第二部 その4
この作品は、黒森 冬炎様主催の『ソフトクリーム&ロボ~螺旋企画~』への参加作品です。
第二部が10話あり、4/11中に10話すべて投稿する予定です。
第三部は4/15以降に投稿する予定です。
「はぁっ? 一打席勝負でもし負けたら、一年の勧誘は禁止だと!」
大学のグラウンドでトンボがけしていた匠に、風太は真琴との賭けについて説明した。もちろん真琴が忍者であることや、性別のことなどについては伏せていたが、匠にとってはそれどころではない様子だった。
「お前、まだブランク取り戻せてないじゃないか。そりゃあ、スパイラルボールは初見のやつにはまず打てないだろうけど、その一年坊は何者だよ?」
「何者って、いや、詳しくは知らないけど」
言葉を濁す風太だったが、匠が心配しているのは別のことだった。
「そんだけ自信があるってことは、けっこうな強豪校か、強いクラブチームに所属してたやつなんじゃないか? 風太、あんまりこんなこといいたくないけどよ、小学生ならスパイラルボール一本で抑えられたけど、高校は違うぜ。変化球だって、おれたちが見たこともないようなすげぇ球を投げるやつだっているし、なにより球速が段違いだ。お前、まだ120キロも出てないだろう?」
匠の指摘に、風太はムッと口を尖らせた。確かに球速が遅いのは、風太の最大の弱点である。事実、小学生のころでさえ、目がいい打者にはバットにボールを当てられていた。しかし、風太は強気に首をふった。
「なに、大丈夫さ。それにこの勝負に勝てば、部員が二人も増えるんだから、チャレンジしないわけにはいかないだろ」
「まぁ……。ふぅ、しかたないな、お前はとにかく突っ走るやつだもんな。いいぜ、それじゃあしっかり抑えて、一年坊に目にもの見せてやろうぜ」
匠は軽く肩をあげて、それからキャッチャーミットで風太の胸をどんっとたたいた。風太もにやっと笑ってうなずく。
「作戦会議は終わったのか?」
学ランすがたのまま、真琴が風太に声をかけた。
「お前、体操着かなにかに着替えなくてもいいのか? それともまさか、その学ランすがたでおれのスパイラルボールを打てるなんて思ってるんじゃないだろうな?」
皮肉交じりにたずねる風太だったが、真琴はわずかに首をかたむけるだけだった。
「お前……!」
「風太、熱くなるな! 君、真琴君だったっけ? 君も早くバッターボックスに入りなよ。あと、おれからも聞いておくけど、本当にその格好でいいんだな?」
「あぁ。三球どころか、一球で片付けるから、汚れることもないだろう」
「いわせておけば……!」
真琴にせまろうとする風太を、匠が無言で制する。チッと短く舌打ちして、風太はマウンドに戻っていった。
「それじゃあ始めるぞ!」
風太が語気を強める。右打席に構え、真琴も重々しくうなずいてみせる。匠がどっしりと腰を下ろし、いつものように青いミットを目いっぱい開く。
――なめやがって――
完全にキレている風太を見て、匠はわずかに顔をしかめた。投球モーションに入る。風が風太のからだに巻きついて、土ぼこりが上がるが、もちろんそんなことで風太の集中力が途切れたりはしない。からだをバネのようにねじり上げ、そしてその反動で、ややサイドスロー気味に腕をふった。
――まずい――
匠が真琴に「よけろ!」と叫ぶが、すでにバッターボックスには、真琴のすがたはなかった。先ほどまで真琴がいたところを、雑ならせんを描きながらボールが通過した。
「風太!」
「わりぃ、すっぽ抜けちまった」
「バカ、見え透いた嘘をつくな!」
カンカンになる匠だったが、すぐに異変に気づく。真琴がいつの間にか、バッターボックスから出ていて、横に避難していたのだ。風太が茶化すようにいう。
「残念だったな、一球じゃ片付けられなかったみたいだな」
「ふん、あなたが小細工をしてくるのはわかっていた。だけど少しがっかりしたよ」
「……なんだと?」
風太がまゆをつりあげる。しかし、真琴もきつい目つきで風太をにらんだ。
「まっとうに勝負したら勝てないから、威嚇するなんて、まるで負け犬の遠吠えだ。弱い犬ほどよく吠えるっていうのは、戦いの世界だけじゃなくて、スポーツの世界にもいえる格言だとわかったよ」
「お前、おれが負け犬だっていいたいのか!」
「違うのなら、次はちゃんと証明してくれよ。ま、威嚇し続けてフォアボールになっても、当然だがわたしの勝ちだからな」
「……チッ、わかってるよ。お前が運動神経がいいかどうか試しただけだ。まぁ、お前はおれが投げる前にバッターボックスから出てたから、運動神経がいいかどうかもわからなかったけどな」
肩をすくめて、風太はグローブを開いた。匠はあきれたように小さくため息をついて、バックネットに当たって転がっていったボールを拾い、風太に返球した。
「……それじゃあ二球目だ。真琴君も準備はいいな?」
匠に聞かれて、真琴は無表情のままうなずく。風太も同じように首を縦に振った。
――いいぜ、そこまでいうなら、絶対に三振に取ってやる――
再びからだに風をまとわせて、風太はグッとトルネード投法のモーションに入る。しかし、なぜか今回は集中できず、視界も狭まらないし音も消えない。それどころか、雑念が頭から消えてくれなかった。
――なんであいつ、おれが投げる前にバッターボックスから出てたんだ? まるでどこにボールが来るのか、すでに知っていたみたいに――
今度は小細工などせずに、匠が構えるミットめがけて、スパイラルボールを放ってしまった。なんとか指をずらそうとしたが、刹那の差でボールは指から離れていた。
――やられた、あいつの力は、未来を――
キィーンッと耳をつんざくような金属音とともに、らせんを描いた白球は、そのまま今度は放物線を描いてぐんぐんフェンスまで伸びていった。かろうじて柵越えとはいかなかったが、ホームランを示すラインよりも上にボールはぶつかり、跳ね返ってきた。ぼうぜんとしている風太をしり目に、真琴は不満そうにつぶやいた。
「柵も超えたと思ったんだけどな。ずいぶん重い球だったみたいだ」
「……そんな……」
まだ現実を受け入れられないのだろうか、肩を落としてフェンスを見ている風太に、真琴はさらに声をかけた。
「約束は守ってもらうよ。あなたたちは、もう二度と一年生を勧誘しないように。それじゃあわたしはこれで失礼する」
バットを置いて、真琴はすたすたとバッターボックスをあとにした。残されたのは、茫然自失となっている風太と、同じように信じられないといった顔の匠だけだった。
次の日の放課後は、匠にとってものすごく気まずい時間だった。
――風太のやつ、多分引きずってるだろうな。あいつ、小学生のころも、スパイラルボールをバットに当てられただけで、すげぇへこんでたもんな。まぁ、もう高校生だから、うまく気持ちを切り替えられているかもしれないけど、あいつのことだから、多分無理そうだ――
とはいえ匠は、そんな風太とずっとバッテリーを組んできたのだ。励ましかたもよりそいかたも、きちんと心得ている。ぶすっとした顔の風太を想像して、匠は自然と笑みをこぼした。
――ま、小学校以来だし、高校生になったあいつがブーたれるのを見るのも面白そうだ。それに、これは女房役のおれだけの特権だしな――
風太のクラスの教室前まで来て、匠は目をぱちくりさせた。
「なんだ、なんかめちゃくちゃにぎわってる感じだな」
教室の中から、わいわいと声が聞こえてくる。女子たちがいつものように、放課後残ってだべっているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
――男子の声がほとんどだ。なんでだ? まさか、風太のやつ、気持ちを切り替えるどころか、イライラしてクラスメイトに当たり散らしてるとかじゃないだろうな――
風太の落ちこみようなら、十分あり得る話である。匠は急いで教室のドアを開けて、そして今度は丸い目をさらに丸くしてしまった。
「えっ、な、なんだこりゃ?」
「あなたがキャプテンなんでしょう? お願いします、入部させてください!」
「おれも、どんな練習にも耐えますから、お願いです!」
「おれなんて、ずっと球拾いだっていいですから、お願いですから入部させてください!」
なぜかわからないが、風太に何人もの男子がつめよっていたのだ。しかし、匠以上に、風太のほうがテンパっているようで、目を白黒させてうろたえている。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、どうしていきなりこんなに入部希望者が」
「ぼくが声をかけたのよ。野球部が部員募集してるって、この子たちに聞いたから、さっそく部員を集めないとって思ったの。うふふ、部員を集めるなんて、マネージャーにとってはおちゃのこさいさいですわ」
甘えるような声が、男子たちのうしろから聞こえてきた。風太と匠が声のしたほうに目を向ける。上気したような表情の女子生徒たちの真ん中の子が、妖艶なほほえみを浮かべて手をふっている。ぱっちりとした目に、整った顔つき、腰まで届く長いさらさらの髪をしたその女子生徒は、アイドル顔負けのルックスだった。だが、どこか作り物めいた感じのかわいらしさも感じられて、匠はわずかにまゆをひそめた。
「君は……?」
その5は本日4/11の18:10ごろに投稿予定です。




