第一部 その3
この作品は、黒森 冬炎様主催の『ソフトクリーム&ロボ~螺旋企画~』への参加作品です。
第一部が12話あり、4/4中に12話すべて投稿する予定です。
第二部は4/11以降に投稿する予定です。
「どうやらわからないようだし、そろそろ種明かしするとするか。いいか、もともと甲子園大会っていうのは俗称で、本来の名前は『全国高等学校野球選手権大会』っていうんだ。ちなみにこれは夏の大会だがな。春の大会は、『選抜高等学校野球大会』って名前になってる」
「それがいったいなんの関係があるんすか?」
「つまり、もともとは高校生の野球大会ってだけで、甲子園は関係なかったってわけだ。だが、野球人気の高まりもあって、注目度は増し、いっそのこと高校野球のための球場を造ろうという話になったってわけだ。それで造られたのが甲子園球場ってわけなのさ」
「あ、そういうことか、だから完成する前から大会が行われていたんすね。……でも、それと甲子園の魔物と、いったいなんの関係が」
「今おれが話したのは、表向きの建設理由だ。だが、実際は違うのさ。……高校野球大会、これこそが、甲子園の魔物に対して巻いていた撒き餌なんだよ」
本田師範の言葉に、風太は目をむいた。
「まさか、じゃあ……」
「そうさ、この高校野球大会、野球人気の裏で計画されていたのが、甲子園の魔物に対する交渉カードにするってことだったんだ」
「大人数が集まって、しかも勝負事だからそこにはかなりの感情がうごめく。ギャンブルなんかを好む悪鬼が多いっていうのも、勝負事に熱中する人間の欲望、そして絶望を味わいたいからってわけだが、甲子園の魔物もそのタイプだったってことか」
「あぁ、そうだ。だから陰陽師たちは甲子園の魔物に取引のカードとして、高校野球大会を提示した。つまり、新しく作る球場、甲子園でこの大会を行う。そして年に何度か人間たちを集めて大会を開くから、そのときだけ感情を貪り食ってくれ。その代わりに甲子園以外で感情を食うのをやめて欲しい、こう願い出たんだ」
当時の陰陽師たちのしたたかさに、風太はぞくっと背筋が寒くなるのを感じた。それに目ざとく気づいた本田師範は、にやっと口元をゆがめて続けた。
「だが、さすがは我らの先輩がただ。当然その契約には裏……というか、穴があった。甲子園の魔物には、甲子園から出られないという契約事項だけを提示していたんだが、実際は甲子園には、魔物の力を極限まで弱める、強力な結界をはっていたんだ。この結界内では、甲子園の魔物は人間の絶望を食らうことはできても、廃人に追いこむほどに貪ることはできないんだ。例えれば、ごちそうを前にして、舌でなめるくらいしかできないってわけだ」
ハハハと笑う本田師範だったが、風太は半信半疑といった顔で問い返した。
「だがよ、そんなの、甲子園に入ったときに魔物も気づいたんじゃないのか? 気づかれたら、魔物だってバカじゃないんだから、すぐに逃げ出せば」
「そこが契約の穴だったのさ。陰陽師たちは、結界を完成させたあとで、甲子園の魔物と交渉をしたんだ。そのあとは簡単さ。甲子園に行かせる前に、甲子園の魔物と契約を交わす。その契約書には、確かに『甲子園から出ない』という文言しか書かれていないが、実際は強力な結界をすでに作っていた。あとは、甲子園の魔物に転移呪法を使って、甲子園まで移送すればいい。甲子園の魔物が気づいたときには、すでに契約は完了して、甲子園から出ることもできず、しかも結界によって封印されてしまったってわけさ」
あっけらかんとした口調で説明する本田師範に、風太はさらに食いつき質問した。
「でもよ、そんなだまし技使われて、甲子園の魔物は相当にブチ切れてるんじゃないのか? 怒り、ていうか人間への憎悪は、悪鬼どもをより強力にゆがめるんだろう?」
「そうさ、ちゃんと悪鬼に対する勉強をしていてえらいぞ」
完全にお子様扱いされて、風太はむくれたが、本田師範は構わず説明する。
「当然甲子園の魔物は怒り狂ったが、やつは満足もしていたのさ。それほどまでに甲子園大会ってのは相当なエネルギーを持っているんだよ。一年、いや、そんなもんじゃないな。何年もかけて、それこそ一生をかけて努力してきた球児たちが晴れ舞台で激突するんだ。それを応援する者たちのエネルギーも含めれば、たとえ舌でなめるだけでも相当腹がふくれるだろう。それになにより、おとなしく封印さえされていれば、それまでのように陰陽師たちからつけねらわれることもない。……まぁ。やつはおとなしくなんてしていなかったがな」
「なんだって? じゃあ、まさか観客や、高校球児たちの感情を食らいつくして」
「いやいや、そうじゃない。この甲子園の魔物ってやつは、なかなかのグルメでな。ま、悪鬼どもの中には偏食……ようは、特定の感情だけを好むやつってのはまれにいる。甲子園の魔物もその口だったらしくて、やつは絶望の感情、特に希望から絶望へ落とされるときの感情を特に好んだんだ」
「それがいったい」
「逆に聞くが、野球で、希望から絶望へ落とされるってのはどんなときだと思う?」
本田師範に聞かれて、風太はわずかに目を細めた。かぶっていた帽子が、再び頭から脱げて、くるくると回り始める。しかし、すぐにその帽子を手でつかんで、かぶり直した。
「例えば、九回裏までリードしてて、そこで逆転サヨナラホームランを打たれるとかか?」
「おいおい、さっきからいってるじゃないか、おれはサッカー派なんだ。そんな逆転なんとかなんてもんはわからんぞ」
「いや、サッカー派だろうがなんだろうが、普通は逆転サヨナラホームランくらいわかるでしょう……」
「そんなことはいいから、もっと根本的なところから考えろ。野球、というかスポーツだ。スポーツ全般で、希望から絶望へ落とされるってのはどんなときだ?」
風太は仕方なしに、再び風を巻き起こして帽子をくるくると飛ばしはじめた。だが、考えはまとまらないのだろうか、帽子はいつまでもくるくるしたまま、風太はじっと動かない。本田師範はふんっと鼻を鳴らして口を開いた。
「まったく、それぐらいはイメージできなきゃダメだぜ。まぁいいや、それじゃあ正解をいおう。希望から絶望へ落とされるときってのは、ズバリ、ジャイアントキリングがあったときだ」
「ジャイアントキリング?」
「なんだ、野球じゃそういう言葉は使わないのか? サッカーじゃよく使うんだがな」
にやにやと口元をゆがめながら、面白がっているように本田師範が風太を見る。風太は顔をそむけてチッと舌打ちした。
「そんな自慢はいいっすから、さっさと説明してくださいよ」
「しかたねぇなあ。ジャイアントキリングってのは、いわゆる大物潰し、下剋上ってやつさ。それこそ高校野球に例えれば、前評判がいい高校、いわゆる強豪校が、ぽっと出の初出場校に敗れるとか、そんなやつだよ」
「でも、それがいったい甲子園の魔物となんの関係があるんですか?」
「お前なぁ、ちっとは話のつながりを追いながら考えろよ。さっきからいってるじゃないか、甲子園の魔物は、希望から絶望へ落とされるときの、絶望の感情を好むって。そしてやつは、それを意図的に起こそうとするのさ」
「まさか、じゃあ……」
風が止んで、帽子がパサリと地面に落ちた。風太はチッと舌を鳴らして、くいっと指をふった。風が帽子をふわりと浮かせて、風太がキャッチする。パンパンッとほこりを払って、風太は本田師範と目を合わせた。
「そうさ、『甲子園には魔物が住む』ってのは、まったくもって比喩なんかじゃない。なぜなら甲子園の魔物が、絶望を求めて番狂わせを起こしているんだから。ま、そういう意味では罪な魔物さ。何人もの高校球児を泣かせてきたんだからな」
どう見ても罪な魔物だとは思っていないような、あっけらかんとした口調でいう本田師範に、風太はぐいっと詰め寄った。
「そいつ、退治はできないのか? そんなひでぇ魔物、封印だけじゃ許されないだろ!」
「おいおい、お前は本当に話を聞いてないやつだな。さっきからいってるじゃないか、甲子園の魔物は太古の昔から存在する、強大な力を持った魔物だ。そう簡単に退治出来るんだったら、わざわざ封印のために球場丸ごと作ったりしないよ。それに、封印の弊害っていったらあれだが、甲子園の魔物は、甲子園大会が行われている時期しかすがたを見せないんだよ」
「だったらその時期を狙って、魔物を陰陽師総出で退治すれば」
「残念ながらそれも無理だな。なんせ、やつが出現するのはグラウンドのど真ん中なんだから。遠距離から術を使っても、やつを退治するほど強力なものは使えないだろう。なによりそんなことをしたら、それこそ高校球児たちも無事では済まないだろうし、最悪封印が壊れたら、球場にいる陰陽師はもちろん、高校球児、観客まで、みんな感情を食らいつくされてしまうだろう」
「うっ……!」
破壊的な大惨事を想像して、風太の顔から血の気が引く。本田師範はにやりと意地悪く口角をあげた。
「怖いのか?」
その4は本日4/4の16:40ごろに投稿予定です。