第一部 その2
この作品は、黒森 冬炎様主催の『ソフトクリーム&ロボ~螺旋企画~』への参加作品です。
第一部が12話あり、4/4中に12話すべて投稿する予定です。
第二部は4/11以降に投稿する予定です。
「前提から? どういう意味っすか?」
「言葉通りさ。お前は今、甲子園球場にとりついたっていっただろ。それがまず間違ってるんだ」
「でも、本田さんは甲子園に魔物が住むっていったじゃないですか。それってつまり、甲子園にとりついているってことでしょう?」
「いいや、そいつは違う。甲子園にとりついているわけじゃないんだよ」
にやにや笑いを浮かべて、本田師範が風太の顔をのぞきこむ。口をとがらせて、風太はそっぽを向くが、すでにそれが子供っぽいしぐさだったことに気がつき、言い訳がましく聞き返した。
「それじゃあいったいどういうことっすか? 甲子園にとりついてるわけじゃないなら、なんで甲子園に住んでるんすか?」
「それだよ。なぜ甲子園に住んでいるか考えればわかる」
「なぜって……」
こうなってはどうにもならない。本田師範はこういうなぞかけのような問いが好きなのだ。仕方がないので、風太はじっと考えこんだ。こういうときの風太のくせで、かぶっていた帽子がふわりと宙に浮く。風を巻き起こし、帽子をくるくると浮かせて考える。そして――
「……まさか、甲子園にとりついているんじゃなくて、甲子園から出られないから、そこに仕方なく住んでいる、こういいたいんですか? つまり、甲子園にとりついているわけじゃなく、甲子園に」
「そうだ。甲子園に封印しているんだよ。つまり甲子園球場は、もともと強大な悪鬼を封じるために造られた、いわば大掛かりな結界のようなものなんだよ」
「でも、なんでそんなことを? そもそもそんな魔物が封じられてるってのに、どうして高校野球をあそこでしているんですか? そんなことしたら、グラウンドでプレイしてる球児たちも、それに観客たちも感情を食われるんじゃ」
「そうだ、悪鬼どもが食らうのは人間の感情だ。それも強い感情を好んで食らう。よく、悪鬼……というか、なにかよくないモノどもは、夜に集まるといわれるが、あれも前提から間違っている。夜のほうが人間は負の感情を抱きやすいから、やつらは夜に集まるんだ」
風で浮かせていた帽子を、右手に急降下させてつかみ、風太は苦虫をかみつぶしたような顔をする。悪鬼は感情を食らうが、感情を食われた人間は、心を失って廃人のような抜け殻へと変わってしまう。何度かそういった人間を見たことがあったが、それはなんとも胸くそが悪くなるような光景だった。風太はチッと舌打ちしてから、本田師範に突っかかった。
「だが、甲子園でそんな話は聞いたこともないぜ。だいたいその悪鬼は相当強力だったんだろう? そんな奴があの熱気を見たら、舞い上がって、それこそ底なし沼のように感情を食いまくるんじゃないのか? そうなったら、むしろ悪鬼の力が増すばかりで、封印なんて吹っ飛ぶんじゃないのか?」
「そんなことは当然、当時の陰陽師たちも把握していたさ。だいたい破られるような封印を作るほど、陰陽師たちもバカじゃない。特に甲子園の魔物には、甲子園球場なんていう専用の結界まで造り出したわけだから、破られないようにうまく封印したさ」
肩をすくめる本田師範に、風太はさらにつめよってたずねる。
「じゃあいったいどんな封印をしたんだよ?」
「まぁあわてるな。まずはおおもとの、取引の内容について説明しよう」
「取引だと?」
「そうさ、陰陽師たちがバカじゃないように、甲子園の魔物も当然バカじゃなかった。そんなのこのこと封印されるようなやつだったら、五百年も人間の感情を食らい続けたりしていないさ。だから当時の陰陽師たちは、一計を案じたわけだ」
本田師範の話だと、当時の陰陽師たちは、甲子園の魔物に貢物を持っていき、そして取引を申し出たらしい。このまま戦い続けても、甲子園の魔物とその眷属たちも、それに人間側も疲弊していくばかりだと。だから生贄をささげる代わりに、その場所以外で人間の感情を貪り食わないで欲しい、そう申し出たそうだ。
「当然甲子園の魔物は怪しんだ。そんなうまい話があるものかと。だが、陰陽師たちもそれは計算済みで、すでに撒き餌をしていたんだ」
「なんだよ、撒き餌って? まさか、貢物以外にも人間を生贄にしていたっていうのか?」
「さすがにそんなことはしていないよ。だが、風太、お前、甲子園には詳しいのか?」
思いがけない質問に、風太はぽかんとしていたが、少し首をかたむけて言葉をにごした。
「いや……別に、詳しいってわけじゃないよ。テレビとかで大会は見るけど、本田さんがいったように、おれは現地に行ったこともないし」
「あぁ、いや、そういう意味での『詳しい』じゃない。甲子園にまつわる豆知識とか知ってるかって意味だ」
「どういうことっすか?」
「具体的に質問すると、甲子園……当時の名前じゃ、全国中等学校優勝野球大会っていうんだが、これっていつから始まったか知ってるか?」
「……本田さん、絶対野球詳しいっしょ? 普通そんな大会名まで知ってたりしませんよ」
ジト目で本田師範を見る風太だったが、当の本人はどこ吹く風だ。軽く肩をすくめてはぐらかす。
「ま、いろいろ調べたのさ。別に興味はないよ」
「いや、それはもう……わかりましたよ、本田さんがサッカーのほうが好きだってことはわかってますから、とにかく続けてください。いったいいつから始まったんすか?」
「なんだ、降参かよ。せっかくクイズにしてやったのに。まぁいいか。第一回大会が行われたのは、1915年だ」
「ホントに百年以上前なんすね」
「いいや、違うね。甲子園球場が完成したのは、1924年だ」
本田師範の言葉に、風太は目をぱちくりさせた。
「えっ? いや、本田さん今いったじゃないっすか、甲子園の第一回大会が行われたのは、1915年だって」
「おれは『甲子園大会』が行われたとは一言もいっていないぞ」
「はぁ?」
またしてもなぞかけのような物言いに、風太は怒りを通り越してあきれてしまった。疲れたように首をふる。
「もう、わかんないっすよ。いったいどういうことっすか? 甲子園球場が完成する前から甲子園大会があったってことっすか?」
「正解だ」
「いやいや、それじゃあ甲子園大会じゃないじゃないっすか」
「そうだ」
「はぁー?」
訳が分からず、風太はガシガシと頭をかいて、手に持っていた帽子をかぶり直す。本田師範はその様子を、やはりにやにやと意地の悪い笑みを浮かべて見ていた。
その3は本日4/4の16:10ごろに投稿予定です。