球モーションを狂わせた。わずかにテンポが速くなり、またしてもボールが左にすっぽ抜ける。匠がまたしても飛びつき、なんとか止めた。スリーボールワンストライク。次の二球はボール球ですら許されない。息が荒くなる。指先の感覚がなくなり、恐怖で口の中に酸っぱいものを感じる。
『ククク、そろそろ年貢の納め時だな、若き陰陽師、いや、エースピッチャーよ。さぁ、最後の球を投げるがいい』
江上の森球場の魔物の、耳障りな声が聞こえてくる。それなのになぜか、匠のあのキャッチャーミットの音は聞こえない。匠を探すように、風太はきょろきょろとグラウンドを見まわす。闇が濃くなっていき、黒い雪が吹雪のようにからだにまとわりつく。
――タクさん、どこだ――
バンッと匠のミットの音が聞こえたような気がした。しかしミットは見えない。どこに投げたらいいのかわからなかったが、風太はもう信じるしかなかった。
――頼む――
浅いトルネードから、弱々しいらせんが進んでいく。「ガキィンッ!」と強烈な打球音がして、サードが思い切り飛びついた。かろうじて切れて、またしてもファールとなる。風太はひざに手を当て、大きく息を吐いた。
「はぁー、はぁー、タクさん……」
バッターボックスには、全身真っ黒い三番打者が立ちはだかっている。闇はもはやすべてをおおい隠し、見えていたはずの青いキャッチャーミットも、今ではどこにあるのかさえ分からない。胸がしめつけられるほどに苦しく、息ができない。今にも胃液が逆流してきそうなほどに、恐怖で全身がちぢこまる。江上の森球場の魔物の、耳の奥がざわめくような不快な笑い声が、あちこちから聞こえてくる。だが、匠のミットの音はもう聞こえなかった。
――くそっ、ここまでか――
「風太、ここだ!」
次話が最終話となります。最終話は約10分後に投稿予定です。




