第二部 その8
この作品は、黒森 冬炎様主催の『ソフトクリーム&ロボ~螺旋企画~』への参加作品です。
第二部が10話あり、4/11中に10話すべて投稿する予定です。
第三部は4/15以降に投稿する予定です。
「ちゃんと兄さんには内緒で来たんだろうな?」
部活の練習が終わり、匠たちには先に帰ってくれと告げ、風太は一人あのグラウンドのすみ、壁当ての場所へと来ていた。そこで待っていた真琴に、風太は重々しくうなずいた。
「あぁ。だが、なんの用だ? 別におれたちは、逸希を野球部員にはしていないぞ」
けん制するように早口でいう風太に、真琴はわずかに顔をしかめた。
「もちろん、それには感謝しているよ。正直いって、本当はマネージャーになるのも断ってほしかったが、それはわたしもいっていなかったからね。別にいいよ。……ただ、気をつけてほしいと忠告に来たんだよ」
「忠告? 今度はなんだよ?」
つっけんどんに聞き返す風太に、真琴はすばやくまわりに目配せして、それからまっすぐに風太を見つめた。
「兄さんには気をつけてくれよ」
「はぁ?」
間の抜けた声を出す風太に、真琴はさらに続けていう。
「県大会決勝に、兄さんが出場する未来を見た。兄さんはなんらかの方法で、試合に出るつもりなんだろう。くれぐれもいっておくけど、マネージャーまでは許されるけど、部員にしたら許さないからな」
「なんだよそれ、ちょっと待て、未来を見た? それって、まさか」
「……わたしの力だ。わたしは数秒後の未来の景色を見ることができる。いつぞやのあなたとの一打席勝負も、その力を使ってスパイラルボールの軌道を事前に知ったから、あそこまでフルスイングできたってわけさ」
「やっぱりそうだったのか。……だが、ちょっと待てよ、お前今、数秒後っていっただろ? でも、県大会決勝、っていうか試合は、まだ先だろ?」
「そうさ。だが、わたしのような未来予知に関する力を持つ者は、不意に自分の力とは関係なく、未来の景色を見ることがあるんだ。いわゆる予知夢ってやつだよ。わたしも昨日、兄さんが試合に出ている予知夢を見たんだ」
「それは、確かなのか? お前が逸希のことを心配しすぎて、勝手に見た夢とかじゃないのか?」
「わたしたち未来予知ができる者は、不必要な夢は見ないんだ。見るときは決まって、いつか起こる未来の夢なのさ。つまり、なにかしら兄さんは企んでいて、あなたたちといっしょに試合に出ようと考えているってわけさ」
匠にべったりの逸希のすがたを思い出し、風太は少し首をかしげる。
「逸希にそんな気はないと思うけどな」
「あなたたちはまだ兄さんのことを知らないだけだ。兄さんはわがままで、平気で他人をだまそうとする。あなたたちのことも簡単に」
「黙れっ!」
思いがけず大声を出してしまい、真琴はもちろん、当の風太も驚いたように固まってしまった。そのまま言葉を探すように、風太はうつむいたが、やがて意を決して真琴のスッとした顔をにらみつけた。
「……逸希は、おれたち野球部のマネージャーだ。つまり仲間だ。お前が逸希の弟だろうとなんだろうと、仲間のことを悪くいうのは許さないぜ」
「ふん、許さない、か。それならどうするのさ? わたしと戦うつもりか?」
「戦いなんてしないさ。ここで下手に動いて、最悪おれが任務から外されたら、それこそタクさんたちを残して、またすがたを消すことになるからな。だが、これだけはいっておく。逸希はおれたちの大切な仲間だ。そしておれたちは逸希を信じている」
「信じている、か。まぁいいよ。あなたたちがどうしようと勝手にすればいい。でも、もう一度いっておくが、くれぐれも兄さんを野球部員にしないように。間違っても、江上の森球場の魔物と戦うなんてことのないようにしてくれ」
真琴の言葉に、風太はまゆをひそめた。
「江上の森球場の魔物と戦う? いや、戦うのはおれだけだろ? 県大会決勝のマウンドに、おれが立って、おれたちに乗り移ろうとする江上の森球場の魔物を、おれが術を使って退治……というか、封印する。それがおれに与えられた任務だ。それなのに、どうして逸希が江上の森球場の魔物と戦うことになるんだよ?」
明らかに失言だったようで、真琴は顔をそむけて、苦々しげにうつむいてしまった。背筋に冷たい汗が流れ、風太は小声で真琴に問いかけた。
「……まさか、逸希が、江上の森球場の魔物と戦っていたのか? そういう夢、というか予知夢を見たっていうのか?」
「とにかく、兄さんを試合に出すことだけは許さないぞ。わたしは兄さんを――」
再びなにかいいかけて、真琴はあわてて言葉を飲みこんだ。けげんそうな顔をする風太に、真琴は忠告する。
「わたしの予知夢は、回避しようとすればきちんと回避できる。だからあなたたちが、兄さんを試合に出さなければ、江上の森球場の魔物と戦うような未来は起こらないかもしれない。あなたが術を使って封印して、それで終わりとなるかもしれない。だが、わたしが見た予知夢では、あなたたちは確かに魔物と戦っていた。全身が真っ黒のピッチャーと兄さんが対峙し、そしてあなたとあのキャッチャーの先輩は、やはり全身真っ黒なバッターと戦っていた」
「全身真っ黒って、いや、おかしいだろ。おれたちが決勝で戦うのは、高校球児のはずだぜ。それともなにか、江上の森球場の魔物が、高校球児に成りすまして、おれたちと戦うっていうのか?」
「さぁ? わたしはそういう未来を見たというだけで、なぜそんな未来になっているかまではわからない。でも、一ついえることは、あの未来はきっと、兄さんが試合に出なければ、実現することはないだろうということさ」
真琴は顔をあげて、今度は射抜くような視線で風太と目を合わせた。ごくりとつばを飲みこむ風太に、真琴は軽くうなずき背を向けた。
「忠告したからね。それじゃあ」
「ちょっと待てよ」
呼び止められて、真琴が振り返る。風太は真琴にへへっと笑いかけた。
「ありがとう、教えてくれて」
「えっ? ……いや、それは」
なぜかとまどったようにいいよどみ、顔をそむける真琴を、風太は不思議そうに見つめた。真琴は再び背を向けて、一言だけいって逃げるように去っていった。
「兄さんのこと、頼んだからね」
真琴の心配は、どうやら杞憂に終わりそうだ。少なくとも風太はそう思っていた。部員になりたいと直訴することもなく、逸希はマネージャー兼打撃投手の仕事を、しっかりとこなしている。匠とも相変わらず仲が良く、性別を知らない他の部員たちが、まさかキャプテンと逸希ちゃんは付き合ってるんじゃないかと邪推するほどだった。もちろんそれに対しては、風太がきっぱり否定したし、逸希もカンカンに怒って否定したから、疑惑は(表面上は)解消されたようだ。
――それにあいつ、他の部員たちの練習メニューもしっかり作って、モチベーションをあげるのもうまいよな。ほとんど野球やったことないってやつも、今じゃいっぱしの野球部員として見られるくらいには、上達したもんな――
とはいえ、やはり課題はバッティングだった。守備に関しては、正直ある程度捨てているところもある。結局風太が三振にとりさえすれば、守備機会もないわけなので、そこは割り切って考えていた。
――結局点を取れなきゃ、どうにもならないからな。タクさんの目はもちろん強力だけど、それだけじゃなかなか点を取れないだろうし――
逸希との勝負で覚醒した匠の目は、確かにボールを完璧にとらえることはできた。しかし、肝心の匠のバットスピードはまだまだ遅く、打ち損じも多かったのだ。
――もちろんおれもブランクを取り戻しちゃいるけど、さすがに高校野球じゃ、スパイラルボールを打ってくる強打者もいるだろう。……それに、真琴の話じゃ、最後に相手チームとして、江上の森球場の魔物と戦うみたいだからな。逸希を出さなきゃ、未来は実現しないっていってたが、どうなるかわからないしな――
本田師範から久しぶりに連絡があり、匠に陰陽師協会特製のお札が届けられた。江上の森球場の魔物が乗り移ってきそうになったときに、そのお札に特殊な祝詞を唱えることで、魔物を封印できるのだそうだ。だがそれは、あくまで乗り移ってきたときだけだ。
――万が一、乗り移ってこない場合は、やつをどうにかして弱らせなければならない、か。その『どうにかして』が肝心だっていうのに、あのたぬきジジイ、『現場が臨機応変に対応できないでどうするんだ』なんてぬかしやがって――
「風太先輩、短距離ダッシュ50本、ちゃんとやりました?」
いきなり逸希が話しかけてきて、風太はハッと顔をあげた。
「ボーッとしてたらダメですよ。うちのチーム、風太先輩が抑えないと勝てないですからね。それに、今のところ先輩の代わりのピッチャーいないんだから、スタミナつけとかないといざというときバテますよ」
逸希がスポーツドリンクの入ったペットボトルを差し出してきた。このドリンクも、逸希が独自に配合したらしい。忍者御用達の怪しい丸薬とか入ってないか聞いたら、笑顔でけられたことがある。風太はありがたく受け取った。
「あぁ、わかってるよ。これ飲んだらやるさ」
「試合まであとわずかしかありませんからね、気合入れてくださいよ! ……あ、それと、ベンチ入りメンバー表提出しておきましたよ」
「すまないな、サンキュー」
風太からペットボトルを返してもらうと、逸希はにやりとくちびるをゆがめた。
そして、市内大会の初戦の日が、ついに訪れた――
その9は本日4/11の20:10ごろに投稿予定です。




