第三部 その1
この作品は、黒森 冬炎様主催の『ソフトクリーム&ロボ~螺旋企画~』への参加作品です。
第三部は全部で9話あります。第三部で完結となります。
どうぞ最後までお楽しみください(^^♪
日に日に試合が進むにつれて、江上の森球場の観客が多くなってきていたのは感じていたが、今日の試合はさすがに別格だった。ベンチに座る風太も、満員の球場からくる迫力に、思わず飲まれそうになる。風太ですらそうなのだから、他のメンバーは完全に浮足立っていた。
「ストライクッ! バッターアウト!」
江上西高校は先攻だったが、一番、二番打者はわずか三球ずつで仕留められてしまった。緊張してガチガチになってしまっていたのか、二人ともバットを振ることすらできずに、ぼうぜんとベンチに帰ってきた。
「キャプテン、すいません、おれたち……」
「なにあやまってんだよ。県大会決勝、しかも相手は強豪の東南大付属高校だ。緊張するのもわかるさ。だが、しっかり声出しだけはしていけよ!」
匠にバンッと肩をたたかれ、二人は目が覚めたように顔をあげる。そして、三番に座る真琴に対して、大声で声援を送った。
「しっかり打っていけよ!」
真琴は気にした様子もなく、淡々と右打席に入る。新品のユニフォームを見て、相手投手がバカにしたようににやりと笑う。へらへら顔のまま、投球モーションへ入った。ゆっくりと振りかぶり、ややサイドスロー気味にボールを投げる。大きく曲がる変化球は、わずかにストライクゾーンを外れた。
「風太先輩、ホントにあいつ大丈夫なんですよね?」
微動だにしない真琴を見て、先ほどの二人が風太にたずねた。
「あぁ、こしゃくなやつだが、大丈夫だよ。それよりお前ら、よく見ておけよ」
風太にいわれて、二人は再び真琴に視線を向ける。相手投手は、どうやら真琴が変化球にビビッて手が出なかったと考えたらしい。二球目も同じく、大きく曲がるカーブを投げてきた。それがストライクゾーンをかすめた刹那、居合抜きを思わせるようなスピードで、真琴がバットを振りぬいたのだ。「キィンッ!」という鋭い金属音とともに、ライナー性の打球がスタンドに突き刺さった。あっという間の出来事だった。
「う……うぉぉっ! ホームランだ! すげぇ、ホームランだぜ!」
一瞬間をおいて、それから江上西高校のベンチが喜びを爆発させる。淡々とダイヤモンドを回っていく匠を、信じられないといった表情で相手投手が見つめている。やがて、ホームベースを踏む真琴を、みんなが笑顔で迎えた。
「いよっしゃあ! 先制点だ! 風太先輩のスパイラルボールがあれば、先制さえすればこっちのもんだぜ!」
「ナイスバッティング! お前すげぇよ!」
手を差し伸べるみんなを、真琴はぽかんとした表情で見ていた。風太が気を利かせて真琴の手を取り、チームメイトたちとハイタッチさせた。
「いいプレーをしたら、ハイタッチするのさ」
「あ、そうなのか。すまないな、初めてのことだったから、少しとまどってしまった」
「ま、あのままにしてて、お前がとまどうすがたをもうちょっと見るのも面白かったかもしれないな」
「なっ、なんてこと考えるんだ!」
怒る真琴を見て、風太はハハハと笑い声をあげる。しかし、すぐに真顔に戻って、小声で真琴に問いかけた。
「……だが、おかしいな。江上の森球場の魔物の気配が感じられないぞ」
「多分だが、まだわたしたちが料理されるに値すると思っていないからだろう。もう少し点を取って、勝てるという雰囲気にベンチが満たされない限り、すがたを現さないつもりだね」
「へっ、生意気な魔物だな。だが、すぐにそんな余裕もなくなると思うぜ。ほら、見ろよ。次はタクさんの打席だ」
右打席でかまえる匠を、相手投手は真剣な表情でねめつける。匠についてはデータもあるのだろう。真琴のときのような、へらへらと見下した態度はとらず、全力で投げてきた。一球目はアウトコースにわずかに直球が外れる。そして二球目、お得意の大きく曲がるカーブで、匠の打ち気をそらそうとしたのだろうが、当てが外れたようだ。鋭いスイングがカーブの曲がりっぱなを捕らえ、ボールは再びレフトスタンドへ一直線に入っていった。
「よっしゃあ、さすがタクさん! 素振り一日1000回は伊達じゃないぜ!」
この二カ月ちょっとの間に、匠はスイングスピードを上げることだけに特化してきた。逸希と相談し、主に瞬発力をあげるトレーニングメニューをこなしていたのだ。そして、なんといっても素振り一日1000回という、苦行のような特訓を重ね、今では風太のスパイラルボールですら、スタンドに運べるほどの目とスイングを手に入れたのだった。
「これで2対0だ! 最高の出だしだぜ!」
「あぁ、だが、これでやつも、江上の森球場の魔物もきっと目覚めるだろう。……ここからが本当の勝負だ」
真琴の言葉に、風太はにやけた顔を引きしめた。
とはいえ、初回は別段変わった様子もなく、江上西高校の攻撃は2点どまりだった。さすがに匠と真琴以外はあの大きく曲がるカーブに手も足も出ないようで、五番打者も空振り三振だった。
「まだ始まったばかりだ、さぁ、切り替えていくぞ!」
気落ちしているチームメイトたちに、匠が声をかける。暗くなりかけたムードが一転して、みんなも気合を入れる。
「よしっ、行くぞ!」
一番乗りにマウンドに向かう風太に続いて、他のメンバーもダッシュでそれぞれの守備位置へ向かう。一人遅れた真琴の背中を、匠がミットでドンッとたたく。
「ナイスバッティングだったぜ! 今度は守備でも、おれたちを助けてくれよ」
「守備? だが、風太先輩のスパイラルボールがあれば、わたしたちが守ることはほとんどないんじゃ」
「いいや、さすがに決勝戦だし、相手は強豪の東南大付属高校だ。バッティングには定評があるし、風太のスパイラルボールも研究されているだろう。……頼むぜ!」
匠の笑顔を見て、真琴のほおがわずかに赤くなった。
――兄さんが入れこむのも、ちょっとわかるかもな――
匠の予想は、残念ながら現実のものとなった。相手の一番打者は、三振こそしたものの、風太のスパイラルボールを三球連続ファールでねばって、球数を多く投げさせたのだ。いきなり暗雲が立ちこめる立ち上がりとなったが、匠は冷静だった。
次の二番打者、匠はなぜかアウトコースよりにミットを構えた。もちろん風太は、匠の青いミットめがけて投げるだけだ。一球目、二球目ともにボール。わずかにまゆをひそめる風太だったが、三球目、ギリギリいっぱいにストライクが決まった。匠がわずかにミットを内側に構え直す、やや真ん中よりの、アウトコース低めだ。
――逸希が風太のために考えたトレーニングメニューは、球速をあげるものじゃなくて、いかにコントロールを正確にするか、そしてコントロールを終盤まで維持するための、下半身の強化メニューだった。その理由がこれだ――
当然風太は、匠を信じて構えたところへスパイラルボールを投げ込む。ボールがらせんを描き、アウトコースから巻きこむようにストライクコースへ入ってきた。
「ストライク、ツーッ!」
審判のコールに、二番打者が思わずふりかえる。匠はにやっと笑って返球した。
――おれは小学生のころから、ずっと匠のスパイラルボールを受けてきたんだ。その軌道が、どんな風に曲がるのかなんて、それこそ目が見えなくても取れるくらいに頭の中にインプットされている。あとは、らせんの曲がり具合を計算して、構える位置を変えれば――
やや内角の、低めの位置にミットを構える。風太もちゅうちょなくミットめがけてスパイラルボールを投げこんだ。一瞬ボールが沈みこんだかと思うと、らせんを描きながらグッと浮きあがり、またしてもストライクコースをかすめる。審判の手が上がり、コールがかかる。
「ストライッ! バッターアウッ!」
ぼうぜんとした様子で、二番打者がバッターボックスをあとにする。風太にストライク返球し、匠がグッと親指を立てた。
それはまさに、息つまるような投手戦といえる試合だった。東南大付属高校の初回は、結局風太がぴしゃりと三者凡退に抑えることに成功した。しかし、相手投手もすぐに立ち直り、六番からの下位打線を三者連続三振に斬ってとる。風太も負けずに、四、五、六番のクリーンナップもしっかりと抑える。風太のスパイラルボールの軌道を完璧に計算した、匠のリードもさえわたり、試合はすでに中盤戦へと突入していた――
その2は約10分後に投稿予定です。




